海野 大洋【完】
大洋視点です。
これで大洋の物語は終えたいと思います。
めちゃくちゃ長くなりました!
俺は再び逮捕された……。
罪状は殺人未遂……いや、祖母が死ねば殺人罪か……。
だが俺には後悔も不安もない……。
俺は潮太郎を罰し、心に生涯消えない傷を負わせた……。
それだけでもう……これからどんな裁きが下ろうがどうでもいい。
--------------------------------------
取り調べが一通り終わり……俺は後日開かれる裁判まで留置所に収容されることになった。
そして俺が祖母を刺してから数日が経ち……面会室へと通された。
そこで待っていたのは……。
「大洋……」
俺が罰した海野潮太郎だった……。
平静を装っているみたいだが……顔がかなりこわばっている。
顔色も死人のように青白く見える……。
たった一目見ただけで……この男がどれだけ精神的に弱っているのか手に取るようにわかる。
なんかざまぁすぎて思わず吹き出しそうになった。
「大洋……なぜこんなことをしたんだ? お前の口から聞きたい」
開口一番に聞くことがそんな分かりきったことか……。
ある意味おめでたい奴だ……。
「なぜ?……言っただろ? 全部お前が悪いって……」
「俺が悪い?」
「そうだよ……こうなったのは全部あんたのせいだよ……。
あんたが俺のアオカちゃんを奪い……俺が得るはずだった幸せを全部奪ったせいだ!!」
「俺が蒼歌を奪った……だと?」
「あぁ、そうだ! どうせ母さんを寝取られたとか……被害妄想を膨らませて俺に逆恨みしていたんだろう?
はっきり言うけどな、俺にとってあんたはもう父親なんかじゃない!
ただの寝取りクソ野郎だ!!」
バンッ!!
突然、潮太郎が目の前のテーブル?を力任せに両手で叩き、その勢いで立ち上がりやがった。
「だったら……だったらどうして……俺を刺さなかった!?」
「は?」
「お前が憎いのは俺なんだろう? だったらあの時……どうして俺を刺さなかったんだ!? 答えろ!!」
何を言うかと思ったら……あまりにくだらない質問だった。
歯を食いしばって涙まで流しやがって……みっともねぇな。
「だって……つまらないじゃん」
「何?」
「あんたを殺した所であんたが死んでそれで終わり……そんなつまらないやり方で、俺の気持ちが晴れるわけがないだろ?
俺はさ? あんたに死んでほしいんじゃない。
あんたにとことん苦しんでほしいんだよ……この先死ぬまで永遠にな……」
「……」
「あんたは俺から大切なアオカちゃんを奪った……だから俺もあんたの大切な人を奪ってやった……それだけの話だ」
「だからお袋……ばあちゃんを刺したっていうのか?」
「そうだ……本当はじいちゃんも刺したかったんだけど……惜しい事をしたよ」
「俺のことはどう思うがもういい……。
でもな?……お前は自分のしたことに心が痛まないのか?」
「……?」
「じいちゃんとばあちゃんは……お前を愛していたんだぞ?
逮捕された後もずっと!!
服役している間……2人は何度もお前に会いに行っていただろう?
過ちを犯した人間なんて……子供だろうが孫だろうが……見捨てられたって文句は言えない!
動機が不純ならなおさらだ!!
それでも2人はお前の身を……ずっと案じていたんだぞ!?」
「……」
「それに……お前は知らないだろうが、じいちゃんとばあちゃんは毎日毎日……神社に行っては神様にお前が無事に出所できますようにって……手を合わせ続けていたんだ。
お前が改心して、真っ当に生きてくれると……ずっと信じていたんだ!!
そんな2人の気持ちをこんな風に踏みにじって……何も感じないのか?」
「……」
「じいちゃんとばあちゃんだけじゃない!! 瑞希の両親だって……お前のことを信じて待っていたんだぞ!?
世間に何を言われようと……赤ん坊を押し付けられようと……お前を想っていてくれたんだ!!」
「そもそもお前は俺を苦しめるために……傷つけるためにばあちゃんを刺したと言ったな?
