海野 大洋④
大洋視点です。
この作品で一番疲れるキャラです。
「アオカちゃんに二度と近づくな!
もしもアオカちゃんに手を出そうとしたら、俺がぶっ殺してやる!
彼女は俺の大切な女神なんだからな!!」
「たっ大洋……」
俺の気迫に恐れ入ったのか……父さんは動揺するばかりで言い返してもこなかった。
なんて情けない男だ……実の父親とは言え、とんだ腰抜けだな。
こんな男……アオカちゃんに近づく価値もない。
「やめてっ!!」
声を張り上げて俺と父さんの間に割って入ってきたのはアオカちゃんだった。
さらに彼女は……父さんを庇うような立ち位置で俺の前に立っていた。
父さんを守ろうとしているようにしか見えないその姿勢に俺は一瞬言葉を失った。
「しおくんに乱暴なことしないで!」
俺の女神が俺に向かって怒鳴り声を浴びせてきた。
その顔は明らかに怒っている。
彼女の笑顔しか知らない俺にとって……それは胸を抉るような光景だった。
どうして父さんのためにアオカちゃんが俺に怒りを見せるんだ?
俺には全く理解できない。
「あっアオカちゃん……どうしちゃったんだよ。
俺は君を守るために……」
「何を言っているのかわからないけれど……あたし、友達に乱暴する人とも親を大切にできない人とも仲良くできない! これを持ってさっさと帰って!!」
「!!!」
今……彼女はなんて言った?
帰って……そう言ったのか?
俺に?
彼女を誰よりも想っているこの俺に?
なんでそんなひどいことを言うんだよ……。
帰れって……普通なら父さんに言うべき言葉だろ?
どうして俺に言うんだよ……。
しかも俺との思い出のタオルを……乱暴に投げ返してきた。
俺達の思い出の品なのに……どうしてそんな風に扱うんだよ……。
そうか……父さんがアオカちゃんに何かしたんだな……。
それで彼女は、こんな訳の分からない行動を取ってしまったんだな……。
許せねぇ……。
「この野郎……アオカちゃんに何をしやがった!?」
俺は怒りに任せて父さんに飛び掛かろうとした……。
俺の大切な女神を……この男は、卑怯な方法で狂わせたんだ。
この手で制裁を与えてやらないと気が済まない!
バチンッ!!
「へっ?」
「……」
突然響いた乾いた音と頬に伝わる痛み……一瞬何が起きたのか理解できなかったが、自分が平手打ちを喰らったんだと理解するのもまた一瞬だった。
そして俺はひるんで後ずさりしてしまった。
平手打ちの衝撃によるもの……というよりも、その平手打ちしたのが目の前にいるアオカちゃんであるという事実が、俺にとっては何よりもショックだった。
彼女は俺ににらみを利かせ、俺の頬を叩いたであろう右手が心を傷つけるナイフのように見えた。
”怖い”
今まで感じたことのある感情だったけど……この時感じたのは今までとは比較にならないほど俺の心にグサリと刺す。
「帰って……今すぐ!!」
「うぐっ!!」
俺は彼女に言われるがまま……気が付けばその場から走り去っていた。
どうしてアオカちゃんは父さんを庇ったんだ……。
まさか……2人は本当に友達なのか?
いやそんなはずはない!!
冴えない中年と元アイドルの美少女が友達になる?
そんなのライトノベルだけの話だろ?
現実にそんなふざけた話があってたまるか!!
友達というのは同年代の人間と作るものだろう?
親子ほど歳の差がある男女が……生まれた時代が全く異なる2人が……仲良くなれるわけがない。
ジェネレーションギャップって言葉もあるんだ……あの2人の間に友情なんてものが生まれるわけがない……。
絶対にあり得ない……。
「クソッ!!」
走っていた俺は気が付いたら駅にいた。
俺はやり場のない怒りを発散させようと地面を何度も踏みつけるが……そんなのでは当然怒りは収まらない。
やっぱり父さんが何かしたとしか思えない。
でも何をした?
女が男に惹かれる要素は、だいたい金と容姿と性と内面の4つだ。
まさかパパ活のような感覚でアオカちゃんを金で誘惑したのか?
