表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/31

海野 潮太郎⑥

潮太郎視点です。

毎度のことながら区切ります。

 蒼歌を襲おうとして逮捕された大洋……。

翌日……俺は鯛地と一緒に証人という立場で警察署に来ていた。

被害者である蒼歌やその家族も……。

俺は昨日のことを思い出せる限り話した。

正直、蒼歌の電話を受けた直後は頭が一杯で記憶が混乱していたから、証言としてはあまり当てにはならないと思うけど……。


--------------------------------------


 事情聴取が終わり……俺はおぼつかない足取りで警察署を出た。

鯛地には先に帰ってもらった。

実は出る前に、大洋に会わせてほしいと刑事さんに頼んだが……聞き入れてもらえなかった。

当たり前と言えば……当たり前だけど、どうしてあんなことをしてしまったのか……あいつの口から聞きたかった。


「蒼歌……」


 仕方なく帰ろうとした俺の前に、事情聴取が終わった蒼歌達が現れた。


「ごめんなさい……」


 その謝罪が何を意味しているのかなんとなく察せた。

蒼歌は大洋に被害届を出したんだろう……。

こんな大事になってしまった以上……示談なんて平和的な解決策はまずない。

遅かれ早かれ、大洋には法の裁きが下る……そんなの当たり前のことだ……。

でもきっと……それだけじゃない。

瑞希を奪ったとはいえ、俺にとっては血を分けた息子……親としての情はどうしても捨てきれない。

俺は何度か蒼歌にそう漏らしていた……。

蒼歌は家族という温かな存在を心から大切にしている……。

もしも自分が俺の立場にいたら……きっと自分も俺のように苦しむ。

なんておせっかいな情が、彼女に謝罪の言葉を漏らさせたんだろう……。

なんというか……いろんな意味で馬鹿なやつだ。


「お前が謝ることなんてない……むしろ謝るべきなのは俺だ。

俺の息子が……ひどいことをした……ごめん……」


 俺は大洋の親として……被害者である蒼歌に謝罪を述べた……。


「しおくんだって謝る必要なんて……」


 蒼歌らしいセリフだが……そうでもないだろう。

子供の不始末は親の責任って言葉もある……。

俺は大洋を……真っ当に育てることができなかった。


--------------------------------------


 後日……今回の一件に関する裁判が開かれた。

ここには俺はもちろん、別れた妻である瑞希も大洋の母親として来ていた。

瑞希の顔を見たのは引っ越したあの日以来だ……まあだからと言って何か思うことがある訳じゃない。

大洋とは今も関係を続けているのか……もうそれすらどうでも良く感じてしまっている。

離れていると……家族だった人間すら無頓着に思ってしまう……なんとも人間という生き物は薄情だなと思う。

それより目につくのは大洋だ……。

あの時の威勢はどこへやら……という感じで、かなり顔が青ざめている。

汗もひどく、遠目だが呼吸も乱れているように見受けられる。

証言台に立った時も、蒼歌にしてしまったこと……自分が犯した過ち……それら全てに対し、涙を流しながら深い反省と謝罪を述べていた。

それが本心なのか罪を逃れるための演技なのか……それは本人にしかわからない。

でも俺は……本心であると信じたい。

そしてもう1度……大洋は立ち直れると信じたい。

信じさせてくれ……大洋。


※※※


 そして裁判の結果……大洋には3年の刑期が設けられた。

大洋が犯した罪からして割に合う結果か?……と客観的な立場で聞かれたら、俺は甘いと答える。

まあ罪状に対して罰が甘いなんてことは、今に始まったことじゃない。

そんなの世の中にいくらでもありふれている。

でも刑期の長さはともかく……重要なのは大洋が改心するかどうかだ。

改心……なんて妄想に近い言葉だが、俺は大洋を信じたい。


--------------------------------------


 裁判が終わって何日か過ぎた……。

あんなことがあったにも関わらず、俺はいつも通りに生活を続けている。

蒼歌は……。


『あたしなら大丈夫だよ! こんなの慣れっこだから!』


 なんて言葉を口にして平然な態度を取ってはいるが……周りの人間に心配かけまいと強がっているだけだと気付いているのは、俺だけではないはずだ……。

現にちょっとした物音が耳に届くだけで、一瞬……青ざめて震えるくらいだからな。

まあ彼女の意を汲んで誰も口にしないけど……。


--------------------------------------


「さば定食のお客様! お待たせしました!」


「おぉ! ありがとうね、蒼歌ちゃん。 相変わらず元気だね」


「はいっ! 元気なのが取り柄ですから!」

 

 蒼歌は今……俺の実家の店で働いている。

実は2ヶ月ほど前……バイトという形で親父とお袋が蒼歌を雇ってしまったんだ……しかも俺になんの相談もなく。

なんでも自分のお小遣いを自分で稼ぐため……だとか。

そんなのアイドル時代の貯金があるんだから、どうとでもなるだろう?