でもあの場にいた鯛地だって……常連客のみんなだって……お前の愛しい蒼歌だって……心に深い傷を負ったんだぞ!?」
「……」
「蒼歌に限ってはこれで2度目だ……お前は彼女のことを大切だと言うが……その大切な人の心を自分で散々傷つけておいて……お前は胸を張って俺にざまぁみろと言えるのか!!!」
「……」
「俺にも悪いところはあった……お前をこんな風にしてしまったのは俺にも責任はある。
もちろん瑞希にもだ……。
だけどお前はもう子供じゃない……自分の行動に責任を持つべきだ!
俺が憎いとか……俺が悪いとか……そんなこと言う前に、もっと自分の行いを悔い改めろ!
このバカ息子!!」
「……で? 何が言いたいの?」
「……」
「長々とくっだらない道徳じみた説教をペラペラと……うるさいんだよ」
「大洋……お前……」
「何が悔い改めろだ……あんたこそ俺にした仕打ちを悔い改めろよ。
だいたい……じいちゃんとばあちゃんが手を合わせていたからってそれが何?
俺を想っていたから何?
それでアオカちゃんが俺の元に来てくれるの?…俺の人生が元通りになるの?……無理だろ?クッソ無駄だしどうでもいい。
そもそも2人がきちんとあんたにまともな教育を施していれば……こんなことにはならなかったんだ。
言ってみれば……あの2人も同罪だよ」
「お前……そこまで……」
俺の言葉に潮太郎は力が抜けたかのように椅子に腰を落とした。
事実を言っただけでショックを受けるとか……どんだけメンタルが弱いんだよ、腰抜け!
「おいどうしたんだよ? チキン野郎……」
バタンッ!!
俺がさらに言葉で嬲ろうかと思っていたら……突然潮太郎の後ろにあるドアが勢いよく開いた。
「……」
「あっアオカちゃん……どうして……」
ドアを開いたのはアオカちゃんだった……彼女は悲し気な表情を浮かべてはいるものの、俺に睨みを利かせるその目は……ひどく冷たかった。
「……」
アオカちゃんは無言を貫いたまま潮太郎の元へと歩み寄った。
俺は突然の出来事に言葉を失っていた。
そして……次の瞬間!!
「しおくん、ごめんね?」
「!!!」
アオカちゃんは潮太郎に謝罪をつぶやくと……奴の顔を両手で持って唇を合わせた。
それが一般的に……キスと呼ぶ行為であることを頭が処理しきれず、俺は目の前で2人が何をしているのか理解できなかった。
「なっ……なっ……」
アオカちゃんは潮太郎から唇を離すと、今度はその豊満な胸に潮太郎の頭を押し付けた。
まるで落ち込んだ我が子を愛でる母親のように……。
「こういうことだから……」
「は?」
「あたしはしおくんが好きなの……こうして人前でファーストキスを捧げられるくらいね。
あなたなんかに好かれても……正直気持ち悪いだけ。
こうして話すだけでも虫酸が走る。
もうアイドルじゃないけれど……あなたのような下衆な人間がファンだったなんて……あたしのアイドル人生最大の汚点よ」
アオカちゃんの口から飛び出す俺への徹底的な拒絶……。
それは裁判で突き付けられた言葉の比じゃない。
しかも目の前で……アオカちゃんは潮太郎に大切なファーストキスを捧げてしまった……。
潮太郎に寝取られたと思っていた俺だが……心の奥底ではその体に一点の汚れもないと信じていた。
父親に強姦されそうになったと聞いた時だって……この目で見た訳じゃないから、その純潔を疑わなかった。
でも今……その美しい体に穢れが生じた。
しかも……アオカちゃん自身が自ら望んで……。
「そっそんな……俺は君を想って……」
「あたしはあなたになんの興味もないよ。
これまでもこれからも……たとえ何百回人生をやり直しても……永遠にあなたが大嫌い」
まるで鋭い釘で心臓を貫かれたような痛みが……俺の胸にじわりと広がっていった。
心の底から愛しく思う女の子からストレートに嫌われた……単純な言葉でも、それは俺の心に深く突き刺さった。
「行こ……しおくん。 あんな奴に傷つけられてつらかったよね?