いや……それはない。
かたや元しがないサラリーマン……かたや元人気アイドル……金があるのはどっちだと聞かれれば、馬鹿でも答えられる。
さらに父さんは俺に養育費を毎月支払っている……。
実家は貧相な定食屋……とても金に余裕があるとは思えない。
容姿……もないな。
父さんはどこからどう見てもさえない中年のおっさんだ。
内面もあり得ない。
俺は父さんという人間を知っている……なにせ10年以上も一緒に暮らしていたからな。
父さんは勇ましくもなければ……特別親切というわけでもない。
頭だって別によくないし……気遣いだってできる方じゃない。
とても女が惹かれるとは思えない。
だとしたら……残った可能性は1つ。
アオカちゃんを性の快楽に溺れさせ、快楽を与えるのと引き換えに言いなりにしているに違いない。
だが母さんしか女を知らないであろう父さんが女を虜にするようなテクニックがあるとは思えない。
それに下のブツだって……一緒に銭湯に行った時に何度か見かけたが、俺と比べたら話にならない。
となれば……何か媚薬的なものを使ってアオカちゃんを堕としたってことになる。
「仕返しのつもりかよ……」
俺には父さんがアオカちゃんに手を出した理由が想像できた。
俺に母さんを寝取られたと逆ギレして、俺の大切なアオカちゃんを汚しやがったんだ。
まあ平たく言えば……逆恨みだな。
アオカちゃんを汚して言いなりにして、俺が愛想尽かすのを待っているんだ。
どこまでも陰湿で卑劣な奴だ……。
マジで救えない……恥知らずもいい所だ。
こんな男と血が繋がっているなんて……考えただけで吐きそうになる。
だがそんなクズ野郎の思い通りにはいかない。
俺はアオカちゃんに愛想尽かしたりしない。
彼女は俺の女神だ……。
奪われたのなら奪い返す!!
ではどうやって奪い返すのか?
それは単純明快……俺が父さんよりもオスとして優れていることを示せばいいだけだ。
俺がいかにオスとして優れているのかを知れば……アオカちゃんは俺の元に来てくれるはず。
ではオスとしての優秀さをどうやって彼女に示すのか?
それは……。
--------------------------------------
その日の夕暮れ……俺は町の影に潜み、家の中にいるアオカちゃんが1人になるのを待っていた。
彼女のそばに余計な人間がいたら、洗脳を解くことができない。
そしてチャンスを伺ってから約4時間……とうとうその時がやってきた。
「じゃあ蒼歌……おばあちゃん達、ちょっと行ってくるから……悪いけどお留守番お願いね」
「あたしなら大丈夫だから! もうすぐお母さんもパートから帰ってくるしね。 それより早く、おじいちゃんを連れて行ってあげて」
「蒼歌すまん……ぐぎっ!!」
「いいから早く!!」
アオカちゃんの祖父と祖母が彼女を家に残して、呼びつけたであろうタクシーに乗ってどこかへ出かけていった。
まあおおむね事情は察することはできるがな。
じいさんの方は痛みを堪えた顔で腰を抑えていたから、どうせぎっくり腰だ。
ばあさんの方はその付き添いってところだな。
そしてアオカちゃんのお母さんは帰宅間近ではあるが、パートに出ている。
つまり……家にはアオカちゃんだけ。
ピンポーン……。
俺はこの隙に、アオカちゃんの家のインターホンを鳴らした。
このインターホンにはカメラがついていない……つまり、来客への対応はドアを開けて直接対応するしかないということだ。
現に最初にここを訪ねた時、アオカちゃんはドアを開けて俺に対応していたしな。
『はい……どちら様でしょうか?』
ところがアオカちゃんはドアを閉めたまま……誰かと問いかけてきた。
どっどうしたんだ?
なんでドアを開けてくれないんだ?
もしかして……警戒しているのか?
夕暮れとは言っても、周囲はかなり暗い。
家にいるのはアオカちゃん1人……変質者や異常者の類が訪ねてきた時のリスクを考えているんだろう……。
でもだからと言って普通に返答するのは厳しい。
洗脳されているとはいえ、アオカちゃんは朝の件で俺を警戒している。
もしも追い払った俺が再び家にやってきたと知れば、彼女はきっとドアを開けてはくれない。
いや下手をすれば警察沙汰になる可能性だってある。
そうなったらもう……アオカちゃんの洗脳を解く機会は訪れない。
「!!!」
俺は意を決し、すばやく玄関から離れた。
そして息を殺したまま、家の庭へと入り……ベランダから家の中へ侵入することを試みた。
当然、ベランダは閉ざされているし鍵も掛かっている。
でも所詮はただのガラス……。
俺は庭に置いていたガーデニング用のブロックを1つ持った。
これでベランダのガラスを叩き割る……だけどこのまま実行したら、ガラスの割れる音が響いて、近くの人間が集まってくる危険性がある。
そこで俺はアオカちゃんとの思い出のタオルをガラスに当て、音を立てないように注意しながらガラスを叩き割り……腕が通るくらいの穴を空けることに成功した。
俺はその穴に腕を通し、鍵を開けて中に入った。
薄々はわかっている……。
これが不法侵入であるということは……。
だけどそんなことはどうでもいい!!
