008、危うさ
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ある日、春奈は給仕の制止も聞かずに毎回部屋へとやってくるディアーに聞いた。
春奈「ディアーさん。なぜあなたはここまで良くしてくれるの?」
ディアー「んー? 俺はやりたいことをやってるだけだよ」
春奈はディアーをじっと見る。
ディアー「まあ、強いて言うなら、そうだな。危ういからかな。お前ら全員危なっかしいんだよ」
春奈「危なっかしい?」
フォルタ「安全には配慮されているものと思われます」
ディアー「そりゃここは国ん中でも一番安全な場所だ。料理は整ってるし、フェイっつう守りの要もいるし、レン嬢って言う屋台骨もいる。でもそうじゃないんだ。何つーか、昔の吹雪さんとくれはさんを見てる感じ? あー、なんか違うな。わり、よくわかんねえわ」
春奈はじっと今言われたことを考える。 たしかに修復の現場を見ようとするのは危ないことだ。
それは過去、夏美がこの状態になったことからも容易に想像できる。
でも、なぜ彼は”フォルタも”危なっかしいと言ったのだろうか?
春奈は目を伏せたまま、静かに問う。
春奈「……フォルタも、危なっかしいのか?」
フォルタ「否定します。私は論理的行動を基準としています」
ディアーは鼻で笑う。
ディアー「そこだよ」
部屋の空気が一瞬だけ静まる。
ディアー「お前さ、フォルタ。春奈が無理してる時、気付いてるだろ」
フォルタ「観測はしています」
ディアー「で、止めない」
フォルタ「本人の意思を尊重しています」
ディアー「それをな、“一番危ねえ”って言うんだよ」
春奈が顔を上げる。
ディアーは珍しく真顔だった。
ディアー「自分が壊れるのは構わねえって目してる奴と、それを理解した上で横に立つ奴。その組み合わせはな、静かに詰む」
フォルタ「……詰む、とは」
ディアー「取り返しがつかなくなるって意味だ」
沈黙。
ディアーは少しだけ視線を逸らす。
ディアー「昔、見たことあんだよ。似たようなのを」
その一言で、さっきの“吹雪さんとくれはさん”がただの例えではないとわかる。
春奈は何も言えない。
ディアーはいつもの軽い調子に戻る。
ディアー「ま、俺は料理人だし? 止めるのは性に合わねえ。だからせめて、食えるもん出してるだけ」
フォルタ「……それが支援行動だと?」
ディアー「違う。保険だ」
春奈「保険?」
ディアー「腹が満ちてりゃ、ギリ戻ってこれる」
そこでやっと、春奈の心が少しだけ揺れる。
ディアーはそれを見逃さない。
ディアー「なあ春奈」
珍しく、まっすぐ。
ディアー「お前、“自分が壊れたら誰が困るか”考えたことあるか?」
部屋が、静まり返る。
ディアーの問いが、部屋に残る。
「お前、“自分が壊れたら誰が困るか”考えたことあるか?」
春奈は、すぐには答えなかった。
視線が、膝の上で重なる指先に落ちる。
春奈「……困らせたくないから」
ディアーは黙っている。
春奈「困らせたくないから、先に動くんだ」
フォルタの視線がわずかに変わる。
春奈「私が見に行けば、私が触れれば、少しでも早く終わるなら……それでいいと思ってた」
声が、ほんの少しだけ掠れる。
春奈「夏美がああなった時、私、止められなかった」
ディアーは何も言わない。
春奈「……もう二度と、ああいうのは嫌なんだ」
沈黙。
その沈黙を破ったのはフォルタだった。
フォルタ「訂正します」
春奈が顔を上げる。
フォルタの声はいつも通り、平坦。
だが、ほんのわずかに遅延がある。
フォルタ「あなたが破損した場合、最も困るのは私です」
ディアーの眉がわずかに動く。
春奈「……え?」
フォルタ「私はあなたを基準に行動最適化を行っています。あなたが消失した場合、行動指針の再構築が必要になります」
一拍。
フォルタ「それは、効率が悪い」
春奈は少し笑う。
春奈「それ、慰め?」
フォルタ「違います」
ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ、フォルタの声が乱れる。
フォルタ「……不快です」
春奈「何が?」
フォルタ「あなたが自分を消耗前提で扱うことが」
部屋の空気が変わる。
ディアーは黙って腕を組む。
フォルタ「私は合理を重視します。しかし、あなたの損耗は合理的ではありません」
春奈「でも、必要なことなら」
フォルタ「必要であっても、代替可能です」
春奈の瞳が揺れる。
フォルタ「あなたは代替不可能です」
それは、論理のはずだった。
でも今は違う。
ほんの少しだけ、“それ以上”が混ざっている。
春奈は唇を噛む。
春奈「……怖いんだよ」
ぽつり。
春奈「私が止まったら、みんな止まる気がして」
ディアーが小さく息を吐く。
フォルタの演算が一瞬だけ停止する。
怖い。
その単語は、データベースにある。
だが、今のそれは違う。
フォルタ「誤りです」
春奈「何が?」
フォルタ「あなたが止まっても、世界は停止しません。しかし」
わずかな間。
フォルタ「あなたが壊れた場合、私は正常を維持できる保証がありません」
ディアーが、そこで初めて笑う。
ディアー「ほらな」
春奈が目を丸くする。
ディアー「危なっかしいだろ?」
今度は、優しい笑いだった。
ディアー「春奈は突っ走る。フォルタは横で合理を言い訳に黙認する。で、どっちも限界まで言わねえ」
春奈は、ほんの少しだけ肩の力を抜く。
春奈「……じゃあ、どうすればいい?」
ディアーは即答する。
ディアー「弱音はけ」
春奈「今吐いた」
ディアー「足りねえ」
フォルタが、わずかに前に出る。
フォルタ「私が記録します」
春奈「え?」
フォルタ「あなたの限界値を数値化します。超過前に停止させます」
ディアー「お、いいじゃねえか」
フォルタ「そして、私の異常値も同時に記録します」
春奈「フォルタの?」
フォルタ「あなたの損耗を許容し始めた場合、それは異常です」
静かに。
フォルタ「……私は、それを異常と定義します」
それは、初めての“自己規定”だった。
ディアーは満足げに頷く。
ディアー「よし。今日は及第点」
そして踵を返す。
去り際、ひらひらと手を振る。
ディアー「粥、冷める前に食えよ」
扉が閉まる。
静寂。
春奈は、そっと息を吐く。
春奈「……フォルタ」
フォルタ「はい」
春奈「ありがと」
ほんの、コンマ数秒。
フォルタの返答が遅れる。
フォルタ
「……どういたしまして」
その遅延は、
もう誤差とは言えなかった。
ディアーは本質を見ます。それを料理に置き換えていつも最適な料理を出します。
春奈の危うさを最も知り、最も最適な方法で料理を提供する。
それが彼のやさしさであり、強さでもある。




