サルバの街
「それで?どうすりゃいんだっけ?太陽の欠片を五つ集めりゃいんだっけ?」
涙を拭いながらファウナが答える。
「そうですね、一つは私の中にあるので、残り四つを集めればいいんです」
「場所は、分かるのか?」
「ええ、場所は分かります。微かに感じるんです。欠片の存在を。この近くに一つあるのを感じます」
「それは良いな。よし、じゃあちゃちゃっと行ってささっと取ってこようぜ」
「はい、ロイ君。こっちです」
「おう!」
二人は欠片の方向へと歩きだした。
歩きだして少ししてファウナが口を開いた。
「ロイ君、ちょっといいですか」
「ん?どうした」
「あの、少し止まってもらえますか?」
「うん、いいけど、なに?」
「そのまま、そのまま、えい!」
突然ファウナが魔法を唱えた。勢いよく風と水飛沫がロイの体を駆け巡った。
「うおおお!」
「これでよし!」
「いきなり何するんだよファウナ!ビショビショになっちまったじゃねぇか!」
しかし、そんなロイも、ファウナの乾きの力によって、すぐに乾いてしまった。
「だって、ロイ君、少し匂ったんですもんっ」
「え!マジ!?俺匂ってた!?はぁ……!恥ずかしい!臭いのにあんな臭い事言ってた俺がほんと!ほんと恥ずかしい!ギャー!」
「そうですよ、さっきもちょっと匂うなーって思いながら聞いてました」
ズーン……(ロイが落ち込む音)
「でも、さっきのロイ君はかっこよかったですよ。惚れてしまう程には……」
後半小さくて聞こえなかった……なんて言った?
「え……?」
「だーかーらー、かっこよかったって言ったんです。こっちも恥ずかしいんですから何度も言わせないでください!」
「ごめん、ごめん」
二人して笑い合った。
ああ、ファウナが可愛い。けど、照れ臭くて伝えられなかった。ファウナは俺に言ってくれたのにな。
けれど、その笑顔が消えた時、静かにファウナが言った。
「ロイ君は、私が人を傷つけたら、怒りますか?」
一寸間が空き、ロイが答える。
「怒らない。一緒に悩む。言っただろ、二人で一緒に歩くって。ファウナを一人になんてしない」
安心したような、嬉しさを隠すような、そんな笑みを浮かべて、ファウナが言う。
「ありがとうございます、ロイ君」
「お、ファウナ、街が見えてきたぞ」
「感じます。この街に、太陽の欠片があるのを」
「ここにあるのか……、太陽の欠片……!」
この街はかつて水の都と呼ばれた、緑に囲まれたオアシス都市であった。しかし、現在は原因不明の干魃と地熱上昇により、水源が干上がり、人々はギリギリの生活を強いられていた。
くすんだ石壁、ところどころ崩れかけた塔、そして色褪せた旗が風に揺れていていた。
かつては緑に囲まれた街が、今は乾いた砂に抱かれ、瀕死の状態だった。
「ロイ君、太陽の欠片の捜索はできるだけ早く済ませましょう。私の乾きの力が更にこの土地を侵食してしまわないうちに」
「ああ、分かった」
狭く入り組んだ石畳の路地の先に、小さな看板が吊るされた建物が見えた。「酒と麦の家」。木の扉からは笑い声が聞こえてくる。
どうやらこの街は本当に死んでいるわけではなさそうだ。
「情報が集まるとしたら、こういう場所だな。ファウナ、あの酒場で情報収集しないか?」
「はい、そうしましょう。ですが私は行けません」
「どうして……そうか……」
「はい。私はここで待っています。ロイ君、お願いします」
「了解だ、ファウナ」
ファウナの周りの乾いた草木が、砂に変化した。
扉を開けると、煙と酒の匂いが充満していた。客たちの視線が一斉にロイに向けられる。だがロイは慣れた様子で、足音を響かせて中へ進む。
「場末の酒場……懐かしい匂いだな。こういうところで口が軽くなるのは、大体酔ってる年寄りか、金に困ってる傭兵だ。あ!そういえば、俺金持ってないじゃん!」
意気揚々と入店したロイだったが、素早く、今度はできるだけ目立たないように退場していった。
外で待っていたファウナに事情を話す。
「ファウナ!そういえば俺金持ってなかったよ。どうしよう、これじゃ酒の一杯でも注文できやしねぇ」
「安心してください。今作りますから」
そう言ってファウナは呪文を唱え、手から金貨を作り出した。
「はいどうぞ、ロイ君」
「ありがとう。では気を取り直して、いざ!」
もう一度入店。
「ふふ、ロイ君ったら」
ファウナは可愛げのあるロイの行動に微笑んだ。
ロイはカウンターの端に腰掛け、酒を頼みつつ周囲を観察した。
「いたいた」
同じくカウンターでひっくひっくとしゃっくりをあげて酔っている老人がいるではないか。
すかさず話しかけるロイ。
「なぁ爺さん。この街で太陽の欠片って言葉、耳にしたこと、ないかい?」
「んあ?太陽の欠片?そんなの聞いたことないな、ひっく」
