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海野 瑞希⑤

瑞希視点です。


 

「堕ろせって……冗談でしょ?」


「本気だけど? だいたい母親が実の息子の子供を身ごもることの方が冗談以前に正気を疑うレベルじゃない?」


「なっ何を言っているの!? 大洋が私を妊娠させたんでしょう!?」


「妊娠させたって……俺がいつ母さんに子供を生んでほしいなんて言ったんだんだよ?

俺はただ……母さんに処理してもらっただけだ」


「だけって……大洋は私を愛しているんでしょう? 1人の女として……私を求めていたんでしょう?」


 私の問いかけに、大洋は呆気に取られたと言わんばかりに目を丸くした。

そして彼から返された言葉は……。


「母さん……何を言っているの? 血の繋がった親子が愛し合うとか……普通あり得ないだろう? 頭、大丈夫?」


 それは皮肉でもごまかしでもなく……本気で私の頭を案ずる口調だった。


「えっ?」


「俺は母さんを母親としか思ってないよ? 俺が母さんと寝たのは自分で性処理できなかったから母さんに代行してもらっただけだよ。

母さんだってそのつもりで俺に体を提供してくれたんだと思っていたんだけど……母さんは俺が本気で惚れていたと思っていたの?」


「だって……だって……大洋は私を愛して……私も大洋を愛して……」


「あのさ……こういう事言いたくなけれど……いい歳して恥ずかしくないの?

俺と母さん……どれだけ歳が離れていると思っているの?

そうでなくたって……俺が母さんの息子だって……母さんしっかり理解してる?

もし理解した上でそんなことを言っているのなら……相当頭の中ヤバいと思うよ?

俺は母さんに性処理以上のことなんて求めていないし……そもそも俺はアオカちゃんしか愛したことはないよ?」


 何それ……じゃあ私は……アオカの代用品だったってこと?

ただの性処理の道具として……大洋と夜を過ごしてきたというの?

2人の間に、愛の絆が芽生えていると思っていたのは……私の一方的な勘違いだったってこと?

じゃあ私にささやいてくれていたあの愛の言葉は……アオカにささやくための予行練習だったとでもいうの?

ありえないありえないありえない……そんなの絶対にありえない!!

そんなの……認められるわけがない。

だって私……子供まで作ったのよ?

大洋に振り向いてほしいから……アオカから奪い返そうと思ったから……。

それが……そもそも私達の間に男女の愛情すら存在しなかったというのなら……私はなんのためにこの子を身ごもったの?

なんのためにこれまで大洋に尽くしてきたの?

なんのために……潮太郎との離婚を受け入れて、大洋と人生を歩んできたの?


「とにかく母さん……子供なんてさっさと堕ろしてよ。 俺、アオカちゃんとの子供以外

育てる気なんてないし……。

母親が実の息子の子供を身ごもったとか……もし誰かに知られたら世間のいい笑い者だよ……。

それ以前に、いい歳したおばさんが未成年の高校生に本気で惚れるなんて……恥ずかしいと思わないの?

バカみたいな妄想に浸ってないでさ……いい加減現実を見なよ」


「……」


 大洋の容赦ない痛烈な言葉に……軽蔑しきったその目に……私の中にあった彼への熱い想いがスゥーと冷めていった。

そして純粋な大洋への愛は……彼の冷たい裏切りによって強い憎しみへと姿を変えた。


「うるさい……」


「は?」


「うるさいのよ!! このクズ男!!」


 私は今ほど自分を愚かしいと思ったことはない。

こんな性欲を満たすことしか頭にないケダモノに……心を奪われていたなんて……こんなクズのために子供まで身ごもるなんて……もはやピエロじゃない……私……。


「そもそもどの口で私に説教垂れてるの!? 女の子を襲った挙句に逮捕された強姦魔のくせに……実の母親を言葉巧みにだまして犯して子供まで身ごもらせたくせに……あんたこそ世間のいい笑い者じゃない!! こっちこそあんたみたいな社会のゴミが息子だなんて……恥ずかしすぎて死にたくなるわ!」


「はぁ!? それが息子に対する母親の言葉かよ……だいたい母さんを犯したとか身ごもらせたとか……それ全部自分で勝手にやったことだろ!? 俺のせいにするなよ!!」


「私は大洋を心から愛していたのよ!? それを……」


「やめろよ、気持ち悪い!!」


 その言葉が決定打となった……。

女の純情を弄んだ挙句……逆ギレ?

