S6:ラスボス誕生
ミレイユが支配者権限でメッセージを送ってから、ほんの数分後。
扉がノックされた。
「真祖様、サキです。お呼びでしょうか」
落ち着いた、優雅な声。
「ええ、入って」
ミレイユが答えると、扉が静かに開いた。
入ってきたのは、黒髪の美しい吸血鬼だった。
艶やかな黒髪はウェーブがかかり、腰まで伸びている。頭には白いメイドカチューシャに赤い薔薇の飾り。赤い瞳は知性と落ち着きに満ちている。
服装は黒と白を基調としたメイド服。白いエプロンドレスの下には黒いコルセットドレスが見え、何層にも重なったフリルスカート。胸元には白いフリルと赤いリボンの装飾。黒いストッキングに包まれた脚は、優雅さと実用性を兼ね備えている。
全体的に、完璧なメイドという印象だった。
「真祖様、お久しぶりです」
サキは部屋に入ると、まずミレイユに深々と一礼した。
「ええ、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
「ありがとうございます。真祖様も……」
サキがミレイユを見て、少し驚いたような表情を浮かべた。
「顔色が良くなられましたね。まるで、血を吸われたかのような」
「……その通りよ」
ミレイユが少し頬を染める。
「こちらの方から、少しいただいたわ」
サキの視線が、私に向けられた。
赤い瞳が、じっと私を観察する。値踏みするような、でも敵意のない視線。
「初めまして。私はサキと申します。真祖様に仕える吸血鬼です」
サキが優雅にお辞儀をした。
「あ、初めまして。サラです」
私も慌てて頭を下げる。
「サラ様は……異邦人の方でしょうか?」
「異邦人?」
「ええ。女神アイシア様から伺っておりました。もうすぐ、別の世界から多くの方々がいらっしゃると」
サキが説明する。
「そのために、ここ何十年もかけて準備をしてまいりました。冒険者ギルドの整備、ダンジョンの管理体制、宿屋や商店の拡充……」
何でも、冒険者を強さに応じてレベル1から10まで分けたらしく、新しく入ってきた冒険者は自動的にレベルが1からスタートし、実績などに応じてレベルが上がって行く。
また、ダンジョンについても、見つかっている全てのダンジョンを調査し、難易度によってレベル1から10までつけたとの事。そしてまた、新しいダンジョンが見つかったら、すぐに調査に行き、レベルをつけているとの事。
そして、ダンジョンの難易度の目安としては、レベル3の冒険者が4人集まったら、レベル3のダンジョンが攻略することができるという感じらしい。
「へぇ、そんなに準備してたんだ」
「はい。民衆にも『異なる世界の者が来る』と伝え、混乱しないよう準備を整えております」
サキは誇らしげに言った。
「異邦人の方々を、我々は心より歓迎いたします」
「ありがとうございます」
真面目で有能そうな人だ。ミレイユが信頼するのも納得できる。
「サキ」
ミレイユが口を開いた。
「実は、大変なことが起きたの」
「大変なこと?」
「ええ。私……サラの配下になってしまったわ」
「は?」
サキの表情が、初めて驚きに染まった。
「真祖様が……配下に?」
「ええ。私が『強欲』を使って、失敗したの」
ミレイユが恥ずかしそうに説明する。
「サラは支配者階級スキルを持っていたから、効果が反転してしまって」
「それは……」
サキは言葉を失った。
そして、改めて私を見る。その目には、明らかな警戒心が浮かんでいる。
「あの、大丈夫です」
私は慌てて言った。
「ミレイユさんや、皆さんに悪いことをするつもりはありません」
「……本当に?」
「本当です。というか、私も困ってるんです。いきなり配下が増えて」
私は正直に答えた。
「それに、私には役割があって」
「役割?」
「はい。実は……私、世界の管理者なんです」
その言葉に、サキの目が見開かれた。
「世界の……管理者?」
「ええ。女神アイシア様から、管理者権限をいただきました」
私は自分のステータスを表示する。
サキとミレイユが、その画面を見つめる。
「本当に……管理者権限が……」
サキが呆然と呟いた。
「世界の管理者は、今のところ精霊王様だけだと伺っていましたが」
「私が二人目です」
「それは……」
サキは深く息を吸った。
そして、膝をついた。
「サキ?」
「真祖様が配下になられたということは、私たち吸血鬼全員が、サラ様の配下ということになります」
サキが頭を下げた。
「世界の管理者にして、我らが主。どうか、よろしくお願いいたします」
「あ、頭を上げてください!」
私は慌てた。
「そんなに畏まらなくても……」
「いえ、礼儀は大切です」
サキはきっぱりと言った。
でも、その表情は少し和らいでいた。
私が本当に管理者だと分かって、安心したのかもしれない。
「お姉様」
ミレイユが突然、私を呼んだ。
