S10:聖女イレーヌ
「イレーヌ様は、神殿の祈祷室におられます」
サキが案内してくれた。
神殿の奥深く、静謐な空気が漂う場所。
大きな扉の前で、サキがノックする。
「イレーヌ様、真祖様とサラ様がお見えです」
「……どうぞ」
中から、柔らかな女性の声が聞こえた。
扉が開く。
祈祷室の中央には、祭壇があった。
そして、その前に一人の女性が跪いていた。
銀髪に緑の瞳。透き通るような白い肌。頭には金色の光輪と、豪華な宝冠。
服装は白と淡い青、そして金を基調とした聖職者の衣装。幾重にも重なったドレスは、まるで天使のよう。胸元には金の装飾と青い宝石。全身に施された十字架や聖なる紋様が、神聖さを強調している。
全体的に、「聖女」という名にふさわしい、神々しい姿だった。
でも、その表情は――どこか寂しそうに見えた。
「真祖様。お久しぶりです」
イレーヌが立ち上がり、優雅にお辞儀をした。
「久しぶりね。イレーヌ」
ミレイユが微笑む。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
イレーヌの視線が、私に向けられる。
優しい目。でも、どこか諦めたような、悲しみを秘めた目。
「初めまして。サラと言います」
私は笑顔で答えた。
「世界の管理者として、イレーヌさんにお話があって」
「管理者……?」
イレーヌの目が少し驚いたように見開かれた。
「はい。女神アイシア様から、管理者権限をいただきました」
「それは……光栄です」
イレーヌが改めて深くお辞儀をした。
「どうぞ、こちらへ」
祈祷室の隅にある応接スペースに案内された。
柔らかなソファに座り、イレーヌが淹れてくれたお茶を飲みながら、私は切り出した。
「イレーヌさん、スキル『聖女』について聞きたいんです」
「聖女……」
イレーヌの表情が、少し曇った。
「何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「そのスキルを持っていて、辛くないですか?」
私は率直に尋ねた。
イレーヌが、少し驚いたような顔をした。
「……なぜ、そう思われるのですか?」
「だって、国から出られないんでしょ? それって、辛いことじゃないのかなって」
「……」
イレーヌは少し黙り込んだ。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「辛く……ないと言えば、嘘になります」
その声は、静かだった。
「私は聖女として選ばれこの力を得ました。この力は、素晴らしいものです」
「どんな傷も、どんな病気も治せる。人々の苦しみを取り除くことができる」
イレーヌが窓の外を見た。
「でも、この神聖国でしか、その力を使えません」
「世界中には、苦しんでいる人がたくさんいます。他の国にも、病気で苦しんでいる人がいます」
「でも、私は彼らのところに行けない。国境を越えれば、私は弱体化してしまう」
イレーヌが悲しそうに微笑んだ。
「鳥籠の中の鳥のようです。美しい檻の中で、歌うことはできる。でも、空を飛ぶことはできない」
「私は、もっと多くの人を救いたい。でも、このスキルが、それを許してくれない」
イレーヌが拳を握りしめる。
「矛盾していますよね。人を救う力を持ちながら、救える人は限られている」
「イレーヌさん」
私は口を開いた。
「もし、そのスキル『聖女』を、私が引き継いだら?」
「え……?」
イレーヌの目が見開かれた。
「管理者様が、私のスキルを……?」
「うん。実は、さっきイザベラさんからスキル『魔王』を、セレンさんからスキル『勇者』を引き継いだんだ」
「魔王と勇者を……!?」
イレーヌが驚愕の表情を浮かべた。
「うん。そして、私のスキル『艶美』と相殺して、デメリットを打ち消すことに成功した。」
「相殺……」
「だから、イレーヌさんも、この重荷から解放したい」
「でも」
イレーヌが困ったような顔をした。
「スキル『聖女』のデメリットは、国から出ると弱体化することです。それを打ち消す方法は……」
「ないよね」
私は正直に答えた。
「スキル『艶美』では、弱体化を防げない」
「それなら……」
「でも、私が引き継げば、少なくともイレーヌさんは自由になれる」
私は続けた。
「イレーヌさんは、国から出られるようになる」
「え、サラさん!」
エレンが慌てて声を上げた。
「それはダメです! サラさんが国から出られなくなったら、管理者としての仕事ができなくなります!」
「大丈夫」
私は落ち着いて答えた。
「私には、支配者権限がある」
「支配者権限……?」
「うん。配下を召喚したり、配下と感覚を共有したりできる」
私は説明する。
