表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/31

海野 潮太郎⑨

潮太郎視点です。


「来ないでっ!!」


「瑞希! 馬鹿なことはやめろっ!!」


「なによ……あなた、私とはやり直す気はないんでしょう?

私なんて必要ないんでしょう?

だったら奈美だって必要ないじゃない……」


「何を言っているんだ? その子はお前が腹を痛めて生んだ子なんだろう!?」


 俺は母親の情に呼び掛けて瑞希を思い留まらせようと試みた。

だが瑞希は全く俺の言葉に耳を傾けようとしない。


「そうよ? あなたのために生んだ子よ? でも私達が寄りを戻せないなら……意味ないでしょ?」


 いや……そうじゃない。

俺の言葉を理解しようとしていないんだ……。

今の瑞希にとって大事なのは母親としての自分じゃなく……妻としての自分だ。


「あなただって……私を何だと思っているの?

私はあなたを愛していた……あなたのために奈美を生んだ……それなのに、あなたは私に必要ないって言ったのよ?

私が今のあなたの言葉でどれだけ傷ついたか……あなたにわかる?

わかる訳ないか……わかっているなら、あんなこと言わないもの」


 瑞希は求めてほしいんだ……俺に……妻として……。

だけどそれは絶対にできない。

そもそも……瑞希を求めている人間は……誰よりも必要としている人間は……その子のはずだ!

それを理解できず、こんな凶行にまで走った瑞希に……もはや親の情なんてものはないのかもしれない。


「そんな話は今、どうでもいい!! とにかくその子を渡せ!!」


 俺は情に訴えることを諦め、子供の安全を確保する方向へと切り替えた。

切り替えたとは言っても……何か策がある訳でもない。

策を考える優れた頭脳なんてないし……平常心すら保てず、頭が真っ白な状態だ。

一体どうすれば瑞希を止めることができる?

一体どうすれば……子供を助けることができる?

動揺しながらも俺は無意識に何度も自問自答を繰り返していたが……ドラマや漫画のように都合よく名案が思い付くことはなかった。


「じゃあ代わりにあなたがここから川に落ちてよ」


「なっ!!」


 突然瑞希から突き付けられた代案……浸らく言えば、子供の代わりに俺が死ねって意味だ。


「あなたが代わりに川へ落ちれば、奈美は落とさないであげる」


「……」


 子供はもちろん助けたい……でも生憎、他人の命を助けるために自分の命を差し出す自己犠牲な精神は持ち合わせていない。

そもそも俺が川に落ちたところで、瑞希が子供を落とさない確証なんてどこにもない。

だけど俺が身を投げなければ、瑞希は子供を落とす……。

額から大量の冷や汗が噴き出し……決断に迷う俺の心が呼吸を乱す……。

もういっそ……瑞希を受け入れようか?

あいつの目的は再婚なんだから……俺が再婚を約束すれば子供は助かるかもしれない。

今の瑞希にまともな子育てができるとは考えにくいが、それは後で考えればいい。

最優先すべきは、子供の命だ。


「!!!」


 瑞希に復縁の話を持ち出そうとしたその時……俺は瑞希の背後から近づく人影を視界に捉えた。

それはデートに行っていたはずの鯛地とその恋人であるあゆだった。

後で知ったんだが……2人はデートから帰っている途中、瑞希の凶行が偶然目に入り……子供を助けようとここまで来たようだ。

全く……2人そろってお人よしすぎる……。


「……」


「……」


 鯛地と鮎は息を殺して少しずつ……瑞希へと近づいていく。

瑞希の視線は完全に俺に固定していため、背後から近づいてくる2人には気づいていない。

だが万が一ということもある……。


「わかった……俺が落ちる。 だから馬鹿な真似はやめろ……」


 俺は瑞希に言われるがまま……石橋の手すりに手を掛けた。

少しでも瑞希の注意をこっちにひきつけるためだ……。

とはいえ……さすがに落ちたらほぼ確実に死ぬ高さだ……。

落ちる気がないとはいえ……手すりから身を乗り出すのは背筋が凍り付くほど怖い……。

だがその分、瑞希は俺に集中している。

もうそこそこな位置まで近づいてきたにも関わらず、瑞希は2人に気付かない。

あと少し……あと少しだ……鯛地、鮎……子供を頼む!


