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海野 潮太郎③

潮太郎視点です。

 瑞希と離婚した俺は実家のある田舎へと引っ越した。

田舎とは言っても……山に囲まれた畑ばかりある、のどかな田舎とかではない。

多くはないが、何店舗かコンビニが設置されているし……スマホも使用することができるので、都会から戻ってきた俺でも不便さはそこまで感じない。

そして俺の実家は、年季の入った木造建築で定食屋を営んでいる。

店は俺のひぃじいさんが開いたらしく、今は俺の親父とお袋が俺の甥と共に経営している。

まあ常連客はみんな近所に住んでいる高齢者ばかりだから、経営はお世辞にも良いとは言えない。


「潮太郎! いつまで寝てるんだい!? さっさと起きて店を手伝いな!」


 離婚して傷心している息子とはいえ、何もしない人間にタダ飯を与えるほど両親は甘くない。

早朝……お袋は俺の布団をはぎ取り、店の手伝いを強制してくる。

傷心しているから少しくらい気を使ってくれと思わない訳じゃないけれど……そんな言い分を述べたところで”甘えるな!”と一括されるのがオチだ。


「はぁ……しんどい……」


かつて住み慣れた実家とはいえ、環境の変化に体がついていかない俺にはかなりつらい。


「おじさん! 今日ゴミの日だからゴミを運ぶの手伝って!」


「わかった……」


 俺の主な仕事は皿洗いと接客と掃除と買い物とゴミ捨て等々……。

料理のスキルなんてない俺は、店での雑用をほとんど任されている。

いや……押し付けられていると言った方が正しいか。

料理は主にお袋と甥の鯛地たいちが担当し、親父は接客を担当している。


「鯛地……親父はどうしたんだ?」


「いつもの味噌汁!」


「またか……」


 料理はお袋と鯛地が担当していると言ったが、唯一親父が担当している品がある。

それが味噌汁だ。

なんでもひぃじいさんが異様なほど味噌汁に凝っていたらしく……近所では”親父の味噌汁”と呼ばれ、店の看板商品のように扱われている。

ひぃじいさんが亡くなった際に、その意思と味を親父が受け継ぎ……今に至る。

毎朝、母が色々仕込みをしている中……親父は何かに取り付かれたかのように味噌汁作りに専念している。

味噌汁以外の料理は全部お袋に任せているのにさ……。

ちなみに親父の味噌汁の味はどうなんだと聞かれると……まあうまいと言えばうまい。

ただはっきり言って……特別うまいと言う訳じゃない。

親父が風邪等で身動きが取れないときに、お袋や鯛地が味噌汁作りを代行するが……味は全くと言って良いほど相違ない。

だが親父は頑なに味噌汁作りを譲らない。

ぶっちゃけていうと、親父が味噌汁作りに専念する理由は……本人の意地以外ない。

どうしてそこまでこだわるのか……俺には理解できない。


--------------------------------------


 そんなこんなで、俺は実家の店を手伝いながら新たな人生をスタートさせていた。

慣れないことばかりで目まぐるしい日々を過ごしているせいか……瑞希と大洋のことを一時忘れ、仕事に専念することはできた。

ただ……心の傷が癒えたわけじゃない。

休日に部屋でぼんやりとしていると、どうしても風呂場でのあの光景がフラッシュバックしてしまう。

実の息子に体を開き、官能的な表情を浮かべる瑞希……。

実の母親に獣の如く腰を振る大洋……。

まるで夫婦のように体を重ねる2人の姿が……未だに脳裏に焼き付いている。

そして離婚調停の際に瑞希が見せた悲し気な涙と大洋の軽蔑したような目……。

自分達こそが被害者であると言わんばかりのあの態度に……俺の心は深い悲しみに沈んだ。

俺が2人の交わりを見て、どれだけ傷ついたか……それだけでも理解してほしかった。

長い間……苦楽を共にした妻と俺なりに愛情を注いできた息子……。

誰よりも深い絆で結ばれているはずの2人に、俺の心を理解してもらえなかった……。

2人に裏切られたこと以上に……俺はショックだった。


--------------------------------------


「……」


 とある休日の夜……。

