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広田 蒼歌⑤&蒼歌父

蒼歌視点と蒼歌の父親の視点を挟みます。

その分、少し長くなりました。

 あたしとお母さんはすぐに家を出て警察署に向かった。

お父さんの両親はずっと前に病気で他界し、身寄りとなる親戚もいない……。

天涯孤独な身の上……身元確認できる人間はあたしとお母さんくらい。

そうでなければ、すでにお父さんと縁を切ったあたし達を警察が呼んだりしない。


「すみません……お電話頂いた広田ですが……」


 警察署に入るとすぐ、お母さんは受付に声を掛けた。


「はい……少々お待ちください……」


 受付の女性が内線でどこかに連絡を入れてから数分後……。


「お待ちしてました……」


 あたし達の元に、受付に呼ばれたであろう警察官が歩み寄ってきた。

かなり若い男の人で……制服も新品っぽい……。

雰囲気的に新米って感じ?


「広田です……」


「ご足労頂き、ありがとうございます。

先ほどお電話したほし ひなたです。

さっそくですが……こちらへどうぞ……」


 警官に……星さんに案内されるがまま……あたし達は警察署内を歩き出した。

前に来た時も思ったけど、警察署内はすごく広いし人も多い……迷子にならないように注意しないと……。


--------------------------------------


「どうぞ……」


 そして案内されたのは殺風景な一室……。

遺体安置室?……霊安室?……なんていう部屋かよくわかんないけど、とにかく死んでしまった人の体を安置しておく部屋みたい。


「……」


 部屋の中央に設置された簡易ベッドに横たわっていたのは、顔を布で覆われた男性……。

生気って奴かな?

そう言ったものが全く感じられないから……一目見て死んでいるというのはわかるような気がする。


「!!!」


「お父さん……」


 星さんが遺体の布を取り払うと……そこには青白い顔で眠っているお父さんの顔があった。


「元ご主人に間違いありませんか?」


「はい……間違いありません……」


 お母さんはそう答えると、お父さんの顔から眼を背けてしまった。

あんな形で別れたとはいえ……長年連れ添った人なんだから無理もない……のかな?


「……」


 それに引き換えあたしは……お父さんの顔を見た瞬間、少し後ずさりしてしまった。

あの時のトラウマで……無意識に体が拒否反応を起こしてしまったんだと思う。


『蒼歌のことをずっと……1人の女として愛していたんだ!』


『俺は男で蒼歌は女……男と女が愛し合うことは普通のことじゃないか』


『大丈夫だよ、蒼歌。 お父さん……優しくするからさ』


 あの時のことが脳内でフラッシュバックする……。

思わず吐き気を催しそうになるけれど……あたしはグッと堪えた。


「蒼歌……大丈夫? つらいなら出ていていいから」


「ごっごめん……」


 だけど堪えきれず、顔に出てしまい……お母さんの気を遣わせてしまった。

あたしはお母さんと1度部屋を出ると、そばにあるベンチに腰を掛けた。

実を言うと警察署に入る前に……。


『蒼歌……同行させておいてなんだけど……お父さんに会うのがイヤなら受付で待っていていいよ?

お母さんが1人で行くから……』


 警察に来てほしいと言われたのはあたしとお母さんだけど……今回の目的は身元確認。

ぶっちゃけるとお母さん1人で事足りる。

あの事件は今でも心の傷としてあたしの胸に残ってるけれど……亡くなったとなれば、娘として足を運ばない訳にはいかない。

それに……あたしは信じたかった……。

お父さんを前にしても、平常心を失わないくらい……あたしは強くなったって……。


『大丈夫、行こ』


 そう強がった結果がこれ……。

全く以って情けない限りだ……。


「ごめん、お母さん」


「ううん……お母さんこそ、無理をさせてしまってごめんなさい」


「大丈夫ですか?」


「すみません……」


「お父さんの遺体を見れば無理もありませんよ」


 お母さんだけでなく、星さんにまで心配を掛けてしまった……。

ホント、あたしは何しに来たんだろう?