本当に救いようがないクズね……私はどうしてこんな男を愛していたの?

本気で馬鹿みたいじゃない……。


「もうあんたとは縁を切る!! 犯罪者の息子なんていらないし……性欲盛んなサルみたいな男なんて……またいつ女をレイプするかわかったものじゃないから……」


「なんだとっ!?」


 私は大洋と縁を切り、早々に面談室を後にした……。

もうここに来ることもない……あんな最低男に会うこともない……。

そして存在しない愛で曇っていた目が……心が……ようやく晴れたことで、私は本当に愛すべき人のことを思い出した。


--------------------------------------


「潮太郎……」


 そう……彼こそが、私が愛すべき本当の男性だ。

潮太郎はいつだって……私を妻として女として愛してくれていた。

大洋を生んでからは、夫婦の営みや愛のささやきといった愛情表現は少なくなったけど……それでもお互いを尊重し、思い合う心はあった。

私は馬鹿だ……。

大洋なんかのために……大切な潮太郎を手放してしまった……。

だけど……まだやり直せるはず。

離婚したとは言っても……潮太郎と過ごした時間に比べたら微々たるもの。

私達が募る積もらせてきた愛情は……こんなことで崩れはしないはず。

大洋と縁を切り、本当の愛を思い出したと言えば……潮太郎はきっと、私の元に帰ってきてくれるはずよ。


--------------------------------------


 大洋と縁を切った私はすぐさま潮太郎のいる実家に足を向けた。


ただこの日は運が悪いことに……台風の影響で交通機関は全てストップしていた。

私は車も免許も持っていない……交通機関が使えない以上、潮太郎の元へ行くことは叶わなかった。


--------------------------------------


 台風が過ぎ去った翌朝……私はどうにか運行を再開した電車に乗ることができた。

そしてアッという間に、潮太郎の実家の前に立つことができた。

潮太郎はきっと……今でも私を待っている。

私が目を覚まして、帰ってきてくれるのを……信じて待っていてくれる。

そう信じて……私はインターホンを押した。


「潮太郎……久しぶりね」


「なっ!……みっ瑞希……」


 ドアを開けて私を迎え入れてくれたのは……潮太郎だった。

まるで運命に引き寄せられたかのように……。


「用件があるならさっさと言え!こっちは忙しいんだ」


 潮太郎は見たこともない冷たい顔で、私に言い放った。

やっぱり……私が大洋を選んだことを恨んでいるのね。

無理もない話だけど……私は本当に目が覚めたの!

私が愛しているのはあなただけだって……。


「わっわかった……単刀直入に言うわ。 私達……もう1度やり直さない?」


 もう少し会話に華を添えて言い出したかったけど……そうも言ってられないみたいね。


「何を言っているんだ? なんで俺がお前と再婚しないといけないんだよ?」


「なんでって……私達、元々夫婦じゃない。 離れ離れになったことで、お互いの存在がどれだけ大切なのか……あなたも身に染みたでしょう? もう1度、家族になりましょうよ」


 大洋という害悪のせいで……1度はバラバラになってしまった私達、夫婦。

でも愛さえあれば……夫婦は何度でもやり直せる。

そうでしょう? 潮太郎。


「だいたい離婚することになったのは、お前が大洋と関係を持ったせいだろう? それを棚に上げて、何が再婚だよ!! ふざけるなっ!!」


 潮太郎の怒りは私の想像以上に深かったみたい……。

離れ離れになったことで、彼の心はひどく枯渇しているみたいね。


「ごっごめんなさい! 大洋とのことは謝ります!! だからどうか……私と再婚してください!」


「お前には大洋がいるだろう? いびつな関係ではあるが……お前は大洋の親権を持つ母親だろう?

