表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/31

海野 大洋⑥

大洋視点です。

ちょっと一区切りします。

 海野潮太郎への憎しみだけを抱き……俺は夕暮れに彩られた町の中を歩いていく。

肩に掛けているバッグには、家から持ち出した包丁と共にわずかに残った全財産を入れている。

もちろん警官に職務質問でもされればアウトだが……ラッキーなことにその心配は杞憂となった。

俺は電車に乗り、海野潮太郎のいる町へと向かった。


「海野潮太郎……」


 俺は何度も、俺の女神を寝取った男の名を……呪言のように口にした。

そのたびに……心に受けた傷跡が鈍く痛み出す……。

だが同時に……。


 ”今ならまだ引き返せる!”


 頭の隅で……何かがそう囁いてきた。

これが世にいう良心という奴なのか?

だが俺は……そんな偽善に従う気は毛頭なかった。

引き返した所で……俺に何が残る?

この先何が待っている?

ここでビビって引き返せば……俺は単なる負け犬だ……。

そして海野潮太郎はアオカちゃんと幸せに暮らす……。

そんな理不尽な話があるか!?

善人が幸せを得て、悪人が不幸を背負う……それこそがこの世のあるべき姿だ。

絶望のどん底に沈められた俺がみじめにのたうち回り……俺からアオカちゃんを寝取ったクズが幸せを手にする……。


「クソッ!! クソッ!!」


 実に馬鹿げている……認めるわけにはいかない……。

俺は全てを失い……アオカちゃんとの繋がりも途絶えてしまった。

そして俺の心には……永遠に癒えることのない大きな傷が残ってしまった……。

それは一体……誰のせいだ?

俺の想いを拒んだアオカちゃん?……くだらない妄想で勝手にガキまで孕んだ母さん?……俺の想いを理解しない周囲の馬鹿共?……それとも……この俺自身?

いや違う……違う違う違う!!

全ての元凶は海野潮太郎だ……。

あいつがアオカちゃんに近づいたりしなければ……俺はアオカちゃんに強引に迫ったりしなかった……。

あいつが母さんと離婚したりしなければ……母さんが暴走することはなかった……。

あいつが人間としての良識というものを持っていれば……俺はアオカちゃんと幸せになれたんだ……。

アオカちゃんを誰よりも想っていたのは……俺だけだったんだ!!


--------------------------------------


 そして俺は……再びアオカちゃんがいる町へ足を踏み入れた。

すっかり日は沈み……周囲は暗闇に包まれていた。

店から漏れる明かりや小さな街灯が寂しく辺りを照らしている。


「……」


 海野潮太郎の家は古い木造建築……。

防犯カメラや防犯アラームといったセキュリティなんてものとは縁のない建物だ……。

何度も里帰りという名目で訪れたことがあるので、家の間取りはだいたい把握している。

鍵を壊して中に入り、暗闇に紛れて刺すことも不可能じゃない。

ここまで憎しみに駆られて考えなしで来たのは事実だ……。

でも現実的に復讐を実行することはできる。

だが……。


「いや……まてよ?」


 俺はここで……”あること”を思いついた。

海野潮太郎の心に最も突き刺さる復讐を……。


--------------------------------------


 俺は駅近くにある漫画喫茶に足を運び……そこで復讐の時を待った。

いや……復讐なんて物騒なものじゃないな。

これは……天罰だ。

俺に母さんを取られたと逆恨みし、寝取るという卑劣で陰湿な手段で俺の心を踏みにじった……クズへの天罰……。

俺には……あいつを罰する権利がある。


--------------------------------------


「……」


 翌日の昼頃……俺は漫画喫茶を後にして海野潮太郎のいる家へと向かった。

天罰とはいえ……俺がやろうとしていることは犯罪行為であることは多少認める。

だがそれでもなお……俺の足取りは全く重みを感じなかった。

むしろ、あのクズを早く罰したいと……ウズウズしているくらいだ……。


 ”考え直せ……これ以上、人生を棒に振るな”


 この期に及んでもなお、頭の隅からは耳障りな偽善の声が脳内に流れて来る……。


「殺す殺す殺す……」


 道中……俺は自分に暗示を掛けるかのように、何度も殺意を口にした。

そうすることで……俺の中にある海野潮太郎への憎しみが膨らみ、偽善な声も自然と薄れていった。


--------------------------------------


 そしてついに俺は海野潮太郎の実家に……いや、奴に天誅を下す処刑場へとたどり着いた。

そこは昼時ということもあり……大勢の客でにぎわっている。

もちろん店員である潮太郎と祖父母と鯛地おじさん……そしてアオカちゃんもそこにいた。


「……」


 少し遠目だが……3年ぶりにアオカちゃんの姿を見ることができた。

相変わらず……いや、以前よりも愛らしく見える。

太陽のような朗らかで温かな笑顔を見るだけで……荒んだ心が洗われていくように心地よい。

だが彼女の笑顔の先には……常に潮太郎がいる。

しかもその笑顔は……客に振りまいている笑顔とは何かが違うように思えてならない。

いや……かつてのアイドル時代でも、あんな笑顔は見たことがない。


「……」


 そんな笑顔を向けられているというのに……対する潮太郎はアオカちゃんを邪険に扱っている。

俺が全てを投げうってでもほしかったあの笑顔を……あんなクズが独占している。

しかもそれが当たり前だと言わんばかりに、なんのありがたみも抱いていないあの態度が……俺には腹立たしくて仕方なかった。

そこにいるのは俺だったはずなのに……。

俺がアオカちゃんを独占するはずだったのに……。

俺の夢を……希望を……全部あの野郎が持っていってしまった……。


「ふざけやがって……」


 カッ!


