服毒して生き残った王太子妃が毒に侵された村を救ったのは本当ですか?【連作短編④】
短編ですので、このお話からお読みいただいてお楽しみいただけます。
王太子妃となったアラマンダは猫の聖獣、メオ様の助言により北部の国境周辺を護衛騎士2名とメオ様を連れて訪れていた。北の山脈へと続く街道沿いの村に到着した直後、彼女は異様な光景を目にする。
一つの民家で老夫婦が同日に亡くなっているのを目撃し、毒の知識を持つアラマンダは、その死の原因を毒ではないかと考えた。その原因を突き止めるために王太子妃なのにも関わらず、自らの手で情報収集を始めることする。
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アラマンダは、室内の老夫婦の紫色で変色した顔色と口から泡を吹いている状態を見て、「毒」による不審死ではないかと予測を立てて、情報を集めることにする。
「すみません……ちょっとお尋ねしたいのですが……」
旅装束に身を包んだアラマンダは、通りがかりの旅人を装って、民家の外にいた村人に声をかけてみた。まさか、この王国の王太子妃が国境周辺の小さな村にいるなど、誰も気づくはずはない。
「最近、このように急に人がお亡くなりになることが多いのですか?」
すやすやと眠る赤ちゃんを背中におぶった女性は、急に話かけられて肩をビクンッと一瞬震わしたけれど、アラマンダのことを旅人だと思ってくれたようで、ここ最近の出来事を思い出すように会話を始めてくれる。
「実は……五日ほど前からなのですが、この村で毎日のように人が亡くなっているのです……」
「五日くらい前ですか……本当に最近なんですね」
「私も小さな赤ん坊がいるから、流行り病じゃないといいのですが……」
「……そうですね……それは、心配ですわね」
アラマンダは、原因が毒だとは思っているけれど、何の毒かまでは今のところわからない。
(もう少し、情報が欲しいわね)
「ちなみに五日くらい前から、この村で何か変わった変化はありましたか?」
「変わった変化ですか?……特に、記憶に残るような変わったことはないのですが……」
「そうですか。教えて下さりありがとうございます」
冷たい木枯らしが顔に突き刺し、その女性が寒さでブルッと身震いをしたので、アラマンダは会話を早々に切り上げる。
アラマンダは、ひと言お礼を言うとその場をすぐに離れた。
(長居して根ほり葉ほり旅人が聞いても怪しまれるだけだわ)
アラマンダは、護衛騎士の一人にこの村に残って、五日前から亡くなっている方の亡くなった時の状況を聞きとっておくように指示を出す。
(私は、一番最北端にある駐屯地に一足先に行って、そこにも情報がないか確認しましょう)
アラマンダは、メオ様と護衛騎士一人を引き連れて、その足で駐屯地に向かった。
どんどん北上するにつれ、数日前に雪が降ったのか街道の端に融けずに残った雪がそのままに積もっているのが確認できるようになってくる。
「私のヘルムント辺境伯領よりも北側に位置しているこの地域は、やっぱり冷え込むわね。メオ様、どうぞ私の外套の中にお入り下さいませ」
アラマンダは、揺れる馬上で手綱とアラマンダの間に器用に座っている猫のメオ様に、フワッと外套をかぶせて中に引き寄せて暖をとってもらう。
(うふふふ。私もメオ様のフワフワの毛でお腹が温かくなってまいりましたわ)
アラマンダは日暮れ前に駐屯地に到着できるように、休憩をとらずに護衛騎士一名と共に街道を北に向かって走り続けた。
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「やっと……着いたわね」
吐く息が白くなり、アラマンダの頬も鼻先も赤く染まっている。
馬で駆けながら、考えていたことがある。
(村の老夫婦は寝ている時に毒に侵されたようだったのよね……。同じ食べ物を食べて、遅効性の毒なら消化の過程で毒が回り命を落とすこともある。やっぱり食べ物の毒で調べていく方がいいかしら……)
駐屯地では、情報を集約したいのでアラマンダは自ら王太子妃だと名乗り、ルートロック王太子殿下の書状とともに、視察に来たと告げる。今日からしばらく、駐屯地に泊まることなりそうだ。
「え? 王太子殿下からの書状ですか? しょ、少々お待ち下さい!!!」
慌てた門衛に王太子妃が来たことを告げて、駐屯地の団長の元へ案内して欲しいと伝える。
(それにしても……駐屯地も何だか慌ただしいみたい。人があたふたしているわね……。こちらにも、何か別の問題が起きているのかしら……)
しばらく駐屯地の門前で待たされた後、普段、あまり使用していないのか室温の低い応接室に通される。