今の俺にとって大事なのは、アオカちゃんの洗脳を解くことだ。
彼女が正気に戻れば、きっとこのやむを得ない罪も理解してくれるはずだ。
全てはアオカちゃんのためだ……。
「!!!」
「やぁアオカちゃん……また会ったね」
家に入ってわずか数秒後……俺はアオカちゃんと再び対面することができた。
彼女は青ざめているように見えるが、体は感極まってブルブル震えている。
きっと俺との再会に喜びを感じているものの、洗脳されて上手く感情が表現できていないんだろう……。
可哀そうに……俺がすぐその苦しみから解放してあげるからね。
「どうだい? 俺の自慢のブツは……あの中年野郎とは比べ物にならないだろう?」
俺はズボンとパンツを脱ぎ捨て……下半身を露出し、ひそかに自慢だったブツをアオカちゃんに見せた。
これこそが……俺が考えたオスとしての優秀さを伝える手段だ。
百聞は一見に如かずという言葉があるように……口でどうこう言ったって、大したことは伝わらない。
だからこそ……彼女の視覚に訴えているんだ。
父さんの貧弱なブツと比べたら……俺の立派なブツの方がずっと優れていると……アオカちゃんに知らしめるんだ。
「どう? 立派だろ? 女の子の大好物だよ? もっとよく見て……」
俺はもっと見てほしいと思い、彼女にゆっくりと近づいた。
洗脳を解くための行為だが……愛しいアオカちゃんに見られていると思うと……無意識に下半身が欲情を示してしまう。
自然と息が荒くなる……体中の熱が高まる……。
でもかえってこれはこれでいい。
俺のオスとしての優秀さをより鮮明に伝えることができるんだからな……。
「……」
俺のブツの大きさに驚いているんだろう……アオカちゃんは固まったまま動かない。
俺の興奮もどんどん高まっていく……。
アオカちゃんを糧にした時も……母さんと寝た時も……ここまで高ぶったことはない。
ブツを見せただけでこんなに高ぶるのなら……マジで一戦交えたらどうなってしまうだろう?
ダメだ……想像しただけでさらに高ぶってしまう……。
「アオカちゃん……なんなら触ってみてよ?」
そしてついに……俺のそびえ立ったブツの先端がアオカちゃんの肌にほんの少し触れた。
その瞬間!!!
「うっ!!」
ブツからわずかに伝わったアオカちゃんの肌の柔らかさやぬくもり……それが一気に俺の脳を刺激し、
俺のブツから彼女へのあふれんばかりの想いと共にの体液がこぼれ出て、彼女の服に掛かった。
偶然そうなっただけだが……なんとも淫猥で興奮する光景だ……。
無論、俺の興奮はこの程度では収まらない。
「いやっ!!」
「あっアオカちゃん!!」
突然、アオカちゃんが声を上げたかと思ったら……その場で振り返って外へ走り去って行ってしまった。
余韻に浸かったほんの一瞬の気のゆるみで、俺は彼女の逃走を寸前で止めることができなかった。
しくじった……きっと洗脳がまだ解けていないんだな。
「待ってよ!!」
俺は急いでアオカちゃんを追いかけた。
辺りはいつの間にかすっかり暗くなっている。
暗い夜道にアオカちゃんを1人にさせるわけにはいかない。
こんな物騒な世の中だ……どこからか変質者や異常者が出てきて、アオカちゃんを襲うかわかったものじゃない。
彼女を守れるのは俺しかいないんだ……。
--------------------------------------
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「アオカちゃん……アオカちゃん……アオカちゃん……」
俺は懸命にアオカちゃんを追いかけた……。
裸足で走ってるため、足の裏がすごく痛かったが……俺は走るのをやめなかった。
ここでアオカちゃんを逃がしたら……誰が彼女の洗脳を解く?
誰があの嫌らしい中年野郎から彼女を助ける?
俺しかいない……彼女には、俺しかいないんだ!!