「え? お姉様?」
「だって、サラは世界の管理者でしょう? 精霊王様に次ぐ、二人目の管理者」
ミレイユが真剣な目で私を見た。
「そんな方を、名前で呼び捨てにするわけにはいかないわ」
「いや、でも……」
「それに、私はサラの配下になった。主従関係もある」
ミレイユは続けた。
「でも、主人と呼ぶのは少し寂しい。だから……お姉様と呼ばせてもらうわ」
「お姉様……」
「ダメ?」
ミレイユが少し不安そうに尋ねる。
「ダメじゃないけど……なんか照れくさいね」
「慣れてちょうだい、お姉様」
ミレイユが微笑む。
その笑顔は、さっきまでとは違って、本当に心から信頼してくれているように見えた。
「分かった。じゃあ、ミレイユ」
「はい、お姉様」
「これからよろしくね」
「こちらこそ」
「それで、お姉様」
ミレイユが改めて言った。
「今後のことを相談したいのですが」
「うん」
私たちは、豪華なテーブルを囲んで座った。私、ミレイユ、サキ、そしてエレン。
「まず、異邦人についてですが」
サキが口火を切った。
「女神アイシア様から伺った話では、異邦人たちは『ゲーム』だと思ってこの世界に来るとか」
「はい、そうです」
私は頷いた。
「地球では、この世界は『Alvaria Incognita Online』という新作ゲームとして紹介されています」
「ゲーム……」
サキが少し困ったような顔をした。
「つまり、異邦人たちは、この世界を遊び場だと思っているということですか?」
「そう……なりますね」
「それは、少し問題かもしれません」
サキが真剣な表情になった。
「この世界には、本当に暮らしている人々がいます。彼らにとって、これは現実です」
「分かります」
私も頷いた。
「だから、管理者として、異邦人たちを楽しませつつ、この世界の住人とも良い関係を築けるようにしないといけないんです」
「それには……何が必要でしょう?」
「イベントです」
私ははっきりと答えた。
「ゲームには、イベントが必要なんです。プレイヤーたちが楽しめる、特別な出来事」
「イベント……」
「例えば、季節ごとのお祭りとか、特別なクエストとか」
私は説明を続ける。
「そういったイベントがあれば、プレイヤーたちはこの世界をもっと楽しめます。そして、楽しんでもらえれば、この世界に留まってくれる」
「なるほど……」
ミレイユが頷いた。
「異邦人たちに、この世界を好きになってもらう。そして、できれば住人になってもらう」
「その通りです」
私は頷いた。
「そのためには、この世界が本当に魅力的だと思ってもらう必要があります」
「それで、一つ提案があるんです」
私は少し躊躇したあと、言った。
「ゲームには、ラスボスが必要だと思うんです」
「ラスボス?」
ミレイユが首を傾げた。
「最終的な目標となる、強大な敵のことです」
私は説明する。
「プレイヤーたちが『いつかあの敵を倒したい』と思えるような、象徴的な存在」
「なるほど……確かに、目標があった方が楽しめそうですね」
エレンが感心したように言った。
「でも、誰がそのラスボスになるんですか?」
「それが問題なんです」
私は頭を抱えた。
「私は強すぎる。支配者階級スキルを複数持ってるし、管理者権限もある」
「確かに……お姉様がラスボスでは、誰も勝てませんね」
ミレイユが苦笑する。
「ミレイユも同じです。支配者階級スキルを持ってるし、真祖吸血鬼として強すぎる」
「では、私が?」
サキが提案した。
「いえ、サキさんは国家運営で忙しいでしょう?」
「それは……そうですが」
サキが困ったような顔をした。
「ラスボスは、プレイヤーたちと定期的に戦う必要があります。それには時間が必要です」
「なるほど……」
「だから」
私は言った。
「ミレイユの配下の中から、適切な強さの吸血鬼を選んで、ラスボスになってもらうのはどうでしょう?」
「私の配下から……」
ミレイユが考え込む。
「それは良い案かもしれませんね。でも、誰を選べば……」
「何人か候補を呼んでもらえますか?」
「分かりました。サキ、何人か呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
しばらくして、部屋には数人の吸血鬼が集まっていた。
みんな、それぞれ個性的な外見と雰囲気を持っている。
私は一人一人を見ていった。
戦闘能力、性格、外見……色々な要素を考慮する。
そして――。
「あの」
私は一人の吸血鬼を指差した。
銀髪の、とても美しい吸血鬼。
髪には青い花の髪飾り。赤い瞳は少し困ったような表情を浮かべている。
服装は紫を基調としたゴシックドレス。胸元は大きく開いており、豊かな胸が強調されている。黒いレースの装飾が、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「あなた、名前は?」
