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広田 蒼歌③

蒼歌視点です。

 日差しが照り返す真夏の日……。

あたしは近所のおばさんからアイスをもらい、一緒に食べようとしおくんを家に呼んだ。

暑いから嫌だなんてだらしないことを言ってたけど……少しは外に出ないと体に悪いし、おいしいものは1人より誰かと食べたほうがおいしいんだもん!


 ピンポーン……。


「しおくんかな?」


 インターホンが鳴ったので、しおくんだと思ってドアを開けたら……そこには知らない男の子が立っていた。


「おっ覚えてないかな? 昔、ライブでこのタオルを君がくれたんだ」


 その男の子があたしに突き付けてきたのは、あたしがアイドル時代に抽選で配った限定タオルだった。

あの頃はたくさんの人と会っていたからうっすらとしか思い出せないけど……こんな子にタオルを手渡した記憶があるような気がする。


「蒼歌」


 男の子の情報を記憶の中で検索している最中……しおくんが到着した。

すると男の子が振り向きざまに……。


「父さん……父さんがなんで、アオカちゃんの家に来てるんだよ」


 驚愕したと言わんばかりに声音が変わった。

父さんって……しおくんのこと?

じゃあこの子……しおくんが話していた息子?


「それは……蒼歌に呼ばれて……」


「蒼歌?……おい父さん。 何、馴れ馴れしくアオカちゃんを呼び捨てにしてるんだ? 失礼だろ?」


 しおくんのあたしに対する態度が癪に障ったらしく……怒りに任せて彼はしおくんの胸倉を掴んだ。

しおくんは友達だと説明しているのに……彼は聞く耳を持ってくれない。

いくら離婚して離れているとはいえ……実のお父さんの言葉をどうして聞き入れてくれないの?


「はぁ? 父さんみたいな中年のおっさんが、こんな若くて可愛い蒼歌ちゃんと友達になれる訳ないだろ? 妄想も大概にしろよ!」


「妄想なんかじゃないよ。 あたしがしおくんにそう呼んでいいって言ったの」


 あまりに勝手な言い分に……あたしはたまらず口を挟んだ。


「独り身に戻ったからってアオカちゃんに近づこうとしてんじゃねぇよ!!

そんなんだから母さんに捨てられるんだよ!

このエロ親父!!」


 でも彼は全く信じようとせず、さらにしおくんを責め立てた。


「アオカちゃんに二度と近づくな! 

もしもアオカちゃんに手を出そうとしたら、俺がぶっ殺してやる!

彼女は俺の大切な女神なんだからな!!」


「たっ大洋……」 


 実の息子から一方的な罵声を浴びせられ、悲し気な顔を浮かべるしおくんを見た瞬間……あたしの体は勝手に動いた。


「やめてっ!!」


 あたしはしおくんの友達として……親を尊う1人の子供として……しおくんを背に庇った。

目の前で友達が傷つくのは見たくないし……子供が親を傷つける姿も見たくない。

こういうのを偽善って呼ぶのかもしれないけど……あたしはこうせずにはいられなかった。


「何を言っているのかわからないけれど……あたし、友達に乱暴する人とも親を大切にできない人とも仲良くできない! これを持ってさっさと帰って!!」


 あたしは強い口調で彼に言い放ち、突き付けられたタオルを彼に乱暴に投げ返した。

こんなに声を荒げたのはお父さんに襲われたあの夜以来かもしれない……。

人の物を乱暴に扱うのは良くないことだけど……あたしはあたしを抑えることができずにいた。


「この野郎……アオカちゃんに何をしやがった!?」


 あたしの乱暴な口調と行動から怒りを露わにし、彼はあたしを無視してしおくんに飛び掛かろうとした。

彼のその目が……本気でしおくんを傷つけようとしていると語っていたのをあたしは目で悟った。


 バチンッ!!


 気が付くと……あたしは彼を叩いていた。

その手が友達を守ろうとした手なのか……親子の争う姿を見たくないというあたしの勝手な願望が繰り出した手なのか……正直言って、あたしもよくわかんない。


「帰って……今すぐ!!」


「うぐっ!!」


 あたしの威嚇のような声に彼は目を丸くして驚き……この場を去っていった。

今更だけど……あたし、勝手なことをしちゃったよね?

状況が状況とはいえ……しおくんの大切な子供を怒鳴った上に、ひっぱたいてしまった……。

しおくんはあたしの一連の行動をどう思っているんだろう?

怒っている?

悲しんでいる?

喜んでいる?