「あの……父はどうして自殺なんてしたんですか?」


 あたしはベンチに腰掛けたまま、星さんに自殺の詳細を尋ねた。


「それは……」


 あたしを気遣ってくれたのか……星さんは口ごもってしまった。


「大丈夫ですから……教えてください。 お願いします」


「……わかりました」


 あたしの言葉に星さんは折れて、お父さんのことを語ってくれた。

どうしてお父さんが……自殺なんて結末を迎えることになったのか……。


--------------------------------------


 蒼歌父視点……。


『ちくしょうぉぉぉぉぉ!!』


 俺は……逮捕され、刑務所へと幽閉された。

罪状は強姦や盗撮……そして被害者は俺の娘である蒼歌。

蒼歌……俺の愛しい娘……。


『蒼歌、お父さんのこと大好き!!』


『パパも蒼歌のこと、大好きだよ!』


 生まれたばかりの頃は……ただ可愛らしい娘として愛を注いできた。

だが成長するにつれて、蒼歌は信じられないほどの美少女へと変わっていった。

内面もまるで天使のように愛らしい……。

まさに女神のような女の子……そんな蒼歌がアイドルとして芸能界で活躍するのは必然だったと言える。

そして……俺はいつの間にか、蒼歌を1人の男として愛を感じるようになっていた。


”蒼歌がほしい……体も心も全部俺のものにしたい”


 月日が流れるにつれて、そんな欲望が俺の中で沸々と湧いてくるようになっていった。

そして四六時中蒼歌を見ていたいと……家中に隠しカメラを取り付け、あの子をずっと見守っていた。


※※※


だけど……俺には大きな恐れがあった。

アイドルである故、薄汚いハイエナのような男共がネットでも現実でも蒼歌に群がってくる……。

あいつらの脳内で蒼歌が性の対象として見られていると思うと……腸が煮えくり返そうだった。

でもそんな蒼歌にも……いつか男ができてそいつと一生を添い遂げるんだろう……。

アイドルである以上、今すぐにそうなるとは思えないが……いずれはそうなる。

だけどその相手に俺が選ばれることはない。

なぜなら俺と蒼歌は血の繋がった親子……結婚どころか恋人にもなれない……世間が許してくれない。

俺達がどれだけ愛し合っていたとしても……結ばれることはない。

だからと言って……蒼歌を諦めることなんてできない。

妻のことはもう女として見ることができない……俺には蒼歌しかいない!!

だからこそ……俺は誓った。


 ”蒼歌が17歳になったら……あの子の純潔をもらう”


 蒼歌は俺のものだ……あの子の純潔をもらう権利は俺にある。

世間が認めなくとも、俺と蒼歌は愛し合う運命……だからこそ、あの子は俺の元に生まれてきてくれたんだ。

そして蒼歌が17歳になったあの日……俺は決行した。

純潔を失う際の痛みを少しでも和らげたいと睡眠薬まで使ったんだ……。

でもその結果……俺は刑務所にぶち込まれてしまった。

蒼歌のファーストキスこそもらえたが、あの子の純潔まではもらうことができなかった。

俺は犯罪者となり、妻とは離婚することになった。

仕事も家も何かも失った……。

だけど……そんなことはどうでもいい。

どうでもいいと思えるくらい……俺には深刻な問題がある。


「勃たない……全然勃たない……」


 俺の下半身にあるブツが……蒼歌とのあの夜以降……一切反応しなくなってしまった……。

記憶に刻み込んだ蒼歌の裸体をどれだけ脳内で再生しても……どれだけブツをこすって熱を送り込んでも……なんの反応も示さない。

妄想だけでは限界があるとはいえ……全くの無反応ということはあり得ない。

世間一般的に……こういう現象をEDと呼ぶんだろう……。

でも俺の場合は違う。

あの夜……俺は蒼歌に固くなったブツをペンで思い切り刺されてしまった。

ケガ自体はそれほど大したことはなかったが……そのケガによって、俺の男性機能は消失してしまったらしい……。

生理現象を処理する機能は問題ないらしいが……性を吐き出す機能が完全に失われてしまったと手術を担当した医者に言われた。

しかも今の医学では機能を回復する手段がない……。

つまり俺はもう一生……性行為も自己処理もできないということだ。

それが男にとって……どれだけ絶望的な現実か……。


「ちくしょう……ちくしょうぉぉぉぉ!!!」


 俺は毎日……冷たい牢屋の中で、狂ったかように声を荒げていた。

いや実際……狂っている。

狂うだろ?……普通。

男としての機能を失った……それはイコール……男の証明まで失ったということ……。

じゃあ今の俺は一体……なんなんだ?

男でなくなった俺って……なんなんだよ……。

なんで俺がこんな目に遭わないといけないんだ……一体俺が何をしたというんだ?

全てを失った俺から……男としての本能まで奪うっていうのかよ!!

そんなの……あんまりじゃねぇか!!


