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海野 瑞希⑥

瑞希視点です。


 実家で生活を送るようになり……日に日に大きくなっていくお腹を見ては思わず笑みがこぼれる毎日。

この子が生まれた時……それが潮太郎との新たな人生の幕開けとなる。

もちろん、出産経験があるとはいえ……出産までの道のりは決して楽なものじゃない。

時間が経つにつれ……体調は悪化の一方を辿り、立って歩くことすらままならなくなる。

つらい……苦しい……でも私は耐えた。

この先に幸せが待っていると信じて……。


--------------------------------------


 そしてついに……その時が訪れた。


「おめでとうございます。 よく頑張りましたね! 元気な女の子ですよ、お母さん」


 私はこの日……女の子を出産した。

立ち合いに来ていた両親は……生まれてきた孫を見るや否や涙ぐんでいた。

協力を受け入れたとはいえ……大洋との子供ということもあってか、ずっと私に複雑な顔を浮かべていた。

でもやっぱり……孫は可愛いみたいね。


「やった……やった……」


 私は幸せへの大きな1歩を踏み出した……。

これであとは……潮太郎に復縁を申し込むだけ……。

でも今は、出産の反動で体が思うように動かない……。

すぐにでも潮太郎の元へ行きたいけれど、回復するまで再婚はお預けね。

と少し……待っててね、潮太郎。


--------------------------------------


 私は生まれてきた娘を奈美と名付けた。

出産から数週間後……どうにか退院した私は実家に1度戻った。

潮太郎と会うんだから……最低限の身だしなみは整えておかないと……。

そして私は両親の目を盗んで奈美を連れ出し……潮太郎の元へと向かった。


--------------------------------------


 ピンポーン……。


 潮太郎の実家のインターホンを押すも……誰も出てこない。

店は定休日なようで閉まっているし……家から人の気配もしない。


「どこに行ったの? 潮太郎……」


 私は潮太郎を探しに出た。

当てもなく歩いている訳じゃない……。

考えたくないけれど……潮太郎はまた、あのビッチの元にいるのかもしれない。

もしそうなら……早く潮太郎を迎えに行かないと……。

アオカの住所は大洋の裁判で聞いていたのを覚えている。

それに結婚していた頃……何度も潮太郎の実家へ足を運んでいたおかげで、この辺の地理には多少なりとも覚えがあるから迷うことはないはず。


--------------------------------------


「ハァ……ハァ……」


 そこまで大した距離じゃないとはいえ……奈美を抱えたまま歩くのはかなりつらい。

潮太郎との再会したあの日は、汗だくになるほどの暑い日差しが私に降り注いでいたけれど……時が流れたことで今は全身が震えるほど寒い。

凍えるような冷たい風が……出産で落ちた私の少ない体力を削る。

もう足元がおぼつかなくなってきたけれど……私は歩くのをやめようとは思わなかった。


”潮太郎をアオカから取り戻す"