「アキと申します」
落ち着いた、でも少し緊張した声。
「アキさん、戦闘能力はどのくらい?」
「上級吸血鬼の中では、中堅程度かと」
「上級吸血鬼って何?」
サキが答える
「上級吸血鬼というのは、真祖様に直接眷属ににしてもらった吸血鬼のことです。」
サキの話によると、この世界の吸血鬼には大きくわけて真祖吸血鬼、上級吸血鬼、下級吸血鬼の三種類おり、真祖吸血鬼は、最初から吸血鬼だった者で、この世界ではミレイユしかいない。
そして、上級吸血鬼は真祖吸血鬼に直接眷属にしてもらった吸血鬼のことで、下級吸血鬼は上級吸血鬼に眷属にしてもらった吸血鬼のことを指し、下級吸血鬼は眷属を作ることができない。
また、真祖吸血鬼は、日光などの吸血鬼の弱点を克服しており、血も吸わなくて良い存在で、上級吸血鬼は、日光などの吸血鬼の弱点は克服しているが、血は定期的に吸わないといけない存在で、下級吸血鬼は日光などの吸血鬼の弱点も克服していないし、血も定期的に吸わないといけない存在らしい。
ちなみに、下級吸血鬼から上級吸血鬼に進化した者は何人かいるが、上級吸血鬼から真祖吸血鬼に進化した者はまだいないとの事。
「なるほど……」
ちょうど良い強さだ。強すぎず、でも弱すぎない。
「それに……」
私は小声でエレンに囁いた。
「胸が一番大きいよね」
「え? それが理由ですか!?」
エレンが驚きの声を上げた。
「だって、ラスボスは印象に残らないと」
「いや、でもそれは……」
「胸が大きいと、プレイヤーたちの記憶に残りやすいでしょ?」
「サラさん、それはあまりにも……」
でも、私の決意は固かった。
「アキさん」
私は改めてアキを見た。
「あなたに、ゲームのラスボス的存在になってもらいたいんです」
「え?」
アキの目が見開かれた。
「ラスボス……ですか?」
「はい。プレイヤーたちと戦い、この世界の象徴的な敵になってもらいます」
「それは……」
アキが困ったような表情を浮かべた。
「私で、よろしいのでしょうか?」
「はい。戦闘能力も適切ですし、外見も……印象的ですから」
私は胸を見ないように努力しながら言った。
「でも、私は……」
「アキ」
ミレイユが口を開いた。
「お姉様の命令よ。受け入れなさい」
「真祖様……」
アキは、ミレイユを見た。そして、私を見た。
この場には、真祖吸血鬼がいる。そして、その真祖よりも上位の存在である私がいる。
否と言える立場ではない。
「……分かりました」
アキが深く頭を下げた。
「微力ながら、ラスボスとしてお役に立てるよう努めます」
「ありがとうございます」
私は心から感謝した。
こんなクソみたいな理由で選ばれて、可哀想だけど……。
(ごめんね、アキさん)
心の中で謝りながら、私は続けた。
「それでは、今後の方針をまとめましょう」
サキが真面目な顔で言った。
「アキ様が、旅をしている異邦人達たまに接触し、ラスボスとして振る舞う」
「はい」
「異邦人たちは、アキ様を倒すことを目標の一つとして、この世界で冒険する」
「その通りです」
私は頷いた。
「もちろん、アキさんだけじゃなくて、他にもイベントを企画します。季節のお祭りとか、特別なクエストとか」
「なるほど。それなら、異邦人たちも楽しめそうですね」
ミレイユが微笑む。
「お姉様は、管理者としてイベントを企画する。私たちは、それをサポートする」
「はい。みんなで協力して、この世界を盛り上げていきましょう」
「分かりました、お姉様」
ミレイユが立ち上がった。
「それでは、早速準備を始めましょう。アキには、ラスボスとしての演技を教える必要がありますし」
「演技?」
「ええ。ラスボスらしく、威厳を持って振る舞わないと」
ミレイユがアキを見た。
「大丈夫よ、アキ。私が指導してあげるわ」
「は、はい……」
アキが不安そうな顔をする。
可哀想に。でも、きっと良いラスボスになってくれるはずだ。
こうして、私たちの計画が動き出した。
アキをラスボスにして、異邦人たちと交流する。
この世界を盛り上げて、プレイヤーたちに楽しんでもらう。
そして最終的には、この世界の住人になってもらう。
「お姉様」
ミレイユが私の手を取った。
「私たち、頑張りましょうね」
「うん。一緒に頑張ろう」
私は微笑んだ。
開始5秒で蟲魔王になり、転移5秒で真祖吸血鬼を配下にした私。
そして今、ゲームのラスボスまで決めてしまった。
これから、どんな展開が待っているのか。
それは、まだ誰にも分からない。
でも――きっと、楽しいものになるだろう。
そう確信しながら、私は新たな一歩を踏み出した。
管理者として。
この世界を盛り上げる者として。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