あの時のトラウマでぐちゃぐちゃになった頭を整理しようと、俺は家の近くの公園に足を運んだ。

子供の頃によく友達と遊んでいた思い出の公園だ……特にブランコには随分と可愛がられた。

俺はその思い出のブランコに腰を落ち着け……ゆりかごのように小さくブランコを漕いだ。

真っ暗な夜ということもあり……公園には誰もいない。

夜の公園に中年の男が1人なんて……誰かに見られたら不審者だと思うだろうな……。


キー……キー……。


 俺がブランコを漕ぐ際の音だけが寂し気に周囲に響き渡る。

なんだか世界に俺1人が取り残されたかのような気分だが……こうして1人でいる分には何も考えずに済むから楽だ。

いっそこのまま時間が止まればいい……そんな暗い思いが頭の中を過ぎった時だった。


キー……キー……。


 突然、隣のブランコが大きく揺れる音が耳に入ってきた。

ふと隣に視線を向けると……そこには大洋と同い年くらいの少女がブランコを漕いでいた。


「……」


 少女はどこか遠くを見ながら……無心になってブランコを漕いでいた。

とても整った顔立ちをした少女だ……。

近所にこんな子がいたか?

いや……今はそんなこと、どうでもいい。


「君……どうしたんだ? こんな時間にこんな所に……」


 夜遅くに若い女の子がこんな人気のない公園にいるのは危ない……。

そう思った俺は、考えるより先に少女に声を掛けていた。

端から見たら、良い年をした中年男が若い女の子に絡んでいるように見えるやもしれないが……かといって放っておくわけにもいかない。


「……」


 少女は漕ぐのをやめたが、俺の問いかけには答えてくれなかった。

もしかして家出か?

なんて悪い予感もしつつ……俺は少女に声を掛け続けることにした。


「もう暗いから帰った方が良い。 もしも帰りづらい事情があるのなら、俺が交番まで連れて行ってあげるから……」


 こういう時、ドラマとかアニメなら”俺が家まで送って行ってやるよ”……なんてキザったらしいセリフを言うんだろうが……生憎俺には若い子を連れて出歩く度胸はない。

いくら正当性のある理由があってもな……。


「おじさん……1つ聞いていい?」


「なっなんだ?」


「おじさんは……家族と仲が良い?」


 やっと口を利いてくれたかと思ったら……突拍子もない問いかけに俺は思わず戸惑ってしまった。

どうしていきなりそんなことを聞いてくるんだ?

少女の意図はわからないが……ひとまず俺は答えることにした。


「まあ……それなりには……」


 なんともはっきりしない回答だが……両親とは特別仲が良いわけでもないし、かといって仲が悪い訳でもない。

ごく普通の親子関係であれば、大体の人の回答はこんな感じだろう……。


「そうなんだ……いいね、うまくやっていて」


「君は両親とうまくやっていないのか?」


「……」


「あっ別に言いたくないことなら言わなくていい。 今の言葉は忘れてくれ」


 思わず問いかけてしまったせいか……少女は少しうつむいてしまった。

余計なことを言ってしまったのか?


「仲は良いよ……ううん。 仲が良すぎたのかもしれない」


「えっ?」


「あたしさ……少し前までアイドルやってたんだ」


「アイドル……あっ!」


 アイドルという単語と少女の顔……その2つが俺の脳内で無意識に検索され、ヒットした。

この子……大洋が推していたアイドルだ。

たしか……アオカちゃんとか言ったか?


「ひょっとして……アオカちゃんか?」


「えっ? おじさん、あたしのこと知ってるの?」


「息子が君の大ファンでね……でもアイドルの君がどうしてこんな田舎町にいるんだ?」


 大洋の推しとはいえ、彼女はアイドルに疎い俺ですら顔と名前を憶えていられるほどの有名だ。

てっきり都会の高級マンションにでも住んでいると思っていたんだが……。


「お父さんとお母さんが離婚してさ……今はお母さんの実家に住んでいるんだ。

それとね?

アイドルも……やめちゃったんだ」


 そこから語られたのは……若い少女が背負うにはあまりに悲惨な過去だった。



次話はアオカ視点です。


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