虚空の階梯
ランキング戦ヴォイド・コロシアム、Iron Rank昇格トーナメント最終戦。
リングは通常の円形ではなく、投げ銭によって生成された「崩落廃墟」モード。
瓦礫の山、傾いた鉄骨の塔、断続的に噴出する高温蒸気。
観客のコインが降り注ぐたび、戦場はさらに苛烈に変貌する。サクラの対戦相手は、Iron Rankの頂点に君臨する「Iron Reaver」
通称「リーパー」。
クラス:Heavy。
全身を厚いクローム装甲で覆い、両腕に仕込まれたチェーンソーとショックウェーブ発生器。
勝利数18。観客評価はIron Rank最高クラス。
彼の試合はいつも「粉砕の芸術」と呼ばれ、敗者は文字通り部品単位で散らばる。アナウンスが響く。
「最終戦、桜鉄工所・サクラ vs Iron Reaver!
投げ銭開始……現在、環境変化率87%!」
リング中央に立つサクラ。
黒のロングコート風スーツが、廃墟の風に翻る。
紅桜ブレードを低く構え、オッドアイが静かに輝く。
人工皮膚の頰に、微かな汗の粒子が浮かぶ――メンテナンス直後でも、痛覚センサーは完全オフではない。リーパーが低く笑う。
「可愛い花びらを散らして、俺の装甲に絡めてみろよ。
お前みたいなHybridは、俺の前じゃただの紙切れだ」
サクラは答えず、ただ一歩踏み出す。試合開始のブザーが鳴る。
リーパーがまず動いた。
重い足音で瓦礫を踏み砕き、チェーンソーを回転させながら突進。
投げ銭が急増し、リングに新たな鉄骨の柱が生成される。
サクラの逃げ場を塞ぐように。サクラは跳ぶ。
桜吹雪が軌跡を残し、コートの裾が翻る。
ブレードが弧を描き、鉄骨を斬り裂く。
金属の悲鳴が響き、火花が散る。
だがリーパーは怯まない。
ショックウェーブを放ち、空気を震わせる。
衝撃波がサクラの体を捉え、義体の関節が軋む。痛覚が、100%近い割合で共有される。
観客席から悲鳴と歓声が混じる。
アーク・ヘヴンの貴族たちは、ワイングラスを傾けながらスライダーを上げる。サクラは膝をつきかけるが、すぐに体を起こす。
「……痛い。でも……これくらいなら」
彼女の声は、ほとんど囁きに近い。リーパーが追撃する。
チェーンソーが唸りを上げ、サクラの左腕を狙う。
サクラは身を翻し、ブレードで受け止める。
金属同士の激突。
火花が桜のように舞う。
だが、リーパーのパワーは圧倒的だ。
徐々にサクラの体が押し込まれ、膝が瓦礫に沈む。
「終わりだ、花びら」
リーパーの装甲が赤く発光し、最終武装――「Reaver Crush」が起動。
両腕が巨大なクラッシャー状に変形し、サクラを潰しにかかる。その瞬間、サクラのオッドアイが、赤く強く輝いた。
「散っても……咲く」
紅桜ブレードが、逆手に持ち替えられる。
桜吹雪が一気に爆発し、リング全体を覆う。
視界が赤い花弁で埋め尽くされる。
リーパーのセンサーが一瞬混乱する。サクラは瓦礫の山を蹴り、跳躍。
空中で体を捻り、ブレードを逆手に構えて落下。
刃先が、リーパーの胸部装甲の継ぎ目を正確に捉える。ギィィィン!金属が裂ける音。
装甲が剥がれ、内部のコアユニットが露出。
リーパーが咆哮するが、サクラは止まらない。
二閃、三閃。
桜の嵐が、リーパーの体を切り刻む。
冷却液が噴き出し、火花が散る。最後の投げ銭が、雪崩のように降り注ぐ。
環境変化率が100%を超え、リングに新たな崩落が起きる。
瓦礫がリーパーの体を押し潰す。
「勝者――桜鉄工所、サクラ!!」
アナウンスが轟く。
リングに沈黙が訪れ、次いで爆発的な歓声。サクラは膝をつき、ブレードを支えに立ち上がる。
コートの裾が、冷却液と血のような赤で染まっている。
人工皮膚の左腕に、深い亀裂が入っている。
痛覚が、ゆっくりと戻ってくる。
「……レン。シズク。
Chrome Rank……行けたよ」
小さな呟きは、歓声にかき消される。
だが、オッドアイの奥に、確かに光が宿っていた。散った桜は、また一つ、強く咲いた。