その想いだけが……今の私を奮い立たせていた。

そして大きな石橋に差し掛かった時……ついに巡り合うことができた。


「潮太郎!!」


「みっ瑞希……なんでお前……」


 ついに潮太郎の元に……たどり着くことができた。

潮太郎がどこにいてどこに向かっているのか……正直もうそんなことはどうでもいい。

ここで潮太郎の心を取り戻すんだ。


「潮太郎……会いたかった」


「ふっふざけたことを言うな! 俺の実家であんな騒ぎを起こしておいて……」


 潮太郎の態度はあの時以上に冷たくなっていた。

怒りに我を忘れていたとはいえ……潮太郎の実家であんなことをしたんだから当然と言えば当然ね。


「ごっごめんなさい……あの時のことは謝るわ。

でも今は……大事な話があるの。 聞いて!」


 私は潮太郎の返事を聞く前に、奈美を彼の視界にさらした。


「この子はね? 奈美っていうの……あなたの子よ!」


「はぁ? 何を言ってるんだよ……」


「奈美はね? 大洋と私の間に生まれた子供なの……だから正真正銘、あなたの血を受け継いだ子よ!」


「なっ!!」


「嘘だと思うのなら……DNA検査を受けてもいいわ。

だけど……私の言っていることは全て事実なの」


「……」


「ねぇ潮太郎……こうして奈美という新しい命を授かったんだから……私達、再婚しましょうよ。

この子には、私とあなたが必要なの」


「まっ待て……その子が大洋とお前の娘だということが事実だとしても、なんでそれが俺との再婚なんて話になるんだよ!」


「だってこの子は私と大洋の娘なのよ? そして大洋はあなたの血を分けた息子……つまり間接的に言えば、この子はあなたの子供同然じゃない!」


 大洋には潮太郎の血が流れている……。

その大洋と私の間に生まれた奈美は、言うまでもなく潮太郎の血も受け継いでいる。

息子の子供ということは孫という立場になるのかもしれないけれど……そんなことはこの際、どうでもいいわ。

大事なのは、奈美の体には潮太郎の血が流れているということ。


「ばっ馬鹿なことを言うな!! そもそもこういう話は大洋とすべきじゃないのか!?

大洋はその子のことを知っているのか!?」


「大洋なんてどうでもいいじゃない……今は私達の再婚について話し合いましょうよ。

奈美という大切な私達の大切な娘もできたんだし……」


「再婚再婚って……お前本当にその子のことを大切だと思っているのか?

俺にはさっきからその子をダシにして復縁を申し込んでいるようにしか聞こえないぞ!!」


 本音を言えば、今の潮太郎の言葉を否定することはできない。

私にとって何よりも大切なのは潮太郎との再婚だけ……。

それ以外のことはほとんど頭にない。

でも仕方ないでしょう?

今までずっとこの時のために頑張ってきたんだから……。


「そっそんなことないわ……私は潮太郎のことも奈美のことも愛しているわ。

だからこそ……私達3人でやり直しましょうって……」


「前にも言っただろう? 俺はお前と再婚する気なんてないんだ」


「私もあの時言ったでしょう? 大洋との関係はもう切ったって、本当よ!?」


「別に信じていない訳じゃない。 もうお前と大洋の関係なんてどうでもいいだけだ」


 大洋との関係を疑っていたと思っていたけれど……潮太郎の冷めた目を見る限り、それは勘違いだったみたいね。

なら……。


「あのアオカって子がいるから? だから私と再婚できないの?」


 やはり私達の障害となっているのは……アオカなのね。


「蒼歌は関係ない……俺はお前との未来なんて考えたくもない……ただそれだけだ」


「あんな若いだけのクソビッチのどこがいいの? あんな子……どうせあなたの金が目当てなだけよ!

お願いだから目を覚まして!!」


「目を覚ますのはお前の方だ……いい加減、現実をしっかり見ろ!! 俺とお前は……とっくの昔に赤の他人なんだよ!! 

それに蒼歌のことを……俺の友達のことを……知りもしないくせに悪く言うな!!」


「潮太郎……」


「その子には悪いが……もう俺はお前の顔も見たくないんだ。

お前が俺に何回会いに来ようと、俺の答えは絶対に変わらない。

これ以上ごちゃごちゃ言うのなら……もう1度、警察に通報させてもらう」


 通報が本気であることを示すかのように、潮太郎はポケットからスマホを取り出した。

本気なの?

本気でまた……私を警察に突き出そうとしているの?


「やめて……」


「はっきり言う……俺の人生にお前はもう必要ないんだよ!!」


「!!!」


 明確な私に向けて言い放った拒絶の言葉……強い嫌悪感が秘められた潮太郎の目……。

奈美という命を突き付けても明確に私を否定した潮太郎の態度……。

それらが私の中の何かを壊してしまった。

そうか……そうなんだ……。

潮太郎の心にはもう……私はいないんだ。

いやそれどころか……私は潮太郎にとってただの害……。

ハハハ……じゃあ私の今までの頑張りは全部……無駄だったんだ……。

全部……全部……全部……無意味なことだったんだ……


「ハハ……アハハハ!!」


 なんだろう……悲しいはずなのに……笑いが止まらない。

私……どうなっちゃんだろう?