あたしでよければ……たくさん”慰めてあげるから”……」
アオカちゃんは俺の言葉を無視し、潮太郎の手を取ってこの場から去ろうとしていた。
彼女の言葉の意味を理解した瞬間……俺は無意識に立ち上がった。
このまま行かせてしまったら……アオカちゃんは自ら純潔を潮太郎に捧げてしまう!!
そんなの絶対にダメだ!!
俺がずっと手を付けたかったあの体を……あんなクズに奪われてたまるか!!
「まっ待って、アオカちゃん! 行っちゃだめだ!!」
ガラス越しにそう訴えたが……アオカちゃんは眼差しを向けたままこう返してきた。
「どうして赤の他人のあなたにそんなことを言われないといけないの?
あたしは好きな人にあたしの全部を捧げたい……それだけの話よ」
「かっ考え直すんだ……アオカちゃんのような若くて可愛い子が、そんなくたびれた中年男に純潔を捧げるなんておかしいと思わないか? イカれていると思わないか?
親子ほど歳の離れた男女が体を重ねるなんて……狂人のやることだよ!」
「しおくんのことを悪く言わないで……しおくんはとっても立派で素敵な人だよ?
どれだけ自分が傷ついても……家族のことをずっと想い続けてくれる。
そもそもその理屈が通るのなら……実の母親と関係を持ったあなただって立派な狂人じゃない」
「そっそれは……違うんだ!! あの……」
母さんとは体だけの関係……それ以上の意味合いなんてない!!
だから男女のそれとは違う!!
「しおくんが父親であるあなたが、正直羨ましかった……。
だけど同時に……憎らしくも思えた。
しおくんみたいな父親がいるのに……優しいおばあちゃんやおじいちゃんがいるのに……そのありがたみを全く感じず、自分のことばかり考えているあなたが……殺してやりたいほど憎い!」
「!!!」
「でもあたしは……あたしを大切に想っている人達を傷つけてまで何かしようなんて思わない!
思える訳がないんだよ! 心を持った人間だったらね?」
「……」
「だからあなたは……人間なんかじゃない。
あなたこそ、救いようのないクズよ!
一生冷たい牢屋の中でひとりぼっちでいれば良い」
薄汚い虫けらを見下すようなアオカちゃんの目と冷たい罵詈雑言に、俺の心は徹底的に打ちのめされた。
「あっアオカちゃ……」
「これが最後……もう2度と、しおくんの前に姿を現さないで。
これ以上しおくんを傷つけたら、たとえしおくんがあなたを許しても……あたしが絶対に許さない」
「まっまって……」
バタンッ!
勢い良く閉められたドアは、まるでアオカちゃんの俺に対する拒絶感や嫌悪感を表しているようだった……。
「待って! やめろ!」
「おいコラッ! いい加減にしろ!!」
俺はたまらずその場で喚き散らすも……その声がアオカちゃんの耳に届くことはなかった……。
俺は警官によって再び留置所へと収容され、裁判までの時間を過ごした。
「出せっ!! 出してくれ!! アオカちゃんが……俺のアオカちゃんがあのクズに汚されるんだ!!」
俺は何度もそう訴えたが……誰も耳を傾けてくれなかった。
--------------------------------------
それからさらに時は流れ……俺の裁判が始まった。
問われた罪状は……殺人未遂。
どうやら祖母は搬送された病院で一命を取り留めたようだ……。
だが俺にはもうどうでもいい。
俺は残った全財産でどうにか弁護士を雇い……被告席へと座った。
俺はもうどんな罰が待っていようとどうでもいいので、裁判のことは全て弁護士に任せた。
”アオカちゃんは……本当に潮太郎に純潔を捧げたのか?”
今の俺が気になっているのはそれだけだ……。
目の前でキスを交わした以上……あれを嘘や冗談で片付けることはできない。
もしも……潮太郎にアオカちゃんの純潔を本当に奪われたら……いや、まさか避妊せずにシテいたら……ダメダメだダメだ……そんなのダメだ!!
