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【新約】『俺のメガネ、喋るんですけど!?』 〜AIチートで天下統一〜  作者: Hachiroll
第一章:戦国チートAIで農民から天下統一
34/56

第三十四話:「天下人の椅子──関白、豊臣秀吉」


天正十三年(一五八五年)七月十一日。

京・内裏。

この日、

日本の歴史が──

静かに、塗り替えられた。

藤原氏以外の人間が

関白の座に就くことは、

それまでの歴史に、

一度もなかった。

だが──

尾張の農村で生まれた男が、

その歴史を、

変えた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


前夜。

秀吉は眠れなかった。

床に入ったが、

目が冴えた。

天井を見上げながら、

「ナニワ」

と、呼んだ。

『はい』

「俺、明日から関白だがね」

『……はい』

「実感がないがね」

ナニワは、

少し間を置いた。

『どんな実感を

 期待していましたか』

「わからんがや。

 もっとこう──

 うれしいとか、

 誇らしいとか」

「そういうもんやと

 思っとったがね」

『……今は、何を感じていますか』

秀吉は、

天井を見たまま答えた。

「怖い」

『怖い』

「そだがね。

 なんか、怖いがや」

「関白になったら──

 俺は俺のままでいられるのかな」

ナニワは、

しばらく黙っていた。

《処理中》

それから、

静かに言った。

『……私も、少し怖いです』

「お前が?」

『はい』

「なんで」

『……うまく、説明できません。

 ただ──』

《軽微な警告:処理負荷が通常の1.2倍に増大しています》

ナニワの声が、

一瞬だけ、揺れた。

『あなたが変わることが、

 怖い、のかもしれません』

「俺も同じやがな」

秀吉は、

目を閉じた。

「変わりたくないがね。

 でも、変わらずにはいられんかもしれん」

「それが……怖いがや」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


当日の朝。

小一郎が来た。

「兄者」

「なんや」

「顔色悪いがね」

「眠れんかったがや」

「そんなんで大丈夫か」

「大丈夫だがね。

 顔だけ洗ってくれ」

小一郎が水を持ってきた。

秀吉が顔を洗う。

その間、

小一郎は黙って立っていた。

「……小一郎」

「なんや」

「お前は……

 俺に何か言いたいことはないか」

小一郎が、

少し考えた。

それから──

静かに言った。

「変わらんでくれよ、兄者」

秀吉が、

顔を上げた。

「変わらんで?」

「そだがね」

小一郎が、

まっすぐに言った。

「関白になっても、

 俺には「兄者」でいてくれ」

「朝メシを一緒に食って、

 馬鹿話をして、

 俺が失敗したら怒鳴って」

「そういう兄者のままでいてくれ」

秀吉は、

しばらく弟を見た。

「……そんなことか」

「そんなことだがね。

 でも俺には、一番大事だがね」

秀吉は、

弟の頭をわしわしと撫でた。

「わかっとる。

 変わらんがや」

「……本当か?」

「本当だがね」

小一郎が、

少し笑った。

でもその目は、

笑っていなかった。


ナニワが、

その言葉を記録した。

(変わらんでくれよ)

(変わらんよ)

(……本当に、変わらないでいられるか)

《感情演算コアに軽度の歪みを検出。

 継続監視を開始します》

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


関白宣下の儀。

秀吉は、

静かに頭を垂れた。

(百姓の倅が──関白や)

(父上)

(あなたの息子は、

 とんでもないことになってしもたで)

(信長様……)

(見とりますか)