「今だ!!」


 鯛地の合図と共に、状況は一変した。

鮎は瑞希から子供を奪い取り……鯛地は瑞希をタックルの要領で取り押さえ……俺は石橋に再び足を付けることができた。


「おじさん警察を!! 早く!!」


 鯛地に急かされるがままに俺は警察に通報した……。


「……」


 鯛地に取り押さえられた瑞希は諦めたのか……抵抗は一切せず、警察が到着してもなお……大人しく連行されていった。


「鮎、その子は大丈夫か?」


「えぇ……どうにかね。 目立ったケガはなさそうだけど、念のために病院へ連れて行った方がいいわね」


「そうだな……」


「では、我々のパトカーで病院までお送りしましょう」


 親切な警官が赤ん坊のために、病院へと送ってくれた。

幸いにも赤ん坊は異常なしと判断され、ひとまず騒動はこれでひと段落した。

とは言っても……終わりという訳じゃないんだな。


--------------------------------------


 それから俺は鯛地と鮎と共に警察署へと赴き、今回の一件の事情聴取を受けた。

これで何度警察の世話になったことだろう……もう何人か警官の顔を覚えてしまったぞ……。


「瑞希は……どうなります?」


 事情聴取の最中、俺はふと刑事に瑞希のことを尋ねてみた。


「まあ今後の裁判によると思いますが……幼い赤ん坊を殺そうとした訳ですからね。

実刑は免れないでしょう……。

事件の詳細も、こうして証言が取れていますし……たまたま近くを通りかかった通行人が事件の様子をスマホで撮った動画もありますので……」


 動画なんて撮られていたのか……。

あの時はパニックでそんなの全く気が付かなかった……。

だけど……動画を取る暇があるならまず警察に通報しろと個人的には思う。

俺の通報で警察が来たということは、その通行人は通報していなかったということになる。

赤ん坊が殺されそうになっているのに……通報より動画優先か……。

でもまあ……今はスマホが当たり前にあり、ネットで全世界と繋がることができる時代。

事件が起きても、人は助けを呼ぶことより……スマホを通して事件の情報をみんなに共有したい衝動に駆られてしまうんだよな。

それが自分とは無関係な事件であれば……なおのこと……。

証拠とした動画が残ったのは良いかもしれないが……正直、その人に対する感謝の念は薄い。


--------------------------------------


「潮太郎……」


「親父……お袋……」


 事情聴取を終え、取調室から出た俺を出迎えたのは親父とお袋だった。

警察から事のあらましを聞いて飛んできてくれたみたいだ。。

俺のことを心配している部分も少なからずあったんだろうけど……それ以上に、2人の心を揺さぶったのは大洋と瑞希の子供である奈美の存在だ。

異様な出生ではあるものの、まさか自分達に大洋以外のひ孫ができたなんて信じられなかっただろう……。


「子供のこと……本当なのかい?」


「瑞希が嘘をついていなければ……そうらしい」


「なんてことだ……」


 2人はあまりの衝撃に、頭を抱えてしまった。

無理もない……俺だってまさか自分に、孫?が生まれていたなんて……信じることができなかった。

だが、事件に関する情報を集める意味合いで行われたDNA検査の結果……奈美は間違いなく、大洋と瑞希の子供であることが証明された。


※※※


「海野さん!」


 そんな俺の元に駆け寄ってきたのは瑞希の両親だった。


「このたびはうちのバカ娘が……本当に申し訳ありませんでした!!」


 俺に頭を下げて、誠心誠意……謝罪してきた。

子供の不始末は親の責任なんてよく言うが……俺の目にはあまりに痛々しい光景だった。

何も悪いことなんてしていないのに、子供に代わって頭を下げないといけないなんて……。

親と言うのはなんとも不憫だ。

だけど……違う。

この事件において……被害者は俺じゃない。

俺なんかよりも、もっと傷ついた人間がいる。


「俺に謝る必要なんてありません……。

それよりあの子の……奈美のそばにいてあげてください」


「……」


 そう……今回の一番の被害者は……奈美だ。

あの子は瑞希の歪んだ妄想によって生まれ……そして不要な物としてその命を母親に絶たれようとされていた。

大洋も奈美のことは否定的であるということを……事情聴取の際に警察から聞いた。

こんなこと……心の中でつぶやくのも嫌だが……。


 ”奈美は誰からも望まれずに生まれた命なんだ”


