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海野 潮太郎⑧

潮太郎視点です。

長引くので区切ります。

 瑞希が実家を訪ねたあの日から数ヶ月……。

灼熱地獄が続いた毎日が……いつの間にか氷河期のような毎日へと姿を変えていた。

氷河期は大げさだったか……。

まあいいか……

瑞希は俺の前に姿を一切見せなくなった。

警察の厳重注意が効いたのか?

よくはわからないが……何事も起きないのが一番だからな……気にしないでおこう。


--------------------------------------


「じゃあ潮太郎……行ってくるからね?

留守を任せたよ」


「わかった……」


 この日……俺は親父とお袋を車で最寄り駅まで送り届けていた。

2人の行き先は……大洋が収容されている刑務所だ。

大洋に有罪判決が下りたあの日から……2ヶ月に1度くらいのペースで大洋の面会に行っている。。

とは言っても、今回が2回目だったか……。

裁判の時は黙って傍聴を決め込んでいたし……普段からあまり大洋のことも口にしない。

でも決して……大洋がどうでもいい訳じゃない。

親父は気難しい昭和の頑固親父でお袋は気が強いかかあ天下……決して口には出さないが、心の中では大洋の事を想い続けている。

そうでなければ……体力的にも年齢的にもつらい距離にある刑務所に足を運ぶわけがないだろう?

ちなみに俺は行かない……というより行けないと言った方が正しいだろう。

大洋は蒼歌のことで俺を恨んでいる。

きっと……俺のことは歓迎してくれない。

親父とお袋にさえ……あまり口を開いてくれないらしいからな……。


「じゃあ行ってくる……」


「あぁ……大洋によろしく言っといてくれ」


 2人を見送った後……俺は1人で実家に戻った。

店は定休日だし、これといって予定もない。

鯛地は同棲中の彼女とデート……。

つまり……俺は完全に暇となる。

まあスマホゲームや動画視聴といった娯楽もあるので、時間を持て余すことはないだろう。

有意義とは言い難いが……こういうダラダラした時間を過ごすのはいくつになってもたまらなく良い。

嫌なことやつらいこともこういった時間を設けることで発散できるからな……。


「今日は1日、ゆっくりするか……」


 そう決めていたのに……。


--------------------------------------


「しおくん、そこのお皿と型抜き取って」


「……」


 俺は今……蒼歌の家でバレンタインのチョコ作りを手伝わされている。

あの後、家に帰ると……家の前に蒼歌が待ち伏せていて……。


『明日のバレンタインのチョコ作りたいから手伝って!』


 その一言で……ほぼ強制的に蒼歌の家に連行された。

”大事な用事がある”という典型的な言い分を使ってはみたものの……。


『今日はとっても暇なんでしょ? おばさんから聞いてるよ? おじさんもしおくんには好きなだけ手伝わせていいって』


 親父とお袋によって逃げ道は封じられてしまっていた。

しかも料理上手な母親はパートに出ていて遅くまで不在……祖父母はお菓子作りには疎いので戦力外。

俺は実家でお袋や鯛地の料理を何度か手伝ったことがあるため、蒼歌は俺を料理経験者として数えていたらしい。

それでもチョコなんて作ったことはないんだが……俺は蒼歌に従うほかなかった。

ちなみにチョコを送る相手は数名の女友達らしい……いわゆる友チョコってやつだ。

相手が複数いるいうことはつまり……作るチョコは1つではないことになる。

それが結構堪えた……。


※※※


 そして現在に至る……。


「え~っと……ここでカカオをこうして……」


 スマホとにらめっこしながら材料の入った鍋を混ぜる蒼歌……恐ろしいことに、蒼歌もチョコを作った経験がないらしく、ほとんどグーグル頼りで作業を進めている。

周囲に飛び散ったチョコレートや生クリームがここまでの悲惨な状況を物語っている。

何度か市販のチョコを買うように勧めてみたが……。


『だ~め! みんなに感謝を込めて贈るんだから、手作りでないと!』


 なんてよくわからん意地を張って断れてしまった。

まあ手作りにこだわるのはいいが……なんで俺が手伝わないといけないんだよ……。

そもそもアラフィフの中年男が型抜きしたチョコなんてもらって嬉しいか?

少なくとも俺は嬉しくない……おいしいかどうかは別として……。


※※※


 なんて不満と疑問を抱きつつチョコ作りに専念すること1時間……。


 ピンポーン……。


 蒼歌の家のインターホンが突然鳴り響いた。


「ちょっと待っとくれ……」


 対応に出たのは蒼歌の祖母だった。


「蒼歌ぁ!! あんたに客だよ! マネージャーの鈴木さんとか!」


「えっ?」


 来訪者の名前を聞いた瞬間、蒼歌は驚きのあまりに持っていたチョコレートを床に落としてしまった。

一体どうしたんだ?


