S9:勇者セレン
神聖国に戻った私たちは、すぐにサキを呼んだ。
「お帰りなさい」
ミレイユの部屋に現れたサキが、丁寧にお辞儀をした。
「ただいま、サキ」
「それで、南の大陸はいかがでしたか?」
「うまくいったよ」
私は満足げに答えた。
「イザベラさんからスキル『魔王』を引き継いで、実験も成功した」
「それは素晴らしいですね」
サキが微笑む。
「スキル『艶美』との相殺、理論通りだったのですね」
「うん。誰も私を嫌悪しなかった」
「それなら……」
サキが少し考えるような表情をした。
「スキル『勇者』のデメリットも、同じように打ち消せるのではないでしょうか?」
「勇者?」
「はい。スキル『勇者』は魔族から嫌悪されます。でも、お姉様のスキル『艶美』があれば……」
「魔族からの嫌悪も、打ち消せるかもしれない!」
私は目を輝かせた。
「そうだね! じゃあ、勇者に会いに行こう!」
神聖国の中心部には、大きな神殿がある。
その神殿の奥に、勇者と聖女の部屋があるという。
「勇者セレン様は、こちらにおられます」
サキが案内してくれた。
重厚な扉の前で、サキがノックする。
「セレン様、真祖様とサラ様がお見えです」
「……入って」
中から、少し警戒したような声が聞こえた。
扉が開く。
部屋の中には、一人の女性が立っていた。
銀髪に青い瞳。凛とした表情で、私たちを見つめている。
服装は実用的な冒険者風の装備。白いタバードの上に、黒と灰色の鎧を着込んでいる。肩と腕は鎧で守られ、脚には灰色のブーツ。腰には剣が帯びられている。
全体的に、「戦士」という印象を受ける姿だった。
でも、その表情は――どこか疲れているように見えた。
「真祖様。お久しぶりです」
セレンがミレイユに頭を下げた。
「久しぶりね、セレン」
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
セレンの視線が、私に向けられる。
警戒心に満ちた目。
「初めまして。サラと言います」
私は笑顔で答えた。
「世界の管理者として、セレンさんにお話があって」
「管理者……?」
セレンの目が少し驚いたように見開かれた。
「そうです。女神アイシア様から、管理者権限をいただきました」
「それは……失礼しました」
セレンが改めて深く頭を下げた。
「どうぞ、お座りください」
部屋の中央にあるテーブルを囲んで座る。
セレンが淹れてくれたお茶を飲みながら、私は切り出した。
「セレンさん、スキル『勇者』について聞きたいんです」
「勇者……」
セレンの表情が、少し曇った。
「何をお聞きになりたいのでしょうか?」
「そのスキルを持っていて、辛くないですか?」
私は率直に尋ねた。
セレンが、少し驚いたような顔をした。
「……なぜ、そう思われるのですか?」
「だって、魔族から嫌われるんでしょ? それって、辛いことじゃないのかなって」
「……」
セレンは少し黙り込んだ。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「辛く……ないと言えば、嘘になります」
その声は、疲れていた。
「私は、魔族と戦うために生まれたわけではありません。でも、このスキルを持っているというだけで、戦いを強いられる」
「南の大陸には行けない。魔族と会話することもできない。ただ、敵として見られる」
セレンが拳を握りしめる。
「魔族だって、悪い人ばかりじゃないのに。ただ、このスキルのせいで……」
「私は、人を守るために戦いたい。でも、魔族を傷つけたくはない」
「それなのに、『勇者』として、魔王と戦うことを期待されている」
セレンが自嘲的に笑った。
「矛盾していますよね。でも、それが私の運命です」
「セレンさん」
私は口を開いた。
「もし、そのスキル『勇者』を、私が引き継いだら?」
「え……?」
セレンの目が見開かれた。
「管理者様が、私のスキルを……?」
「うん。実は、さっきイザベラさんからスキル『魔王』を引き継いだんだ」
「魔王を……!?」
セレンが驚愕の表情を浮かべた。
「はい。そして、私のスキル『艶美』と相殺して、デメリットを打ち消すことに成功しました」
「相殺……」
「だから、スキル『勇者』も同じようにできると思うんです」
私は続けた。
「セレンさんを、この重荷から解放したい」
「管理者様……」
セレンの目が、潤んでいた。
「でも、私が勇者でなくなったら、民衆は混乱します」
「それは大丈夫」
サキが口を挟んだ。
「表向きは、セレン様が勇者のままということにすればいいのです」
「表向き……?」
「はい。実際にはスキルを持っていなくても、『勇者』として振る舞っていただければ」
サキが説明する。
「民衆は、セレン様が勇者だと信じています。その信頼を裏切る必要はありません」
「でも、それは……嘘をつくということでは?」
「嘘というより、演技です」
私は微笑んだ。
「セレンさんは、これまで通り勇者として振る舞う。でも、スキルの重荷は背負わなくていい」