オカシクナッタノカナ?


「オギャー!!」


 奈美が突然泣き出した……。

私と潮太郎を結ぶ希望だと思っていたけれど……もはや今となってはただの重荷でしかない。

さっきまで潮太郎の子として愛しく感じていたのに……今はただうるさいだけ。


「モウコレ……イラナイ……」


 私は奈美を……うるさい赤ん坊を手すりの外に体を出し、橋の下を流れる川の上に晒した。

この手を離せば……コレは川に落ちる。

そうすれば少しは気持ちが軽くなるのかな?


「おい、何をしているんだ!?」


 急に声を荒げたと思ったら……潮太郎が私の元に駆け出した。

考え直してくれたのかなと一瞬思ったけど……違う。

潮太郎の目に私は映っていない……彼の目に映っているのは奈美だ。

なによ……私のことはあれだけ拒絶しておいて……たった今、会ったばかりの奈美の身を案じている訳?

奈美があなたの血を受け継いでいる子供だから?

失うのが惜しくなった?

……フザケナイデヨ。


「来ないでっ!!」


 私が手の力を少し緩めてそう叫ぶと、潮太郎は足を止めた。

やっぱり……潮太郎は私に目を向けてくれてはいない。


「瑞希! 馬鹿なことはやめろっ!!」


「なによ……あなた、私とはやり直す気はないんでしょう?

私なんて必要ないんでしょう?

だったら奈美だって必要ないじゃない……」


「何を言っているんだ? その子はお前が腹を痛めて生んだ子なんだろう!?」


「そうよ? あなたのために生んだ子よ? でも私達が寄りを戻せないなら……意味ないでしょ?」


「意味ないって……お前、子供を何だと思っているんだよ!?」


「あなただって……私を何だと思っているの?

私はあなたを愛していた……あなたのために奈美を生んだ……それなのに、あなたは私に必要ないって言ったのよ?

私が今のあなたの言葉でどれだけ傷ついたか……あなたにわかる?

わかる訳ないか……わかっているなら、あんなこと言わないもの」


「そんな話は今、どうでもいい!! とにかくその子を渡せ!!」


 どうでもいい?

どうでもいいんだ……奈美のことは必死に守ろうとするくせに……。

長い間ずっと一緒にいた私のことは……ドウデモイインダ……。


「じゃあ代わりにあなたがここから川に落ちてよ」


「なっ!!」


 潮太郎の目の前で奈美を落としてもよかったけど……この状況を利用して潮太郎に私の受けた苦しみを味合わせてやる。


「あなたが代わりに川へ落ちれば、奈美は落とさないであげる」


「……」


 橋の上から川までは結構高さがある。

それにこの川は小さな子供でも足がつくほど浅いから……落ちればタダでは済まないでしょう……。

というより……死ぬわね、ほぼ確実に……。


「何してるの? 奈美を助けたいんでしょう?」


 もちろん私は、潮太郎が代わりに飛び込むなんて思っていない。

私は罪悪感を揺さぶって、その心にこう突き付ける……。


”潮太郎がわが身可愛さに奈美を見捨てたせいで、あなたの血を分けた奈美は川に落ちて死んでしまった”


