金色に照らす 9
渡河する滝川軍めがけて駆け出そうとした金太夫は、己の目を疑った。
敵の先頭を走る武将は、手に朱色の槍を持ち、背中に“三界萬霊”と書かれた赤提灯を指しているのだ。
「又兵衛、裏切りおったか!」
昨夜の寺放火を報告した後、勝間村にいる敵の様子を探ってくると言ったきり戻ってこなかった又兵衛が、いままさに滝川軍を引き連れて川を渡ってくるのである。
川の中ほどまで来ていた又兵衛は、こちらに気が付くと足を止めて叫び返してきた。
「武田は滅びる!金太の兄貴も織田につけ!」
「問答無用!」
金太夫は馬に跨ったまま川に跳び込むと、又兵衛に向かって駆けだした。
貴重な敵の情報源を殺されてたまるかと、二、三人の滝川兵が又兵衛を庇うように二人の間に入った。
立ち塞がる敵の喉仏を金太夫の槍が貫いた。
「金太の兄貴はいつまで『七本槍』として利用されるつもりか!」
三人目を突き倒している金太夫に向かって、又兵衛は言った。
「利用などされておらぬ。俺は、俺の意思でここにおるのじゃ!」
鬼のような形相をした金太夫は、又兵衛の目の前までくると、相手の顔面目掛けて槍を突き出した。又兵衛門は後ずさりしながらそれを打ち払うと、中腰になり槍を構え直す。
「では、なんのために死のうとしておるのだ!」
「なんのため……」
もう一度槍を突こうとした金太夫は、動きを止めた。
いままで金太夫は、死花を咲かせるためだけに戦ってきた。
しかし、このまま討ち死にしても果たして後世まで己の名が語り継がれるのだろうかと、ふと疑問が頭を過ったのである。
金太夫は又兵衛を睨んだまま、阿修羅像のごとく動かなくなった。
又兵衛門の後方からは、次から次へと滝川兵が押し寄せてくる。
「これ以上は食い止めきれません。一旦退きましょう」
昌和が駆け寄ってきて、立ち尽くしている金太夫に声をかけた。
「又兵衛、お主の首は俺の手で討ちとってやる」
又兵衛に言い捨てると、金太夫は馬首を城の方角へと向けた。
しかし、その声はどこか弱々しかった。
(なんのため……)
法幢院曲輪へ引き返す金太夫の頭の中では、又兵衛の言葉がぐるぐるとると蜷局を巻いていた。