 そんな残酷なこと……あってはならないことだけど、それが今の現実……。

だけどそんな現実……奈美には感じてほしくない。

そのためには……誰かがそばにいてやるしかない。


「わっわかりました……本当に申し訳ありませんでした……」


 瑞希の両親は、奈美が預けられている部屋へと警官に案内されていった。

俺が奈美のそばにいてやれればいいが……そんな気持ちは沸いてこなかった。

俺自身、あの子の存在が心のどこかで認識できないでいるんだ。

これじゃあ俺も……瑞希や大洋と何ら変わりないのかもしれないな……。


「何をぼんやりと突っ立っているんだ? さっさと帰るぞ」


「あぁ……」


 親父に言われるがまま……俺は警察署を後にした。


--------------------------------------


 2週間後……瑞希の裁判が開かれた。

証言と証拠が十分に揃っていること……そして何よりも本人が罪を全て認めていたことで、裁判は大洋の時以上にスラスラと進んでいった。

罪を認めた……とは言ったが、瑞希の態度に反省の色は見られなかった。


”全てがどうでもいい”


 そんな無の感情が体中からにじみ出ていた。

顔も魂のない能面のように変化していた……。

娘の変わり果てた姿に……傍聴席にいる瑞希の両親は終始泣き崩れていた。

そして瞬く間に有罪判決が下りた。

執行猶予なしの懲役6年だそうだ……。

それが殺人未遂という大罪を犯した人間に対する妥当な罰なのか……法に疎い俺にはよくわからない。

だが、瑞希にとって最もつらい罰を受けるのはきっと……刑期を終えた後だろうな。


『ねぇ聞いた? 浜口さんの所の瑞希さん、赤ちゃんを殺そうとして警察に逮捕されたんですって……』


『聞いた聞いた……。

でもその赤ちゃんが実の息子との間に生まれた子ってのが……ある意味、殺人未遂以上に衝撃だったわ』


『ホントね……いい歳した中年女が高校生と子供を作ったってだけでもヤバいのに……相手が血を分けた自分の息子だなんて……もう頭が壊れているとしか思えないわよね?』


『息子も息子よ……実の母親に欲情するなんて、ケダモノ以下じゃない』


 大きな事件ということもあってか……事件に関する情報がネット上に流れていた。

奈美の出生についても、裁判で打ち明かされていたので……大洋と瑞希の異様な関係も全て明るみになっている。

しかも顔写真や住所等……2人の個人情報までもが駄々漏れだった。

ここまで来たらもう……住み慣れた町で暮らし続けるのは難しいだろうな。

かといって、大洋は強姦の件で高校中退……瑞希は殺人未遂という大きな前科が付いた。

果てしなく遠い場所で生活を再スタートしたとしても……まともな職には付けないだろう。

そして今回最大の被害者である奈美は……一旦瑞希の両親が預かることになった。

でも年齢的に赤ん坊を育てるのは厳しいので、どこか施設を通して里親を探す方針だろうだ。

だけど……うまく見つかるかはわからない。

奈美は血の繋がった親子の間に生まれた子……。

異様な出生ゆえ……成長するにつれて何らかの発達障害が出る可能性がある。

仕方ないこととはいえ……障害のあるなしでは、子育てのハードルは全く異なる。

それが結果的に、奈美の足を引っ張ってしまうことになる。

そう察することはできるのに……俺にできることは何もない……のか?



※※※


 世間から非難されている瑞希と大洋だが、それは決して……他人事じゃない。


『つーか嫁を実の息子に寝取られるとか、旦那普通に無様じゃねぇか?』


『言えてるな。 どんだけ嫁を満足させられなかったんだよ……情けねぇな』


 このように……瑞希や大洋だけでなく、俺に対する非難のコメントもネット上にあふれていた。


『別れた旦那さぁ……噂だと、傷心のあまりにパパ活してるって話だぜ?』


『あぁ、俺も聞いた。 しかもパパ活で喰った女子高生を孕ませて、堕ろさせたらしい』


『マジか!? 元嫁や息子のこと言えねぇじゃん。 ウケる!!』


 しまいにはこんな根も葉もないアホな噂話まで流れ、俺と瑞希と大洋は完全に世間のネタにされてしまっていた。


「蒼歌の時と一緒だな……」


 父親に犯されかけた蒼歌が世間からバッシングを受けたという例の騒動……。

事の詳細なんて知ろうともせず、身勝手な妄想や正義感で他者を攻撃することを楽しんでいる。

全く……こいつらほかにやることないのか?


「こんなの気にするだけ無駄だよ……」


「だな……」


 かつての当事者である蒼歌の重い忠告に同意し、俺はこれ以降……しばらくネットを見ないようにした。

アホ共の妄言なんて無視するのが一番……。

それに俺には、まだまだやることがあるからな。

次話は蒼歌視点です。

ひとまずそれを書き終えたら、それぞれのエピローグを書き始めたいと思います。

なんとか完結にまでこぎつけます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
殺人未遂案件で逮捕からたった2週間で裁判なんて流石にちょっと。 現行犯逮捕でも、地検に送検されてさーてぐらいの段階では。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