 目の前で自分の子供が死ねば……普通の人間ならトラウマを抱えるレベルに傷つくはず。

まあそんなトラウマ……私が受けた心の傷に比べたら、なんてことはないけれどね。


「どうしたの? できないの?」


「……」


 できる訳がないわよね……。

そうやって苦しめばいいわ……そして苦しみ続けた後、目の前で奈美を落としてあげる。

フフフ……こんな展開になるなんて……奈美を生んだかいが少しはあったわね。


「わかった……俺が落ちる。 だから馬鹿な真似はやめろ……」


 潮太郎はゆっくりと手すりに歩み寄り……手すりに手を掛けた。

まあどうせ……本当に落ちたりはしないでしょうけどね。


「……」


「早く落ちてよ……落ちないなら奈美を落とすから」


「……」


 潮太郎は手すりに手を掛けたまま動こうとしない。

ブルブルと恐怖と罪悪感に震えている潮太郎に、私は思わずほくそ笑んでしまったけれど……心の中はとても空しい。

本当はわかっている……こんなことをしてもなんの意味もないなんてことくらい……。

でもね?……どんなに愚かしいことでも……私は自分の苦しみを潮太郎にも知ってほしいの。

”失う”……という苦しみを……。

私は潮太郎との未来を失った……だから潮太郎の目の前で、彼の血を受け継いでいる奈美の未来も失くしてあげる。

そうすれば……少しは潮太郎も私の心の痛みを知ってくれるかもしれない。

もうそれだけでいい……それだけでもう……ミレンナンテナイ。


「サヨナラ……」


 私は奈美に別れを告げ、奈美の体を支えていた手の力を緩めた……。

奈美が落ちたら……潮太郎はどんな顔をするのかな?

タノシミダナァ……。


「今だ!!」


「!!!」


 奈美を落とそうとしたその瞬間……背後から誰かの大声が聞こえた。

反射的に振り向こうとした途端……2人の人影が横目で見えた。

1人は私から奈美を奪い、もう1人はタックルの要領で私を抑え込んできた。


「おじさん警察を!! 早く!!」


 よくよく見ると……私を取り押さえているのは潮太郎の甥の鯛地君だ。

そして奈美を抱えている女は確か……名前は忘れたけど、鯛地君が同棲している恋人だったわね。


「わかった!!」


 鯛地君に急かされるまま……潮太郎はスマホで警察に通報し始めた。

体格の良い鯛地君に取り押さえられている以上……私はこの場から逃れることはできない……。

いや……逃げようが逃げまいが一緒か……。

私にはもう……何も残されていない。

潮太郎も……大洋も……私が愛した男はもう……私の元には帰ってきてくれない。

全部終わりだ……。


「はぁ……終わった……」


 私はドッと疲れ……全身の力が抜け落ちた……。

さっきまで潮太郎に抱いていた真っ黒な感情が嘘のように私の中から消え失せていた。

もう私の人生は終わり……私は犯罪者として逮捕される。

しかも罪状は殺人未遂……大洋の罪とはわけが違う……。

どうにか刑期を終えたとしても……その後の人生はきっと……なんの希望も見いだせない落ちぶれた人生でしょう……。

いっそのこと自分の命を断てば……楽になれるかもしれない。

だけど私にはきっと……そんな度胸はない。

だからもうどうでもいい……。

愛を失ってしまった私には……もう未来なんていらない。


--------------------------------------


 そしてしばらしくして……潮太郎が通報した警察が駆け付けてきて、私は逮捕された。

そして警察署に移送されるパトカーの中で、過去を振り返った。

どうしてこんなことになったのか……。

どうして家族を……愛を……失うことになってしまったのか……。


”私が大洋に振り向いてもらいたいがために、彼の子供を身ごもったから?”


”私が大洋を異性として愛してしまったから?”


”大洋の苦しみを取り除くために、彼に抱かれたから?”


”大洋が苦しんでいたことを潮太郎に相談しなかったから?”


 いや……違う。

私の最大の過ちは……。


”大洋という害悪を生んでしまったこと”


 あんな子さえ生まなければ……こんな最悪の結末には至らなかった……。

大洋さえいなければ……私は潮太郎と離婚することはなかった……こんなに苦しむこともなかった……。

なぜ神は……私にあんなクズを授けたの?

もしも過去に戻れるのなら……私は大洋と身ごもっていた過去の自分に言いたい。


『あなたのお腹にいるのはあなたの人生を破滅させる害悪よ、すぐに堕ろしなさい』


 そう忠告したい……でもそれは叶わない。

もうこの結末を変えることは……できないんだ。

もうどうにもならない私の人生……だけど、これだけは強く思う。


「あんな子……生まなければよかった……」


 私は……心から後悔し、恥じた。

大洋を生んだ母親であることを……。

次話は潮太郎視点です。

これでだいたいの話は終わりました。

あとはそれぞれの結末を書き切りたいと思います。

ある程度は決めていますが、大洋の扱いに一番頭を悩ませています。

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はああだな。
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