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海野 大洋⑤

大洋視点です。

やはり区切ります。

 今日で服役してからちょうど3年……。

もうすぐ俺は刑期を終えて外の世界へと戻れる。

でも俺の未来にはもう……光はない。

あの裁判……アオカちゃんが俺に向けてくる目線は恐怖そのものだった。

顔は青ざめ、証言する声も震えていた……。

俺は父さんの洗脳を解きたい……その思いからアオカちゃんに迫った。

彼女を救いたい……純粋にそう願っていた。

その結果……俺は逮捕された。

自由が戻ったところで、俺にはアオカちゃんと会うどころか連絡を取ることすら許されない。

もしも反すれば……俺はまた刑務所に逆戻りだ……。

そもそもあの裁判で……アオカちゃんに言われた。


『もう2度と……あたしの前に現れないでください』


 俺のことを……アオカちゃんは明確に拒絶したんだ……。

俺にはあれが……彼女の本心にしか聞こえなかった。

その言葉は脳に刻み込まれ……服役している間もずっと、俺の脳内でリピートされ続けていた。


「大洋……」


「……」


 外に出ると……父さんの両親……つまり、俺の祖父母が俺を待っていた。

父さんは言うまでもなくここにはいない。

あいつの顔はもう見たくないから……俺にとってはこの方が良い。


「さあ帰ろう……」


 俺は2人と自分の家に帰宅することにした。

 


--------------------------------------


 電車に乗り……駅から家まで徒歩で帰っていたその道中……。


『おい見ろよ……あいつ、この間捕まった女の息子じゃん』


『あぁ……赤ちゃんを殺そうとしたって奴?』


『そうそう……しかもその赤ん坊、実の息子との子供らしいぜ?』


『げぇ、マジ? じゃああいつ……実の母親を身ごもらせたの? うわぁ……キモッ!』


『母親孕ませるとかどんなクリーチャーだよ……』


『しかもあいつ……前に強姦で捕まったって話だぜ?』


『どんだけ性欲有り余ってんだよ……』


『いやぁ……そんな狂人野放しにするとか、警察は何を考えてる訳?』


『近づくなよ? お前もレイプされるぞ!』


『やめてよもう……』


 通りすがりの奴らが俺に軽蔑の視線を向けてきやがった。

好き放題言いやがって……。

そもそも子供の件は、母さんが勝手にやったことだ。

俺は子供なんて望んでいない、だから俺にはなんの責任もない。

そもそも狂人なのは俺じゃない……実の息子に本気になってガキまで孕んだ母さんの方だ。

そしてそんな母さんは今……殺人未遂で逮捕され、俺と入れ違うように刑務所に入れられている。

勘違い女にふさわしい末路だな……。

子供は母さんの両親が引き取っているらしい……。

2人が俺を迎えに来れなかった理由も子供の預け先を探しているから……らしい。

まあそもそも子供なんてどうなろうが知ったことじゃないがな。


--------------------------------------


 帰宅した俺は疲れ切ってリビングのソファに横たわった。

祖父母には1人にしてほしいと言って、強引に帰ってもらった。


「……」


 いろんなことが頭の中を渦巻く……。

母さんは服役中……高校もあの事件で退学になった。

バイトも当然クビ……。

父さんから振り込まれた養育費は学費等でほぼゼロ。

それに俺は今年で20歳……もう父さんから養育費を求めることはできない。

外を歩けば後ろ指をさされ……ネット上でも強姦魔だのエロマザコンだのさらし者状態……。

もう俺の人生はもう詰んでいる。

だが俺は間違ったことはしてない……。

俺はアオカちゃんの洗脳を解くために……俺にできることをやったまで。

この純愛を理解できない馬鹿共の言うことなんてどうだっていい。

俺の心に今、強く思っていること……それはもちろんアオカちゃんだ。

彼女はあの裁判で俺をはっきりと拒絶した……。

それは父さんの洗脳によるものだと思っていた……。

けど……あの時のアオカちゃんの怯え切った目と震えた声……それらが俺の心にこう思わせる。


 ”アオカちゃんは……洗脳などされていないんじゃないか?”


 だがそんなことはあり得ない……あってはならないんだ。

だって……もしも万が一それが真実であれば……俺が彼女にしようとしたことはただの犯罪と化してしまう。

そうなったら……俺とアオカちゃんの未来はもうない。

自分を犯そうとした人間と添い遂げたい女性なんているわけがないからだ……。


「ないないない……ある訳がない!!」


 何度も自分にそう言い聞かせたが……俺の脳はさらに悪い方向へと思考を進めてしまう。


「もしも……もしも俺の勘違いなら……アオカちゃんが父さんと一緒にいる理由は……」


 アオカちゃんが洗脳されていると仮定すれば、父さんが性の快楽に溺れさせて言いなりにしていると説明できる。

だがもし……アオカちゃんが洗脳されていないと仮定すれば……純粋に父さんと仲を深めているということになる。

でもそれはおかしい……。

父さんとアオカちゃんは親子ほど年齢に差がある。

同世代なら男女の友情も成立する可能性はあるが……若い女の子が会話もままならない中年男と仲を深めるメリットなんて……金くらいしかないはずだ。

だが前にも言った通り……経済力や貯金という点ではアオカちゃんの方がはるかに上だ。

性に狂わされたわけでもないとなれば……もはや答えは1つしかない。


「まさか……アオカちゃん……父さんのことを……」


 俺はその先を口にすることはできなかった……。

できる訳がない……。

あのアオカちゃんが……俺のアオカちゃんが……父さんを好きだなんて……思いたくもない!!