「だから、配下の蟲たちを世界中にばら撒いて、その蟲たちと感覚を共有すれば、世界中の情報を得ることができる」
「でも、何か問題が起きたら……」
「配下の吸血鬼たちに、管理者権限で強力なスキルを与えて対処してもらえばいい」
私は続けた。
「ミレイユやサキは優秀だから、私がいなくても大丈夫」
「それは……確かにそうですが」
エレンが困ったような顔をする。
「でも、サラさん自身が自由に動けなくなるのは……」
「いいよ」
私ははっきりと言った。
「イレーヌさんを救えるなら、それでいい」
「サラさん……」
イレーヌの目が、潤んでいた。
「本当にスキルを引き継いで大丈夫ですが?」
「大丈夫。私は世界の管理者だよ?何とかなるって!」
私は自信を持って答えた。
「だから、安心して」
「管理者様……」
イレーヌの目から、涙が溢れた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
「それでは、スキル『聖女』を引き継ぎます」
イレーヌが立ち上がった。
「手を、握ってください」
私はイレーヌの手を取る。
その手は、とても柔らかくて、温かかった。
イレーヌが目を閉じる。
数秒後――。
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【システムメッセージ】
イレーヌからスキル『聖女』を継承しました
【スキル『聖女』】
効果:強力な治癒能力
生まれた国から出ると大幅に弱体化
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瞬間、私の体に変化が走った。
温かな力が体中に満ちていく。これが、治癒の力。
でも同時に、何か目に見えない鎖が、私を縛り付けたような感覚もあった。
「……これで」
イレーヌが目を開けた。
「もう、私は聖女じゃない」
その声は、信じられないという感じだった。
「何年も……ずっと背負ってきた檻が、開いた」
イレーヌが自分の手を見つめる。
「本当に……自由になれたの?」
「うん」
私は微笑んだ。
「でも、イレーヌさんの治癒能力が突然なくなると、困る人がいるよね」
「はい……私を頼りにしている人たちが」
「だから」
私は管理者権限を発動した。
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【管理者権限発動】
イレーヌにスキル『神聖魔法』を付与しました
【スキル『神聖魔法』】
効果:信仰の大きさに比例して、治癒魔法と神聖魔法の威力が上昇
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「今、『神聖魔法』というスキルを与えたよ」
「神聖魔法……?」
「信仰の大きさによって、治癒能力が変わるスキル」
私は説明する。
「イレーヌさんが、誰かを深く信じれば、その信仰の力で治癒魔法が使えるようになる」
「信仰……」
イレーヌが私を見た。
「私は……あなたを信じます」
「え?」
「あなたは、私を救ってくれました。魔王も、勇者も、聖女も救ってくれた」
イレーヌが微笑む。
「だから、私はあなたを信じます。あなたを、神のように信仰します」
「ちょ、ちょっと、神はやめて……」
「でも、本当にそう思っています」
イレーヌが手を合わせた。
「サラ様。あなたこそが、この世界の救世主です」
その瞬間、イレーヌの体が淡く光り始めた。
「これは……」
イレーヌが驚いたような顔をする。
「スキル『神聖魔法』が発動しています」
エレンが説明する。
「イレーヌ様の信仰が、とても強いのでしょう」
「試してみてください」
私は言った。
イレーヌが手をかざす。
光が溢れ出し、温かな治癒の力が部屋に満ちた。
「すごい……スキル『聖女』を持っていた時と、同じくらいの力……いえ、それ以上かもしれません」
イレーヌが驚きの表情を浮かべた。
「良かった」
私は安堵した。
これで、イレーヌは治癒能力を失わずに済む。
「サラ様」
イレーヌが私の前に跪いた。
「私を、救ってくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
「だから、お願いがあります」
イレーヌが真剣な目で私を見た。
「私を、あなたの配下にしてください」
「また……?」
もう何人目だろう。
「あなたに仕えたい。あなたの力になりたい」
イレーヌが続ける。
「私にできることは限られているけれど……それでも、恩返しがしたいのです」
「イレーヌさん……」
私は手を差し出した。
「配下じゃなくて、仲間でいいよ」
「仲間……?」
「うん。一緒に、この世界を良くしていこう」
私は微笑んだ。
イレーヌの目から、また涙が溢れた。
