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海野 潮太郎【完】

潮太郎視点です。

これで彼の視点は終わります。

 

 俺と蒼歌はその足でお袋が入院している病院へと向かった。

あれから足しげく通っているけれど……お袋は一向に目を覚まさない。

親父はあの事件以降、鯛地に連れ添ってもらって毎日病院へと通っている。

お袋がまだ元気な姿を見せてくれると信じて……。


「早く! 急いで!!」


 お袋がいる病室に差し掛かろうとしている時だった。

病室がやたらと騒がしく、看護婦さんが慌ただしい様子で病室を出入りしている。

平穏を維持しなければいけない病室で、看護婦や医者がドタバタとその静寂を破る。

それはつまり……。


「まさか……」


「しおくん!」


 俺と蒼歌はハッとして、急いで病室へと駆け込んだ。

脳内によぎるお袋の死に顔を振り払いながら……。


「お袋!!」


 病室に入った俺の視界に映ったのは……うっすらと目を開けたままベッドに横たわるお袋の姿だった。


「うるさいね……病室なんだから静かにしな」


 人工呼吸器やいくつもの管が腕に刺さっている痛々しい姿ではあるものの、発言はしっかりできていた。


「母ちゃん……」


「お父ちゃん何を泣いてるんだい。 人前で泣くなんてらしくないよ?」


「ばっ馬鹿言うんじゃねぇ! ちょっと目にゴミが入っただけだ!」


 お袋の手を握りながらこの奇跡に涙する親父……。

思えば親父が泣く所なんて初めて見たな。

使い古されたテンプレ台詞で言い訳するなんて……親父らしい。


「お袋……大丈夫なのか?」


 思わずお袋にそう尋ねてしまったこの質問……よく考えたら担当医に投げるべきだったな。


「当たり前だろ? 蒼歌ちゃんの花嫁姿を見るまで死んでたまるかい」


 なぜここで蒼歌の花嫁姿が出てくるのか……という疑問はひとまず置き、俺達は診察の邪魔にならないように一旦病室を出た。


※※※


数時間の精密検査の結果……お袋は失血やケガの影響でしばらく車いす生活になるが、後遺症などは特になく……時間は掛かるが退院もできるとのことだ。


「よかった……」


 病室での担当医からの報告に安堵し、俺は空いていたベッドに腰を下ろした。

病室のベッドに腰掛けるなんてよくないことだと思うが……今は大目に見てほしい。


「大洋は……どうなったんだい?」


 命の危機を脱し、ようやく回復に向けて動き出した現状にてお袋が最初に口にしたのは大洋のことだった。


「大洋は……」


 意識が戻ったばかりなお袋に体力を使わせるわけにはいかないが……お袋自身がどうしても聞きたいと目で訴えてきたので、俺は全てを話すことにした。

大洋が逮捕されたこと……大洋がお袋を刺した理由……大洋にもはや改心の余地がないということ……。


「そうかい……」


 俺の話を聞き終えたお袋は悲し気な顔で天井を見上げると、それだけポツリとつぶやいた。

そしてそれ以降……口を閉ざしてしまった。

冷淡な風に聞こえるかもしれないが……その言葉には、お袋なりにいろんな感情が詰まっているんだと思う。

人の道を外れてしまった大洋への怒り……大洋の本心を理解できなかった自分への不甲斐なさ……大洋に自分達の想いが届かなかった悲しさ……。

きっと俺以上にずっと心を痛めているんだろう……。

普段ガサツに見えて、お袋は繊細だからな……。


-------------------------------------


 後日開かれた裁判の結果……大洋は言うまでもなく有罪判決を受け、そして懲役25年を言い渡されてしまった。

あまりに長い刑期を設けられてしまった理由は、本人に反省の意が全くないということやこれまでの経緯から再犯の可能性がちょっとやそっとじゃ払拭できないと裁判官が判断してしまったから……らしい。

ここまで来てしまったら……面会室以外の場で大洋と会話することは2度とないかもしれないな。

だけどもう……起きてしまったことはどうにもならない。

お袋だって……もう2度と大洋と触れ合うことはできないと覚悟して、体にムチ打って裁判に出たんだからな……。


『せめて人としての筋は通したい……』


 裁判前にお袋が俺に言った言葉だ……。

これがきっと……家族としてできる最後のけじめであり償いだと……思いたいんだろう。

俺もそう思いたい……。

大洋のあの様子ではもう……刑期を終えて出てこれたとしても、改心はしないだろう……。

きっと俺を恨み続け……過ちを繰り返しながら生涯を終える。

そうなったのは大洋自身のせいであり、しっかりとした教育を施さなかった俺と瑞希の罪でもある。

大洋も瑞希も己の過ちを見直すことはないだろうが……俺は俺なりにこの十字架を背負って生き続ける。

そして俺は……”ある決意”を固めた。


-------------------------------------


 大洋に有罪判決が下ってから数日後……俺はその決意を病室で親父とお袋に話した。


「潮太郎……それ本気で言っているのか?」


「あぁ……本気だ。 奈美は……俺が育てる」


 俺は宣言するかのようにはっきりと俺の決意を……瑞希と大洋の子供である奈美を育てる覚悟を2人に述べた。


「育てると言ったって……そんな簡単に……」


「子育てが簡単じゃないことくらいわかってる……。

あの子を立派に育てる自信も……正直あるとは言えない。

俺は金もないし……若くもない。

だけど俺は……奈美に幸せになってほしいと誰よりも思っている!

