溶融の爪痕
ヴォイド・コロシアムのChrome Rankリングは、まるで生き物のように脈打っていた。
地面の亀裂から噴き出す溶融液は、赤黒い血管のように広がり、触れた金属をゆっくりと飲み込んでいく。
空気は熱で歪み、息をするたびに肺が焼けるような錯覚を覚える。
観客の投げ銭は、もはや雨ではなく、鋼鉄の嵐。
毎秒ごとに環境が書き換えられ、リングの形そのものが変わっていく。
アナウンスの声が、歪んだエコーで響く。
「試合開始!
桜鉄工所、サクラ vs Iron Legion、Chrome Talon!!」
ブザーが鳴った瞬間、Chrome Talonは動かなかった。
代わりに、二機のレギオン・ドローンが同時に離陸。
無音で弧を描き、サクラの左右を挟むように位置を取る。
その背後で、Chrome Talonの肩翼がゆっくり展開。
爪状ブレード「Talon Melt」が、溶融液を滴らせながら低く唸る。
「逃げ場はない。
お前の動きは、すでに読んでいる」
声は静かだった。
だが、その静けさが逆に威圧的だ。
サクラは紅桜ブレードを片手で軽く持ち替え、視線をドローンに移す。
人工皮膚の表面が熱で微かにひび割れ始め、内部の赤い回路が透けて見える。
彼女は一歩も引かず、逆に一歩踏み出した。
「読まれているなら……読ませておく」
その瞬間、サクラの体が霞む。
桜吹雪のナノ粒子が、溶融の熱に逆らって一斉に爆ぜる。
花弁は通常の赤ではなく、熱で変色した橙と紫のグラデーションを描き、リング全体を埋め尽くす。
視界が一瞬で花の渦に飲み込まれる。
Chrome Talonのセンサーが警告を発する。
ドローンが即座に電磁パルスを放つが、花弁の嵐はパルスを散らし、逆に反射するように拡散。
Chrome Talonの視界が乱れる。
「――幻か」
爪ブレードが空を切る。
サクラはすでに背後に回り込んでいた。
紅桜ブレードを逆手に持ち、Chrome Talonの背部装甲の隙間を狙う。
刃先が触れた瞬間、耐熱粒子が爆発的に反応。
金属がジュッと音を立てて溶け始める。
「――!」
Chrome Talonが即座に反転。
翼パーツが回転し、溶融フィールドを最大展開。
リングの半径10メートルが一瞬で灼熱のドームに変わる。
サクラのコートが炎上し始め、人工皮膚が剥がれ落ちる速度が加速する。
痛みは、波のように襲ってくる。
だが、サクラは叫ばない。
代わりに、ブレードを地面に突き立てる。
「咲け」
紅桜ブレードの柄から、ナノ粒子が逆流するように噴出。
地面の溶融液と混じり合い、赤熱した花弁が逆流してリング全体に広がる。
溶融液が逆に「凍る」ように固まり始め、Chrome Talonの足元を封じる。
「――何だ、これは」
Chrome Talonの声に、初めて動揺が混じる。
ドローンが慌ててサクラを狙うが、花弁の渦がドローンを絡め取り、回転しながら引き裂く。
一機が爆発。
もう一機が炎上しながら墜落。
Chrome Talonが咆哮する。
爪ブレードを両手で構え、全力で突進。
溶融フィールドを纏ったままの突撃は、まるで赤い流星のようだ。
サクラは動かない。
ただ、ブレードを高く掲げる。
「鉄は熱に弱い。
熱は……花に変わる」
刃先が、Chrome Talonの胸部装甲に直撃。
耐熱粒子が最大出力で炸裂し、溶融液を逆利用した爆風が発生。
Chrome Talonの装甲が、内側から溶け崩れ始める。
ギィィィン……!
金属の悲鳴。
爪ブレードが折れ、翼パーツが爆ぜる。
Chrome Talonの体が、膝から崩れ落ちる。
「勝者――桜鉄工所、サクラ!!」
アナウンスが轟く中、サクラはブレードを支えに立ち続ける。
コートの残骸が風に舞い、人工皮膚の剥がれた部分から赤い回路が露出している。
オッドアイは、静かに輝いていた。
「……溶けたのは、鉄の方だったね」
観客の歓声が、リングを震わせる。
投げ銭の嵐が、サクラの周りを桜のように舞う。
散った花弁は、また一つ、強く根を張った。
第1章エンディング
夜に掛ける炎
作詞 リン 作曲 R.O(suno)
【https://drive.google.com/file/d/16Q-djXuZdN_6rnq3j8oo7hUpj0n0sj6T/view?usp=drivesdk】
WIZARDの物語
【https://ncode.syosetu.com/n7722li/】




