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海野 潮太郎⑤

潮太郎視点です。

「アオカちゃんに二度と近づくな! 

もしもアオカちゃんに手を出そうとしたら、俺がぶっ殺してやる!

彼女は俺の大切な女神なんだからな!!」


 胸倉を掴み、大洋は脅迫に近い言葉を使って俺に釘を刺してきた。

こいつにとって蒼歌がどれほど大切な存在なのかを俺は知っているつもりだ。

その蒼歌に近づく男はみんな敵に見えるというのも……理解できなくはない。

だけど……久しぶりに再会した親に平然と暴言をぶちまけ、本気の殺意を向けてくる大洋の姿に俺はショックを受けていた。

その上蒼歌とは友人関係だと……何度言っても全く信じてくれない。

今の大洋にとって俺は……その程度の存在なのか?

そりゃあ……大洋は俺にとっては瑞希を寝取った間男であり、俺との信頼を壊した裏切り者でもある。

そう思っている自分がいるのは否定できない。

でもそれ以前に……大洋は俺のたった1人の息子なんだ……。

どれだけ憎もうとも……捨てきれない親心というものはある。

その捨てきれない親心が……俺に心の痛みって奴を伴っているのかもしれない。

甘いとか、愚かとか思われるかもしれないけど……こればかりはどうしようもない。

どうしようもないんだよ……親子って奴は。


「やめてっ!!」


 何もできずにいた俺から大洋を引き離してくれたのは蒼歌だった。


「この野郎……アオカちゃんに何をしやがった!?」


 とうとう怒り狂った大洋が俺に飛び掛かろうしてきた。

その目には嫉妬とは別に、殺意に近い怒りが見えていた。

ここまで来ても……俺は大洋に対する情を捨てきれず、体がこわばって何もすることができなかった。

我ながら情けない……。


 バチンッ!!


 俺を守るために……蒼歌は大洋の頬を叩いた。

大洋は信じられないと言わんばかりに目を大きく開き、3歩ほど後退した。

それは大洋からすれば……この世でもっともつらい痛みと言っても過言じゃないだろう。


「帰って……今すぐ!!」


「うぐっ!!」


 蒼歌に強い口調で吠えられた大洋は、一目散に走り去って行った。

去り際に見えた大洋の顔は恐怖に染まっているように見えた。

蒼歌に追い返されたことが……よほど堪えたんだろう……。


「しおくん……大丈夫?」


 大洋が去ったことを確認した蒼歌が、俺に声を掛けてきてくれた。

友人関係とはいえ、いい大人が未成年の少女に気を遣われるとは……なんとも不格好な話だ。


「あぁ……大丈夫だ。 蒼歌こそ、大丈夫か?」


「あたしなら大丈夫……」


「すまん……俺が何もできなかったせいで、お前に嫌なことをさせてしまった……」


 本来であれば……あの場で大洋を殴るべきは俺だった。

なのに俺は何もできず、蒼歌が手を痛めるハメになってしまった。

父親以前に……人間として情けないな、俺。


「ううん……あたしの方こそ、とっさとはいえ……しおくんの子をひっぱたいてしまったし……」


「馬鹿……お前が気を落とす必要はないよ」


 蒼歌のおかげで大事にならずに済んだけど……この場には、例えようのない悲愴感のような重い空気だけが残っていた。


--------------------------------------


 俺達は気分転換にと……予定通りに蒼歌の家でアイスを食べたが、正直あまり気分は回復しなかった。

大洋の勝手な思い込みとはわかっているが……あいつに蒼歌のことで恨まれてしまっているというのは事実だ。

かといって、蒼歌と距離を置いたりすれば……責任を感じた蒼歌が気落ちしてしまうだろう。

大洋のためとはいえ……それは望ましくない。

色々考えたけど……良い案は思い浮かばず、しばらく蒼歌と談笑した後……俺は家に帰った。


--------------------------------------


 その日の夕暮れ……。

俺はお袋に命じられ、店の外の掃除をしていた。

日が沈んでそれなりに良い風が吹いているとはいえ……あまり快適感はない……。

ちなみに親父とお袋は明日の開店に向けての仕込み……鯛地は食材を補充すべく、買い物に出ていた。

つまり……掃除は俺1人で行っているということだ。

小さな店とはいえ……箒を片手に永遠と掃き続けるのは、掃除好きではない俺のメンタルに堪える。


「レレレのおじさんって……こんな掃き掃除の何が楽しかったんだろう?」


 なんてどうでもいいことをつぶやきながら掃除していると……辺りはすっかり暗くなってしまった。

もうそろそろ掃除を切り上げようかと思ったその時!!