「……」
傍聴席に視線を向けると……そこには潮太郎が裁判の行方を見守っていた。
隣にはアオカちゃんもいる……2人の距離感はかなり近く見える……。
なんとも仲睦しい光景に……俺は2人の仲がより深くなったのでは?と疑惑を抱いた。
もしそうなら……あの後2人が体を重ねたことで心を通わせるようになった……と考えるのが自然だ。
「……」
裁判なんて右から左に聞きながし……ただその場で放心した。
アオカちゃんの心にはもう……潮太郎しかいない。
潮太郎しか……見ていない。
--------------------------------------
裁判の結果……俺は執行猶予なしで懲役25年を言い渡されてしまった。
動機があまりに身勝手な上、反省の色がまるで見られないから……だとか……理不尽すぎるだろ。
ばあちゃんなんて放っておいてもそのうち死ぬ……。
もうどうだっていい俺の人生だが……死にぞこないを殺そうとしたくらいで……どうして俺がそんな長い時間をあんな汚らしい刑務所で過ごさないといけないことに対する不公平さは否めない……。
しかも今、20歳になって間もない俺だが……刑期を終えたら45歳……。
馬鹿でもわかるくらいに俺の人生は詰みだ。
--------------------------------------
裁判が終わり……俺はこれから25年もの間……刑務所で生きていくことになる。
普通はその時点でもう地獄だろうが……俺にとって本当の地獄は閉廷した翌日から始まった。
「うっ!!……」
『あなたなんかに好かれても……正直気持ち悪いだけ』
『あなたのような下衆な人間がファンだったなんて……あたしのアイドル人生最大の汚点よ』
あの面談室でアオカちゃんに浴びせられた罵詈雑言の嵐……。
それが何度も何度も……脳内でリピートされる。
耳を塞ごうが……壁に頭を打ち付けようが……俺の意識がある限り……それは耳鳴りのように頭に響き続ける。
『あたしはあなたになんの興味もないよ。
これまでもこれからも……たとえ何百回人生をやり直しても……永遠にあなたが大嫌い』
「やめろ……やめてくれ……アオカちゃん」
『あなたこそ、救いようのないクズよ!
一生冷たい牢屋の中でひとりぼっちでいれば良い』
脳内でリピートされるのは声だけじゃない……。
あの時彼女が俺に向けてきた冷たい視線……。
それが脳内に浮かび上がるたびに……俺は震えあがる。
そして……潮太郎とのあのキス……。
あの光景が目に焼き付いて離れない……。
思い出すたびに吐きそうなほど心がグラつく……。
--------------------------------------
『母親とヤルようなマザコンのサルなんかと同じ空気を吸いたくないんですけど?』
『しおくんの血脈が汚れるからさっさと死んでくれる?』
時が流れていくにつれ……脳内でアオカちゃんの責言が全く聞き覚えのない罵倒と化していった。
これのせいで、まともに飯も食えなくなり……急激にやせ細ってしまった。
そしてやっとわかった……。
俺はあの場面で、アオカちゃんにトラウマを植え付けられたんだと……。
心の底から愛おしく思っていた女の子を目の前で汚され、その上徹底的に拒絶された……。
ほんの5分足らずの出来事だったのに……それがこんなトラウマになって俺の心をじわじわと痛めつけるなんて……思ってもみなかった。
ぶっちゃけて言えば、これは単なる幻聴や幻覚だ……。
頭ではそう理解しているが……それでも俺の心の痛みは治まらなかった。
刑務所故に……気を紛らわす娯楽なんてものはない。
周囲に相談できる人間なんていないし……面会に来てくれる人もいない。
俺は1人でこのトラウマに耐えるしかなかった。
--------------------------------------
半年後……。
俺のトラウマは相変わらず健在だった。
俺の心は折れかかり、アオカちゃんに対して徐々に恐怖心に似た感情が芽生え始めるようになっていた。
そしてこの夜……決定的な出来事が起きた。
『なんで……ここに……』
気が付くと俺は……あの面会室にいた。
どうしてこんなところにいるのかわからず……パニックに陥っていると……。
『はぁ……はぁ……しおくん……もっと……』
『蒼歌……』
ガラスの向こうで潮太郎と蒼歌が生まれたままの姿で絡み合っているのが目に映った。
バンッ!バンッ!
