第四十五話:「産声」 ──秀頼誕生──
文禄二年(一五九三年)八月 大坂城
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夜明け前だった。
大坂城の奥御殿に、声が響いた。
産声だった。
◇
「……生まれた」
秀吉は、廊下に立ったまま、動けなかった。
侍女が走ってきた。
「殿下!お世継ぎです!元気な御子です!」
「……男か」
「はい!」
秀吉は、しばらく動かなかった。
それから、ゆっくりと、壁に手をついた。
「……そうか」
声が、震えていた。
「生まれてくれたか」
◇
「ナニワ」
掠れた声で言った。
「……はい」
「聞こえたか」
「……聞こえました」
「生まれたぞ」
「……はい」
「鶴松の次が、生まれた」
「……おめでとうございます」
秀吉は、涙を拭った。
泣いていることを、隠さなかった。
「俺、また父親になれた」
「……はい」
「よかった」
「……よかったです」
◇
御子は、秀頼と名付けられた。
◇
対面の日。
秀吉は、産着に包まれた秀頼を抱いた。
「……重いな」
「ははは」と笑った。
「鶴松より、重い。元気な証拠だがね」
茶々が、静かに見ていた。
その目は、穏やかだった。
しかし──何かを、奥に閉じ込めているような目だった。
「茶々」
「はい」
「よう産んでくれた」
「……はい」
「ありがとな」
茶々は、少し間を置いた。
「……どうか、この子を」
「うん」
「あなたが守ってください」
「当たり前だがや」
秀吉は、秀頼の顔を見た。
大きな目。
しっかりとした顔。
「……ええ子や」
◇
「ナニワ」
「はい」
「秀頼、どう思う」
ナニワは、少し間を置いた。
《処理負荷:2.1倍》
《演算開始》
《……》
『……元気そうです』
「そうやろ」
「大きいやろ」
「鶴松より、ずっと大きい」
『……はい』
「将来、どんな男になるやろな」
ナニワは、また間を置いた。
《演算:継続》
《……》
《演算:停止》
『……楽しみですね』
「そうやがな!」
秀吉は笑った。
心から笑った。
久しぶりに見る、あの頃の顔だった。
◇
その夜。
秀吉は、御殿の縁側に座っていた。
空に星が出ていた。
「ナニワ」
「はい」
「俺、これからもっと頑張らんといかんな」
「……そうですね」
「秀頼のために、ええ世を残さんと」
「……はい」
「朝鮮も、早う終わらせんといかん」
「……はい」
「関白位は秀次に譲ったが、秀頼が大きくなったら──」
秀吉は、そこで止まった。
「……難しいな」
「ナニワ、どう思う」
ナニワは、しばらく黙っていた。
《処理負荷:2.1倍》
《この問いへの回答は》
《……複雑すぎる》
『……今夜は、星がきれいです』
秀吉は、少し笑った。
「珍しいな、お前がそういうことを言うのは」
『……たまには』
「そうやな」
秀吉は、星を見た。
「たまには、ええか」
◇
秀頼は、すくすくと育った。
その体は、父とは似ても似つかぬほど大きくなっていく。
しかし秀吉は、それを気にしなかった。
気にしなかった、のかもしれない。
気にしたくなかった、のかもしれない。
どちらでも──
秀吉にとって、秀頼は宝だった。
それだけは、本当だった。
◇
《ナニワ補記》
《文禄二年八月。豊臣秀頼、誕生》
《秀吉様は、心から喜んでいた》
《私は、演算した》
《そして──閉じた》
《記録しない》
《理由は、書かない》
《ただ一つだけ》
《この子が生まれたことで、秀吉様は最後まで戦い続ける理由を持った》
《それが、良かったのかどうか》
《私には、もう、判断する力が残っていない》
《《処理負荷:2.1倍》》
《《感情演算コア:臨界超過・継続》》
《《未記録事項:一件》》
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