天使エルン
俺とリリンは、天使が暴れている間、椅子に座って落ち着くのを待っていた。
天使はしばらくの間ベッドで暴れると、口内の苦味が無くなってきたのか、落ち着いてきた。
そして、体を起こし、座った状態で俺たちに話しかけてきた。
「あ、あの......。私はなんでこんなところにいるんでしょうか......? 都市がドラゴンに襲われてて、人々を助けようとしたところまでは覚えているんですが......」
天使のドラゴンを瞬殺した時の凶暴さは無くなっており、俺は驚いた。
「ま、全く覚えていないのか......?」
「はい。恥ずかしながら......」
天使は落ち込みながら言う。
「えっと......。君がドラゴンを倒したんだけど。そのあと、突然俺を攻撃してきて......」
「えっ......!」
天使の顔が、みるみるうちに真っ青になっていく。
「ご、ごめんなさい!」
天使は突然大声で謝った。
「私、戦いになると暴走しちゃうんです! 本当にごめんなさい!」
「ま、まぁ助かったしいいよ。それで、気になることがあるんだけど......」
「き、気になることですか?」
「俺が君に襲われた時、俺がやめてくれって思ったら君の周りに魔法陣が現れて、君の動きが止まったんだ。それで、君は気を失った」
「ふーん......。それであんな状況だったんだ......」
リリンが小声で呟く。
「それで、何かわからないか?」
天使は、顎に手を当てて考え始める。
「うーん......。気を失ったのは魔力の使いすぎだと思います......。天使は魔力で動く生き物なので、私が力を出した時に魔力を失いすぎてしまったのかもしれません。でも、私が止まった原因はよくわからないです......」
「そうか......。......ん?」
ふと、この世界に転生してきた時のことを思い出した。
女神を名乗る女性に与えられた【制御】の能力。
そして、エルンという名の部下。
「君、もしかしてエルンって名前だったりしないか?」
「えっ!? なんでご存じなんですか!?」
「実は......」
俺は、この世界に転生してきた時のことをエルンに伝えた。
すると、俺が名前を知っていることに納得した。
「なるほど......。フェフィール様......。あ、フェフィール様っていうのはあなたが仰った女神様のことなんですが、その【制御】って能力は、私を操る能力なんだと思います。フェフィール様は部下である天使を自在に操れるので、その能力をあなたに貸したのかもしれません」
「天使を制御する能力......。だから今まで......」
冒険中に物や魔物、人などを操れるのではないかと思い、色々試していたが、全く制御することはできなかった。
天使にしか効果がない能力なら、何も操れなかったことに納得がいく。
「そういえば、君はなんで都市にいたんだい? この世界って、天使はほとんど地上に現れないはずだけど......」
リリンが気になったのか、エルンに聞く。
「実は、女神であるフェフィール様が行方不明になってしまいまして......。それで、天使たちで世界中を探し回っているんです。フェフィール様が心配なのもありますが、行方不明のままだと大変なことになってしまいまして......」
「大変なこと?」
「はい。この世界には魔王が存在するのはご存じですよね?」
魔王の存在は、俺と同僚を助けてくれた村の人々から聞いたので知っているので、俺は頷いた。
「魔王はこの世界の征服を企んでいるのですが、フェフィール様がそれを邪魔していたんです。だから、このままフェフィール様が見つからないと......!」
「この世界は終わりってわけね......」
「そんな......!」
「なので、私は一刻も早くフェフィール様を探さなければいけないのですが......。私一人では戦いになった時に、また......。お願いです! 私と一緒にフェフィール様を探す旅をしていただけないですか!? お願いします!」
エルンが泣きそうになりながら俺の手を握り、必死にお願いする。
「俺も捨てられて困ってたし......。わかった! 一緒に探そう!」
「本当ですか! ありがとうございます!」
エルンの表情が明るくなる。
「ねぇ、良かったら私もついて行っていいかな?」
「え、リリンさんもですか?」
「リリンでいいよ。......私もこの世界が征服されたら困るし、それに、何より君が気になるからね」
リリンは、エルンのことを指差す。
「まだ君のことは魔力で動くことと、苦味を感じることしか知らないからね」
「苦味......? もしかして、口の中に苦いものを入れたのって......!」
エルンがプルプルと震える。
「君の魔力を回復させて助けたのも、苦い汁を飲ませたのも私」
「......わ、わかりました。一緒に来てもいいです......」
渋々だが、エルンはリリンの同行を許可した。
もし、助けてもらったことを知らなかったら、絶対に断っていただろう。
「あ、そういえばお名前を聞いていませんでした! 私は先ほどの通り、エルンと申します!」
「俺はライト。よろしくな」
俺は、エルンに手を差し出す。
「はい! よろしくお願いします!」
エルンは、俺の手を握り、握手した。
「ちなみに、私はリリン。別に君たちを助けたからって、かしこまらなくてもいいよ。よし、そうと決まれば準備するよ。君たちは適当に座って待っててよ」
リリンは立ち上がり、体を伸ばすとリュックサックに荷物を入れ始めた。