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第四十八話:「夢の果て」 ──慶長の役・第二次朝鮮出兵──

慶長二年(一五九七年) 伏見城/朝鮮半島

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


文禄四年、講和交渉は決裂した。

明の使者は言った。

「秀吉を日本国王に封ずる」と。

秀吉が求めたのは、明の皇女を後宮に迎えること。

朝鮮南部四道の割譲。

明との対等な国交。

どれひとつ、叶わなかった。

それどころか──「王に封ずる」とは、

臣下として認めるということ。

秀吉は激怒した。

慶長二年、再び兵が海を渡った。

十四万の軍勢が。

しかし今度は──誰も、止める人間がいなかった。


「もう一度、行くがや」

秀吉は、地図を叩いた。

「今度こそ、決着をつけたる」

三成が、慎重に口を開いた。

「……殿下。兵の消耗が──」

「わかっとる」

「民の疲弊も──」

「わかっとる!」

秀吉の声が、部屋に響いた。

「わかっとるがや!」

「でも、これは俺の問題じゃない」

「明が、俺を舐めた問題だ」

三成は、それ以上言わなかった。


官兵衛は、出兵の命を聞いた時、一人で空を見上げた。

「……ナニワ殿がいれば」

呟いた。

誰にも聞こえない声で。

「お前なら、止めたか」

「……いや」

官兵衛は、目を閉じた。

「お主でも、もう止められなかったかもしれん」


慶長二年三月。

再び、朝鮮の地に火がついた。


この戦は、残酷だった。

最初の戦より、ずっと残酷だった。

将兵たちは、戦果の証として──

耳を。鼻を。

切り取って送った。

塩漬けにして、船に積んで、海を渡らせた。

京の都に、塚が作られた。

数万の、名も知らぬ命の欠片が。


「……」

その報告を聞いた三成は、文書を閉じた。

長い間、机を見ていた。

「……これは」

傍らの家臣が、静かに言った。

「太閤様の御命令です」

「……わかっている」

三成は、立ち上がった。

「わかっている」

それだけ言って、部屋を出た。


朝鮮の海では、また李舜臣が待っていた。

日本水軍は、再び苦しめられた。

陸では、島津義弘が鬼神のように戦った。

泗川の戦い。

数万の明・朝鮮連合軍を、わずかな兵で退けた。

「島津に敵なし」と、戦場で言われた。

しかし──

勝っても、勝っても、終わらなかった。


伏見城。

秀吉は、報告を聞き続けた。

「泗川で勝った」

「よし」

「しかし補給が──」

「続けろ」

「水軍が、また──」

「続けろ!」


夜になると、秀吉は一人になった。

懐から、眼鏡を取り出した。

もう、何度繰り返したか。

「ナニワ」

静寂。

「この戦、どう思う」

静寂。

「……お前なら止めただろな」

静寂。

「俺もわかっとる。おかしいって」

静寂。

「でも、止められんのだわ」

秀吉は、眼鏡を握りしめた。

「止まったら、全部終わる気がして」

「小一郎も、利休も、鶴松も」

「全部、無駄になる気がして」

「だから」

「だから、止まれんがね」


返事は、なかった。

でも秀吉は、眼鏡を懐にしまわなかった。

ずっと、手の中に持っていた。


その頃、秀吉の体は確実に衰えていた。

食が細くなった。

眠れない夜が続いた。

時々、意識が朦朧とした。

侍医たちは、顔を見合わせた。

「……太閤様」

「なんだ」

「お体を、お休めください」

「休めん」

「しかし──」

「秀頼が、まだ五つだぞ」

秀吉は、侍医を見た。

「俺が休んどる暇は、ない」


慶長三年に入ると、戦線は膠着した。

勝てない。

しかし退けない。

兵だけが、朝鮮の地で死んでいった。


ある夜。

秀吉は、夢を見た。

百姓の子だった頃の夢だった。

腹が減っていた。

でも、笑っていた。

小一郎が、隣にいた。

母が、隣にいた。

みんなが、笑っていた。

「……」

目が覚めた。

部屋は、暗かった。

「俺は」

秀吉は、天井を見た。

「なんのために、戦ってとるんだろな」


眼鏡が、少し温かかった気がした。

気のせいかもしれなかった。

でも秀吉は、そっと眼鏡を触った。

「ナニワ」

静寂。

「俺の夢、最初から言うてみてくれるか」

静寂。

「……そうだな。お前は黙っとるな」

秀吉は、眼鏡を空に向けた。

「でも俺は、覚えとる」

「みんなが腹いっぱい飯食える世」

「百姓が剣を持たんでもいい世」

「それが、俺の夢だったがね」


声が、震えた。

「……どこで、間違えたんだ」


《未来 藤宮研究室》

モニターに、ナニワの微弱な信号が映っていた。

「……聞こえてるか、NANIWA」

藤宮頼道が、静かに言った。

信号が、わずかに揺れた。

「そうか。聞こえてるな」

藤宮は、椅子に深く座った。

「お前が黙って聞いてやることしかできないのは、辛いな」

「でも──それだけで、あいつは救われてるかもしれない」

藤宮は、別のモニターを見た。

EDOの準備状況が、表示されていた。

「もう少しだ。待ってろ」


── 語り ──


豊臣秀吉は、病の床に就いた。

朝鮮の戦は、まだ続いていた。

数万の兵が、海の向こうで戦い続けていた。

秀吉は、五大老に遺言を書いた。

秀頼を頼む、と。

秀頼を頼む、と。

何度も、何度も書いた。

「秀頼のことを、よろしく」という言葉を──

まるで、それだけが心残りであるように。


《ナニワ記録──断片》

《……聞こえている》

《夢の話を、してくれた》

《最初の夢を》

《変わっていなかった》

《根っこは》

《ずっと》

《……よかった》

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