『なっ何をしてやがる!!』
俺はガラスを叩いて大声をあげるも……2人は全く耳を傾けることなく体を貪り合い続けた。
『アオカちゃんから離れろ! このロリコン野郎!!』
『蒼歌ぁ……』
俺が揉みたくてしかたなかった胸……撫でたかった尻……舐め回したかった首筋……柔らかい唇……。
その全てを……潮太郎は俺の前で全部奪いやがった。
『そろそろいいか? 蒼歌』
『いいよ? きて……』
そしてとうとう……蒼歌ちゃんの純潔を潮太郎の粗末なブツが奪おうとしていた。
『やっやめろ……やめろ……』
『んっ!』
『やめてくれぇぇぇ!!』
俺の叫びも空しく……潮太郎は蒼歌ちゃんの純潔を奪い……そして避妊もしないまま果てやがった。
『ハァ……ハァ……』
何もできずに目の前で……愛しい女の子を実の父親に寝取られた……。
呼吸がしづらい……心臓がバクバクする……全身が熱に包まれたように熱い……。
上手く立てずに目の前のテーブルに手を付き……自然と足元に目を向けると……。
『えっ? なんだよこれ……』
俺の下半身が……ズボン越しに膨張していた。
あまりの肥大化にズボンが窮屈に感じるくらいだ……。
『なんでこんな……まさか!!』
俺は何かの間違いだとその場でズボンとパンツを下ろすも……現れたのは熱を帯びた俺のブツ。
それは……俺が絶対に認めたくない事実を裏付ける確証となった。
『そんな……そんな訳……』
『えぇ~何あなた? あたしがしおくんに寝取られるのを見て興奮したの?』
俺が口に出すのもおぞましい事実を……アオカちゃんは嘲笑いながら代弁した。
『ハハハ!! なんだ大洋……お前にそんな趣味があったのか?
さすが実の母親に欲情するだけのことはある……全く我が子ながらみっともない』
『うっうるさい!!』
『事実を言われて逆切れ? それとも物足りないだけ?』
『違う違う違う……俺は好きな人を寝取られて喜ぶような変態じゃない!!』
『今現在滾らせている人間がよく言う……ほらどうだ? お前が犯罪を犯してでも欲していた蒼歌の体は……。
ほしいか? さわりたいか?
でもな? これは全部俺のものだ……お前はせいぜいこの光景を思い出しながらみじめに自分を慰めていればいい』
『だっ黙れ!! そんなクッソ小さい粗末なモノでアオカちゃんが満足する訳ねぇだろうが!!』
『へぇ~……寝取られて興奮するような男が女を満足させられるって訳ぇ? ハハハ! ウケる!』
『そっそれは……』
『負け犬は負け犬らしく……無様に泣いてろ』
2人は俺に見せつけるかのように……再びキスを交わした。
『わぁぁぁぁ!!』
2人からの容赦なき罵声とマウント取りに、俺の脳は……完膚なきまでに破壊された。
※※※
「ハァ……ハァ……ハァ……」
そして気が付くと……俺は牢屋の中で目を覚ましていた。
体中汗だくで……ひどく体が重く感じる。
「夢……か……!!」
夢だったことに安堵していると……下半身に違和感を感じた。
まさかと思い、体を覆う掛布団を払いのけると……俺のズボンがぐっしょりと濡らしていた。
客観的に見て漏らしたように見えるが……ズボンの下からは覚えのある生臭さが漂っていた。
パンツの中を覗いてみると……案の定、俺のブツから出てきた体液がズボンとパンツの内側にこびりついていた。
「そんな……俺……」
俺はあまりの衝撃に言葉を失った……。
寝ている間にこういう現象が起きることはまれにあると聞いたことがある……。
だが問題なのは……そのきっかけだ。
俺は潮太郎にアオカちゃんを寝取られる夢を見た……そして目が覚めると俺の下半身は果てていた。
それはつまり……寝取られを糧にして興奮し、挙句に果てたということになる。
しかも直接的な刺激なんて何も与えていない……。
ただの夢……いや、妄想だけで俺は十分な興奮を得てしまったということになる……。
あれはトラウマから抜け出したいと願う俺の心が生み出した幻だったのか……俺の心の奥にしまわれていた理想が具現化したものだったのか……それは俺にはわからない。
「ハハハ……俺……アオカちゃんを潮太郎に寝取られて興奮したのか?
しかも……妄想じみた夢で?