「それで、いいんですか……?」
「いいよ。むしろ、その方がいい」
私ははっきりと言った。
「セレンさんは、本当は優しい人なんでしょ? 魔族を傷つけたくないって思ってる」
「だったら、無理に戦わなくていい。ただ、『勇者』という役割を演じてくれればいい」
「管理者様……」
セレンの目から、涙が溢れた。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
「それでは、スキル『勇者』を引き継ぎます」
セレンが立ち上がった。
「手を、握ってください」
私はセレンの手を取る。
その手は、冷たくて、少し震えていた。
セレンが目を閉じる。
数秒後――。
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【システムメッセージ】
セレンからスキル『勇者』を継承しました
【スキル『勇者』】
効果:スキル『魔王』に対して特効
魔族から嫌悪される
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「……これで」
セレンが目を開けた。
「もう、私は勇者じゃない」
その声は、信じられないという感じだった。
「何年も……ずっと背負ってきた重荷が、消えた」
セレンが自分の手を見つめる。
「本当に……自由になれたの?」
「うん。でも、これからも『勇者』として頑張ってね」
私は微笑んだ。
「もちろんです」
セレンが力強く頷いた。
「今度は、義務としてではなく、自分の意志で人々を守ります」
「さて、実験しないとね」
私は立ち上がった。
「イザベラさんを呼ぼう」
私は支配者権限を使い、イザベラを召喚した。
光が現れ、イザベラが姿を現す。
「サラ? どうしたの、急に呼び出して――」
イザベラが周囲を見回し、セレンを見た瞬間、固まった。
「あなたは……勇者!?」
イザベラが警戒する。
でも――嫌悪の感情は、表情に現れていない。
「あれ……?」
イザベラが首を傾げた。
「おかしい。勇者を見たら、嫌悪感が湧くはずなのに……」
「成功だね」
私は満足げに微笑んだ。
「スキル『勇者』も、『艶美』で打ち消せた」
「本当に!?」
イザベラの顔が輝いた。
「じゃあ、私、勇者と話せるの?」
「うん」
「初めまして、イザベラさん」
セレンが一歩前に出た。
「私は、セレン。元勇者です」
「元……勇者?」
「はい。スキルは、サラ様に引き継ぎました」
「そう……」
イザベラが少し複雑な表情をした。
「あの……私、ずっと聞きたかったことがあるんです」
「何でしょう?」
「勇者は、魔王を本当に倒したいと思っているんですか?」
イザベラが真剣な目で尋ねた。
「いえ」
セレンは即座に答えた。
「私は、魔王を倒したいとは思っていません。ただ、スキルのせいで戦わなければならなかった」
「でも、もう違います。私は、自分の意志で行動できる」
セレンがイザベラに手を差し出した。
「だから、友達になりませんか?」
「友達……」
イザベラの目が、潤んだ。
「はい……喜んで」
イザベラがその手を取った。
元魔王と元勇者が、握手を交わす。
その光景は、とても象徴的だった。
「サラ様」
セレンが私に向き直った。
「私を、救ってくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
「だから、お願いがあります」
セレンが膝をついた。
「私を、あなたの配下にしてください」
「え?」
「あなたに仕えたい。あなたの力になりたい」
セレンが真剣な目で私を見た。
「私にできることは限られているけれど……それでも、恩返しがしたいのです」
「セレンさん……」
私は少し考えた。
そして、手を差し出した。
「配下じゃなくて、仲間でいいよ」
「仲間……?」
「うん。一緒に、この世界を良くしていこう」
私は微笑んだ。
セレンの目から、また涙が溢れた。
「……ありがとうございます」
セレンが私の手を取った。
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【システムメッセージ】
セレンがあなたの配下になりました
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「また配下になっちゃった」
「ふふ、サラさんは本当に人望がありますね」
エレンが嬉しそうに微笑む。
「さて、残るは聖女だけだね」
私は決意を新たにした。
でも、聖女のスキルは他とは違う。
国から出ると弱体化する。
これを打ち消す方法は……思いつかない。
でも、諦めるわけにはいかない。
聖女も、きっと苦しんでいるはずだから。
「次は、イレーヌさんに会いに行こう」
私は立ち上がった。
こうして、勇者セレンも救うことができた。
残るは、聖女イレーヌ。
最後の救済が、待っている。
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