なんて言ったら……。


『貯金ほとんど生活費とか学費とか……必要な所に回しているの……だから余分なお金はあまり出せないんだ。

だからといってお母さん達に頼り続けるのもあんまり良くないし……せめて自分の個人的なお金くらいは自分で稼ぎたいんだ』


 なんて道徳的には普及点な言葉で返された……。

親父もお袋もこの言葉に心を打たれたらしい……。

五教科は赤点ギリギリなのにな……。

まあ、立派なことだとは思うがな……。


※※※


「海の~香りが~心を~包む~」


「イェーイ! いいぞ、蒼歌ちゃん!」

 

「蒼歌ちゃん、最高!!」


 蒼歌は接客だけでなく……サービスで歌まで歌い始めた。

もともと接客中に楽しそうに鼻歌を歌う蒼歌に、鯛地がノリで”客の前で歌ってみたら?”と言い出したのがきっかけだ。

客も大歓迎で……歌が好きな蒼歌はみんなに乗せられるがままに歌った。

もちろん、ウチにはカラオケ機器やマイクなんてものはない。

だから蒼歌はスマホで曲を流し……しゃもじや割りばし等をマイク代わりにして歌っていた。

客からの反応はかなり良く、蒼歌の歌を聞くために通い始める新規の客まで出てきた。

もはや定食屋というより……カラオケ喫茶と呼んだ方が良いのかもしれない。

歌を歌うのが好きなのは知っていたが……まさか店で歌いだすとは思わなかった。

しかもそれが店に客を呼ぶことになるとは……なんとも皮肉な話だ。

店の周囲には住宅はなく、人がいる建物がそもそもないので……騒音問題に発展することはなかった。


--------------------------------------


 そんなある日……いつものように俺は店で働いていた。

学校が終わった蒼歌も加わり、店はより一層にぎやかになった。


「親父、そろそろ店を閉めた方がいいんじゃないか?」


「おう、そうだな」


 この日はいつもより早めに店を閉めることになっていた。

理由は……台風だ。

天気予報によると……かなり大きな台風が、日本に上陸するとか……。

幸いと言って良いかわからないが……俺のいる町を通過することはないらしい。

でも朝からひどい雨が降り……風もかなりつよく吹いていた。

それなりに年季が入ったこの実家が、いつ台風の前に敗れるかと内心びくびくしていたのは否定できない。


「どうもありがとうございました~……またのお越しを~」


 本格的に台風が上陸する前に客達は帰り、店は問題なく閉店することができた。

鯛地は住まいであるアパートへと帰り、蒼歌も家に帰るはずだったんだが……。


「えぇ!! 川が増水!?」


 家を出る直前……蒼歌のスマホに彼女の母親からの着信が入った。

俺の実家から蒼歌の実家に帰るには、川に架かった石橋を渡る必要がある。

だが、雨によって川が増水し……安全のために橋は一時通行禁止になってしまったらしい。

遠回りすれば帰れないこともないだろうが……大雨と突風が支配する今の状況では危険極まりないだろう。

かといって……近くに宿泊施設はない。


「じゃあ蒼歌ちゃん……今日はウチに泊まりな」


 なのでお袋が蒼歌にそう提案するのは……必然だっただろう。


「はいっ! よろしくお願いします!」


 蒼歌は遠慮すらせず、お袋の提案を受け入れた。

まあ状況が状況だ……それは仕方ない。

それは仕方ないが……。


「潮太郎……蒼歌ちゃんはあんたの部屋に泊めてやりな」


「はぁ!?」

 

 どうして蒼歌を俺の部屋に泊めるという話になるのだろうか?


「なんで俺の部屋なんだよ!?」


「あんたの部屋は意外と広いんだから、蒼歌ちゃん1人くらい泊められるでしょう?

私とお父さんの部屋は狭いし……今晩くらいいいじゃない」


「だったらお袋……が……」


 だったらお袋が俺の部屋で寝て、俺が親父と寝たら済む話だろう!?