「!!!」
必死に追いかけている最中……アオカちゃんが何かにつまづいて転んでしまった。
ケガをしていないか心配にはなるが……このチャンスを逃すわけにはいかない。
「アオカちゃん!!」
俺は転んだアオカちゃんの足を掴むことに成功した……。
これでもう……逃げることはできない。
「アオカちゃん……もう大丈夫だよ? 俺が守るからね」
「やめて……離してっ!!」
アオカちゃんは必死に俺の手を振り払おうともがいていた。
だが俺は決して手を離さず、彼女のもう一方の足も掴んだ。
どうやらよほど父さんの洗脳は深く根強い所まで来ているみたいだ。
ここまで来たら仕方がない……。
俺のオスとしての優秀さを……俺のアオカちゃんへの想いを……”彼女の体の中”に直接伝えるしかない。
「アオカちゃん……優しくするからね?」
俺はすでに犯されたであろうアオカちゃんの体を”再構築”するべく、この場で彼女と交わる決意を固めた。
本音を言えば、もっと色気のある所でシタかったけど……これもアオカちゃんの洗脳を解くためだ。
「いやっ! いやぁぁぁ!!」
彼女の衣服に手を伸ばそうとしたその時!!
「おいっ! 何してるんだ!?」
ボカッ!!
俺はいきなり誰かに顔を蹴られ、その衝撃でアオカちゃんから引きはがされた。
蹴られた痛みで少しひるんだ隙に、その誰かが俺の背にまたがり……俺を完全に取り押さえやがった。
顔の痛みが徐々に引いていき、視界も元に戻っていくと……俺はようやく俺達の仲を引き裂いた誰かを確認することができた。
「とっ父さん……」
俺に取り押さえていていたのは……父さんだった。
「離せよ! おいっ!!」
必死にもがこうとするが……さすがに背中に全体重を掛けられている状態では逃げることができない。
「大洋……もうやめろ。 こんなことをして何になるんだ?」
「うるせぇ!! 俺からアオカちゃんを奪ったくせに……父親ぶって説教してんじゃねぇよ、このロリコン野郎!!」
「……」
父さんの顔を見た途端、ため込んでいた怒りが一気に爆発した。
「わかってんだよ!! どうせ母さんを俺に寝取られたとか思って、アオカちゃんを快楽漬けにしやがったんだろ? 言いなりにして、俺を陥れようとしていたんだろ? 違うか? 逆切れロリコン野郎!!」
「……」
「アオカちゃんはなぁ……俺の女神なんだぞ?
くだらねぇ逆切れで俺の女神を奪った挙句………実の子である俺に暴力までふるいやがって……あんた自分が恥ずかしくないのか?」
まだまだ言いたいことは山ほどある……。
そもそもこいつさえいなければ……こいつさえ、母さんと離婚しなければ……こんなことにはならなかったんだ!!
「いい加減にしろ!!」
「あ?」
突然、父さんが大声を上げてきた。
また逆切れの続きか?
「お前はやっていいことと悪いことの区別すらわからなくなったのか?
俺を恨むのは勝手だが……せめて俺以外の人間を傷つけるのはやめろ!」
何を言っているんだ?
それじゃあまるで、俺が誰かを傷つけているみたいじゃないか……。
そんなのどこにいるんだ?……どこにもいないだろ?
「頼むから……これ以上お前の親だったことを後悔させないでくれ」
何を言ってるんだ?
後悔してんのは俺の方だ!!
こんな頭のイカれた男の息子だなんて……。
こういう時によく使われる言葉があったな……。
”親ガチャ失敗した”
※※※
「おじさんどうしたんで……!! 一体どうしたんだこれ?」
もう1人……この場にやってきた人間がいた。
父さんの甥の鯛地だ。
「おじさんこれは一体……それにどうして大洋が……」
「……鯛地。 警察に連絡してくれ……女の子が強姦されかけたって言ってな……それとそこにいる子を頼む」
「えっ? 強姦って……まさか」
「早く!!」
「はっはい!!」
その10分後……鯛地の通報で駆け付けた警察官に逮捕され、俺は強姦未遂の現行犯と不法侵入の罪で警察署に連行された。
なんで俺なんだよ……。
逮捕すべきなのはあのクソ野郎だろ?
俺はアオカちゃんを救いに来たんだ……。
彼女には……俺しかいないんだよ……
俺がいなくなったら彼女は1人になってしまう……。
なんで誰も理解できないんだよ!!
どいつもこいつも……頭狂ってんのか?
次話は潮太郎視点を挟み、蒼歌視点に移りたいと思います。