S7:魔王と勇者と聖女
世界の設定の説明は今回で終わりです。次回から本格的に物語が始まる予定です。
会議は順調に進んでいた。
アキがラスボスとしての役割を引き受け、異邦人たちを迎え入れる準備も整いつつある。
「それでは、アキ様」
サキが真面目な顔で言った。
「具体的には、どのような活動をしていただくことになりますか?」
「えっと」
私は少し考えた。
「異邦人の前に、突然現れてほしいんです」
「突然?」
「はい。街中でも、ダンジョンでも、フィールドでも。予想外の場所に現れて、意味深なことを言う」
私は説明を続ける。
「『この世界の真実を知りたくば、力をつけよ』とか、『いずれ、全てが明らかになるだろう』とか」
「なるほど……謎めいた存在として、異邦人たちの興味を引くわけですね」
サキが理解したように頷いた。
「その通りです。そして、時々ヒントを与えたり、イベントのきっかけを作ったり」
「ラスボスというより、案内役のような?」
エレンが尋ねる。
「うーん、両方かな。最終的には、アキさんと戦うイベントもあるかもしれないけど、基本的には世界の謎を導く存在」
私は続けた。
「だから、威厳を持って、魔王らしく振る舞ってほしいんです」
「魔王らしく……」
アキが呟いた。
そして、ふと疑問を口にした。
「でも、魔王は既にこの世界にいるのでは?」
「え?」
私は思わず声を上げた。
「魔王? この世界に?」
「はい。南の大陸に、魔王様がいらっしゃいます」
アキがきょとんとした顔で答える。
「ですから、別に私が魔王を演じる必要はないのでは……」
「ちょっと待って」
私は混乱した。
「この世界に、本物の魔王がいるの?」
「ええ、もちろん」
ミレイユが当然のように答えた。
「魔王、勇者、聖女。この世界には、古くからその三者が存在しているわ」
「勇者と聖女まで!?」
「はい。お姉様、ご存知なかったのですか?」
「全然知らなかった……」
私は頭を抱えた。
ゲームの公式HPには、魔王のことは書かれていなかった。勇者も、聖女も。
でも、既にいるなら、これは大きな問題だ。
「エレン」
私は精霊に尋ねた。
「魔王、勇者、聖女について、詳しく教えて」
「はい。それでは説明しますね」
エレンが真剣な表情になった。
「その前に、まず亜人の誕生について説明した方が良いでしょう」
エレンが前置きした。
「亜人?」
「はい。魔族、獣人、エルフ、ドワーフ、龍人、人魚、海人、天族……これらの種族は、二千年前に誕生したのです」
「二千年前……蟲魔王が封印された時?」
「その通りです」
ミレイユが少し寂しそうに微笑んだ。
「蟲魔王を封印した時、人の世界の純粋な人族のほとんどが死んでしまいました」
「それで、吸血鬼たちが困ったと……」
「ええ。私たち吸血鬼は人間の血を糧に生きています。でも、人間がほとんどいなくなってしまった」
ミレイユは続ける。
「そこで私は、様々な世界の支配者たちと交流しました。そして、人間と交配してほしいと頼んだのです」
「交配……」
「はい。悪魔の世界の住人と人族の間に生まれたのが、魔族」
エレンが説明を続ける。
「獣の世界の住人との間の子が、獣人。精霊の世界の住人との間の子が、エルフやドワーフ。龍の世界の住人との間の子が、龍人。海の世界の住人との間の子が、人魚や海人。天使の世界の住人との間の子が、天族」
「つまり、この世界の亜人たちは、みんな二千年前に生まれたんだ……」
「はい。そして、これらの種族は総称して『亜人』と呼ばれています」
エレンが頷いた。
「純粋な人族ではないけれど、人族の血を引く者たち、という意味です」
「そして、亜人たちが誕生してしばらくした後……」
エレンの表情が曇る。
「突然、スキル『魔王』、スキル『勇者』、スキル『聖女』を持つ者が現れたのです」
「突然?」
「はい。なぜこれらのスキルが生まれたのか、今でも分かっていません」
エレンは首を横に振った。
「女神アイシア様も、精霊王様も、これらのスキルを作った覚えはないとおっしゃっています」
「じゃあ、誰が……」
「分かりません。まるで、世界そのものが生み出したかのように、突然現れたのです」
不気味だ。
支配者階級スキルには謎が多い
「そして、これらのスキルは、他の支配者階級スキルとは異なる特徴を持っています」
「まず、スキル『魔王』の効果ですが」
エレンが指を立てた。
「スキル『勇者』を持つ者に対して、特効があります。勇者との戦闘において、攻撃力と防御力が大幅に上昇するのです」