そう言いたかったが……それはできなかった。

その要因となっているのが……親父のいびきだ。

親父のいびきはとにかくうるさい。

個人的に例えるなら、耳元でシンバルを何回も鳴らされるような感じだ。

子供の頃……何度か親父の横に頭を寝かせたことはある。

だがゆっくりと眠れた試しがない……。

どうしてお袋がそんな親父の横で毎晩普通に眠ることができるのか……俺は未だにわからない。

明日も色々やることがあるから……寝不足は避けたい。

かといって……この家には親父達の部屋と俺の部屋以外に眠れる場所はない。

親父と眠れない以上……俺と蒼歌が一緒の部屋で寝るほかない……のか?


「……蒼歌、お前はいいのか? 俺の部屋で俺と寝るなんて……」


「んっ? あたしは別にいいよ? お母さんもしおくんなら信用できるからよろしくって」


 いつの間に……。

というか、親としてそれで良いのか?


--------------------------------------


 そして蒼歌と両親に流されるがまま……独身アラフィフ男と女子高生が1つの部屋で眠るという……世間的にかなり危険な夜を過ごすハメになった。


「ったく……なんで俺の部屋なんだよ……」


 風呂から上がった俺は沸々と湧く文句をこぼしながら自室へと戻っていた。

あの後、4人で食卓を囲うことになったけど……その席でお袋に耳元で何度も……。


『潮太郎……避妊だけはちゃんとするんだよ?』


 なんて……行為をする前提で釘を刺された。

そもそも避妊具なんてものはないし……それ以前に女子高生に手を出すなんてそんなリスキーな真似はしない。

そもそも蒼歌は友達だ……俺の目からしても、彼女は異性ではなく子供だ。

なのに……。


『潮太郎……次は女の子がいい。 また孫をこの手で抱き上げてやりたいわい』


 親父までそんな下世話な話をしてくる始末……。

蒼歌の母親といい……お袋といい……親父といい……なんなんだ?

もうここまできたら……俺の方が非常識なんじゃないか?

なんて思うようになり始めた。


--------------------------------------


「あっしおくん、おかえり」


 自室に戻ると、蒼歌は俺の布団に横たわっていた。

俺が言うのもなんだけど……見知った間柄とはいえ、アラフィフの男が寝る布団に平然と寝られるそのメンタルはなんなんだ?

あと布団を奪われた俺はというと……予備の布団が押し入れにあったので、それで寝ることにした。


「おっおい! 何を読んでいるんだ!?」


 横たわる蒼歌は俺の部屋にあったとある本を読んでいた。

それは高校時代に俺が少ない小遣いで人目を盗んで購入していた……男子ならば1度は手にしたであろう……秘密の本。

ぶっちゃけて言えば……エロ本と言う奴だ。


「あっ! ごめんね? 本棚漁ってたらたまたま目に入ったんだ」


 目に入ったからって……女子高生が男向けのエロ本を興味津々に読むか?……普通。


「この子達……みんなあたしとそんなに歳変わらないね?

それにみんな、おっぱい大きい……」


「ぐっ!」


 なんだ?……この胸に突き刺さる痛みは……。


「しおくんって、大きなおっぱいが好きなの?」


 首をかしげて興味本位に尋ねて来る蒼歌……。

だが……そんな恥辱に塗れた質問に、大の大人である俺が答える訳がなく……俺はさっと蒼歌から本を取り上げた。


「とっとと寝ろ!!」


 無意識に恥じらったせいで多少声が大きくなったが、俺は蒼歌に寝るように促し……隣の布団の中に潜った。

よく考えたら……なんで今もなお、こんな本を残していたんだろう?……俺。


「はーい」


 俺はできる限り互いの距離を開け、部屋を明るく灯す電灯を消し……うっすらと光る豆電球に切り替えた。


※※※


「……ねぇ、しおくん。 まだ起きてる?」


 雨風が窓を叩く音だけに包まれた自室にて……静寂を破ったのは蒼歌だった。


「まあな……寝つきが悪いほうだから」


「あたしもちょっと眠れなくて……ちょっとお話ししようよ」


「お話って……修学旅行じゃあるまいし……」


「いいからいいから」


 正直気は乗らなかったし……寝かせてくれとさえ思ったが、しぶしぶ俺は蒼歌の話相手になることにした。


次話も潮太郎視点です。

その後瑞希視点に行きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