急な王太子妃の訪問で、団員たちの顔が戸惑っているようにも見える。
応接室に通された王太子妃は、身体が冷えていたため外套も脱ぐことなく、その足元にはメオ様がちょこちょことついて回る。
「お、お待たせいたしました。アラマンダ王太子妃殿下……。本日はどのようなご用件で、このような最北端の地で、しかも雪の中お越しくださったのでしょうか?」
その男性は、ナルモ副団長と名乗った。
「いえ、この駐屯地に来るまでの街道沿いの村に寄ったのですが、亡くなった方を見かけまして……。そのような事例がこちらに報告として届いていないかと思い、確認に参りましたの」
アラマンダは、今日、昼間に目撃した老夫婦の状態を述べてみる。会話を勧めるにつれて、副団長の顔がどんどん曇っていくのが伝わってくる。
(……ナルモ副団長は、何か心辺りがあるということね)
「アラマンダ王太子妃殿下、こんな雪の中、こちらまで視察に来て下さりありがとうございます。実は……この駐屯地でも騎士が不審な死をとげております」
ナルモ副団長は眉をひそめた状態で、苦悶の表情を浮かべる。
(ひょっとしたら、仲の良かった団員が命を落としたのかもしれないわね)
「ちなみに、いつお亡くなりになったのですか?」
「……合計三名が急に亡くなりました。最初に亡くなったのは、五日前、その次が三日前、そして今朝です」
(やはり、村人が亡くなった時期と同じくらいの日を境に、不審な死が始まったのね。それにしても、五日前に共通することって何かしら……)
「この街道沿いの村も五日前から不審死が始まったとおっしゃっていたのですが、五日前から何か……きっかけになるような出来事はなかったでしょうか?」
「え? 村も五日前からですか? 少々、お待ちください。少し、日誌などを持って参ります」
「えぇ、宜しくお願い致します」
ナルモ副団長が日誌を取りに行くと、アラマンダはメオ様と応接室で二人きりになる。共に来た護衛騎士は、駐屯地周辺に異常がないかひとまず確認をしに行ってもらっている。
「メオ様。私は、この不審死は毒だと思っているのですが、メオ様にお出しするお水も念の為、私が持って参りました物をご用意致しますので、こちらで出された物はお召し上がりにならないように宜しくお願い致します」
アラマンダは、毒だと仮説は立てているけれど、まだ毒の特定ができていない以上、この土地の物を口にするわけにはいかなかった。
「我は……毒など効かぬから、気にすることはないにゃ」
「そうは申しましても……念の為でございますわ」
アラマンダは、聖獣であるメオ様のお力がどのようなものか全く知らない。いくらメオ様本人が大丈夫だと言っていても、安心できなかった。
ほどなくして、ナルモ副団長がたくさんの日誌を抱えて、アラマンダの元に戻ってきた。
「こちらが、我々の日誌なのですが、亡くなった者の日誌も最期の行動がわかるかもしれないと思い、持って参りました」
そう言いながら、ナルモ副団長は机の上に日誌をバサッと置いた。
「拝読いたします」
アラマンダはそう言って、一番上に置いてある日誌を手に取る。
「それは、団長の日誌になります」
「そうですか。団長は今、どちらに?」
アラマンダは嫌な予感がして、ナルモ副団長に団長の居場所を問うてみた。
「……団長が、最初にお亡くなりになられました。五日前のことです」
アラマンダは、ナルモ副団長の表情が悲し気に歪むのを見て、そうではないだろうかと予想はしていた。
(やっぱり、親しくて尊敬していた団長が亡くなられたのね……)
アラマンダは私情を挟むことなく、日誌とこの五日間の客観的な出来事だけを見て、情報収集を行う。
手元に積み上げれた日誌につぎつぎと目を通していく。
(ひょっとしたら……)
アラマンダは、一つの可能性に気が付く。
それは、五日前から急に冷え込み、気温が氷点下になり始めたということだ。
(食べ物の毒を疑っていたけれど、これは、違っていたのかもしれない)
「すみません。団長が最期に亡くなられた時の場所にご案内いただけますか?」
「何か、わかったのですか?」
静かに無言で、アラマンダが日誌を読み終わるのを立って待っていたナルモ副団長が驚いたように顔を上げた。
「まだ、確認してみないとわかりませんが……」
「かしこまりました。ご案内いたします」
ナルモ副団長に連れられて、団長の最期に亡くなった場所、その他二名の不審死を遂げた方の最期にいた場所に案内してもらう。
「やっぱり……あったわ……」
アラマンダの予想通り、亡くなった方々はいずれも室内で亡くなっていた。そして、彼女は部屋の中のある場所で、気になる物を見つけた。
(三人の部屋にあったとすれば……まだ、この駐屯地の中にある可能性が高いわ!!)