--------------------------------------


「久しぶりだね……アオカちゃん」


「そうですね……」


 居間に通されたのはマネージャーの鈴木とか言う男と蒼歌くらいの歳の女の子……。

たしか……蒼歌の元居たグループのリーダーだったな。

リコ……とか言ったか?


「それで……今日はどんな用件があって来たんですか?」


 蒼歌の口調はどこか他人行儀に聞こえた。

まあ自分がやめたグループのリーダーと元マネージャーだから無理もない……のか?

ちなみに俺は居間の隣の台所でチョコの型抜きに苦戦している所だ。

できる人にはなんてことない作業なんだろうが……俺のような不慣れな人間からすれば、ただただイラつくばかり……。

力を入れすぎればチョコが真っ二つに割れるし……力を抜きすぎればそもそも型抜きができない。

ちょうど良い力加減が難しいんだよな……。


「単調直入に言うよ……アオカちゃん! ドルフィンガールズに戻ってきてくれないか!?」


「えっ?」


「ネットとかで知ってると思うけど……あの騒動でドルフィンガールズのイメージはひどく落ちてしまった……。

それでもなんとか持ち直そうと、みんなで色々頑張ってきたんだ……。

だけど日に日にファンが離れて行ってしまう……騒動が話題にすらならない今ですら、誰も見向きもしてくれない……。

それでやっとわかった……。

ドルフィンガールズにはアオカちゃんが必要だって……」


「あたしが?」


「そうだよ……その証拠に、アオカちゃんがいた頃の動画には今でも視聴者やチャンネル登録者が多いし……曲だって、アオカちゃんがセンターだった頃の方が良かったと、ファンから山のようにコメントが押し寄せているんだよ……。

どうか……戻ってきてくれ!! 頼む!!」


「……」


※※※


「よかったのか?」


「何が?」


「せっかくアイドルに戻れる話だったのに……断るなんて……」


 そう……蒼歌はアイドルへのカムバックを蹴ってしまった。

あのマネージャーは何度も考え直すように促していたけど……蒼歌の考えは変わらなかったみたいだ。

諦めて帰る際のマネージャー……魂が抜けたように青ざめていたな。


「いいんだ……ここには、あたしを大切にしてくれる家族や友達がいるし……今でもあの騒動がトラウマになっているから……」


「それでももったいなくなかったか? アイドルで売れるのが夢だったんだろ?」


「まあそうなんだけど……自分の心を押し殺してまでアイドルなんて続けたくないよ。

ファンだったみんなにも失礼だし……」


「そうか……」


 芸能界を生きた人間は、引退してもその華々しい生活を忘れられず、結局芸能界に戻ってしまうパターンが多いと勝手に思っていたが……蒼歌のような例外もいるみたいだ。

あとこれはもう少し先の話になるが……ドルフィンガールズは結局人気が回復することなく解散になったらしい……。

まあ俺には関係ない事だがな……。


※※※


「じゃあ俺は帰るから……」


 ようやくチョコ作りから解放された。

朝から手伝われ……いつに間にか昼の3時を過ぎていた。

チョコ作りのお礼にと昼飯を蒼歌の祖母が用意してくれたのは嬉しかったが……労働的に少し割に合わないと思うのは俺の傲慢だろうか?


「あっ! しおくん待って……はいこれ」


 帰る間際に蒼歌が俺に手渡してきたのは、可愛らしくラッピングされたハート形のチョコレートだった。


「1日早いけど……バレンタインチョコ! 今日のお礼も込みでね」


「あぁ……ありがとう」


 正直……チョコ作りの際、味見や失敗作の処理等でチョコをたらふく食べたから、しばらくチョコは食べたくはなかった。

拒否したい気持ちが強かったが……笑顔で手渡す手作りチョコを拒否するのはさすがに人道に反する。

俺は気持ちを押し殺してチョコを受け取った。

まあ家に帰ってからゆっくりと食うか……。

今はちょうど気温は冬並みに低いから、溶ける心配もないだろうし……。

俺はチョコをポケットに放り込み、蒼歌の家を後にした。


--------------------------------------


「潮太郎!!」


 大きな石橋を渡っていた時……俺の目の前に、どこからともなく瑞希が現れた。


「みっ瑞希……なんでお前……」


「潮太郎……会いたかった」


「ふっふざけたことを言うな! 俺の実家であんな騒ぎを起こしておいて……」


 再会を喜ぶかのように涙ぐむ瑞希の態度に俺は怒りを覚えた。

もう瑞希なんて無視して、このまま石橋を素通りしようか……。


「ごっごめんなさい……あの時のことは謝るわ。

でも今は……大事な話があるの。 聞いて!」


 俺が返答する前に、瑞希は胸に抱いていた赤ん坊を俺の視界に突き付けてきた。


「この子はね? 奈美っていうの……あなたの子よ!」


「はぁ? 何を言ってるんだよ……」


「奈美はね? 大洋と私の間に生まれた子供なの……だから正真正銘、あなたの血を受け継いだ子よ!」


「なっ!!」


 俺は言葉を失った……。

大洋と瑞希の子供?