 俺はカバンから包丁を取り出し、不要になったカバンはその辺に捨てた。

そして包丁を握りしめたまま……俺は潮太郎の元へと駆け出した。

もうこれから俺の人生がどうなろうが知ったことじゃない。

俺は……潮太郎に天誅を下す!

それだけでいい。


--------------------------------------


 「うわぁぁぁぁ!!」


 俺は自分でも驚くほど獣じみた雄たけびを上げ……包丁を構えたままさらに加速した。


 グサッ!!


 俺の全身全霊を込めた一撃は……見事に腹を貫いた。

俺の……祖母の腹を……。

別に間違って刺した訳でも……祖母が潮太郎を庇った訳でもない。

俺は最初から……祖母を刺すつもりで包丁を構えていた……。

どうして潮太郎を刺さなかったんだって?

確かにこの町へ足を踏み入れたあの時までは……潮太郎を殺すつもりでいた。

でも……思ったんだ。


 ”殺すだけなんて生ぬるい”


 潮太郎を刺せばあいつは死ぬだろうが……それだけだ。

死んで終わりなんて……そんなの俺の望む復讐じゃない。

俺は潮太郎を苦しめてやりたいんだ……死にたいと思えるほどの苦しみを……。

そのためにはどうすればいいかを考えた……そして気付いた。


 ”自分も潮太郎と同じことをすれば良い”


 潮太郎は逆恨みで俺から大切なアオカちゃんを奪った……なら俺も……あいつの大切な人を奪えばいい。

あいつにとって大切な人……母親を目の前で殺す。

それこそが俺の考え抜いた潮太郎に対する究極の罰だ。

老い先短い老婆とはいえ……寿命で死ぬのと他殺ではショックの大きさが圧倒的に違う。

まして俺は、まがいなりにも奴の息子……その俺が母親を殺したとなれば、その心に残る傷も深いだろう。

まあ……俺が受けた傷に比べたらなんてことはないがな……。


「た……た……い……よ……」


 祖母が何か言おうとしているみたいだが……俺は構わず、包丁を引き抜いてやった。

深々と突き刺さっていたこともあり……祖母の腹からは大量の血が流れていき、店の床を真っ赤に染めていった。

そして祖母は、糸の切れた人形のように……その場で倒れた。


「「「うわぁぁぁぁ!!」」」


 周囲にけたたましい悲鳴が響き渡った。

まあ当然と言えば当然か……。


「大洋ぉぉぉ!!」


 潮太郎を筆頭に……鯛地おじさんや客のじじぃ共が俺に飛び掛かってきた。

できれば祖父も刺してやりたかったんだが……残念ながらそれは叶わなかった。

俺は潮太郎達にその場で取り押さえられ、手に持っていた包丁もその際に手から離してしまった。


「おい母ちゃん! 母ちゃん大丈夫か!?」


「……」


 倒れた祖母に祖父が必死に呼び掛けるが、全く応答はしない。

体がピクピクと動いているように見えるのでかろうじて息はあるのだろうが……それも時間の問題だろう……。


「おい誰かっ!! 救急車だ!! 早く!!」


 あれだけ深々と刺した上にあの出血量だ……もう絶対助からないだろう……。


「大洋……なぜこんなことを!! 答えろ!!」


 母親が目の前で殺されたことがよほどショックだったんだろう……。

俺が逮捕された時には見せなかった怒りが、顔からにじみ出ている。

だが俺から見たらあまりにも無様すぎて傑作だった……。


「全部お前のせいだよ……」


 俺は答えを求めてくる潮太郎にそれだけ言ってやった。

どうせあとで警察に連行されていやというほど詳細を話すことになるんだ……この場でペラペラと話すメリットはない。


※※※


 それからしばらくして……祖母は駆けつけてきた救急車で病院へと搬送されていった。

まあどうせ死ぬだろうが……俺は後悔なんてしていない。

行ってみれば、あんなクズを生みやがった祖母も……あいつと同罪なんだからな。

そして俺は……。


「殺人未遂の現行犯で逮捕する!!」


 同じくこの場に駆けつけてきた警察によって逮捕された。

でも不思議なほど何も感じなかった。

それどころか……今まで感じたことのない爽快感が全身を包み込んでいた。

まるで悪を罰した俺を神が祝福しているような気分だ……。

これから何年刑務所にぶち込まれようとも……俺は何も感じないだろう。

俺は……勝ったんだからな。


 バタッ!


「おじさんっ!!」


「しおくんっ!!」


 しかも連行される直前、潮太郎の奴は気を失って倒れやがった。

ショックがでかすぎたんだろう……。

くくく……ざまぁみろ、クソ野郎!

俺のアオカちゃんを……俺の幸せを奪った報いだ!

そのまま一生地獄を味わいながら生き続けて……無様にくたばれ!!

次話は大洋のエピローグを書こうと思います。

もうやりたいことはあらかたやりましたし……ほかのキャラのエピローグも書かないといけないので……さっさとピリオドを打ちます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
キングオブクズ。
息子が相変わらず狂ってる時点で 潮太郎に対してキツイ復讐(?)になってたっていう。 自身が悪い訳でもない、全部とち狂った息子自身の罪。 でも親としてどうしても見捨てられなかった息子の罪を 無意識に自…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