アラマンダは、今日の気温も低くなっていることで更なる犠牲者が出ると容易に考えが行きつく。
「ナルモ副団長。至急、暖炉の使用、火気の使用を中止してください」
「え? でも、暖炉がないと今度は凍死してしまう者が出来てきてしまいますよ……」
「いえ。問題がないか確認できれば、使用できますのでひとまず、今からしばらく火気の使用を禁じてください。私が全て確認いたします! 時間がございませんので、早くお願い致します!!」
アラマンダの緊迫した状態が伝わったのか、ナルモ副団長は走って部下に指示を出しに行く。
(一体、こんなものをどこから入ってきたのかしら……)
アラマンダは自分の持ちうる知識を、駐屯地に伝えないといけない。
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アラマンダは毒となる物を特定することができた。でも、アラマンダにとっても初めて目にした品種だった。似たような物はこの王国にもあるけれど、今、アラマンダの手の中にある物はこの国の物ではないように思われる。
全ての火気の取り扱いを禁止したあと、ナルモ副団長に原因について話し始める。
「ナルモ副団長。燃やすと有害な毒を発生させる木があることはご存じですか?」
「……いえ。知識として……存在しているというのは昔、聞いたことはありますが、今まで目にしたことはございません」
「そうですね。この王国で自生している樹木ではほとんど見かけません。でも、今回、団長を死に至らしめたのは、暖炉の中に入っていたこの薪です」
アラマンダは、黒く墨になっている部分とまだ焼け残って年輪が見えている薪をたらいに入れて、ナルモ副団長に見せる。
「……こ、この木ですか?」
「えぇ、そうです。一見、何の変哲もない乾いた薪に見えますが、これは燃やすと簡単に致死量に至る物質を放出することができる木です」
「……なぜ、団長のお部屋で使われていたのでしょうか?」
(それは、私も疑問に思っているのよね。入手経路を確認しておかないと再び同じような事件が繰り返されてしまうわ。きっと団長が寒い思いをされないように気を利かせた団員が毒とは知らずに、部屋を暖めてしまったのね)
思いやりが、不幸にも尊敬している団長の死を招いてしまったと考えられるけれど、それについてアラマンダは一切触れなかった。
「ちなみに、この薪はどこからか購入された物ですか? それとも、団員の方が拾ってきて乾燥させたものでしょうか?」
「……団員が拾ってきてはおりません。冬になる前に商団から購入したはずです」
「ナルモ副団長。この樹種の薪は恐らくこの王国に自生していないのではないかと思います。だから、他国から意図的に持ち込まれた可能性も考慮しなければなりません」
アラマンダは、自分の持ちうる毒の知識の中から他国から流れついた薪だと目星をつけた。
「この有毒な物質を放出するこの木ですが、木の表面の表皮に特徴があります。これをご覧下さい」
アラマンダは、毒を発する木の特徴の一つとして、表皮の模様についてナルモ副団長に見分け方を教える。
「ただ、表皮を削ぎ落している場合の判断は難しいです。火をつける前のこの匂いを覚えるしかありません。これは、燃やすと有毒になる木は、似たような成分が多いので我が国の木でも燃やすと毒が発生する木はこのような香りがします。あまりそのような木は多くないので、見かける機会は少ないかとは思いますが……。燃やしていない時は、有毒ではありませんので、この匂いで特徴を覚えておく必要があります」
(表皮がなければ、匂いでかぎ分けるしかないのだけれど、こういう作業に慣れていないとすぐに判断は難しいかもしれませんわね)
その後、アラマンダは、駐屯地にある全ての薪を副団長と共に一緒にチェックしていく。すると、およそ3割の木が燃やすのに適していない、有害な木が含まれていた。
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「おかしいわ。普通の薪に少しずつ紛れ込ましてパッと見ただけでは、樹種が特定できないようにしてあるように見受けられるわ……悪意を感じるわね」
薪を分類していくと、有毒な木は固まって置いてあるのではなく、縛ってある束の中に意図的に少しずつ混ぜこんであるような印象を受ける。