「勇者特効……」
「しかし、その代償として、純粋な人族から忌み嫌われるようになります」
「純粋な人族?」
「はい。亜人ではない、元々この世界にいた人間たちです」
エレンは説明を続ける。
「亜人や、人族ではない吸血鬼には、この効果はありません。ただ純粋な人族だけが、魔王を無条件で嫌悪するのです」
「それって……」
「理由もなく。ただスキルを持っているというだけで、嫌われるのです」
エレンは悲しそうに目を伏せた。
「そのため、魔王とその一族である魔族たちは、純粋な人族が多く住む中央大陸では暮らせません」
エレンが部屋の壁に、地図を浮かび上がらせた。
古びた羊皮紙のような地図。そこには、大きく分けて三つの陸地が描かれている。
「これが人の世界の地図です」
エレンが説明する。
「上部の大きな大陸が『中央大陸』。私たちが今いる神聖国は、この大陸の北西部にあります」
左上に、小さな城の絵が描かれている。それが神聖国だ。
「中央大陸には、純粋な人族が多く住んでいます。そして、亜人たちも共存しています」
「そして、左下の大陸が『南の大陸』。魔族たちが住む土地です」
確かに、南の大陸は中央大陸と同じくらい大きい。
「魔族たちは、スキル『魔王』の効果により、純粋な人族と共存できません。だから、南の大陸に移住したのです」
「移住……」
追いやられた、というより、自ら選んだ道なのかもしれない。
「次に、スキル『勇者』です」
エレンが続ける。
「これは、スキル『魔王』に対して特効があり、魔王との戦闘において攻撃力と防御力が上昇します」
「魔王特効……」
「しかし、その代償として、魔族から忌み嫌われます」
「魔族だけ?」
「はい。獣人や、エルフや、龍人などには効果がありません。悪魔の世界の住人と人族の間に生まれた魔族だけが、勇者を嫌悪するのです」
なるほど。魔王と対になっているんだ。
「そのため、勇者は神聖国で保護されています。魔族の多い南の大陸には、決して行けません」
「そして最後に、スキル『聖女』です」
「聖女は……どんな効果?」
「とても強力な治癒能力が使えます。どんな傷も、どんな病気も治せるほどの力です」
「それはすごい……」
「でも、その代償は非常に重い」
エレンが真剣な目で私を見た。
「聖女は、自分が生まれた国から外に出ると、大幅に弱体化します」
「弱体化?」
「はい。身体能力が著しく低下し、治癒能力も弱まります。魔力も減少し、場合によっては立っているのもやっとという状態になります」
エレンは続ける。
「国境を越えれば越えるほど、その効果は強くなります。隣国程度なら何とか動けますが、遠く離れた土地に行けば、ほとんど無力になってしまうのです」
「それって……」
「事実上、自分の国から出られないということです」
エレンは悲しそうに目を伏せた。
「強制的に国に縛り付けられる。それがスキル『聖女』のリスクなのです」
「そんな……」
あまりにも重すぎるリスクだ。
どんなに強力な治癒能力があっても、国から出られないなら、世界中の人々を救うことはできない。
「だから、聖女も神聖国で保護されています。外に出ることは、ほとんど許されません」
「許されない……」
「正確には、出ることはできます。でも、出れば弱体化してしまう。だから、事実上、神聖国に留まるしかないのです」
「そして、これらのスキルには大きな問題があります」
サキが口を開いた。
「スキル『勇者』や『聖女』を持つ者が、誰にもスキルを引き継がずに死んでしまうと……」
「スキルは、世界中の誰かに勝手に渡ってしまいます」
ミレイユが続ける。
「支配者階級スキルは、自らにふさわしいと思う者を選び、宿るのです」
「もし、一般市民にこれらのスキルが宿ってしまったら……」
サキが深刻な表情になった。
「聖女なら、国から出られず、一生幽閉されるような生活を強いられます。勇者なら、魔族と戦うことを運命づけられ、常に命の危険に晒されます」
「それを防ぐため、神聖国は定期的に試験を行っています」
ミレイユが説明する。
「スキル『勇者』や『聖女』を持つにふさわしいと思われる希望者を選び、計画的に継承しているのです」
「なるほど……」
システムとしては合理的だ。でも、選ばれた人たちは、重い運命を背負わされることになる。
「それと、もう一つ」
ミレイユが付け加えた。
「吸血鬼は、スキル『魔王』の効果を受けません」
「受けない?」
「ええ。私たちは人族ではありませんから。魔王を忌み嫌う感情が湧かないのです」
