ロシアの貴婦人
「Well, Is this your house?」
綾音は学校で習った英語を思い出して目の前の女性に尋ねる。
「No, this house belongs to my master. I live here as a tutor of his daughter.」
「えっと」
綾音は女性の英語が理解できずにあたふたする。
「こちらの家はご主人様の物ですの。わたくしはお嬢様の家庭教師をしていますわ。」
女性は日本語が分かるようだ。
「やっぱり。私この近くの中学1年生の石原綾音といいます。学校の窓から見えるお屋敷にはきっと素敵なお嬢様が住んでらっしゃるかと思ってました。勿論素敵な家庭教師もですが。」
「ありがとう。宜しければ上がっていって。お茶とお菓子を用意しますわ。」
屋敷の中はお城のように天井からシャンデリアが吊るされ花柄のソファに金のテーブルがある。
「さあ、お座りになって」
綾音は花柄のソファに座る。部屋を見渡すと柱時計やアンティークの人形、本棚にはホコリまみれの本が並べられている。綾音は本棚の本を手に取る。日本語でも英語でもない言葉で書かれている。
「そちらの本、お気に召して?」
女性がトレイに紅茶のカップをのせて持ってくる。女性はカップをテーブルの上に置く。
「すみません、可愛い挿し絵でしたから。」
綾音が手にした本の表紙には桜の木の下でドレスを着てパラソルを差した女の子が描かれている。
「それわたくしの国の本なのですの。わたくしはプリム、ロシアから参りましたの。」
プリムは元々はロシア貴族の娘だった。小説や戯曲が好きで女学校の親友達と好きな作品を芝居にして演じるのが好きな少女だった。
「ねえ、皆様、お願いがありますの。」
プリムが17歳の時級友に話を持ち掛けた。
「何ですの?」
「わたくしのお母様が来月誕生日なのですの。それでお母様の好きな話を芝居にして上演したいと思いますの。」
プリムは一冊の本を取り出す。
「今貴女が持っているその本ですわ。」
綾音は手元にある本に目をやる。
「桜の園って言いますの。」
「桜の園?」
級友の1人が尋ねる。
「チェーホフですわね。」
「わたくしも好きですわ。」
プリムは放課後になると自宅の私室に級友達を招き稽古をする。プリムが演じたのはリューバ夫人、桜の木が咲くお屋敷の女主人だ。
「いえ、わたくしはこの屋敷に残るわ。」
プリムは本番姉から借りたピンクのドレスに黒いショールを羽織り観客の前に立つ。舞台は拍手に包まれて終わった。しかし
「ここがロジャート公爵の屋敷か?」
軍服を着た男達が突然屋敷にやって来た。