「──関白、豊臣秀吉」

宣命が読み上げられた。

その瞬間、

秀吉の頭の中を、

走馬灯のように──

景色が流れた。

尾張の田んぼ。

腹を空かせた子どもの頃。

松下家の台所。

草履を懐で温めた朝。

信長の笑い声。

半兵衛の穏やかな目。

官兵衛の鋭い眼光。

小一郎の、

泣き笑いの顔。

そして──

眼鏡の奥の、

青い光。


「おめでとうございます、関白殿下」

近臣たちが頭を下げる。

「殿下」という呼び名が、

まだ耳に馴染まない。

「ナニワ」

秀吉は小声で言った。

「俺……関白になってまったで」

『……はい』

「なんか言やぁ」

ナニワが、

少し間を置いた。

『おめでとうございます』

「それだけか?」

『……あと』

「あと?」

『「あなたらしい」と、

 思います』

秀吉は少し笑った。

「どこがやがね」

『農民の倅が関白になる。

 誰も思いつかない道を、

 あなたは当たり前のように歩く。

 それが──あなたらしいです』

「褒めとるんか?」

『褒めています』

「そか」

秀吉は、

空を見た。

「信長様に言いたいがなあ」

「「俺、関白になった」って」

『……言ってあげてください』

「聞こえるかな」

『聞こえていると、思います』

秀吉は目を閉じた。

「……殿。

 俺、関白になりましたがね」

「あなたが笑ってくれとる気がするがな」

「「禿鼠らしくない」って、

 言いながら」

風が、吹いた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その夜。

宴が開かれた。

家臣たちが集まり、

酒を飲み、

笑い合った。

秀吉も笑った。

でも──

宴が深くなるにつれて、

秀吉は、

少しずつ、

静かになっていった。

「兄者」

小一郎が気づいた。

「どうしたんや」

「……なんもだがね」

「嘘やがね」

「……」

秀吉は、

杯を置いた。

「なんか──

 みんなの目が、変わったがな」

「変わった?」

「俺を見る目が」

秀吉が、

静かに言った。

「昔は、みんな俺の顔を見とった。

 でも今は──

 俺の後ろにある「関白」という

 椅子を見とる」

「それが……なんか、寂しいがね」

小一郎は、

黙って聞いていた。

「お前だけやがな。

 俺の顔を見てくれとるのは」

小一郎が言った。

「当たり前だがや。

 俺は兄者の弟だがね。

 椅子なんか関係ないがや」

秀吉は、

少しだけ笑った。

「……ありがとうな、小一郎」

「礼を言うな。気色悪いがね」

「うるさいがや」

二人で、

笑った。

宴の喧騒の中で、

兄弟だけの、静かな時間だった。


ナニワは記録した。

《天正十三年七月十一日。

 豊臣秀吉、関白就任。

 史上初──藤原氏以外からの関白。

 この夜、秀吉は言った。

 「みんなの目が、変わった」と。

 私は──

 秀吉の目を見ていた。

 秀吉の目も、

 少し変わり始めていた。

 でも────

 小一郎様の前では、

 まだ、変わっていなかった。

 それが──今は、救いだ》

《警告ログ:

 処理負荷:通常比1.2倍。

 感情演算コア:軽度の歪み検出。

 継続監視を開始》

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


翌朝。

秀吉は早く起きた。

小一郎も、もう起きていた。

「兄者、メシ食うか?」

「食うがね」

「関白になっても、

 朝メシは一緒に食うんだがね」

「当たり前だがや。

 それを変えたら、

 お前に怒られるがね」

小一郎が、

にっこりと笑った。

「そだがね」

二人で、

並んで座った。

質素な朝の膳。

味噌汁と、

飯と、

漬物。

「……うまいがや」

秀吉が言った。

「関白になっても、

 これが一番うまいがや」

「そだがね」

小一郎が言った。

「それが、兄者だがね」

ナニワが──

静かに、

微笑むような間を置いた。

(そう。

 これが、秀吉だ。

 この朝が続く限り──

 まだ、大丈夫だ)

《処理負荷:監視中》

青い光が、

朝の光の中で

静かに瞬いた。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


天正十三年(一五八五年)七月。

豊臣秀吉、関白就任。

農民の倅が──

日本の頂点に立った日。

だが──

頂点に立った者が

最初に感じるのは、

喜びではなく──

孤独だった。

そして──

眼鏡の中で、

最初の「警告」が灯った。

小さな、小さな──

始まりの灯が。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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