ミレイユが微笑む。
「同様に、亜人たちもスキル『魔王』の効果を受けません。獣人も、エルフも、龍人も、みんな魔王と普通に接することができます」
「じゃあ、魔王を嫌うのは……」
「純粋な人族だけです」
エレンが頷いた。
「そして、その純粋な人族が多く住んでいるのが、中央大陸。特に神聖国周辺です」
「だから、魔族は南の大陸に……」
「はい。そして、私たち吸血鬼は、南の大陸と中央大陸の橋渡しをしています」
ミレイユが地図を指差す。
「定期的に南の大陸に行き、魔族に食料を援助しています。魔族たちも、南の大陸だけでは食料が不足することがありますから」
「そんなことを……」
「二千年前、私が亜人の誕生を手伝ってから、魔族とは良い関係を保っています」
ミレイユが優しく微笑む。
「魔族は、悪魔の世界の住人と人族の間に生まれた子供たち。ある意味、私が生み出した種族でもあるのです」
「だから、責任を感じてるんだね」
「ええ。せめて、彼らが安心して暮らせるよう、サポートしたいと思っています」
「つまり……」
私は整理するように言った。
「魔王は、別に悪い人じゃないってこと?」
「はい」
エレンが頷いた。
「魔王は、ただスキルを持っているというだけで、純粋な人族から嫌われています」
「でも、魔族を守るために、魔王として振る舞っている」
ミレイユが続ける。
「現在の魔王は……とても立派な方よ。私も何度かお会いしたことがあるけれど」
ミレイユは少し寂しそうに微笑んだ。
「スキルに振り回されているだけの、被害者なのです」
「被害者……」
胸が痛む。
私は、アキに「魔王らしく振る舞って」と頼んだ。
でも、本物の魔王は、望んでその立場にいるわけじゃない。ただスキルを持って生まれただけで、人生を縛られている。
「なぜ、こんなスキルが生まれたんだろう」
私は呟いた。
「分かりません」
エレンが首を横に振った。
「女神様も、精霊王様も、理由を知りません。まるで、世界が意図的に対立を生み出そうとしているかのように……」
「世界が……」
不気味な話だ。
でも、もしかしたら、何か理由があるのかもしれない。
「何とか……救えないかな」
私は呟いた。
「救う?」
ミレイユが驚いたような顔をする。
「うん。だって、魔王が悪いわけじゃないんでしょ? ただスキルのせいで苦しんでるだけなら、何とかしたい」
「お姉様……」
ミレイユの目が、潤んだように見えた。
「でも、どうやって?」
「分からない。でも、まずは会ってみないと」
私は決意した。
「南の大陸に行って、魔王に会いたい」
「南の大陸に?」
サキが少し驚いたような顔をした。
「はい。魔王がどんな人なのか、どんな状況なのか、実際に会って確かめたいんです」
「それは……」
サキが少し考えるような表情をした。
「危険ではないと思いますが……お姉様が行かれるなら、魔王様もお喜びになるでしょう」
「喜ぶ?」
「ええ。魔王様は、中央大陸との関係改善を長年望んでおられます」
サキが説明する。
「お姉様が管理者として訪問されれば、それは大きな意味を持ちます」
「確かに……お姉様なら、大丈夫ですね」
ミレイユが微笑んだ。
「では、私も同行します」
「ありがとう、ミレイユ」
「私もです!」
エレンが元気よく手を上げた。
「サラさんのサポート役ですから!」
「エレンも、ありがとう」
こうして、私たちの新たな旅が決まった。
南の大陸へ。
魔王に会いに。
そして――この世界の歪みを、少しでも正すために。
「それでは、準備を整えましょう」
ミレイユが立ち上がった。
「南の大陸への転移には、少し時間がかかります。それに、魔王様にも事前に連絡を入れた方が良いでしょう」
「分かりました」
私も立ち上がる。
地図を見つめる。
中央大陸から、南の大陸へ。
そこには、どんな世界が待っているのだろう。
どんな魔王が、どんな魔族たちが暮らしているのだろう。
「楽しみだね」
小さく呟いた。
不安もある。でも、それ以上に期待が大きい。
新たな出会い。
新たな発見。
そして――新たな、解決すべき問題。
管理者として、この世界を良くしていきたい。
そう強く思いながら、私は次の一歩を踏み出す準備を始めた。
とりあえず区切りの良いところまで投稿しました。
次話は大分先になりますので楽しみにお待ち頂けたら幸いです。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