「なんかそういう力を持った石みたいなもの、この街にないのか?」
「あー、そうだなぁ。んー。思いあたることは思いあたるが……、タダって訳にはいかねぇよなぁ」
「分かった分かった。これでいいか?」
先ほどファウナからもらった金貨を一枚差し出すロイ。
その金貨を見た瞬間、その老人は椅子から崩れ落ちた。
「お、おお、お前さん、それ、本当にワシにくれるのかい?」
「そうだ、これをやるから早く教えてくれ、いいな?」
「分かった、分かったよ。教えてやる。この街には封印の泉とやらがあってな、そこには特別な力を持った宝石が祀られているらしい」
ロイの目が鋭くなる。
「どこにある」
「南門の裏手、壊れた祈祷堂の地下さ、あんた、行くのか?」
「ああ、そうだとも」
「そこにはこの街の長であるマルヴァ老人がいる。言っておくがその老人、バカにならないほどの剣技の達人だからな、それに、死ぬ程おっかねぇんだ。下手にその宝石を盗もうとでもしてみろ、死ぬぞ」
「ありがとな、爺さん。教えてくれて。じゃ、また」
「気をつけろよぉ!」
ロイは背中を見せて手を振った。
「それにしても何故あの少年が……こんな太古の金貨を……」
重い木の扉を押して外に出ると、空気が、変わっていた。
不自然に集まった人の群れ。ロイが一歩踏み出すと、目に飛び込んで来たのは、住人に囲まれたファウナの姿だった。
彼女は街角の壁に背を預け、数歩先を囲む十数人の住民たちを前に、動かずに立っていた。
群衆の罵声がとぶ。
「見たか?あの目、金色の目をしてやがる」
「砂漠の魔女だ……!伝承通りだ!」
「この街のを殺す気か!この化け物め!」
「神よ!この異端者を裁きたまえ!」
「お前が生きてるだけで誰かが死ぬんだよ。さっさと死ね!」
陶器の破片、汚れた布切れ、石が、ファウナに投げつけられた。
ファウナの目は伏せられていた。悲しみの表情を浮かべて、ただ、黙ってその罵声を浴びていた。
次の瞬間ロイの体が動いていた。
「どけ」
その声は低く、冷たい。酒場での朗らかさは跡形もなく、ロイの目が、怒りの奥底にある獣の光を帯びていた。
傷ついたファウナの前に立つ。
「なんだお前は!」
「魔女の手下か!俺たちの街から出てけ!この悪魔たちが!」
ロイは一歩前に出る。そのたった一歩で、男達が息を呑んだ。ものすごい威圧感だった。
「魔女?化け物?この子はただ……ただここに立ってただけだ……。何もしてない。それでも石を投げるってんなら……、今度は俺が、お前らを燃やす番だ」
その言葉に群衆がざわつく。明らかな殺気が、街角の空気を変える。
数人が目を逸らし、後退りを始める。
ファウナが口を開いた。
「ロイ君、いいんです。この人たちもきっと、怖いだけなんです」
彼女の金色の目が、ゆっくりとロイに向けられた。その瞳には怒りも涙もなかった。あったのは、ただ、静かな、哀しみだった。
「今はっきりと分かったぜ、ファウナ。間違ってんのは世界の方なんだってな」
「ごめんね、行こう」
ファウナがロイの手をとり、走り出す。
走り抜いてたどり着いたのは枯れた噴水の広場だった。
古びた石畳。中央にある噴水はもう水を吐かず、ただ黙って陽を浴びている。
ひび割れた縁に小さな草花が咲こうとしていたが、それさえも枯れて砂になってしまった。
ファウナの息は荒く、額には汗が滲んでいる。
ロイの手はずっと彼女の手を包んでいた。
その時、一つの影がファウナの前に差し込んだ。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
細い声。汚れた服、痩せた体。孤児だった。齢は六歳程か。
「お姉ちゃんの目、綺麗だね。泉の奥にある神様の石と同じ色してる。あれも、そんな風に光ってたんだ」
険しい表情だったロイの顔が不意に優しくなった。
「だろ?この瞳、メチャクチャ綺麗だよな!分かってるねー!君、名前は?」
「僕トゥクだよ」
「トゥク、お前、人を見る眼あるぜ」
トゥクは少し照れたように笑った。
ファウナはまだ下を向いたままだった。
トゥクが心配して、声をかける。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
少し涙ぐんで、微笑みながらファウナは答えた。
「二人とも、ありがとう……ございます」
「よかった、お姉ちゃん、笑った」
「辛い時は言えよ、ファウナ。いつだって、いつまでも話聞くからさ」
「うん」
「さっき石投げられて痣できてんぞ。手当てだけしとこう」
そう言って身につけていた服の一部をちぎって、ファウナの腕に巻いた。
「ありがとう、ロイ君」
「なあトゥク、その神様の石があるところまで、俺たちを案内してくれないか?」
「いいよ!」
「ありがとな、トゥク」
「こっちだよ!」
「行こう、ファウナ」
「はい」