「我もこれは意図的に仕組まれて持ち込まれた薪だと思うにゃ」
メオ様はアラマンダの近くにずっといたのだが、周りに人がいなくなったタイミングを見計らい、人語で話しかけてきた。
「やっぱりそうですわよね? いつも仕入れている商団と違う商団を使ったのかしら?」
「入手先を調べた方がいいにゃ」
(そうね。恐らく北の国から持ち込まれたのでしょうけど、どういう経緯でこの駐屯地に入ってきたのかは、ルートロック王太子殿下にご報告する必要があるものね)
アラマンダは、ナルモ副団長に入手経路も併せて調査してもらっているので、それも返事待ちだった。
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「アラマンダ王太子妃殿下。入手経路が判明いたしました」
次の日。
ナルモ副団長はアラマンダ王太子妃の元に報告に訪れていた。
「実は……10日前にこの駐屯地とすぐ南にある街道沿いの小さな村との間に、商団の馬車の車輪が壊れたままの状態で、街道を塞ぐ形で放置されていたことがあります。発見した時に商団の人はおらず、『御者が体調を崩したため、急ぎ人だけ移動することになりました。馬車の荷物は薪しかありませんのでこのまま置いていくので、どうぞ利用してください』という文章が、御者台に置手紙としてあったとのことです」
「では、街道を防いでいた馬車を放置するわけにもいかず、馬車とその荷物を移動させたというわけですね? その行先がこの駐屯地と……南側に位置する街道沿いの村ということですね?」
(これで、原因はわかったわね。この怪しい馬車の荷物だった薪を全て確認したら、ひとまず安心ということかしら。馬車は乗り捨ててあったのだから、犯人の特定は難しいわね……)
アラマンダは、犯人を特定するのは隣国にすでに逃亡している恐れがあるから難しいと判断した。
(でも、きっと意図的に毒を蔓延させて、駐屯地や村の混乱に乗じて侵攻してくる計画だったに違いないわ)
ちらっとメオ様の顔を見てみても、「にゃ」と短くしか鳴かなかった。
おそらく、「その考えで合っているにゃ」ということだろう。
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その後、ナルモ副団長には駐屯地の人気のない広い場所で、風のない日に毒を発生させる薪を少しずつ燃やして処分するように指示を出しておいた。くれぐれも、燃え尽きるまで近寄らないことも言い含めて。
アラマンダの元に、村での調査に残しておいた護衛騎士が、調査を終えて昨夜報告にやってきた。
不審死を遂げた人は、やはり火を使用している時に亡くなっていたため、アラマンダとメオ様、護衛騎士二名は、駐屯地と同じように有毒な樹木の見分け方を説明をする為に駐屯地から再び村に向かって移動を始めた。
「メオ様。これで、事態が収束するといいのですが……、あの手この手でこっそりと混乱を招くような手口はこれからも出てきそうですわよね……」
アラマンダは馬の上でメオ様に話しかける。
「そうだにゃ。この国は農作物にも鉱物にも恵まれているから、隣国から目を付けられているのは間違いないにゃ」
「うふふふ。でも、私にはメオ様がいらっしゃいますから、何だかとても心強いですわ。今回の件、早期解決できましたのはメオ様のおかげですのよ」
アラマンダはメオ様に北の国境沿いに行くように指示を出されたことを思い出して、感謝を述べた。
ほどなくして、先日、立ち寄った村にもう一度足を踏み入れる。
今回は、王太子妃として村の者を広場に集めてもらい、有毒な樹木の見分け方を説明した後、今、村にあるすべての薪を一か所に集めてもらい、アラマンダと村人と一緒になって選り分けを行った。
始めは、王太子妃が訪村したとのことで、村人たちは畏まって会話がぎこちなかったが、アラマンダの気さくな人柄と頼りになる話し方で、村人の心もすぐにほぐれて、いつの間にかアラマンダも村民の一員ではないかと思うほど馴染みながら、廃棄する薪を選り分けることに成功した。
そこに、走り込んでくる年若い女性の姿が見えた。
「た、助けて下さい! 子供が……赤ちゃんがまだ家の中にいるんです!」
涙ながらに村人たちの元にやってきた女性にアラマンダは見覚えがあった。