--------------------------------------


 年月が過ぎ……俺は無事に刑期を終えて出所した。

でも俺にはもう……何も残っていない。

夫婦共有の財産は損害賠償でほぼゼロ……。

両親は昔、病死したため帰る実家もない。

かといって……面倒を見てくれる親戚も友人もいない……。

愛する蒼歌も……元妻の実家がある田舎町へと引っ越していった。

迎えに行けるものなら迎えに行きたいが……現実的にそれはできない。

働こうにも前科持ちを雇う所なんてそうはない。

さらに言えば、被害者と言われている蒼歌は元アイドル。

一般的な前科者よりも顔が広く知られているため……より一層、就活が困難となっている。


--------------------------------------


「おい新入り! さっさと動けよ、ノロマ!!」


「はっはい!!」


 そんな俺が働ける場所は……労働環境が最悪な土木作業くらいだった……。

最低限の衣食住は確保できてはいるが……早朝から深夜までほぼ休憩なしでこき使われる毎日を送るハメになる……。

周りにいるのも、イカつい顔をしたむさ苦しい男ばかり……。

風呂にも入っていないのか、吐きそうなほど体臭がひどい。

その上給料も雀の涙でギリギリ生きていくのがやっとだ……。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 明らかに労働基準法を逸脱しているが……この地獄以外に俺の居場所はない。

このまま死ぬまでここにいないといけないのか?


--------------------------------------


 そんなある日の夜……仕事を終えて共有スペースに帰ると……。


「あぁぁぁ……いいぃぃぃ……」


「オラオラァ!! どんどんぶち込め!!」


「ハハハ!! やっぱり若い女は具合がいいぜ!」


 職場の連中達が……若い女を2人連れ込んで、乱交を始めていた。

休日に金で釣った女を仲間とつまんでいたのは知っていたが……まさか仕事終わりにまでやるとは、どんだけ体力が有り余ってんだよ……。


「おっ! 新入り! お前もどうだぁ? 1発」


「いっいや……俺は別に……」


 職場の上司にそう誘われるも……俺は断るしかなかった。

部屋中に漂う淫猥な臭い……男のブツに囲まれて高揚している裸の女……。

女日照りの男ならば、一瞬で下半身が固くなる……。

でも俺の下半身はこんな極楽な光景を目の当たりにしても……なんの反応も示さない。


「おいおいツレねぇこというなよぉ」


「おっおい! 離せ!!」


 その場にいた同僚達が俺を羽交い絞めにし、俺のズボンとパンツを勝手に下ろしやがった!!


