シズクの冒険
祝勝の夜から数時間後。
甘い余韻がまだ空気に残る中、レンとサクラは奥の寝室スペースで寄り添って眠りについていた。
工房のメインエリアでは、シズクが一人、青白いホログラムスクリーンの前に座り込んでいた。
シルバーヘアをポニーテールにまとめ、普段の妹分らしい無邪気さはどこへやら。
瞳にはNetクラスのハッカーが宿す、冷たい集中の光が宿っている。
クゥちゃんは彼女の膝の上に丸くなり、「にゃー……」と小さく鳴いて見守る。
シズクの指が高速でキーボードを叩く。
画面にはIron Legionの暗号化されたバックチャネルが、次々と剥がれていく。
「ふふん……Vera Ironの鉄の女王様、
意外とセキュリティ甘いじゃん?」
彼女は小さく笑う。
Chrome Rank初戦の投げ銭ログを逆探知し、そこからIron Legionの内部通信に潜り込んだのだ。
最初のターゲットは、Forgeの義眼ログ。
リアルタイムでサクラの戦闘データを解析していた痕跡が、鮮明に残っている。
「へぇ……最後の紅桜斬撃、予測精度89%で外したんだ。
『計算外』って本気で言ってたのね、女王様」
シズクはさらに深く潜る。
ヴェラのプライベートチャネル――Neon Rankトップしかアクセスできない暗号化回線。
ファイアウォールを一つずつ、まるで糸を解くように剥がしていく。
途中でトラップに引っかかりそうになるが、クゥちゃんが「にゃっ!」と警告音を鳴らし、
シズクは即座にバックドアを切り替える。
「ありがと、クゥちゃん。
パパの猫耳センサー、今日も冴えてるね」
そして――ついに到達した。
ヴェラの個人メモパッド。
そこに、短いテキストが浮かぶ。
サクラ(桜鉄工所)
Hybrid / Chrome Rank昇格
エコー・ロス率:12.7%(異常低値)
人間性維持の鍵:レンとの絆?
弱点候補:感情依存。
次戦で環境投げ銭を「エコー崩壊フィールド」に誘導推奨。
……散っても咲く、か。面白い。
壊して、確かめたい。
シズクの瞳が細くなる。
「…ふざけんなよ。
レン姉とサクラの絆を、ただの弱点扱い?」
彼女はさらにスクロール。
そこには、ヴェラがIron Legionのメンバーに向けて送った暗号メッセージの断片。
次の標的:桜鉄工所。
女王の狩りは、まだ始まったばかり。
シズクは息を吐き、スクリーンを一瞬暗くする。
クゥちゃんが心配そうに「にゃーん?」と顔を覗き込む。
「大丈夫だよ、クゥちゃん。
これは……私たちの冒険の始まりかもね」
シズクは立ち上がり、寝室の方をチラリと見る。
レンとサクラの寝息が、静かに聞こえてくる。
「レン姉とサクラには、まだ内緒。
でも、Iron Legionが本気で来るなら……
私も、Netの力で守ってみせる」
彼女は再びキーボードに手を置き、
今度は逆ハッキングの準備を始める。
ヴェラの通信ログに、偽のデータを流し込み、
桜鉄工所の位置情報を撹乱するトラップを仕掛けていく。
画面に、桜の花びらがデジタルで舞うエフェクトが一瞬浮かぶ。
シズクのオリジナル。
「散っても咲く」絆を、コードで守るための。
「Vera Iron……
女王様の鉄の檻、ちょっと崩してあげるね」
クゥちゃんが膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし、
シズクは小さく微笑む。
ハッキングの冒険は、静かに、しかし確実に始まっていた。




