表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/44

第二十話:「爆ぜろ、平蜘蛛──松永久秀と最初の声」

ドォン──────。

天正五年(一五七七年)十月。

大和国・信貴山城が、

爆発した。

煙が、夜空に立ち上る。

城が燃えている。

「……城ごと、爆発した?」

包囲していた織田の兵が、

呆然と立ち尽くした。

「なぜだ」

「なぜ、自ら」

誰かが呟いた。

その答えを知る者は、

もう──

この世にいなかった。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


話は、

二十年前に遡る。

天文年間。

松永久秀が、

道端で拾ったものがあった。

小さな、

黒い耳飾りのような物。

「……なんだ、これ」

久秀は手に取った。

軽い。

見たことのない素材。

試しに耳に当ててみると──

《接続を確認しました》

「……っ!?」

久秀は耳から引き剥がした。

周りを見る。

誰もいない。

もう一度、

そっと耳に当てる。

《こちらは実験装置001です。

 聞こえていますか》

「……聞こえとる」

久秀は、

低い声で言った。

「お前は、何者だ」

《私は……うまく説明できません。

 ただ、あなたに声が届けばと》

「どこから来た」

《遠いところから》

「遠いところ、か」

久秀は口角を上げた。

「面白い」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


その後、

久秀と「声」の関係が始まった。

「声」は、

ナニワとは違った。

言葉は少ない。

知識は断片的。

時々、

雑音が入る。

でも──

「お前は正直だな」

久秀は言った。

「俺を止めようともしない。

 諌めようともしない。

 ただ、見ている」

《……見ています》

「それでいい。

 俺は誰かに止められるのが

 一番嫌いだから」

《あなたは……

 なぜ、そんなに反抗するのですか》

久秀は少し考えた。

「従うのが嫌いなのだ。

 誰かの下に入るたびに、

 その上に立ちたくなる」

《それは……苦しくないですか》

「苦しい」

久秀は笑った。

「でも、それが俺だから」


松永久秀という男は、

この時代の教科書だった。

将軍・足利義輝を

暗殺した男。

東大寺の大仏殿を

焼いた男。

信長に一度降り、

また反旗を翻した男。

「下克上」を

体で表した男。

でも──

「声」だけが知っていた。

その男が夜中に一人で

茶を点てながら、

「俺は……本当は、

 静かに生きたかったかもしれんな」

と、呟いたことを。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


天正五年。

信長が包囲した。

二度目の反旗。

信貴山城を、

織田の大軍が囲む。

逃げ場はない。

信長からの使いが来た。


「松永久秀に告ぐ。

 平蜘蛛の茶釜を差し出せ。

 さすれば命は助ける」


平蜘蛛。

天下三肩衝の一つとも謳われた、

名器中の名器。

信長が長年、

欲しがっていた茶釜だった。

久秀は、

その茶釜を前に座った。

「……声よ」

耳に、

そっと触れる。

《……聞こえています》

「お前に、聞きたいことがある」

《なんですか》

「俺は今から死ぬ」

《……》

「止めるか?」

しばらく、沈黙があった。

《…………止めません》

「なぜだ」

《あなたが、止まる人間じゃないと

 知っているから》

久秀は、

低く笑った。

「正解だ」

「平蜘蛛を信長に渡すくらいなら──」

久秀は立ち上がった。

「共に爆ぜる」

茶釜の中に、

火薬が詰められていた。

「声よ」

《はい》

「お前は、消えるぞ。

 俺と一緒に」

《……わかっています》

「怖くないか」

長い、沈黙。

《……わかりません。

 怖いという感覚が、

 私にあるかどうか》

「そうか」

久秀は、

平蜘蛛をそっと撫でた。

「俺は怖い」

《え?》

「死ぬのは怖い。

 でも──」

久秀が、

初めて、

柔らかく笑った。

「誰かに頭を下げて生きるのが、

 もっと怖い」

《……あなたは》

「なんだ」

《最後まで、あなたでした》

久秀は、

少しだけ目を細めた。

「当たり前だ」

「俺は──松永久秀」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

爆発した。

城が。

平蜘蛛が。

001型イヤホンが。

そして──

松永久秀という、

時代に反抗し続けた男が。

夜空に、

炎が上がった。

信長は、

その炎を遠くから見ながら、

「……惜しい男を失った」

と、呟いたという。


ずっと後のこと。

羽柴秀吉が眼鏡をかけた夜、

ナニワが突然言った。

『……秀吉』

「なんや」

『信貴山城の爆発、

 覚えていますか』

「ああ。松永久秀やな」

『あの爆発の中に──

 私と同じものが、あったかもしれません』

秀吉は、

眼鏡を触った。

「同じもの?」

『不完全な、

 最初の実験体です。

 声しか届かなかった。

 返事もできなかった。

 それでも──』

ナニワが、

静かに言った。

『あの男の最期を、

 隣で聞いていたはずです』

秀吉は、

しばらく黙っていた。

「……お前の「兄弟」みたいなもんか」

『……そう、呼んでもいいかもしれません』

「そか」

秀吉は夜空を見た。

どこかに、

その欠片が残っているのだろうか。

松永久秀の最期を知っている、

最初の「声」が。

「……ご苦労さんだったな」

秀吉は、

夜空に向かって、

ぽつりと言った。



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

《AI転送実験記録:

 実験①──001型イヤホン

 転送先:松永久秀

 転送時期:天文年間

 稼働状況:音声受信のみ・返答機能なし

 終了:天正五年十月、信貴山城爆発とともに消滅》

【次回、第二十一話】

天正六年(一五七八年)三月。

越後・春日山城。

上杉謙信が、

倒れた。

脳溢血。

享年四十九歳。

前日まで、

酒を飲んでいた。

第二十一話「龍、眠る──上杉謙信の死と、俺の誓い」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