挑発
桜鉄工所、地下工房「桜の間」
深夜のハッキング継続中。
シズクはスクリーンの青白い光に顔を照らされ、唇の端をわずかに上げていた。
シルバーヘアが汗で額に張り付き、指先がキーボードを滑る速度は、まるでピアノを奏でるように優雅。
クゥちゃんは膝の上にちょこんと座り、尻尾をゆっくり振っている。
「にゃーん……」と低く鳴く声は、まるで「危ないよ?」と警告しているようだ。
シズクは小さく息を吐き、画面に映る「バックドア設置完了」の偽装ログを睨む。
「……かかったな、Vera Iron」
彼女は最初から、罠だと分かっていた。
Iron Legionのバックチャネルに潜入した瞬間、
「甘すぎる」
ファイアウォールの穴、
「わざとらしい」
弱トラップの配置、
そして、メモパッドに残された
「本物っぽいけど少し甘い」
データすべてが、完璧に匂っていた。
「女王様、相手を舐めすぎ。
あたし、12歳の頃からNetの闇で生きてきたんだよ?
おとり罠なんて、腐るほど嗅いできた」
シズクは侵入ログを逆探知しつつ、
自分の端末から微かな「逆流データ」を送り続けていた。
ヴェラ側が仕込んだウイルス入りパケット。
シズクはそれをダウンロードしたふりをしつつ、
即座に隔離サンドボックスに閉じ込め、
中身を解析・改変していた。
ウイルスは確かに強力。
桜鉄工所の全システムにバックドアを広げる設計。
だが、シズクはそれを「逆利用」するコードを、すでに仕込んでいた。
「これで……」
彼女はEnterキーを叩く。
画面に、桜の花びらがデジタルで舞うエフェクトが広がる。
それは、シズクのシグネチャー。
そして、罠の逆転の合図。
逆流データがIron Legionのフォージ・コアに流れ込む。
ヴェラのプライベートチャネルに、偽の「桜鉄工所からの反撃ログ」を注入。
内容はこうだ:
シズク(桜鉄工所)による不正侵入検知。
Iron Legionのバックドア設置を確認。
証拠:侵入元IP、改変ウイルスパケットのハッシュ(添付)。
要求:ヴォイド・コロシアム仲裁AIへ即時通報。
Iron Legionの不正行為として、制裁措置を申請。
さらに、シズクはヴェラの個人メモパッドに、
「追記」として短いメッセージを残した。
「女王様、鉄の檻は脆いよ。
散っても咲く絆は、コードじゃ壊せない。
次はあたしが、君のデータを『教育』してあげるね♡」
送信完了。
シズクは背もたれに体を預け、深く息を吐く。
クゥちゃんが「にゃんにゃーん♪」と飛び跳ね、
彼女の頰を前足でぺちぺち叩く。
「ありがと、クゥちゃん。
おかげで冷静にやれたよ」
彼女は寝室の方を振り返る。
レンとサクラの寝息が、まだ穏やかに聞こえてくる。
「レン姉、サクラ……
あたしが守る。
この作戦、成功したら……
みんなで、もっと高く咲ける」
シズクはスクリーンを暗くし、
クゥちゃんを抱き上げて立ち上がる。
瞳には、Netハッカーの冷徹さと、
家族を守る妹分の熱い決意が、混ざり合っていた。
ヴォイド・コロシアムの仲裁AIに、
ほぼ同時刻、二つの通報が届く。
一方はIron Legionから。
もう一方は、桜鉄工所から。
鉄の女王と、桜の妹分の、
静かな逆転の幕が上がった。