だけどアオカちゃんは父さんをしおくんと呼ぶほど親しんでいる……。

それにさっき祖母から聞いたんだが、アオカちゃんは父さんの実家でバイトとして働いているらしい。

それは父さんがいるからじゃないのか?


「そういえばあの時……」


 俺の脳にふと蘇ったのは……アオカちゃんの家に初めて行ったあの時の記憶……。

彼女に馴れ馴れしく接する父さんを責める俺に……アオカちゃんは平手打ちを喰らわせた。

あの時は単なる同情かと思っていたが……あれはもしかしたら……好意を抱く人間を罵倒されたことによる怒りだったんじゃないのか?

そう考えれば……アオカちゃんのあの剣幕にも、どこか納得がいく。

思えば裁判時にも……アオカちゃんの視線はたびたび父さんへと向けられていた……。

まるで父さんにすり寄って怯えた心を鎮めようとしているみたいに……。


「そんな……そんな……」


 アオカちゃんとの記憶を思い返すほど……アオカちゃんの父さんに対する想いがちらほらと見えてくる。

俺の思い過ごしかもしれない部分もあるが……それでもアオカちゃんの好意を否定することができない。


「ハァ……ハァ……」


 考えている内に呼吸が乱れてきた……。

アオカちゃんが父さんに好意を抱いている……。

何度思っても……受け入れることなんてできない。

可能性の域を超えた訳じゃないのに……胸が張り裂けそうだ……。


「畜生……」


 涙まで出てきた……。

立ち上がることすらできないほど気分が悪い……。

そうか……これが大切な人を奪われた痛みか……。

そして奪われたと感じているということは……心の奥底でアオカちゃんの父さんに対する好意を認めているということだ……。

でもどうして?……どうして父さんなんだよ……。

俺はずっと……アオカちゃんのことを見てきた……アオカちゃんのことだけを見てきたんだ!!

アイドル時代には多くの金と時間をアオカちゃんに捧げてきた……アイドルと引退した後だって……俺は一生懸命、アオカちゃんを探したじゃないか!!

アオカちゃんのために……人生まで棒に振ったんだ……。

それに引き換え……父さんはどうだ?

父さんは彼女に何をした?……何を捧げた?

何もしていないじゃないか!!

なのにどうして……俺よりも父さんを選ぶんだよ!?

父さんの何がそんなにいいんだよ!?

俺の何が……父さんに劣っているんだよ!?


「なんなんだ……なんなんだ……なんなんだよぉぉぉ!!」


 俺は訳がわからなくなり……ソファから飛び起きてそこらの家具や物を片っ端から床に投げつけていった。

体に溜まった憤りが吐き口を求めた結果……いわゆる八つ当たりだ。

だって俺には全く理解できなんだ……。

俺には未来があった……長い長い未来が……。

だが父さんにあるのはわずかな寿命だけ……。

未来のある俺と老い先短い父さん……どちらに幸せが訪れるべきか、考えるまでもないだろう?

それなのにどうして……俺がほしかった幸せを父さんが持っているんだ?

俺が持っていた何もかもが失われてしまったんだ?

一体何が……何が俺の人生を狂わせたんだ?


※※※


「ハァ……ハァ……」


 どれだけ物に八つ当たりしたところで俺の気は晴れない……。

そして疲れ切った俺に残ったのは……。


「海野……潮太郎ぉ……」


 父さん……いや、海野潮太郎に対する強烈な嫉妬と憎しみだけだった……。

あいつは……俺の女神を……アオカちゃんを寝取った……。

どうやったのかは知らないが……どうせ母さんと寝た俺に対する逆恨みだろう……。

もうあんな奴……父親なんかじゃない!!

ただのクズだ!!

人が大切にしている女の子を……まして自分の息子の女神を寝取るなんて……クズ以外の何者でもないだろう?

あんな奴の血が半分俺の体に流れていると思うだけで吐きそうだ……。


「殺してやる……ぶっ殺してやる!! 海野潮太郎!!」


 俺は台所から包丁を持ち出し……家を出た。

俺にはもう……海野潮太郎への復讐しかない。

俺からアオカちゃんを奪ったように……俺もあいつから奪ってやる!!


次話も大洋視点です。

このままできれば大洋のエピローグに入りたいと思っています。

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― 新着の感想 ―
母親同様に肥大した他責思考はどうにもならんか(まあ母親の方は、一応は流石に自省した様だが)。
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