少女
何も言えない程動揺した。目の前に死んだはずのセレナが居る。
「あ、ありえない。そんなわけない。確かにあの時セレナは俺の腕の中で……」
目の色はセレナと違って金色をしていた。髪の色はセレナと同じ淡い桜色だ。
その少女が呟いた。
「痛い……」
透き通る声。だが、セレナの声じゃなかった。
「は、はは。そうだよな、そうだ。んな訳ねぇってことぐらい、分かってる」
その少女はロイに近づいていった。
驚き、醜く後退りするロイ。
「俺に近づくな!」
「大丈夫、私は分かってるよ、辛かったね」
「黙れ!お前に俺の何が分かる!」
そう言って少女を突き飛ばした。
突き飛ばされて手に擦り傷を負う少女。手から出血している。
だがそれでも、
「大丈夫だよ、大丈夫」
と言ってロイに近づいてくる。
ああ、頭が混乱する。この女はセレナじゃない。それなのに俺の事を分かっていると言って、セレナみたいな事を言ってくる。
「ダメなんだ。もう、ダメなんだよ。俺はもう誰とも一緒にいられないんだ。俺は鬼で、愚かで、惨めだ。どうせまた死なせることになるんだ。もう殺したくない。失いたくない。信じたくない、自分も、誰のことも。どうせまた裏切られる、裏切る、壊してしまう……だから、だから、俺に優しい言葉をかけないでくれ……」
望んでしまうから、また誰かと居たい、だなんて。
その少女はロイの頭を抱き寄せ、胸に押し当てた。
「痛かったね……辛かったね……もう、大丈夫だからね」
「なん……で…………そんなに優しいんだよ………………」
ロイは泣き出した。
「痛かった、辛かった、苦しかった!信じたよ、奴らの事を、でも裏切られた!それが許せなかったんだ!殺してやりたいって思ってしまったんだ……でもそれが……セレナを殺すことになるなんて……俺のせいだった。俺があの夜一緒に逃げていれば!ごめん、ごめんよ、セレナ。俺が守ってやるって、そう思ってたのに!全部全部俺のせいなんだ。愚かでごめん、惨めでごめん、弱くてごめん。こんな俺を…………どうか許してくれ…………」
「セレナは怒っていないよ。ただ、前を向いて欲しいって思ってる。人を信じて欲しいと思ってる。最後に伝えたいことがあるって」
「え……?」
「海を見にいきなさい、だって」
「くっ………………セレナ…………セレナぁ………………分かったよセレナ。前向くよ、俺。信じる事を諦めないでいるよ、自分を、人を。うん、必ず、海を見に行くよ」
そのままロイは叫び疲れて眠ってしまった。
夜。
ロイはいつも自分が寝ていた洞窟の寝床で目を覚ました。
あの少女もそこに居た。焚き火の前に座っていた。
「君、どうしてセレナの事を……それに君はセレナに瓜二つだし、一体何者なんだ」
「私はファウナ。太陽の欠片の所有者にして実行者。太陽の欠片の力で人の心を読む事ができるし、死者と対話する事だって出来る。だからセレナの事が分かったんです。セレナに似ているのは偶然です」
「色々と聞きたいことはあるが……そうなのか。偶然……だったのか……。その、さっきはありがとう。君のおかげで僕は救われたよ」
ファウナは満面の笑みで、
「それはよかったです」
と言った。その優しさと笑顔、ロイは見惚れる他なかった。
見惚れていたのを隠すように続けて
「そ、その、太陽の欠片の力ってすごいんだね。心が読めるってことは、俺の力も、もう分かってる?」
「ええ、分かっていますよ」
「俺のこと、怖くないんだ……?」
「ええ、怖くないです。だってロイ君は優しいですから」
笑顔で答えるファウナ。
セレナに似ている時点でドストライクなのに、そんなこと言われたら…………
ロイは思った。この子、なんてかわいくて、優しいんだろう、と。ロイが言って欲しい事を一番言って欲しいタイミングで言ってくれる。心が癒される。
この子のために生きたい。そう思える程だった。
「所有者と実行者ってなに?」
「太陽の欠片はこの世に五つあって、太陽の欠片を体内に宿している者、それが所有者です。太陽の欠片五つの力を行使できるのが、実行者です。実行者はこの世に一人しかいません。つまり、私です」
ふと、ファウナが眉を顰めた。次にこう呟いた。
「来る……」
「なに?なにが来るって?」
「殺意が……近づいてくる。すごく、冷たい」
次の瞬間、こちらに向かって矢が飛んできた。
「特異点発見、殲滅する」
白色のジャケット姿に黒のインナーを着た男たちがワラワラとこちらに押し寄せてくる。
「私を殺しにきたんですね。わかります。あなた達の正義も、痛いほど伝わってくるから」
いっそう構えを強くする敵。
ロイには何が起こっているのかさっぱりわからず、戸惑いが隠せない。
「でも、私はまだ死ねないんです……!ロイ君、逃げましょう!」
ファウナがロイの腕を掴み走り出す。
なされるがままについていくロイ。
「ファウナ!なんなんだよ!説明してくれよ!どういう状況なんだ!」
「今は説明している時間はありません!ロイ君、私を抱えて、逃げ切れますか?」
「あーもう、分かったよ!逃げ切れば良いんだな、よし、掴まってろ!」
ファウナを抱えて山の急斜面を全力疾走で走る。ものすごいスピードだ。時速百二十キロは出ていた。
敵との距離をだんだんと引き離す。
が、しかし、一人だけロイに追いつかんとする者がいた。
ファウナが言った。
「デューク……!彼はロートヒッツェ人です!このままでは追いつかれてしまいます!もっとスピードを上げて下さい!」
「何バカなこと言って……て言っても仕方ないんだよな。これで全速力なんだが、分かったよ、ちょっと限界超えるけど、あとは何とかしてくれよな」
「はい!私が必ず救いますから!」
「信じるぜ、ファウナ」
ロイは鬼化を始めた。自我が擦り切れて、だんだんと薄くなっていく。
「あああああああ!!!」
ロイが鬼化したおかげで、追いかけてきていた敵と何十キロもの距離を取る事に成功した。
だが、その代償にロイは自我を失っていた。
「うぅううぅぅぅぅ……!」
次の瞬間、ファウナに襲いかかった。
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