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海野 潮太郎⑦

潮太郎視点です。

 

「話ってなんだ?」


「えっとね?……改めてお礼を言いたいんだ」


「お礼?」


「あの時……あたしを助けてくれてありがとう……」


 蒼歌が言っているのは大洋に襲われた時のことみたいだ。


「別に礼を言われるようなことはしていない」


「そんなことないよ……しおくんが来てくれなかったら……どうなっていたか……」


 蒼歌の声音が少し怯えているように聞こえた。

襲われていた時のことを思い出したんだろう……。


「俺に礼を言う必要なんてない……そもそも俺は……蒼歌を助けるために駆けつけたわけじゃないんだ」


「……」


「俺はきっと……大洋を助けたくて……大洋を止めたくて……必死になっていたんだと思う。

蒼歌のことが全く頭になかったわけじゃなかったけど……俺は大洋にあれ以上、自分を見失ってほしくなかった……。 あの時、俺は友達よりも……子供を選んだんだ」


「……」


「幻滅してくれてもいい……俺も俺自身がこんなに薄情な人間だとは思わなかったからな」


「ううん……しおくんらしいと思う。 どんな時でも……子供を信じることができるのは、素敵だと思うよ?」


「どうだか……実際、その子供に俺は妻を寝取られて、全てがイヤになってこんなボロボロの実家に引きこもっている。

しかもそんなクズな息子に親としての情が捨てきれていない中途半端な男だ。

蒼歌にあんなことをした今でも……」


「……あたしは、しおくんの気持ち……わかるよ?」


「えっ?」


「前に話したでしょ? あたしのお父さんのこと……。

もちろん、お父さんのしたことは今でも許せない。

だけど……心のどこかで、お父さんを憎み切れない自分がいるんだ。

あたしの心に深い傷を負わせた最低な人なのにさ……顔も見たくないと思ってるのにさ……まだお父さんをお父さんだと思えてしまうんだ……」


「蒼歌……」


「こういうのってさ……きっと理屈じゃないんだよね……。 家族として過ごしてしまったら……それからどんなことが起きたとしても、家族は家族のまま……何も変わらない」


「……」


「それにさ……理由はどうあったとしても、しおくんがあたしを助けてくれたことに違いはないよ。

だからあたしには、お礼を言う権利がある! そうでしょ?」


「そう……だな……」


 全く蒼歌という人間がよくわからない。

どうしてこの子はこんなに強いんだ?

信頼していた父親に裏切られ、大洋に襲われたというのに……なんでこんなに明るい言葉を言えるんだ?


「お前のそういうめげない姿勢……羨ましく思うよ」


「う~ん……めげていない訳じゃないけれど……そう見えるのならきっと、しおくんのおかげだね」


「なんで俺なんだよ?」


「だって……なんだかんだあっても、一緒にいてくれるじゃない。 しおくんだって……いろんなことでたくさん傷ついているのに……必死に頑張っているじゃない。 だから明るくなれるんだよ? しおくんがいるから……」


「……」


 蒼歌の中で俺は大分過大評価されているみたいだな……。

俺はただ……がむしゃらになって生きているだけだ……。

過去に起きたつらい記憶を掘り起こさないように…また傷つかないように……必死に過去から目を背けているだけだ。

それが果たして……立派と呼べることなのだろうか?