(あら……あの方……先日、背中に赤ちゃんをおんぶしながら、私と会話して下さった方だわ)
その女性も、アラマンダの顔を見て一度会話したことがあると思い出したように、目を見開いた。
「どうした? 何かあったのか?」
村の男性が、その年若い女性に話を聞く。
「赤ちゃんに熱があったので、室内で寝かして暖かくしてあげようと薪を使用したまま、お医者様を呼びに行っていたのです。それで、お医者様と室内の扉を開けた瞬間、めまいで倒れそうになり、私もお医者様も問題はなかったのですが、まだ家の中に赤ちゃんがいるのです!!」
女性は泣きながらも、自分の家を指差し、助けを乞うている。
煙突から煙が立ち上っているのが確認できるので、まだ薪が燃焼中なのは間違いなかった。
でも、毒が発生しているのだとわかっていて室内に入れる者は、誰もいない。
「……わかりましたわ。私が参りましょう。赤ちゃんのいる部屋の場所を教えていただけますか?」
「王太子妃殿下!! おやめください!」
さすがに護衛騎士の二人もアラマンダの行動を許容できずに、行動を諫めようとする。
「……私は、毒の耐性がございますから、普通の人にとっての毒であっても、私には効かないのです」
アラマンダは、多少、嘘を織り交ぜながら自分が適任だと申し出る。
(本当は、今回のこの樹木の毒は初めてなのですけれど、この王国の樹木の毒は慣らしてあるので、それと似通っていると仮定するならば……多少、耐性がありますっていうのが正しいのかしら)
でも、今は迷っている暇は無かった。
「メオ様、しばし行って参りますわ」
「にゃー」
(メオ様が止めないということは、私で助け出せるということだわ)
そう判断するや否や、アラマンダはその女性の家の室内に飛び込んだ。
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「ん? あの人だかりの中心にいるのは、愛しいアラマンダに見えるのだが……」
王太子のルートロックは、アラマンダが不審死の原因を突き止めて、薪を処分しているというところまで報告が届いていたため、自分の目でも確認しようと数刻前に王都を出立して、アラマンダのいる村に向かっていた。
「あれ? 彼女、人の家に自ら飛び込んで行ったぞ。よし、急いで下降してくれ」
ルートロック王太子は、自分の聖獣であるドラゴンに乗りアラマンダと合流する為に、王都から出立していた。ドラゴンが空を飛んでいるのを目撃されると、国中が騒ぎになるため、ドラゴンは人には見えないように『目くらまし』を施してもらっていた。
『目くらまし』の原理はわからないが、ドラゴンの力の一つなのかもしれない。そのおかげで、村人のすぐ近くまでドラゴンが近寄って行っても、誰にも気づかれることはなかった。
ドラゴンから飛び降り、アラマンダの走っていった家の前の人だかりの先頭に向かう。ドラゴンは、すでにルートロックの指にはめている指輪の中に戻ってしまった。
ルートロック王太子の姿を見つけた、護衛騎士の一人が状況をルートロックに説明する。
すると、ルートロックの顔が真っ青になり、村人の目から見ても、まだ室内から出てこない王太子妃を案じているのがひしひしと伝わってくる。
「なぜ、彼女はすぐに出てこないのだ!!」
ルートロックは、自らも飛び込みそうな勢いで護衛騎士に行く手を阻まれる。
それを見ていたメオ様はルートロックの足元に纏わりつき、ひと言だけ短く鳴き声をあげた。
「にゃ」
「メオ様……心配無用ということですか? でも、中に入ってから出てくるまで時間がかかりすぎております」
「にゃ」
メオ様は、本当に大丈夫だから安心しろと言っているかのように、もう一度、小さく声を発した。
「あ! 見えました!」
様子を伺っていた村人の声で、皆の視線が戸口に集中する。
アラマンダは、赤ちゃんを背中に括り付けて、ほふく前進で戸口の外まで這い出てきた。
どこからどう見ても、王太子妃には見えない。
王太子妃は安全を確認してから立ち上がり、ルートロックの姿を見つけて苦笑いをする。
(見られてしまいましたか……。少し無謀でしたでしょうか……)
そんなアラマンダの姿を見て、ルートロックは人目も気にせずアラマンダの元に駆け寄り、強く抱きしめた。
「はぁーーーーーーーーーー。良かったーーーーーーー」
