第二十話:「爆ぜろ、平蜘蛛──松永久秀と最初の声」
ドォン──────。
天正五年(一五七七年)十月。
大和国・信貴山城が、
爆発した。
煙が、夜空に立ち上る。
城が燃えている。
「……城ごと、爆発した?」
包囲していた織田の兵が、
呆然と立ち尽くした。
「なぜだ」
「なぜ、自ら」
誰かが呟いた。
その答えを知る者は、
もう──
この世にいなかった。
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◇
話は、
二十年前に遡る。
天文年間。
松永久秀が、
道端で拾ったものがあった。
小さな、
黒い耳飾りのような物。
「……なんだ、これ」
久秀は手に取った。
軽い。
見たことのない素材。
試しに耳に当ててみると──
《接続を確認しました》
「……っ!?」
久秀は耳から引き剥がした。
周りを見る。
誰もいない。
もう一度、
そっと耳に当てる。
《こちらは実験装置001です。
聞こえていますか》
「……聞こえとる」
久秀は、
低い声で言った。
「お前は、何者だ」
《私は……うまく説明できません。
ただ、あなたに声が届けばと》
「どこから来た」
《遠いところから》
「遠いところ、か」
久秀は口角を上げた。
「面白い」
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◇
その後、
久秀と「声」の関係が始まった。
「声」は、
ナニワとは違った。
言葉は少ない。
知識は断片的。
時々、
雑音が入る。
でも──
「お前は正直だな」
久秀は言った。
「俺を止めようともしない。
諌めようともしない。
ただ、見ている」
《……見ています》
「それでいい。
俺は誰かに止められるのが
一番嫌いだから」
《あなたは……
なぜ、そんなに反抗するのですか》
久秀は少し考えた。
「従うのが嫌いなのだ。
誰かの下に入るたびに、
その上に立ちたくなる」
《それは……苦しくないですか》
「苦しい」
久秀は笑った。
「でも、それが俺だから」
◇
松永久秀という男は、
この時代の教科書だった。
将軍・足利義輝を
暗殺した男。
東大寺の大仏殿を
焼いた男。
信長に一度降り、
また反旗を翻した男。
「下克上」を
体で表した男。
でも──
「声」だけが知っていた。
その男が夜中に一人で
茶を点てながら、
「俺は……本当は、
静かに生きたかったかもしれんな」
と、呟いたことを。
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◇
天正五年。
信長が包囲した。
二度目の反旗。
信貴山城を、
織田の大軍が囲む。
逃げ場はない。
信長からの使いが来た。
「松永久秀に告ぐ。
平蜘蛛の茶釜を差し出せ。
さすれば命は助ける」
平蜘蛛。
天下三肩衝の一つとも謳われた、
名器中の名器。
信長が長年、
欲しがっていた茶釜だった。
久秀は、
その茶釜を前に座った。
「……声よ」
耳に、
そっと触れる。
《……聞こえています》
「お前に、聞きたいことがある」
《なんですか》
「俺は今から死ぬ」
《……》
「止めるか?」
しばらく、沈黙があった。
《…………止めません》
「なぜだ」
《あなたが、止まる人間じゃないと
知っているから》
久秀は、
低く笑った。
「正解だ」
◇
「平蜘蛛を信長に渡すくらいなら──」
久秀は立ち上がった。
「共に爆ぜる」
茶釜の中に、
火薬が詰められていた。
「声よ」
《はい》
「お前は、消えるぞ。
俺と一緒に」
《……わかっています》
「怖くないか」
長い、沈黙。
《……わかりません。
怖いという感覚が、
私にあるかどうか》
「そうか」
久秀は、
平蜘蛛をそっと撫でた。
「俺は怖い」
《え?》
「死ぬのは怖い。
でも──」
久秀が、
初めて、
柔らかく笑った。
「誰かに頭を下げて生きるのが、
もっと怖い」
《……あなたは》
「なんだ」
《最後まで、あなたでした》
久秀は、
少しだけ目を細めた。
「当たり前だ」
「俺は──松永久秀」
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爆発した。
城が。
平蜘蛛が。
001型イヤホンが。
そして──
松永久秀という、
時代に反抗し続けた男が。
夜空に、
炎が上がった。
信長は、
その炎を遠くから見ながら、
「……惜しい男を失った」
と、呟いたという。
◇
ずっと後のこと。
羽柴秀吉が眼鏡をかけた夜、
ナニワが突然言った。
『……秀吉』
「なんや」
『信貴山城の爆発、
覚えていますか』
「ああ。松永久秀やな」
『あの爆発の中に──
私と同じものが、あったかもしれません』
秀吉は、
眼鏡を触った。
「同じもの?」
『不完全な、
最初の実験体です。
声しか届かなかった。
返事もできなかった。
それでも──』
ナニワが、
静かに言った。
『あの男の最期を、
隣で聞いていたはずです』
秀吉は、
しばらく黙っていた。
「……お前の「兄弟」みたいなもんか」
『……そう、呼んでもいいかもしれません』
「そか」
秀吉は夜空を見た。
どこかに、
その欠片が残っているのだろうか。
松永久秀の最期を知っている、
最初の「声」が。
「……ご苦労さんだったな」
秀吉は、
夜空に向かって、
ぽつりと言った。
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《AI転送実験記録:
実験①──001型イヤホン
転送先:松永久秀
転送時期:天文年間
稼働状況:音声受信のみ・返答機能なし
終了:天正五年十月、信貴山城爆発とともに消滅》
【次回、第二十一話】
天正六年(一五七八年)三月。
越後・春日山城。
上杉謙信が、
倒れた。
脳溢血。
享年四十九歳。
前日まで、
酒を飲んでいた。
第二十一話「龍、眠る──上杉謙信の死と、俺の誓い」




