玲子と美月のお仕事
9月8日。玲子と美月は試着会の準備に追われた。しかもメビソア公国主催ではなく隣国のカルーン公国主催。2人は業者が集めたチアにアイロンをかけたりクリーニングに出したり。白のアームカバーの汚れを拭いたり。雑用がやたらと多い。事務員のフランソワが使えないのだ。マクダと同い年の20歳なのに。いったい何が違うのかしら？フランソワはつい最近名古屋に赴任してきたばかり。前任者が名古屋の地獄の酷暑で倒れて入院したからだ。そのため引き継ぎが全くなされず、フランソワはマクダに泣きついた。でも彼女には仕事がある。そこで玲子たちが急きょヘルプで入ることになった。日本語が話せるのは助かるが、フランソワには他に取り柄がない。要は天然タイプ。彼女は豆腐のお味噌汁にハマったようだ。休憩に入るとフランソワは2人との雑談に花を咲かせた。「ねえ玲子、刻み揚げはお味噌汁じゃないとダメかな？」「別にしょうゆベースでもいいわよ？」「そうかな？私は刻み揚げはお味噌汁に限ると思うわ」お花畑なんだけれども彼女なりのこだわりがあるようだ。「ねえ美月、刻み揚げはどこで買うの？」「私はマックスバリュね」「確かにあそこは品揃えが充実してるわ。でもローソン100も捨てがたいわね」あそこは1種類しか売ってないでしょうが。美月はグッと飲み込んだが、仕えにくい上司ではない。フランソワはなぜかローソン100にこだわった。店舗の狭さや品揃えの悪さ。クセのある店員が好きだという。「でも店舗の狭さがストレスにならない？」「そうでもないわ。異世界ではいまだに駄菓子屋が現役だからね」「ま、マジ！？」「私たち遅れてるからね」「いや日本の方が明らかに立ち遅れてるでしょ？」「確かにみんな日本の方が5000万年遅れてるって言うわね」「私たちもそう思うわ」「必ずしもそうじゃないわ」確かに駄菓子屋よりローソン100の方がいくぶんマシかもしれないが、あまり変わらない気もする。休憩が終わると玲子たちは作業を再開した。電話がかかってこないので、予約はあまり入らないようだ。フランソワは電話番。2人はひたすら雑用に追われた。でも昼食はひつまぶし。玲子たちは久々に食べた。フランソワは泉エリアで摩訶不思議な商店街に迷い込んだ話をした。「抜け道になってるのに。なぜか[いちげんさんお断り]ってオーラだけが凄まじいの」「フランソワ、あそこは名古屋の赤っ恥だからね。2度と行かない方がいいわ」「そうなの？確かに感じ悪いけど」彼女はとある喫茶店の店員らしき老婆が感じ悪いと言う。「私たちの目の前に財布が落ちてたの。なのにあのババア、拾おうともしなかったわ」「だからダメなのよ。あんな下町気取りの腐れ落ちた商店街は」「あのババア、目が悪いの？」「いや根元から腐ってるわ」昼食をとり、少し休むと3人は作業を再開した。フランソワは電話番なのにおしゃべりに夢中。玲子はチアのアイロンがけ。美月は白のアームカバーを雑巾で拭いた。まだ1件も予約が取れていないが、フランソワは明るい表情。でも玲子たちは苦痛ではない。むしろのびのびやらせてもらえる。でも3時のおやつが微妙だった。フランソワが買ってきたアイスがあんまりおいしくない。「ねえフランソワ、あの商店街で買ったでしょ？」「な、なんでわかるの？いやこのアイス、すっごく高かったのよ？」「だからね、あそこは[高かろう悪かろう]なんだってば」「そんなことわざ異世界にないわ」フランソワはうめくようにつぶやいた。「ありえないわ。だって1個1200円もしたんだからね。なのになんでこんな情けない味しかしないの？」「泉エリアの真の実力を知らないのね？フランソワ」「よおくわかったわ」彼女はガックリと肩を落とした。「あそこはね、日本そのもの。いつまで経っても洗練されず違いがわからない人たちの薄ら寒いエリアなの」「でも地価は高いでしょ？」「確かにね。でも地価の高さと人間性は必ずしも釣り合わないわ」「間違いないわ」「いまだに勘違いしてイキってるおバカな店もあるわ。どうせ年内に潰れるだろうけど」「あのテイクアウトとデリバリー専門のボッタクリハンバーガー屋ね」「そうね。確かお盆も営業してたみたいだけど」「バカじゃないの？あんなバカ高いお店がハマるシチュエーションなんてどこにもないじゃないの」「だから商売人のくせに考えが甘すぎるのよ。どうせお盆に子どもが集まることを当て込んだんだろうけど」「まず法事でお金がかかるわ」「そうね。あと子どもたちの食費。でもあらかじめスーパーでお肉と野菜を買いだめしとけば済む話よ」「作るのが面倒なら出前やファミレスに行く手もあるわ」「最悪の場合でもコンビニがあるわ」「お盆にお金を使いたがる人がいないのよ」「なんでお店の人は気づかないの？」「不動産屋の親父が不動産以外に詳しいと思う？」「団塊じゃあタカが知れてるわね」