こんなの変態……いや、変態以下じゃないか……」
俺の心に、この上ない敗北感がのしかかった。
アオカちゃんの身も心も潮太郎に奪われ……俺は妬むどころか興奮してしまった。
それは男として……それはあってはならないことだった。
たかが夢……そう思うかもしれないが、俺にとっては致命的なものだ。
そもそも実際……アオカちゃんは潮太郎に好意を抱き、体を重ねた可能性が高い。
そしてそれは……ボロボロになった俺の心を打ち砕くトドメとなった。
潮太郎への憎しみや怒り……アオカちゃんへの愛情……それら全てが俺の中から消え……後に残ったものは……なんなんだろう?
--------------------------------------
あれからも幻聴や幻覚は続いた……砕かれたはずの俺の心には、未だに痛みが走る余地が残っているみたいだ。
あの寝取られる夢もよく見る。
面会室……学校……家……いろんなところでアオカちゃんを潮太郎に寝取られた。
そして起きるたびに……俺は情けなく果てていた。
そのたびに……あの堪えようのない敗北感が俺を襲う。
「死にたい……」
このあまりにみじめでみっともない人生に終止符を打ちたい。
そう思って自ら命を絶とうと思ったことは何度もある。
だけど……夢とはいえ、果てる際に全身を満たす快楽が……俺の心を縛る未練となって思う通りに自殺することができなかった。
己の性に対する欲深さ……俺は自分自身を初めて愚かだと思った。
仮にどうにか自殺にこぎつけられたとしても……ここはそもそも刑務所……。
刑務官によって自殺を強制的に止められる。
しかも最近は……自殺防止にと拘束までされることもある。
精神的な恥辱や苦痛に耐える毎日……耐えきれなくなっても、自ら人生を終えることすらできない。
客観的に見ればなんともくだらないと思うかもしれないが……俺にとっては文字通り、人生を左右する問題なんだ。
--------------------------------------
「助けて……助けてくれ……鯛地おじさん……母さん……じいちゃん……ばあちゃん……父さん……」
死に逃げることすらできなくなった俺は……いつからか家族へ助けを求めた。
この地獄から出してほしい……。
俺の寂しい心に寄り添ってほしい……。
ぬくもりを分けてほしい……。
救いを求めた俺の心は……家族を欲していた。
あんなに疎ましいと……どうでもいいと思っていた……家族を……。
だけど……その声はもう届かない。
俺が自ら……捨ててしまったからだ……。
「うっ……」
涙があふれてきた……視界がぼやけるほど……。
俺はやっと……理解した。
家族という存在が……俺にとってどれだけ大きな存在だったのかを……。
どれだけ自分が愛されていたのかを……。
アオカちゃんへの偏愛に囚われていた俺は……何もわかっていなかった……。
今なら潮太郎……父さんが面会室で見せたあの絶望に満ちた顔が……アオカちゃんが言っていた言葉が……何を意味していたのか少しわかる気がする。
盲目になっていた心が壊わされたことで……失われていた何かが戻ってきたような気がする。
「ごめん……なさい……」
俺は……家族への謝罪を絞り出した……。
だがもう……遅い、遅すぎた。
俺はもう1人だ……永遠に1人だ。
刑期を終えてここを出たとしても……俺のそばにはもう誰もいない。
俺が何もかもぶち壊したんだ……どれだけ後悔しようとその事実は変わらない。
あの時……母さんをこの手で抱いた時点で……全てが終わっていたんだ……。
--------------------------------------
俺がそう悟った日から……不思議なことに、幻覚も幻聴も消え、寝取られる夢も見なくなった。
だけど……俺にはもう何も残されていない。
これから先……俺は暗闇に満ちた未来を歩かないといけない。
俺は……歩いて行けるのだろうか?
たった1人で……。
若干ファンタジーな要素を挟みましたが、こうでもしないと大洋の心は折れないだろうと思って強引な手段に出ました。
最後は自ら命を絶たせようかとも考えましたが、もう遅いとはいえようやく改心したのでそれはやめにしました。
とはいっても、彼の人生が真っ黒であることに変わりはありませんがね。
書いておいてなんですが……ホントどうするんでしょうね?
次話は瑞希のエピローグを書きたいと思います。
こっちはどうしましょうかね。