 ピリリリリ……。


 ポケットに入れていた俺のスマホに着信が入った。

画面を見ると、相手は蒼歌だ。


「もしもし? 蒼歌、どうした? こんな時間に……」


『しおくん!! 助けて!!』


 受話口から開口一番に聞こえてきたのは、切羽詰まったような口調で助けを求める蒼歌の声だった。


「なっなんだ? どうしたんだ?」


『あっ今朝の人が……いきなり家に来て……逃げてきたんだけど……追いかけられているの!!』


 走りながら掛けてきているのか……言葉が途切れている。

でも要所要所の単語は拾うことができたので、ひとまず追いかけられているというニュアンスだけは理解した。

そして今朝の人という単語から連想できる人間は……俺には1人しか浮かばない。


「蒼歌! 今、どこにいる!?」


『えっと……わからない。 でもしおくんの家に向かって走ってる!』


 パニック状態で自分の居場所が把握しきれていないんだな……。

まあ現在進行形で追いかけられているのなら、無理もない話だ。


「とにかく逃げろ! 俺もなんとか探すから!」


 俺は一旦通話を切り、蒼歌の家に通じる道をたどって走り出した。


「あれ? おじさん……どこに行くんだよ?」


 するとちょうど買い物から鯛地とすれ違った……でも悠長に説明している暇はない!!


「あとで話す!!」


「あっ! おじさん!!」


 俺は鯛地を振り切り、全速力で走った。

とにかく蒼歌を探さないと……。

頼むから……馬鹿なことは起きないでくれよ!!

俺は悪い予感を振り切るように……懸命に走った。


--------------------------------------


 どれだけ走ったのか……どれだけ時間が経ったのか……それはよくわからない。

かなり息が上がってしまっているし……結構汗も出ているから、それなりに走ったとは思う。

疲れはあるものの……足を止める気はなかった。


「!!!」


 そしてとうとう……大洋に足を掴まれて襲われそうになっている蒼歌を見つけた。

俺の悪い予感は……当たってしまっていた。


「おいっ! 何してるんだ!?」


 考えるより先に俺は大洋の顔を蹴りを入れ……蒼歌から引きはがしていた。

こう見えて、小学生時代はサッカー少年だったから……自然と手より足が先に出てしまうんだ。

まあそれは今、どうでもいい。

俺はひるんだ大洋の背に、馬乗りの要領でまたがった。

こうすれば……よほど力に差がない限り、起き上がることはできないからな。


「とっ父さん……」


 乱入してきたのが俺だと認識した大洋は一瞬、驚いた表情を浮かべたが……それもすぐ、怒りに染まった。

いや、怒りというよりも……殺意と言った方が良いのかもしれない。


「大洋……もうやめろ。 こんなことをして何になるんだ?」


 俺は動揺する心をなんとか静め……冷静に説得を試みてみた。

やらかしてしまったことは、もはや言い訳の仕様もないが……どうにか自分を顧みてほしかった。


「うるせぇ!! 俺からアオカちゃんを奪ったくせに……父親ぶって説教してんじゃねぇよ、このロリコン野郎!!」


 だが大洋は俺を罵倒するばかりで、自分が何をしたのかまるで理解していなかった。

もう俺に対する罵声なんてどうでもいいし、恨みたければ恨めばいい。

でも、こいつの心には……蒼歌に対する一方的な想いしかないのか?

それしか……見えていないのか?

愛しい蒼歌を自分自身が傷つけてしまったことに……気が付いていないのか?

俺には……大洋を変える力がないのか?


「いい加減にしろ!!」


 心に沸き上がったやるせない怒りが……言葉となって口から出ていた。


「お前はやっていいことと悪いことの区別すらわからなくなったのか?

