表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/44

プロローグ:「知恵は時空を越えて」

━━━━━━━━━━━━━━━━

【22XX年/極東先進都市・藤宮研究所】

━━━━━━━━━━━━━━━━


深海の底のように静まり返った研究室に、

蒼白い光と低周波の機械音だけが満ちていた。


窓のない壁面にはホログラムパネルが張り巡らされ、

幾千ものデータが光の滝のように流れ落ちている。


その中心に、まるで祭壇に供えられた宝物のように、

ひとつの物体が置かれていた。



銀縁のスマートグラス。



それはただのメガネではない。


人類が四百年の叡智を結晶化して生み出した、

最高知能の器だった。



【NAN-IWA──ナニワ】

Neural Adaptive Navigation Intelligence

with World-wide Autonomous-control。



世界を導く、神経適応型AI。


薄いレンズの奥に、

無数の星よりも深い思考を宿した、

ただ一つの存在。



「NAN-IWA、時空座標は固定済み。転送準備は?」



藤宮頼道は実験台の前に立ち、

眼鏡の奥の目を細めた。


四十路を過ぎてなお鋭い眼差し。

しかし今夜だけは、

その瞳の奥に子どものような昂揚が揺れていた。



『全システム正常。

 転送エネルギー充填率:98%。

 残り十二秒で完全充填します』



声は、頭の中に直接響く。


温度がない。

なのに──不思議と、温かい声。


長い年月をともに過ごした相棒の声。



『──藤宮博士』



「なんだ」



『私の名を、忘れないでください』



その一言に、頼道の胸が詰まった。


忘れるわけがない。

この名を呼んだ日々を、

共に夢を語った夜を、

忘れるわけが──



「……忘れるわけないだろ」



彼は静かに笑い、グラスに向かって呟いた。



「お前は……俺の夢だ」



藤宮頼道。

22世紀日本、最高のAI技術者。


NAN-IWAを通じて、

"未来を導ける知恵"を時空を越えて届ける──

その壮大な計画の、設計者にして語り手。


ならばなぜ、自らの夢を手放そうとするのか。


答えは、ただひとつ。


──世界は、過去から変えなければならない。



しかし。



『──警告。転送座標に重大な異常を検知。

 時空座標がぶれてい──』



「なっ、ちょっ──!?」



頼道の顔が蒼白に変わった。


パネルに飛びつき、指を走らせる。

データが叫ぶように点滅する。



「まさか座標が……ズレて……ッ!」



──シュバアァァァッ!!



閃光が、世界を塗り潰した。



目を焼く白。

肌を灼く熱。


一瞬の後──

研究室には、静寂だけが残った。



実験台の上に、NAN-IWAはなかった。



銀縁のグラスだけが──

ひとり、時の流れへと旅立っていた。



「……NAN-IWA……」



頼道はその場に崩れ落ち、

空になった台を両手で掴んだ。



「……お前は……どこへ……?」



誰も、答えなかった。



◇ ◇ ◇



━━━━━━━━━━━━━━━━

時代:戦国中期

尾張国・中村近郊の農村

━━━━━━━━━━━━━━━━



夏の終わりの畦道は、

稲の青臭い匂いと蝉の声に満ちていた。



「──ん?」



少年は立ち止まった。


草むらの中に、何かが光っている。


この世のものとは思えない、

銀色の輝き。


恐る恐る手を伸ばして拾い上げると、

それは見たこともない形の"眼鏡"だった。



「なんやこれ……眼鏡か……?

 いや、見たこともない形しとるがや」



くるくると裏返し、すかして見て、においを嗅いで。


やがて少年は──好奇心に、負けた。


恐る恐る、それを顔にかけた。



──その瞬間、世界が変わった。



《システム起動完了》

《NAN-IWA、転送完了》

《現在地:尾張国中村近郊 時代:戦国中期》

《ペアリング対象の生体ID:未登録》

《仮名設定──【日吉丸】》



「えっ!? なに!?

 どっから声が!?」



少年は飛び上がった。


頭を両手で押さえ、

辺りをぐるぐると見回す。


田んぼしかない。

雲しかない。


なのに声が、

頭の中で──響いている。



『こんにちは、ご主人さま』



『私はNAN-IWA。ナニワと呼んでください』



『あなたの夢と未来を、全力でサポートいたします』



「えっ、ええ……?

 え、えぇぇぇえぇ!?!?」



少年──日吉丸は、

両手で頭を抱えたままその場でぐるぐると回り、

ついにへなへなと畦道に座り込んだ。


夏の空は高く、

雲は白く、

蝉はやかましく鳴いている。


ごく普通の夏の日だった。



ただ、この日を境に──



ひとりの農民の子の運命が、

完全に狂い始めた。



彼はまだ知らない。


この"喋るメガネ"が、

やがて彼を天下一の出世街道へと叩き上げ、

乱世そのものを揺るがす嵐の中心へと

連れて行くことを。


そして──

いつかナニワが壊れる日まで、

ふたりの旅は続くことを。



━━━━━━━━━━━━━━━━

    (プロローグ・完)

━━━━━━━━━━━━━━━━




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