虚空の起源
ジャンク・クレーターの中心、ヴォイド・コロシアムの巨大な鉄骨ドームの下。
夜の闇に浮かぶ無数のネオンとホログラムが、闘技場の外周を照らす。
ここは下層の心臓部。
誰もが知っている場所だが、その「始まり」を知る者は少ない。
起源は、2072年――ナノ・カタストロフの直後。
世界が灰に塗れた直後、上層の企業連合は「再建」の名の下に、膨大なナノマシンを下層にばら撒いた。
目的は「復興」ではなく、生存者の監視と制御。
ナノは空気中に漂い、人々の体に侵入し、行動を記録し続けた。
だが、制御不能になったナノは、暴走を開始した。
感染者は、次々と「エコー・ロス」を発症。
感情が薄れ、記憶が欠け、ただ機械のように動く存在へと変わっていった。
そんな中、下層のスクラップ商人と元企業技術者たちが、生き残りのために始めた「実験」があった。
廃墟の地下シェルターで、彼らはナノ暴走を逆手に取った。
感染者の義体を改造し、痛覚センサーを強制共有するシステムを構築した。
最初は「生存訓練」だった。
互いの痛みを共有すれば、弱い者はすぐに死に、強い者だけが生き残れる――そう考えた。
だが、実験はすぐに「娯楽」へと変質した。
企業連合の監視網を逆利用し、共有された痛覚データを上層にストリーミング配信。
アーク・ヘヴンの貴族たちは、ワインを傾けながら、下層の苦痛を「リアルなエンターテイメント」として楽しんだ。
投げ銭は即座にコインとして下層に還元され、勝者は富を得、敗者は消えた。
こうして生まれたのが、ヴォイド・コロシアム。
名称の「ヴォイド」は、単なる虚空を意味しない。
ナノ暴走で生まれた「エコー・ロス」の象徴――人間性の「虚空(void)」を、リング上で見せしめる場。
コロシアムは、ただの闘技場ではない。
下層の者たちが「人間だった頃の残滓」を賭けて戦う、絶望の劇場だ。
最初の試合は、2073年。
参加者はわずか12人。
観客は地下シェルターの数十人だけ。
勝者は、紅蓮の炎のような義体を纏った男。
彼は勝利の報酬として得たコインで、シェルターの拡張を命じた。
それが、今の直径300メートルの巨大ドームの原型。
やがてコロシアムは拡大し、アーク・ヘヴンからの公式中継が始まった。
企業連合は「社会安定装置」としてこれを黙認。
下層のエネルギーを、リングに吐き出させることで、反乱を防いだ。
今、2079年。
コロシアムは下層最大の産業となり、毎日数千の義体戦士がリングに立つ。
投げ銭は環境を変え、障害物を生み、時には戦場そのものを書き換える。
勝利は一夜の富、敗北は永遠の虚空。
だが、誰も口にしない真実がある。
ヴォイド・コロシアムは、決して「娯楽」だけのために生まれたのではない。
それは、ナノ・カタストロフの「失敗」を、永遠に繰り返すための装置だ。
人間性を失わせ、エコー・ロスを加速させる、完璧な牢獄。
リングの中央に、かすかに刻まれた古いロゴ。
「Void Project - Phase 1」。
起源は、救済の名の下に始まった実験。
そして今、それは散る桜のように、美しく残酷に咲き続けている。