「……はい」
イレーヌが私の手を取った。
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【システムメッセージ】
イレーヌがあなたの配下になりました
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(あれ?また配下に……仲間って言ったはずなんだけど……まあいいか)
「こうして、魔王、勇者、聖女、全員救えたね」
私は満足げに微笑んだ。
でも、これで終わりじゃない。
これから、本当の仕事が始まる。
「それでは、今後のことを話し合いましょう」
私は支配者権限を使い、イザベラを召喚した。
光が現れ、イザベラが姿を現す。
「サラ、また呼び出して。今度は何?」
「会議をするよ」
私は答えた。
「サラ、エレン、ミレイユ、サキ、アキ、イザベラ、セレン、イレーヌ。8人で、今後について話し合おう」
「8人……」
イザベラが周囲を見回した。
「すごいメンバーね」
大きなテーブルを囲んで、8人が座る。
私、エレン、ミレイユ、サキ、アキ、イザベラ、セレン、イレーヌ。
世界の管理者、精霊、真祖吸血鬼、有能な吸血鬼、ラスボス候補、元魔王、元勇者、元聖女。
確かに、すごいメンバーだ。
「それでは、会議を始めます」
サキが議事進行役として口を開いた。
「まず、異邦人たちへのイベントについて」
「そうだね」
私は頷いた。
「サキ、異邦人達は今街で何をしているの?」
「はい。冒険者ギルドで説明を受けている者がほとんどです。人数が多く、まだ全然説明が終わっていないのが現状です。そして冒険者ギルドで登録が終わったものは、街で武器を買ったり、食料を買ったりして、ダンジョンに挑んだり、旅に出たりする者もいます。」
そしてサラが提案する
「みんな自由に楽しんでいるのね。その異邦人達を楽しませるために一つイベントを思いついたのだけど、ちょっと聞いてくれる?」
「まずは大体の異邦人達が冒険者ギルドで登録が終わったあたりで、イレーヌさんが、神託がありました。と異邦人達に伝えるんだ。」
「神託?」
イレーヌが首を傾げる。
「うん。『もうすぐ魔王が、この街に襲撃してくる』って」
「なるほど……」
サキが頷いた。
「それで、しばらく時間が経ってから、イザベラ様が神聖国に現れる」
「そうそう! イザベラさんが、自分が魔王だって名乗るの」
私は興奮気味に説明する。
「そこでセレンさんが現れて、自分が勇者だって異邦人たちに伝える」
「私が?」
セレンが驚いた顔をする。
「うん。そして、イザベラさんが『勇者がいたのか、運が悪い』って言って、南の大陸で待ってるって伝えて去る」
「面白そうですね」
ミレイユが微笑む。
「こうすれば、聖女の神託が本物だって異邦人たちに認められる」
私は続けた。
「それに、魔王と勇者のお披露目もできる」
「確かに……」
イザベラが考え込む。
「私は別に構わないけど……本当に私でいいの?」
「もちろん! イザベラさんは元魔王だし、威厳もある」
「それに」
私は付け加えた。
「これは演技だから。本当に戦うわけじゃない」
「演技……」
「うん。異邦人たちに、『魔王討伐』っていうワールドクエストを発生させるの」
「ワールドクエスト?」
「全プレイヤーが参加できる、大規模なクエストのこと」
私は説明する。
「魔王を倒すっていう目標があれば、異邦人たちは頑張って冒険するでしょ」
「なるほど……」
サキが納得したように頷いた。
「異邦人たちに、明確な目標を与えるわけですね」
「その通り!」
「面白そう!」
エレンが目を輝かせた。
「私も手伝います!」
「じゃあ、賛成の人?」
私が尋ねると、全員が手を上げた。
「全員一致だね! 決定!」
こうして、ゲーム『Alvaria Incognita Online』としての初めてのイベント、「魔王襲来」が企画された。
異邦人たちには、ワールドクエスト「魔王討伐」が発生する。
彼らは、魔王を倒すために冒険する。
でも、実際には魔王は悪くない。ただ、演技をしているだけ。
「これから、忙しくなりそうだね」
私は呟いた。
異邦人たちを楽しませる。
この世界を盛り上げる。
そして――この世界の問題を、少しずつ解決していく。
それが、私の役割。
世界の管理者として。
蟲魔王として。
吸血鬼族の主として。
魔王、勇者、聖女のスキルを持つ者として。
「頑張ろうね、みんな」
私は8人を見回した。
全員が、笑顔で頷いた。
これにてサラ視点は一旦区切りです。次話からは異邦人 (プレイヤー)であるリン視点が始まります。
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