表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

金色に照らす 3

 巳の刻頃(午前8時)になると、銃声は次第に断続的になった。

 太陽が照り返す北近江の地は、思い出したかのように鳴きだした蝉の声で埋め尽くされた。


 徳川軍と朝倉軍の戦いである。

 緒戦は数で勝る朝倉軍の先鋒が姉川渡河に成功し、徳川軍を攻め立てた。

 しかし家康は、旗本数百騎を敵に気取られぬよう対岸に渡らせると、朝倉軍本隊の右側面を奇襲させた。

 予期せぬ敵襲に驚いた朝倉軍は動揺し、守りを固めるため川向うの先鋒を退却させた。


 一方、織田軍と浅井軍である。

 浅井軍も、陣形を整えるのに手間取っていた織田軍に対し、本陣近くまで攻め寄せる勇猛さをみせた。

 横山城を囲っていた織田軍はこれを見て、我らの旗本衆を助けよとばかりに城の包囲を解いて次々と浅井軍に襲い掛かった。

 兵の数は織田軍が勝っている。

 徐々に浅井軍は劣勢に立たされ、隣の戦場の朝倉軍が退くのを見ると一斉に崩れたった。


 これを機に織田、徳川軍は一斉に川を渡り、反撃に転じた。

 

 浅井、朝倉軍はどこまで退けばよいかと困惑しているところへ敵の猛烈な反撃を食らったものだから、両軍総崩れとなった。


 浅井長政の本拠地である小谷城へと逃げる敵を徳川軍は追い立て切り伏せ、とどまるところを知らなかった。

 

 小谷城の南西に虎御前山という小さな丘がある。六日前まで織田軍が小谷城を攻める際に本陣を敷いていたところだ。

 その麓に小川が流れている。


 一目散に逃げる敵を我も忘れ追いかけていた金太夫は、気が付くと虎御前山の麓まで来ていた。

 徒である。朝倉軍に一撃目を浴びせたとき、馬は乗り捨てていた。

  

 川を越えてきたためか、暑さのためか、甲冑の中はぐちゃりと濡れていた。


 小川に足を踏み入れようとした金太夫の目に、向こう岸で長身の男がこちらを振り返るのが映った。

 その男は腰にこれまで見たことがないほど長い太刀を帯びている。

 逃げた兵が打ち捨てていったであろう朝倉軍三盛木瓜の旗を河原に突き立てると、男はすらりと抜刀して叫んだ。


「我は鬼真柄(まがら)なり!腕に自信のある三河武士どもはかかってくるがいい!」


 その声は虎御前山の麓一帯に響き渡った。


 金太夫は無心で真柄に向かって駆け寄っていく。


 二、三人の徳川兵を切り伏せた真柄は、金太夫に気がつくと刀を構え直した。


 金太夫は背中から唐傘を抜くと地面に突き刺し、槍先を真柄に向けた。


「渡辺金太夫照。勝負!」


 金太夫はそう叫ぶと、槍を相手の顔面めがけて突き出した。真柄は長刀でそれをはねのけると、右上段から大きく切り下げた。金太夫は素早く後ろへ退く。

 槍の腕には自信があったが、はじめて対峙する太刀の長さに戸惑った。

 しかし間髪入れずに、今度は下腹部を狙って突く。相手は少しの動作でそれを避けると、左下から切り上げ、続けざまにそのまま切り下げた。一手目は手槍を真っ二つに割り、二手目はそれを躱そうとした金太夫の左肩の肉を大袖ごと切り裂いた。

 慌てて穂先のついた方の槍を前に突き出しながら、金太夫はさらに退いた。背中に傘の露先が当たるのを感じる。

 

 ふと視線をあたりに移すと、先ほどまで逃げ惑っていた朝倉兵が、真柄の勇姿に奮い立ち、次々と小川を渡ってくる徳川兵に取って返していた。


 二人の周りにも両軍の兵が集まってきている。


 再び挑みかかろうとする金太夫の甲冑が後ろへ引っ張られた。


「金太夫、いったん退くぞ」


 いつの間にか左近衛門が後ろに立っていた。

 その隣で唐傘を地面から引っこ抜いている又兵衛もいる。


 真柄は次から次へと湧いてくる徳川兵を相手にしはじめていた。


 手槍を折られ、腰の刀では太刀打ちできないと悟った金太夫は、左近衛門の言うことに従うことにした。


 「真柄十郎左衛門を知らんのか!朝倉軍一の兵だぞ。死にたいのか!」


 対岸に渡り終えると、左近衛門が珍しく興奮気味に怒鳴った。


「そんなこと知ったことか。堂々と戦って死ねれば本望だ」


 金太夫は言い返すと、又兵衛の朱槍を引っ掴もうとした。


「金太の兄貴、傷の手当てが先じゃ」


 気に留めていなかったが、金太夫の肩から血が噴き出し、左手を真っ赤に染めていた。


 向こう岸では、真柄が何人もの徳川兵を切り倒し、屍の山を築いていた。

 しかし、とうとう力尽きた真柄の首が天高く跳ね飛ばされた。


 金太夫は傷の手当てを受けながら羨望の眼差しでそれを見つめていた。


 織田、徳川軍は、敵が籠った小谷城の城下に火を放つと、それ以上無理に攻めることはしなかった。



 

 



 

 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