友達同士なのに……こういう時の感情はよくわからない。


--------------------------------------


 それからしおくんと家でアイスを食べたけど……あんなことがあったばかりだからか……あんまりおいしく感じなかった。

アイスをくれたおばさんにも……ここまで足を運んでくれたしおくんにも……申し訳ない気持ちで一杯だった。


--------------------------------------


 その日の夕暮れ……。


「じゃあ蒼歌……おばあちゃん達、ちょっと行ってくるから……悪いけどお留守番お願いね」


「あたしなら大丈夫だから! もうすぐお母さんもパートから帰ってくるしね。 それより早く、おじいちゃんを連れて行ってあげて」


 あたしはおばあちゃんとおじいちゃんを玄関で見送っていた。

実は20分ほど前に、おじいちゃんが机の椅子に足を引っかけて盛大に転んでしまい、その衝撃で腰を痛めてしまったんだ。

もともと腰を悪くしていたからって言うのもあるんだろうけど……ひとまずおじいちゃんの腰に湿布を張り、おばあちゃんが付きそう形で行きつけの整骨院へ呼びつけたタクシーで行くことになった。

家にはあたし1人になるけれど……パートに出ているお母さんがもうすぐ帰ってくるし、家の戸締りもしっかりしているから大丈夫!


「蒼歌すまん……ぐぎっ!!」


「いいから早く!!」


--------------------------------------


 おじいちゃんとおばあちゃんを見送った数分後……。

 

ピンポーン……。


 家のインターホンが鳴り響いた。


「はい……どちら様でしょうか?」


 さすがに朝のこともあるので、あたしはいきなりドアを開けようとせず……ドア越しに対応することにした。

こういう時、インターホンにカメラやマイクがないのは不便に感じる。


「……あれ?」


 ところがドアの向こうからは誰の返答もなく、人の気配もしない。


「悪戯かな?」


 あたしはそう思い、玄関を離れて一旦自室に戻ろうとした……その時!!


「!!!」


「やぁアオカちゃん……また会ったね」


 朝に会ったしおくんの息子が……あたしの目の前に満面の笑みを浮かべて立っていた。

なんで?

ここ……あたしの家……だよね?

なんで……ここにこの人がいるの?


「どうだい? 俺の自慢のブツは……あの中年野郎とは比べ物にならないだろう?」


 何を血迷ったのか……彼はいきなり下半身を露出し……あたしに性器を見せびらかしてきた。

あたしは恐怖のあまり体が硬直し……動くことも叫ぶこともできなかった。

なんか彼は笑顔でごちゃごちゃ言っているけど……全く耳に入らなかった。

そしてあたしの脳裏に……お父さんに襲われたあの夜がフラッシュバックした。

突然奪われたファーストキス……荒い息遣い……不気味にささやかれた言葉……。

あの日のお父さんの姿が……目の前にいる彼と重なって見えような気がする。


「うっ!!」


 目まぐるしい過去の記憶からふと我に返ると……彼はあたしに触れられる位置にまで近づいていた。

しかもあたしの体には生臭い体液がこびりついている……。


「いやっ!!」


 それがきっかけだったのかは自分でもよくわからなかったけど……あたしの体は金縛りが解けたかのように、自由を取り戻した。

そしてあたしは真っ先に玄関へと向かい、ドアを乱暴に開けて外に逃げた。


「あっアオカちゃん!!」


 でも彼は逃げるあたしを追いかけて来る……。

あたしは懸命に真っ暗な夜道を走った。

靴下のまま出ちゃったから……足が痛くて走るのがつらい。

でも捕まったらきっと……お父さんのように襲い掛かってくる!!


 プルルル……。


 あたしはポケットに入れていたスマホで電話を掛けた。

こういう場合……大体の人が真っ先に電話を掛ける相手は警察だよね……。

でもあたしの頭に浮かんだ相手は……


「しおくん!! 助けて!!」


 自分でもよくわからないけど……あたしはしおくんに電話を掛けていた。

あたしはどうにかしおくんに状況を話そうと必死に声を出した。

でも恐怖で頭がパニックになっているからか……うまく言葉を紡ぐことができなかった。

どこにいるかとも聞かれたけど……全速力で走っているから……自分の居場所を脳が処理できないでいた。

だけど自分の足がしおくんの家に向かっているというのはなんとなくわかった。


『とにかく逃げろ! 俺もなんとか探すから!』


 しおくんはそう言って電話を切った……。

しおくんの声を聞いて少し冷静さを取り戻したあたしはようやく警察に電話しようとキーパッドに指を掛けようとした……が。


「!!!」


 あたしは何かにつまづき……転んでしまった。

スマホに気を向けすぎたせいで足元の注意が散乱したせいかもしれない……。

しかも転んだ拍子にスマホを落としてしまった。

すぐに立ち上がろうとしたけど……彼に足を掴まれてしまった。


「アオカちゃん!!」


「やめて……離してっ!!」


 あたしは必死に抵抗を試みたけど……そこは男女の超えられない力の差なのか……彼の手を払うことはできなかった。

それどころか……もう片方の足まで掴まれ、完全に彼の包囲網に引っかかってしまった。


「アオカちゃん……優しくするからね?」


「いやっ! いやぁぁぁ!!」


 彼のいやらしい手があたしの胸に触れようとしたその時!!


「おいっ! 何してるんだ!?」


 どこからともなく現れたしおくんが彼の顔を思い切り蹴り飛ばした。

その衝撃で彼はあたしから離れ、そこをすかさずしおくんが馬乗りになって彼を確保した。


「大洋……もうやめろ。 こんなことをして何になるんだ?」


「うるせぇ!! 俺からアオカちゃんを奪ったくせに……父親ぶって説教してんじゃねぇよ、このロリコン野郎!!」


 しおくんは悲し気な声音で彼を説得するかのように声を掛け続けた……。

でもやっぱり彼はしおくんの言葉に耳を傾けようとせず、ひどい罵声を浴びせ続けた。

その光景は……あたしにはとても悲惨に見えた。


”血が繋がった親子なのに……どうしてわかり合えないんだろう?”