俺を恨むのは勝手だが……せめて俺以外の人間を傷つけるのはやめろ!」


 俺なりに精一杯言ったつもりだったが……大洋の表情は変わらなかった。

俺の気持ちは……こいつの心には届かなかったみたいだ。

それが悔しくて……悲しかった……。


「頼むから……これ以上お前の親だったことを後悔させないでくれ」


 俺は心のどこかで思っていた。

大洋は俺の元に生まれなければ……真っ当な人生を歩んでいたんじゃないかって……。

俺が親じゃなければ……大洋は幸せになれたんじゃないかって……。

でも俺は……何度もそれを否定し続けていた。

大洋は俺の子だから幸せなんだって……思いたかった。

過ちを犯したとしても……それを反省し、きっと立ち直る強さを持ってくれている。

自分勝手な期待と言われればそれまでだけど……俺はそう……願い続けた……。

でもその結果がこれか……。

大洋は自分の愛しいはずの女性を傷つけ、しかもそれを全く自覚していない。

いや……しようともしてない。

俺に蒼歌を奪われたと恨みを抱くばかりで……自分が見るべきものを見ていない。


「おじさんどうしたんで……!! 一体どうしたんだこれ?」


 動揺しながらこの場に足を踏み入れてきたのは鯛地だった。

後から聞いたんだが……俺の様子が変だと思って、食材を店に置いて追いかけてきてくれたらしい。


「……鯛地。 警察に連絡してくれ……女の子が強姦されかけたって言ってな……それとそこにいる子を頼む」


 俺は絞り出すような声で……鯛地に警察への通報と蒼歌の保護を頼んだ。

こうなった以上……こうするしかないんだ。

それが常識的に然るべき行動だ……。

でも心のどこかで思うんだ……。


 ”我が子を警察に突き出すことが正しいことなのか?”って。


 正義という視点から見れば、正しいことなんだろうけど……親としてはどうだ?

警察に突き出すことが、本当に正しいことなのか?

我が子のために……蒼歌やその家族に許しを請うのも1つの選択じゃないか?

親として大洋を守るのも……1つの正義なんじゃないか?

大洋のしたことは紛れもない犯罪行為だが……法の下に罰を受けることが……はたして大洋にとって良いことなのだろうか?

そんな疑問が頭の中で湧き水のようにあふれ出ていた。


「早く!!」


 俺は迷いを断ち切ろうと鯛地を急かした。

この選択が……大洋を良い方向に導いてくれると信じて……。


※※※


 それから間もなく……鯛地が呼んだ警察が到着し、大洋は逮捕されて連行されていった。

ほどなくして蒼歌の母親と祖父母も駆けつけ、傷ついたであろう蒼歌に謝罪しながら抱きしめていた。

俺はパトカーに乗せられて連行されていく大洋を見送った。


「……」


 俺はその場でうずくまり……周囲の目を気にすることなく、泣き出してしまった。

おかしな話だ……。

被害者は蒼歌だって言うのに……泣くべきなのは彼女なのに……なんで俺が泣いているんだ?

なんで涙が止まらないんだ?


「しおくん……」


 被害者であるはずの蒼歌が……俺を慰めようと背中をさすってくれた。

これもまた妙な話だ……。

どちらかというと、慰めるのは俺の役割のはずなのに……。

優先すべきは大洋じゃなくて蒼歌のはずなのに……。

つくづく自分と言う人間がよくわからない。


「大洋……」


 誰か教えてくれ……俺はどうすればよかったんだ?

俺が蒼歌と友達にならなければ……大洋はこんな奇行に走らずに済んだのか?

俺が瑞希と大洋のことを認めて離婚しなければ……3人で今まで通り生活できていたのか?

俺が瑞希を結婚しなければ……大洋は別の家庭で真っ当な人生を歩めたのか?

一体どうすれば……大洋の人生を狂わせずに済んだんだ?

わからない……俺にはわからない……。

次話は蒼歌視点です。

大洋は逮捕されましたが、もう少し粘る予定です。

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― 新着の感想 ―
こいつが反省することはこの先ないんだなぁと思います。 そもそもそれが悪い事だと知らなかった、という場合は教えることでわかるとも言われてますが、同じ場面を見ても「自分はそんなヤツらとは違う」と思うのだか…
なんかこの父には興醒め。もういいや 犯罪者に甘くするとかないなぁ。罪には罰を。そこに情はいらん。反省させる、気づかせる機会をもたせなとあかんで。 えっ、まだあの気狂いみなあかんとか、俺は無理。まだ…
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