「おい姉ちゃん! こいつの相手もしてやってくれよ」


「おっけ~」


 女の片割れが俺の丸出しになった下半身に近づき、手や舌で俺のブツに刺激を送り始めた。

でも機能を失った俺のブツは当然、反応などしない。


「ねぇちょっとぉ……この人全然勃たないんだけど?」


「マジかよ……ありえねぇ……」


 俺の下半身が全く興奮しないことに、周囲の空気が少し冷たくなった。


「おいおい、こいつまさかのEDか?」


「うわ~……マジもんのEDとか初めて見た」


「これで勃たねぇとかどんだけ終わってんだよ……ウケる!!」


「アハハハ!!」


 シラけた場が一変し……俺の下半身をネタにして爆笑の嵐が巻き起こった。


「ぐっ……」


 俺はこの時ほど……”みじめ”というものを強く感じたことはなかった。

反論したくとも……俺の下半身が反応しないのは事実……。

EDどころか一生、使い物にならないなんて……口が裂けても言えない。


--------------------------------------


 それからというもの……俺はその時の醜態を職場でいじられるようになった。


『ようED! 今朝は勃ったか~?』


『おいED、何やってんだよ! 使い物にならねぇのはブツと一緒だな!』


 あの時部屋にいた連中だけでなく……そいつらから話を聞いた同僚や上司まで、俺のことを馬鹿にするようになっていた。


『知ってたか? あいつ実はゲイなんだってよ』


『げぇ、マジか……道理で女に勃たないはずだ』


 挙句の果てに…俺はゲイだと言うことになっていた。

紛れもなくこれはハラスメントだ……動画でも撮って訴えを起こせば勝てるだろう……。

だけど金で女を釣るような連中が働いている職場が……そんなことで環境が改善するとは到底思えない。

それに訴えを起こしたりすれば……こいつらは強引な手段を使ってでもここから追い出すに決まっている。

ここ以外に居場所がない俺には……それだけは避けなければならない。

かといって……相談できるような人間なんていないし……相談窓口なんてものも、スマホがない俺にはどこを頼れば良いのかもわからない。

俺は……耐えるしかなかった。


--------------------------------------


 だがとうとう……決定的な出来事が起きてしまった。


「なっ何するんだよ!?」


 ある日の深夜……ようやく仕事を終えて部屋に帰ろうとしていた俺を、突然同僚が押し倒してきた。

その同僚は、この職場でも比較的まともで……友人とまでは行かないが、仲の良い男だった。


「あのさ俺……前からお前の事、良いなって思ってたんだよ」


「はぁ!? 何を言ってるんだよ!?」


「聞いたぜ? お前ってゲイなんだってな? 実は俺もなんだよ……」


「おっ俺はゲイじゃない!!」


「照れるなよ……俺とお前の仲じゃないか……」


「うっ!!」


 同僚はいきなり俺にキスしてきやがった……。

あまりのおぞましさに俺は吐きそうになった。


「ふっふざけるなよ!!」


「ふざけてなんかないって。 俺、お前にはマジなんだよ。

お前だって俺の事……気になっていたんだろ?

だから俺にばかり話しかけていたんだろう?」


 違う!!

こいつ以外の連中はみんなまともじゃなかっただけ……いわば消去法だ……。

それをこいつは……自分に気があると勘違いしていたってことか?

どれだけ思考回路が狂っているんだよ!!


「俺はお前なんてなんとも思っていない!! 勘違いもいい加減しろよ!!」


「全く……素直じゃないな……。 まあ、そういうところも可愛いけどな」


 同僚は……勘違いゲイ野郎は……いきなりその場でズボンとパンツを脱ぎ、固くなったブツを俺に突き付けてきやがった。


「見ろよ……今のキスだけでもうこんなに固くなっちまった……」


「やっやめろ!! 離せ!!」


 その場から逃げ出そうとはするが……仕事で極限まで体力が奪われたせいで力が思うように出ない。

対してこのゲイ野郎は、今日1日休暇を取っていたから体力が有り余っている。

俺は成す術もなく、ゲイ野郎に裸にされ……体中を舐められた。


「やめろやめろやめろ!! 気色悪いんだよ、ゲイ野郎!!」


 俺が何を言っても、ゲイ野郎はやめようとしなかった。

俺の罵詈雑言は全て俺の照れ隠しだと思っているようだ……こんなサイコパスに言葉なんて無駄なんだ。

そしてとうとう……。


「ヒヒヒ……そろそろメインデッシュと行くか?」


 ゲイ野郎は俺のケツを掴み、舐めるようにそそり立つブツをすり寄せてきた。


「愛してるよ」

 

「やめろ……やめろぉぉぉぉ!!」


 必死に声を荒げるも……それは空しく暗闇を響かせるだけでなんの意味も持たなかった。

俺はこの夜……男に強姦された。

身勝手な好意と馬鹿げた勘違いで……。



--------------------------------------


「じゃあ今夜も楽しもうね?」


「……」


 あの夜からゲイ野郎は執拗に俺の体を求めてきた。

あの時の行為をこいつがスマホで撮っていた動画を人質にされてしまっているため、断ることもできない。

あんなものをネットで公開されれば……俺は永遠に世界の笑いものだ。

力づくで体を汚し……さらには俺の痴態を動画に収めておいて……何が愛してるだよ。

汚らしいクズ野郎が!!


※※※


「……」


 職場の誰かに相談なんてできない。

話したところで酒のつまみにされるだけ……。

警察にも行けない……。

強姦は男と女で成立する犯罪だ……。

男同士じゃ、話にならない。

そもそもこんな屈辱的な話を他人にできる訳がない!!