親ならまず、子供のことを優先して考えるべきじゃないのか!?」


 潮太郎……違うのよ!

もう大洋は私の愛する男性でも大切な息子でもない。

だから自分から身を引くようなことは言わないで……。

私は本当に戻ってきたのよ……信じてっ!!


「大洋のことは……もういいじゃない」


 そう……もうあの子は私達とは無関係……いや、私達の人生には邪魔でしかない存在。

一生、アオカとの叶わぬ恋を妄想して……1人で寂しく性処理でもしてればいいわ。

私は潮太郎と……人生をリスタートする!!


「あの子は犯罪者よ? あんなまともな思考回路も倫理観もない子……縁を切った方が良いわ。

そしてもう1度、幸せな夫婦生活を送りましょう?

その方が私達の……!!」


 バチンッ!!


 最後まで言い切る前に……私は突然大洋に平手打ちを受けた。

かつての結婚生活でも……暴力なんて1度も振るったことがない潮太郎が……私を!!


「そもそもお前が大洋と関係を持ったりしなければ……まともな思考回路も倫理観も、少しは残ったんじゃないのか!? 大洋の何もかもをぶち壊しておいて……勝手なことを言うな!!」


「わっ私はただ……母親として大洋を助けようとしただけじゃない……」


「だったら最後の最後まで助けろよ!! 自分が可愛いからって……俺にすり寄ってくるな!!」


 潮太郎は私に怒声を浴びせつつ、ドアを閉めようとドアノブに手を掛けた。

私は無我夢中で彼の足にすがりつき……どうにか彼を思いとどまらせようとした。


「待って潮太郎……待って!! 話を聞いて!!」


「離せっ!!」


 どうしてそんなに拒絶するの?

どうして大洋のことばかり気に掛けて、私のことは全く見てくれないの?

私は長年連れ添った妻でしょ?

離婚したって……その事実は消えないわ。

そんな女を……どうしてこんなにないがしろにできるの?

何があなたをそこまで変えてしまったの?

こうなったら最後の手に出るしかない……。

私のお腹に宿った子のことを……潮太郎に打ち明ける。

そうすれば……潮太郎は責任を感じて考え直してくれるはず。

直接種を仕込んだのは大洋だけど……そもそも大洋は潮太郎と私の子供……言うまでのないけれど、この子には潮太郎の血も流れているわ。

つまり間接的にだけど……潮太郎は私を身ごもらせたということになる。

大洋と違って潮太郎は責任感が強い……子供のことを言えば、きっと戻ってきてくれるはず。

そう思って口を開こうとしたその時……。


「しおくん? どうかしたの?」


 潮太郎の後ろから現れたのは……あのアオカだった。

彼女は乱れた部屋着を纏って……潮太郎の部屋がある2階から降りてきた。

しかも馴れ馴れしく潮太郎をしおくんなんて呼び、それを潮太郎は受け入れている様子だ。


「な……んで……」


 一目見た情報しかないけれど……私はそれらの情報が何を意味しているのか察することができてしまった。

服装が乱れた若い女が朝から家にいる……それだけで男と夜を共にしたのは明白だ。

お義母さんがいる家でお義父さんがそんなことをするわけがない……。

そして潮太郎をあだ名で呼ぶ近しい距離感……。

アオカが誰と体を重ねたのか……そんなの馬鹿でもわかる。


”アオカは潮太郎と寝た”


 それが私の脳がはじき出した答えだった。


「この……泥棒猫ぉぉお!!」


 考えるより先に私はアオカに飛び掛かろうとしていた。


「おいやめろ!!」


「私から大洋だけに飽き足らず……潮太郎まで……このクソビッチ!!」


 私はこの女を殺したくて仕方なかった……。

私から大洋を奪っただけでなく……潮太郎まで私から寝取ったのよ?