それはつまり……血の繋がった親子の間に生まれた子ってことか?

そんな馬鹿な話があるもんか!!


「嘘だと思うのなら……DNA検査を受けてもいいわ。

だけど……私の言っていることは全て事実なの」


「……」


 自信に満ち溢れた瑞希の態度から……その言葉に偽りが混じっているとは考えにくい。

それによく考えたら……実の息子と関係を持つような女だ……。

その息子と子供を作ったとしても……決してあり得ない話じゃない。


「ねぇ潮太郎……こうして奈美という新しい命を授かったんだから……私達、再婚しましょうよ。

この子には、私とあなたが必要なの」


「まっ待て……その子が大洋とお前の娘だということが事実だとしても、なんでそれが俺との再婚なんて話になるんだよ!」


「だってこの子は私と大洋の娘なのよ? そして大洋はあなたの血を分けた息子……つまり間接的に言えば、この子はあなたの子供同然じゃない!」


 瑞希の常軌を逸した発言は、子供の出生以上に驚いた。

なんで大洋と瑞希の子供が、俺と瑞希の結婚って話になるんだよ!!

本来であれば、子供の父親である大洋とすべき話じゃないのか!?

いくら俺の血がその子に流れているからって……なんで俺との再婚に繋がるんだよ……。

一体何をどう考えたらそんな考えに至れるんだ?


「大洋はその子のことを知っているのか!?」


「大洋なんてどうでもいいじゃない……今は私達の再婚について話し合いましょうよ」


「再婚再婚って……お前本当にその子のことを大切だと思っているのか?

俺にはさっきからその子をダシにして復縁を申し込んでいるようにしか聞こえないぞ!!」


「そっそんなことないわ……」


 本人は否定しているが……顔には明らかに図星と書かれている。

本当にこいつは……自分の幸せしか考えないんだな……。

結婚した当初はどこにでもいる普通の主婦だったのに……。

大洋との関係が瑞希を狂わせたのか……それとも元から狂っていた思考が大洋をきっかけに目覚めたのか……俺にはわからない。

ただはっきりしていることは……1つ。


「前にも言っただろう? 俺はお前と再婚する気なんてないんだ」


 俺にとって瑞希は過去の存在……今の俺にはもう赤の他人。

ただそれだけのこと……。


「あのアオカって子がいるから? だから私と再婚できないの?」


 憎々しくアオカの名を口にする瑞希の様子から、この前の騒動の原因がわかった。

家にいた蒼歌と俺が親しい関係だと誤解していたんだろう……。

まあ無理もない話と言えばそうかもしれないが……だからと言って、他人の家で暴れて良い理由にはならない。


「あんな若いだけのクソビッチのどこがいいの? あんな子……どうせあなたの金が目当てなだけよ!」


「蒼歌のことを……俺の友達のことを……知りもしないくせに悪く言うな!!」」


 蒼歌への侮辱に俺は思わず怒声を浴びせていた。

普段は憎たらしい小娘としか思っていなかったが、俺も知らず知らずのうちに……蒼歌を大切な友達だと思っていたのか……。


「その子には悪いが……もう俺はお前の顔も見たくないんだ。

お前が俺に何回会いに来ようと、俺の答えは絶対に変わらない。

これ以上ごちゃごちゃ言うのなら……もう1度、警察に通報させてもらう」


 俺はスマホを構え、通報する意思が本気であることを瑞希に示した。

その子には本当に申し訳ないが……俺は瑞希とはやり直さない。

仮にやり直した所で……子供を再婚に利用しているだけの瑞希は子供を愛して育てることはできないだろう……。


「はっきり言う……俺の人生にお前はもう必要ないんだよ!!」


 俺はシンプルかつ強く……瑞希に言い放った。

今の現実を……今の俺の本音を……。

これでわかってくれ……愛情も思いやりもない元嫁だとしても……また警察に突き出すような真似はできれば避けたい。

これは俺なりの最後の情けだ。


「ハハ……アハハハ!!」


「!!!」


 突如として、瑞希が大声で笑いだした……。

まるで壊れた機械のように……。

一体どうしたんだよ……。


「モウコレ……イラナイ……」


「おい、何をしているんだ!?」


 意味の分からない言葉を漏らしたと思った瞬間……瑞希は赤ん坊を手すりから出し、橋の下の川の上に晒した。

そのまま手を離してしまったら……赤ん坊は落ちて死んでしまう。


「瑞希! 馬鹿なことはやめろっ!!」


 俺は必死に声を振り絞った。

小さな命が失われないように……祈りながら……。

次話も潮太郎視点です。

奈美との騒動を潮太郎視点で書き終え、その後の話を書きたいと思います。

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