「もう……限界だ……」


 ただでさえボロボロな俺の心は……ついに崩壊した。


--------------------------------------


「これで……自由になれる……」


 俺は気が付くと……職場近くにある公園の木に仕事用のロープを結び付けていた。

ロープにはわっかも作っている……。

あとはこのわっかに首を掛ければ終わりだ……。


「……」


 一瞬、死に対する怖れが心にチクリと痛みを走らせたが……戻った所であのクズのおもちゃにされるだけ……。


「ハハハ……もう迷う余地すらないな……」


 俺は力なく笑い、勢いよくロープに飛びついてわっかに首を掛けた。

しばらく苦しい思いをするが……これまでの苦しみとこれからの苦しみを考えたらなんてことはない。


『お父さん! ただいま!』


『あなた……今日はごちそうよ?』


 死の間際……俺の脳内に走馬灯として蘇ったのは妻と蒼歌の3人で幸せに暮らしていたあの頃……。

俺は仕事に汗を流すも充実した毎日を送っていた……蒼歌はアイドルとして輝かしい日々を送っていた……妻は主婦として家族を懸命に支えていた。

あの幸せだった日々は……もう戻ってこない。

俺が……全てぶち壊したんだ。

一時の欲に負けて……。

今思えば……あのクズにやられたことは、そのまま俺が蒼歌にやっていたことじゃないか。

やられた人間は……こんなにつらい思いをするんだな。

だけど……今更もう遅い、遅すぎた。

俺にはもう……生きていく理由すらない。

そんな資格すら……ない……。


 ”ごめんな……蒼歌……”


--------------------------------------


 蒼歌視点……。

 

 お父さんはそのまま自ら命を絶ち……そして巡回中だった星さんが首を吊ったお父さんを発見したらしい。

だけどその時にはすでに、お父さんは冷たくなっていたみたい。


「すみません……私がもっと早くあの公園を通っていれば……」


「星さんのせいじゃないです。 でも……どうしてそんなにお父さんの詳細がわかるんですか?」


 星さんにそう尋ねると……横にいたお母さんがあたしの肩を軽く叩き……。


「蒼歌……これ……」


 ボロボロになった小さなメモ帳をあたしに突き付けてきた。

中を見てみると……そこにはお父さんの文字が並んでいた。

内容を見るに……これは日記だった。


「私がお父様を発見した時、それが足元に置いてあったんです」


 お父さんには日記をつける習慣があった……。

メモ帳には職場でのひどい仕打ちや自分の犯した過ちに対する後悔等……お父さんの心に秘められていた思いがあふれていた。


そして最後のページには……。


『蒼歌……こんなお父さんでごめんな』


 うっすらとした線で……書かれていた。


「……」


 あたしの目から自然と涙があふれてきた。

後悔するくらいなら……なんで自殺なんてしたの?

謝るのなら……こんなメモじゃなく、直接あたしに言葉で言ってほしかった。

許すことはできなくとも……過去に区切りをつけることはできたかもしれない。

このメモの思いを言葉にしてくれていたら……お父さんの未来も少しは変わったのかもしれない。

そして何より……こんな形でお別れしたくなかった……。


--------------------------------------


 後日……お父さんの葬式が行われた。

出席したのはあたしとお母さんの2人だけ……。

葬式はあっと言う間に終わり……火葬も明日速やかに行われることになった。


「お父さんの……馬鹿」


 棺の中にいるお父さんに向けてあたしが放った最後の言葉……。

お別れの言葉なんていくらでもあったのに……あたしにはこんな言葉しか出てこなかった。

お父さんの死を悲しむ気持ちより……死に逃げたお父さんに対する怒りと空しさが勝っていたのかもしれない。


--------------------------------------


 翌朝……お父さんは火葬され、煙と共に天へと昇って行った。

ちなみに、お父さんを苦しめていた職場の人たちは……お父さんの自殺をきっかけに捜査のメスが入っているらしい。

いくつかの犯罪行為に関する証拠もあがっているようなので、悪い人達も次々と逮捕されていったらしい。

なんとも皮肉な話……。

性の衝動と勝手な妄想で幸せを壊したお父さんが……全く同じ男によって心を壊され、死を選んだ。

もう、ざまぁみろと笑う気にもなれない。


「さよなら……」


 天へと昇っていく煙に……お父さんの魂に……あたしは小さくお別れを口にした。


--------------------------------------


 そうそう……お父さんの件でバタバタしていたから聞きそびれていたんだけど、しおくんの方でまた事件が起きたみたい。

なんでも元奥さんが現れて、息子との間にできた子供を殺そうとしたとか……。

子供は何とか無事で、元奥さんは逮捕されたみたいでひとまず落ち着いたみたい。

もうこれ以上……あたしやしおくんの周りで悲しみが増えるのはうんざりだ……。

そう思っていたんだけど……その思いは天に伝わらなかったみたい……。

まさか……”あんなこと”が起きるなんて……。

次話は大洋視点です。

これを書き終えたらエピローグに今度こそ入ります。

また、前作を読んだ方なら気づいたと思いますが、今話で登場した星 陽は前作主人公の星 暁の息子です。

まだ読んでいない方がいれば、そちらも読んでみてください。

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