そんなユル股ビッチ……許せる女がいる?

どうせ潮太郎と寝た理由は……いわゆるパパ活ってやつでしょ?


アイドルから落ちぶれて……金に困ったんでしょ?

私と離婚して孤独だった潮太郎の心の隙間に入り込んで……金と性を搾り取ったんでしょう?

ホント、最近の若い子って……金のために平然と男と寝る貞操観念の欠片もないビッチばかり……。

潮太郎も潮太郎よ……いくら寂しかったからって……どうしてこんな若いだけの女にすり寄ったりして……恥ずかしくないの?

あなたには私がいるのに……妊娠までさせたのに……あんまりじゃない!!


--------------------------------------


 それから私は我に返り……気が付いたら警察にいた。

アオカに襲い掛かる様子を見て、義両親が警察を呼んだそうだ。

かつての義理の娘より……あんなビッチを庇うなんて……あの2人は何を考えているの?


「今後は気を付けてください」


「はい……お世話になりまして、申し訳ありませんでした」


 警察から厳重注意を受けた私は、迎えに来た両親と共に実家に帰った。


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「瑞希……お前という奴は……大洋が逮捕されて間もないというのに……こんな騒動を起こして……何を考えているんだ!?」


「あんたも親なら……これ以上、人の迷惑に掛けるような生き方はしないでちょうだい」


 両親は傷心の私を労わるどころか、私をひどく責めた。

私は大洋に裏切られ、アオカに潮太郎を寝取られた可哀そうな女じゃない……。

どうして実の両親なのに……それをわかってくれないの?

いや……今はそんなこと気に掛けている場合じゃない。

私がすべきこと……それは潮太郎をアオカから奪い返すこと。

彼は若い女の魅惑に取り込まれて、我を忘れているだけ……。

でなければ、あんな若いだけのブスを潮太郎が抱くわけがない。

私が妊娠していることを知れば……きっと帰ってきてくれるはず。


 ”いや……それだけじゃダメ”


 妊娠を伝えるだけじゃ……潮太郎の心を揺さぶることはできない。

だって妊娠は女は実感できても……男は簡単に実感することはできない。

現に大洋は堕ろせなんて無責任な言葉を吐いていたじゃない。

だったら……道は1つしかない。


”お腹に宿ったこの子を……出産する”


 生まれてきた我が子を見せれば……潮太郎はアオカを見限って、私の元に帰ってきてくれる。

大洋のために宿した命だけど……同時に潮太郎を取り戻す最後の繋がりになるなんて……皮肉なものね。

だけどやる……やって見せる。

この子を生んで……潮太郎ともう1度やり直す。


「お父さん……お母さん……話があるの」


 私は妊娠していることを両親に伝えた。

出産は私1人ではできない……両親の協力が必須だ。


「お前……なんてことを……」


「このバカ娘っ!!」


 妊娠を伝えた途端……両親は阿鼻叫喚したけど……私は構わず言った。


「私……この子を生みたい。 せっかく授かった命だもの……大切にしたいの」


 いわゆる命の道徳を説き、両親の説得を試みた。

父と母は元小学校の教師……。

子供という存在を人一倍、大切にしている。

宿した命を堕ろせなんて、無下なことは言わないはずだ。


「……わかった。 命は命だ……出産まで私達が協力しよう」


 こうして両親の協力を得た私は……実家で暮らしながら出産に備えることにした。

この子が最後の希望……。

私はこの子を生んで、潮太郎と3人で幸せに暮らすんだ!!

次話も瑞希視点です。

瑞希視点の連続で気が滅入りそうですが、頑張ります。

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今更、息子が本物のクズモンスターと気付いても遅いんだが(有る意味、息子のクズさの酷さ(救いがないレベル)まだ気付いてない元旦那より早く知ってしまったのも色々とタイミングが・・・)。 まあ息子と下手に関…
読んでて精神がごりごり削られて、 この話しを書く作者さんの心労が計り知れない。
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