瑞希と大洋のこれまでの行いで最も被害を受けたのは、生まれて間もなく両親を失うことになった奈美だ。

あの子にはもうこれ以上……不幸になってほしくない!」


 蒼歌だって十分な被害者であるとは思っているけれど……今は奈美を優先させてほしい。


「お前の気持ちは理解できなくもねぇが……奈美の幸せを願うのなら、きちんとした里親に託すというのも1つの幸せなんじゃねぇのか?」


 親父の言う通り……まだ瑞希の親が育て先を探している最中とはいえ、俺なんかより十分な教育管理が行き届いている里親に託した方が奈美の幸せに繋がるのかもしれない……。

その可能性を考えなかった訳じゃない……。

でも里親に託したところで奈美が絶対に幸福な人生を歩むとは限らない。

色々なことがあって疑心暗鬼になっているからか……俺は自分の目が届く幸せしか信じることができない。

俺が言っていることが無責任なわがままに等しいということも……俺なりに理解しているつもりだ。


「そうだな……俺もそう思う。

いやむしろ……それが1番だと思うくらいだ……。

だけど……それでも……」


「潮太郎……聞きたいことがある」


 そう言ってきたのは、ベッドに横たわったまま俺に厳しい視線を向けてくるお袋だった。


「あんた……どうして奈美を育てたいんだい?」


「……」


「大洋を真っ当に育てられなかった償いをしたいからかい?」


「それもある……。 出生はいびつだけど、奈美は俺の血を受け継いだ子供だからな。

俺なりに親としての責任を果たしたい……そう思う所もある。

だけど……何より俺は……これ以上家族が不幸になるのを見たくないんだ」


「あんたに言うまでもないけれど……子育てって言うのは、衝動的な感情や同情でどうにかなっちまうほど甘いものじゃないよ?

自分の人生や幸せなんて二の次にして何よりも子供を優先する……それが親だよ?

あんたにその覚悟があるのかい?」


「あぁ……この話をする前に腹を決めた」


「その言葉に二言はないね? その言葉に反すれば……あんたはもうあたし達の子供じゃないよ?」


「奈美は……俺が育てる」


「……わかった。 そこまで覚悟しているのならもう何も言わない。 

父ちゃんはどうだい?」


「俺も母ちゃんと同意見だ……。

ここまで大見得きったんだ……なさけねぇ真似しやがったら俺がこの手でぶちのめす!!」


「おう!」


-------------------------------------


 後日……俺は瑞希の両親の元へ行き、奈美の親権を譲ってほしいと頭を下げた。

もちろん最初は2人共かなり渋っていたが……。


『お願いします! 俺に奈美を幸せにするチャンスをください!』


 そう必死に俺の思いを伝え続けた結果……俺の決意に折れる形で親権を譲ると言ってくれた。


『私達にできることは何でも協力します。

どうかこの子を瑞希のような人間にしないように……立派に育ててください』


『はい……約束します!!』


 俺は瑞希の両親に奈美を幸せにすると誓った。

俺の気持ちを尊重して奈美を託してくれたんだ……2人の期待に応えるためにも……俺は奈美を幸せにしないといけない。


-------------------------------------


 数週間後……俺は親権の手続きを済ませ、奈美を迎え入れるべく……子育てのための衣服やオムツなどを買いそろえた。

奈美は実家で育てるつもりだ……。

金銭面の限界もあるが……独身の中年男がサポートもなしに子育てができると思えるほど、俺は楽観的じゃない。

かっこつけといて情けないなと思うかもしれないけど……安定した環境を作るには家族のサポートが必須なんだ。

親父もお袋もサポートに関しては協力的だ。

もちろん、だからって子育てを怠るような真似はしない。

本やネット……育児経験者であるお袋から情報をかき集め、俺なりに育児について勉強している。


-------------------------------------


「この子を……よろしくお願いします」


「はい……」


 俺はこの日……瑞希の両親から奈美を譲り受けた。

思ったよりも重いな……。

大洋を抱いた時以来で忘れていたけど……これが命の重みって奴なんだな……。

そしてこの手で奈美を抱いたこの瞬間……俺はこの子の父親になったんだ。

もう後戻りはできない……する気もないけどな。


「あう……」


 俺の腕に抱かれた奈美は、なんとも愛らしい笑顔を俺に向けてくれていた。

この笑顔を守ることが父親である俺の役目だ。


「じゃあ帰るか……奈美」


 この選択が正しいのか間違いなのかはわからない……。

俺も瑞希も大洋も……幸せにはなれなかったけど……せめてこの子だけは、幸せに生きてほしい。

俺の全てを賭けて……奈美の幸せを守る。

それが俺に残された……たった1つの幸せなんだ。

次話は蒼歌視点で、最終話です。

多少長くなるかもしれませんが、次でこの物語の幕を下ろしたいと思います。

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