ルートロックは、小さな声で安堵を漏らす。
(さすがに心配をかけすぎてしまったようですわね)
「ご心配をおかけして、申し訳ありません。ルートロック王太子殿下……」
アラマンダが小さな声で謝罪をすると、ルートロックは抱擁していた手を緩めて、アラマンダの両肩に手をのせる。
「……どこも、怪我はしていないんだな?」
「はい」
その一言を確認すると、ルートロックはすぐに気持ちを切り替える。
一瞬のうちに為政者の顔つきに変わる。
アラマンダは、この切り替える瞬間のルートロック王太子殿下に魅力を感じていた。
(私情を切り替える瞬間の眼差し。さすがですわ、殿下……)
アラマンダの元に駆け寄ってきたのは、ルートロックだけでは無かった。
赤ちゃんの母親も赤ちゃんが無事が心配で、すぐに抱きしめたかったに違いないのにルートロックがアラマンダから離れるまで静かに待っていてくれた。
「お待たせいたしました。赤ちゃんも……無事ですわよ!」
「あ、あ、あ、ありがとうございます!! 何とお礼を申し上げたら良いのか……」
女性は赤ちゃんの目がぱちくりと開いて、母親の顔を見てニッコリ微笑む姿を見ると安心して座り込んで泣き崩れてしまった。
アラマンダは、母親の背中を優しく落ち着くまでさすり
「赤ちゃんが無事なら、それだけで私も幸せです」
とだけ、伝えてその場を後にした。
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「ドラゴン様に乗るとあっという間に帰城できますのね」
その後、ルートロックの聖獣のドラゴン様にルートロック、アラマンダ、メオ様が乗せてもらい先に城に戻ってきた。
アラマンダの衣類はほふく前進をしたおかげで、汚れがひどく早く王都に戻ろうとルートロックが判断したからだった。
アラマンダは温かい湯に浸かり、疲れをほぐした後の寝室でルートロックにあることを尋ねられていた。
「なぜ、そなたはほふく前進で現れたのだ? 息を止めて走って飛び出した方が少しでも早く外の空気が吸えるから安全だと思うのだが」
「ええ。確かにそうした方が良い場合もございます。しかし、駐屯地である実験をしてわかったのですが、あの有毒な物質は空気よりも軽いので、立っている方が致死率が高くなるのです」
「そなたは、あの短時間で毒の性質も調べていたのか……さすがだな」
「うふふふふ。恐れ入ります。服毒して生き残ったから王太子妃になったのでしょう? でしたら、新たな毒に遭遇してもすぐに研究するのも私の勤めでございますわ」
「はぁーーーーーーー」
(アラマンダのそういう果敢に立ち向かう姿に惚れたというのに、これは……心配と紙一重だな)
「あとは、今回の駐屯地の近くのあの村に乗馬できる場所を見つけまして、ナルモ副団長の協力のもと、月に1,2回だけですが老若男女問わず村人の乗馬訓練を行って下さることをお願いして参りましたわ」
「……そなたは、今回、毒の原因を突き止めただけでなく、乗馬教育の場も見つけて解決してしまったのか?」
ルートロックは、有能すぎる妻に驚きを隠せない。まさか、先日、相談していた平民にも乗馬ができる場所を検討しようという課題を、さらっと解決してきてしまった。
「アラマンダ。私はそなたを愛しているが……そなたの勇ましい部分を見てしまったから……もうそなたがいないと生きていけないかもしれないな」
「まぁ! 嬉しいですわ。私も今回はルートロック殿下の心配してくださるお顔を拝見できまして、とても幸せでしたわ。ありがとうございます」
この後、久しぶりの二人きりの時間を大切に長い長い夜を過ごした。
翌日。
サルフ宰相が「アラマンダ王太子妃殿下が毒に侵された村を救ったのは本当ですか?」とルートロックに確認してきたのは、言うまでもない。
最後まで読んで下さりありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、↓☆☆☆☆☆の評価、ブックマークを宜しくお願い致します。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つをしていただき、率直なご意見をいただけますと嬉しいです。
時系列でこの二人の出会いから読みたい場合は連作短編①でお楽しみいただくこともできますので、宜しくお願い致します。