 2人を見ていると……ついそう思ってしまう。

それはかつてあたし自身もお父さんに思っていたことでもある。

親子は心が通じ合う存在だと純粋に信じていた……でもあたしやしおくんのような例もある。

当たり前だと思っていたことが……そうじゃないということを……あたしは知った……知ってしまった。


※※※


 それから間もなく……しおくんの甥が警察に通報してくれた。

騒ぎを聞きつけてお母さん達もこの場に駆けつけてきてくれた。


「お母さん!!」


「蒼歌!……ケガはない? 大丈夫?」


 あたしはお母さん達に抱きしめられ、そのぬくもりに包まれたあたしは安堵の涙を流した……。

必死に逃げていたせいで全く気が付かなかったけど……あたしはこんなに怖い思いをしていたんだ……。


「……」


 心にようやく平静を取り戻したあたしの目に映ったのは、警察に連行される彼を見送るしおくんだった。

しおくんはその場でうずくまり……嗚咽を漏らしながら泣き出していた。

一見すれば変に思えるかもしれないけど……自分の子供が目の前で犯罪を犯し、目の前で警察に連行されて行くのを見ていたんだから……泣くのが親心というものなのかもしれない。


「しおくん……」


 あたしはお母さん達の胸から離れ、うずくまるしおくんの背中をさすった。

こんなんで慰めになるかはわからないけれど……しおくんをこのまま1人で泣かせたくない。


--------------------------------------


 翌日……あたしは被害者として警察で取り調べを受けた。

しおくんも証人という形で取り調べを受けていたみたい。

言うまでもなく被害届は出した……でも、出す際にしおくんの涙が頭に浮かび上がった。


--------------------------------------


 聴取を終えたあたしはお母さんと警察署を後にしようとした。


「あっしおくん……」


「蒼歌……」


 警察署の前でばったり会ったしおくんの顔を見た瞬間……。


「ごめんなさい……」


 あたしの口から謝罪の言葉が漏れてしまった。

なんでこんな言葉が出てきたのか……よくわかんない。


「お前が謝ることなんてない……むしろ謝るべきなのは俺だ。

俺の息子が……ひどいことをした……ごめん……」


「しおくんだって謝る必要なんて……」


「悪い……しばらく1人にしてくれ……」


 あたしが言い終わる前に、しおくんはそそくさと帰っていった。

その顔はまるで能面のように寂しく感じた。


「しおくん……」


 あたしはしおくんを見送ることしかできなかった。

今のあたしには……しおくんを元気づける方法がわからないから。

でも……きっと元気なしおくんに戻ってくれるよね?

あたしももう1度精一杯頑張るから……しおくんも頑張って。

そしたらまた……一緒に遊びに行こうね。


--------------------------------------


 後日……今回の一件についての裁判が開かれた。

彼は……海野大洋は現行犯逮捕ということもあり、裁判でも有罪の方向で話がスムーズに進んだ。

あたしは被害者として……しおくんは証人として……証言台に立って事実を語った。

そして被告側は海野大洋が座っている。

身分が学生ということもあり……彼の母親である海野瑞希が弁護士と共に並んでいた。

有罪か無罪かを決めるというより……彼への刑罰をどうするかという話が主な内容だった。


「判決を言い渡します」


 たくさんの証言とあたしの服についていた体液等の証拠によって、結果は言うまでもなく有罪。

罪状は強姦未遂や器物破損……不法侵入等々……。

そして刑罰に関しては……初犯ということと本人が深く反省の姿勢を見せていることもあって、懲役3年ということになった。

お母さんが言うには、この罪状に対する刑罰にしては少し軽すぎるとのこと。

軽いのかどうかは法律に詳しくないあたしにはわからない。

だけど……初犯はともかく、反省の姿勢というのがあたしからすれば信じ難かった。

確かに証言台で深々とあたしに頭を下げて謝罪していたけど……それが本心なのか演技なのか……微妙な所。

でもそれが裁判で認められた以上……どうすることもできない。

刑期の長さはまあともかく……せめて本当に彼が自分の行いを反省し、心を入れ替えてほしい。

こんな形になっちゃったけど……元はあたしのファン……。

あたしのファンに悪い人はいないと……もう1度思わせてほしい。

そして何より、しおくんを……親をこれ以上悲しませるようなことはしないでほしい。


 親子は……仲が良いのが一番なんだから……。

次話は潮太郎視点を挟み、瑞希視点に行きたいと思います。

刑罰が軽すぎると思われると思いますが、話の都合を合わせるためにこうしました。

ちょっと予定していた内容を変えようと思います。

勢いに任せているので不安はありますが……やってみます!

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― 新着の感想 ―
母親が弁護士と並んでは少し違和感が。 民事はおこさんかったのかな。
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