「はぁ~……しおくんがお父さんだったらよかったな……。

しおくんがお父さんなら、きっと毎日がキラキラしていたと思うんだ」


「俺はごめんだね……蒼歌みたいなやかましい娘を持つなんて……」


「ひっひどいこと言うね……友達に向かって……。 女の子を大切にできないと……将来、お嫁さんもらえないよ?」


「余計なお世話だ……そもそも俺は結婚にはつくづくこりている。 それに独身でいる方が、何かと自由に動けて楽だしな」


「えぇ~……それってちょっと寂しくない? しおくんだってまだ50でしょ? まだイケるよ」


「はいはいどうも……。 少しだけ希望が持てました」


 結構良い話的な流れから……どうして結婚なんて話になるんだよ……。

というか……17歳の小娘に結婚の心配をされるアラフィフの俺って一体……。


「大丈夫。 もし70歳くらいになってもお嫁さん見つからなかったら……あたしが友達のよしみで結婚してあげるよ」


「……独身でいさせてください」


 蒼歌が俺の嫁となったイメージが一瞬、脳内に浮かび上がったが……悲惨なものに感じた。

俺の返しが気に入らなかったらしく……蒼歌は少し口をとがらせてた。

勘弁してほしい……。


 それから夜は更けていき……俺達はゆっくりと眠りについた。


--------------------------------------


 翌朝……俺はなんとかいつも通りの時間に起きることができた。

その反面……蒼歌はだらしない顔でまだグースカと寝ていた。

アイドル時代のファンが見たら泣くんじゃないか?


「おい蒼歌、もう朝だ。 さっさと起きろ」


「……あと5分」


 この延長を聞くのもこれで3回目だ……。

いい加減……蒼歌の5分に付き合うのも限界になった俺は、蒼歌の掛布団を乱暴に引っぺがした。


「ふがっ!!」


 掛布団を引っぺがした反動で蒼歌はコロコロと転がり……壁に頭を軽く打ち付けた。

これは自業自得と思ってもらうほかない。

それにこれで目が覚めただろうし……。


「早く起きろ……いつまで寝ているつもりだ?」


 俺はそう言い残して自室を出た。


「ちょっと! もっと優しく起こしてよ!!」


 なんかブツブツ文句を垂れていたが、俺は聞く耳を持たなかった。


--------------------------------------


「まずは店の掃除でも始めるか……」


 ピンポーン……。


 裏の物置に置いてある掃除道具を取りに行こうと裏口に向かっていた時……裏口のインターホンが突然鳴り響いた。


「誰だ? こんな朝っぱらから……」


 俺は裏口の鍵を開錠し、ドアを開いた。

そしてその先に待っていた者は……。


「潮太郎……久しぶりね」


「なっ!……みっ瑞希……」


 ドアの向こうにいたのは……元嫁の瑞希だった。


「げ、元気そうね……」


「何を言ってるんだよ……お前、ここに何しにきたんだよ?」


「何しにって……そんな言い方ないじゃない。 私達、夫婦なんだから……」


「元夫婦だろう!? それより、何の用だ? 用件があるならさっさと言え!こっちは忙しいんだ」


 俺は怒気を含めた口調で、冷たく瑞希に言い放った。

今更この女と関わる気はないからな……。


「わっわかった……単刀直入に言うわ。 私達……もう1度やり直さない?」


「……は?」


 瑞希の言葉が理解できなかった……。

やり直す?……何を?


「潮太郎……まだ独身なんでしょ? だったら私と……再婚しましょう?」


「何を言っているんだ? なんで俺がお前と再婚しないといけないんだよ?」


「なんでって……私達、元々夫婦じゃない。 離れ離れになったことで、お互いの存在がどれだけ大切なのか……あなたも身に染みたでしょう? もう1度、家族になりましょうよ」


「離れ離れって……そもそも俺はもう、お前に対して何の感情もない」


「そっそんなひどいこと言わないでよ……私達、愛し合って結婚したじゃない!? それなのにあなたが離婚なんて言い出して……」


「もう過去の話だ……だいたい離婚することになったのは、お前が大洋と関係を持ったせいだろう? それを棚に上げて、何が再婚だよ!! ふざけるなっ!!」


 涙を流しながら再婚を懇願してくる瑞希に俺は本気で怒りを覚えた。

歪んだ倫理観で家族をぶち壊し……任せた大洋のことさえあんな風にしやがって……。

こいつに泣く権利なんてない!!


「ごっごめんなさい! 大洋とのことは謝ります!! だからどうか……私と再婚してください!」


「お前には大洋がいるだろう? いびつな関係ではあるが……お前は大洋の親権を持つ母親だろう?

