ヴェラ・アイアン
ヴォイド・コロシアムの最上階、VIPスタンド「アイアン・ロフト」。
厚い強化ガラス越しに、溶融廃墟のフィールドがまだ熱を帯びて赤く脈打っている。
観客の歓声と投げ銭の電子音が遠く響き、画面には
「CHROME RANK PROMOTION MATCH - SAKURA vs CHROME TALON - WINNER: SAKURA」
の文字が煌々と浮かんでいた。
ヴェラ・アイアンは、黒革のハイバックチェアに深く腰を沈め、片肘をアームレストに預けていた。
銀灰色のロングコートが肩から滑り落ちそうになるのを、彼女は指先で軽く払う。
瞳は氷のように冷たく、しかしその奥に小さな火が灯っていた。
「…終わったわね」
隣に控える側近
Iron Legionの副官、
コードネーム「Forge」が、静かに頷く。
彼の義眼が赤く点滅し、リアルタイムの戦闘データを映し出していた。
「投げ銭総額はChrome Rank初戦としては異例の数字です。
桜吹雪エフェクトが観客の心を掴んだようです。特に最後の逆転・紅桜斬撃。あれは計算外でした」ヴェラの唇が、わずかに弧を描く。
笑みとも嘲りともつかない、しかし確かに感情の揺らぎ。
「計算外、ね。
それが面白いんじゃない」
彼女はゆっくりと立ち上がり、ガラスに近づく。
下のフィールドでは、サクラが紅桜ブレードを収め、観客席に向かって軽く手を振っていた。
黒コート風のバトルスーツが汗と埃で汚れ、機械むき出しの義肢が赤い桜の残光を反射している。
その隣で、クゥちゃんが「にゃーん!」と飛び跳ね、シズクが興奮気味にタブレットを叩いているのが、遠隔カメラ越しに小さく映っていた。
ヴェラは指先でガラスを軽く叩く。
まるで、そこにいる少女に直接触れるかのように。
「Hybridクラスで、あの機動性と火力。
しかもあんなに『人間くさい』戦い方をするなんて……」
Forgeが静かに補足する。
「データによると、彼女のエコー・ロス率は現在12.7%。
Neon Rank平均が38%を超えていることを考えると、異常な低さです。
人間性を維持したまま戦える稀有な個体……」
「稀有、か」
ヴェラは小さく息を吐く。
「それとも、ただの未熟さかしら」
彼女は振り返り、Forgeの義眼を真正面から見据える。
その視線だけで、空気がわずかに凍る。
「次の試合までに、桜鉄工所の全データを引き出して。
レンのメンテナンスログ、シズクのハッキング痕跡、クゥちゃんの制御プロトコル……全部。
そして――」
ヴェラは再びフィールドに視線を戻す。
サクラが工房スタッフに囲まれ、笑顔でハイタッチを交わしている姿を、じっと見つめて。
「…あの子の『散っても咲く』が、どこまで本物か。
確かめたいわ」
Forgeが一礼する。
「了解しました、Iron Queen」
ヴェラはもう一度、唇の端を上げる。
今度ははっきりと、楽しげに。
「いいライバルになりそうね、サクラ」
スタンドの照明が彼女の銀髪を冷たく照らし、
その背後で、Iron Legionのクローム鷲ロゴが赤い回路を脈打たせながら、静かに点滅を始めた。
桜鉄工所に、新たな嵐の予感が忍び寄る。