親ならまず、子供のことを優先して考えるべきじゃないのか!?」


 なんて……俺が言えた義理じゃないけどな……。

でも大洋を託した瑞希には……せめて親らしくしてほしいんだ。

俺の身勝手な願いではあるが……瑞希と大洋には親子でいてほしいんだ。


「大洋のことは……もういいじゃない」


「いいって……何がいいんだよ?」


「あの子は犯罪を犯して塀の中にいるのよ? もう私達には無関係な人間じゃない」


「無関係って……何を言ってるんだよ!? 大洋は俺達の息子だろう!?」


「だけどもう……あの子は犯罪者よ? あんなまともな思考回路も倫理観もない子……縁を切った方が良いわ。

そしてもう1度、幸せな夫婦生活を送りましょう?

その方が私達の……!!」


 バチンッ!!


 気が付くと俺は……瑞希の頬を叩いていた。

我が子を平気で切り捨て……自分の幸せしか考えようとしない瑞希の身勝手さに、俺は今まで感じたことのない殺意に似た怒りを感じていた。


「お前……それでも母親か!?」


「し……潮太郎?」


「そもそもお前が大洋と関係を持ったりしなければ……まともな思考回路も倫理観も、少しは残ったんじゃないのか!? 大洋の何もかもをぶち壊しておいて……勝手なことを言うな!!」


「わっ私はただ……母親として大洋を助けようとしただけじゃない……」


「だったら最後の最後まで助けろよ!! 自分が可愛いからって……俺にすり寄ってくるな!!」


 俺は我慢の限界を超え、ドアのノブに手を掛けた。

もうこれ以上……こいつの馬鹿な話なんか聞いていられない。


「待って潮太郎……待って!! 話を聞いて!!」


「離せっ!!」


 ドアを閉めようとするが、瑞希は俺の足にしがみついて離そうとしなかった。

いっそのこと力づくで追い払ってやろうか……そう思っていると。


「しおくん? どうかしたの?」


 俺の背後から……蒼歌が声を掛けてきた。

俺達の言い争いを聞いて気になって声を掛けてきたって感じだな。


「な……んで……」


 蒼歌を見た瞬間……俺に必死にすがっていた瑞希が突然大人しくなった。

信じられないものを見た……と言わんばかりに目を丸くしていた。

一体……なんなんだよ?


「この……泥棒猫ぉぉお!!」


「!!!」


「おいやめろ!!」


 大人しくなったと思った途端、瑞希は豹変して蒼歌に襲い掛かろうとした。

俺は瞬時に瑞希の脇に腕を通して羽交い絞めにした。


「私から大洋だけに飽き足らず……潮太郎まで……このクソビッチ!!」


 訳の分からないことを叫びながらドタバタと暴れる瑞希を抑えている所に親父とお袋もさすがに駆けつけてきた。


「瑞希さん……あんたなんのつもりだ!?」


「蒼歌ちゃん! ひとまずこっちに来な!」


 状況はおそらく理解していないだろうが……ひとまず親父は俺に加勢し、お袋は蒼歌を連れて自分の部屋に匿ってくれた。


「瑞希! これ以上暴れるなら警察を呼ぶぞ!!」


「逃げるな、このクズ女ぁぁぁ!!」


--------------------------------------


 俺の言葉が耳に届かないほど、高ぶっているようだったので……やむなくお袋が通報した警察に瑞希を引き取ってもらった。

瑞希は厳重注意だけですぐ釈放されたらしいが……次に同じ真似をしでかしたら……実刑は免れないだろう……。

蒼歌にはあの後、こんな目に合わせたことを謝罪し……彼女の母親や祖父母にも瑞希のことを話して謝罪した。

あんな目にあったばかりだというのに……蒼歌には悪いことをした。

蒼歌自身は気にしないでと言っていたが……悪いことの連続で、正直俺の方が参っている。

どうして瑞希が蒼歌に襲い掛かろうとしたのかはわからない……。

わかっていることただ1つ……。

瑞希とは金輪際、関わらない方が良いということだ。

まあ元々関わる気はなかったけど……大洋を切り捨てて自分の幸せを選んだあいつにはつくづく幻滅した。

二度と俺と蒼歌の目の前に現れるな……瑞希。

次話は瑞希視点です。

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