表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/6

3・「氷の令嬢」への片想いを自覚する

 ***


 それから残業があった時は、帰りに「氷の令嬢」の店へ寄ることが習慣になってしまった。


 夜に開いている店はコンビニしかないので、毎回コンビニスイーツを持っていくのだが、そんな他愛のない品物を嬉しそうに小春さんは受け取ってくれる。


 一応は客としての体裁を整えるために、10分で終わる占いをお願いしているが、どうでもいい内容になっていることは否めない。


「今度、服を買うつもりなんですが、どういうものがいいですか?」

「シンプルなものが合いそうですよね。ここのお店とか、どうですか?

 方角的に合っていますし」

「じゃあ、今度の休みに行ってみます。あ、隣が有名なパティスリーですね。お土産に買ってきます」


 占い関係ないなぁと気づいてはいるが、冬の街灯だけの寒い夜道を歩いていると、小春さんは大丈夫だろうかと気になってしまう。

 管理人さんも紹介してもらったので、小春さんの身に何も起きていないことは確認できているのだが。


「……運命の相手が、小春さんだったらなぁ」


 思わずそんなことを思ってしまうくらいには、「氷の令嬢」に惹かれてしまっていた。


 ***


 奇妙な占い通いをして、半年が過ぎた。

 忘れた頃の飲み会の罰ゲーム確認は、「氷の令嬢」の手の冷たさだった。


「あれはびっくりしたなぁ。アイスハンドの異名をつけるべきだと思った」


 彼女と「氷の令嬢」の店に行った内のひとりが、結婚が決まったことの報告会を兼ねて、この前と同じ呑み屋に集まった。


「でも占いが当たるから、そっちの方に気をとられるんだよな」

「そうそう。オレ、言われた通りになったもん。『これから3ヶ月の間に決意することがあります。ただし、ご家族の健康に注意してください』って。

 そうしたら、オヤジが入院して、色々落ち込んでる時に彼女が支えてくれて。あー、結婚するならこの子がいいなぁって」


「ただの惚気じゃねーか。つつがなく老後を迎えてから家族に看取られて死ね!」

「おー、そうするわ。式は身内だけでやるから、披露宴代わりの二次会には来てくれよ」


 酒を呑みながらくだらない応酬をした後、その日は早めの解散となった。


「唯斗も占いで結婚できるって言われたんだから、早く彼女見つけろよ」

「式には呼んでくれよな〜」

「お前、自分の式に俺らを呼ばないじゃないか」


 わははと笑い合い、みんなと別れてひとりになると、急に小春さんに会いたくなった。


 半年間ずっと心配していたわけじゃない。

 だんだんと、それを口実にして会いに行きたかっただけだ。


「……お客さんとして行けば、会ってくれるよな」


 すっかり見慣れた「氷の令嬢」の笑顔は、名前の通り小春日和のように優しくあたたかい。

 このまま客としての付き合いのままなら、拒絶はされないから。


 弱い自分と向き合うのを避けながら、俺は今日もコンビニでスイーツ選びをしている。


 でも、このままでいいのか?


 いつの日か、彼女の左手薬指に指輪を見つけてしまったら。


 あのストーカー客と同じことを絶対にしないと、断言できるだろうか。

 客として通うことは、ストーカーと同じになるのではないだろうか。


「……いつまでも、このままじゃ、ダメか」


 運命の相手が俺にはいると、あの「氷の令嬢」が言ってくれたのだ。

 この恋がダメでも、きっと最後には俺を受け入れてくれる人に辿り着けるから。


 でも。


 ーーー今は、小春さんのことが、好きだから、やっぱりフラれるのは、キツい。


 酔いの消え始めた体は、きゅうっと痛む胸の切なさを誤魔化してはくれそうになかった。


 葉桜の下、いつ告白しようかと迷いながらも、足取りはまっすぐに店に向かっていた。

 店に入ると、待合室には俺と同じような年恰好の男性客がひとりだけだった。


 静かな待合室で、占いを待つ男がふたり。

 奥の部屋からはテンションの高そうな女の子の声が聞こえてくる。カップルで来ているようだ。


 ーーー俺、恋人と、この店に来ることは……無いんだろうなぁ。


 告白してフラれた相手に、彼女ができましたとわざわざ報告に来る必要もないだろう。


 アルコールが抜けてきたせいか、妙に感傷的になる。告白する時は、酒を呑まずに来ようと思っているうちに、カップルが帰り、一緒に待っていた男性客が奥の部屋へと消えた。


「……今日は何を占ってもらおうかなぁ」


 この恋が叶いますか、と聞いてみたいけれど、それを言ってしまったら、もうこの店には二度と来られない。


 いつ告白しようかと思い悩んでいると、急に物が落ちる音が聞こえた。


 一瞬で脳裏に浮かんだのは、小春さんに襲いかかるさっきの男性客の姿だった。


 反射的に椅子から立ち上がると、そのまま迷うことなく奥の部屋に続くドアを開けた。


 俺が部屋に踏み込んだ時、白いパーテーションが倒れて、その後ろにあるドアから、小春さんが逃げ出す背中が見えた。


「待て、こらぁ!」


 怒鳴り声をあげながら、小春さんを追いかけようとしている男に、俺は後ろからしがみついた。


「何してんだ!おまえ!」

「離せ!あの女が余計なことを言ったからだ!」

「占いのせいにするな!決めるのはその人自身だ!」


 力任せに前に進もうとする男に俺はそう叫ぶと、後ろにかけていた体重を勢いよく前側へと移動させた。

 急な俺の体重移動に対応しきれなかった男は、前のめりで床に倒れた。


 俺はそのまま上にのしかかり、見よう見まねで、男の右腕を持って背中に捻り上げた。


「いてぇっ!!はなせよ、てめぇ!」


 頭がいっぱいいっぱいになり、俺は何も答える余裕はなかった。

 ただ、この男が小春さんを追いかけないように必死になっていた。


 男が喚き続けていると、管理人室の前に繋がる裏口のドアが開き、警察官が入ってきた。


 その後ろには、泣きそうな顔の小春さんが立っているのが見えた。



 ***



 男が警察官に連行された後、小春さんは店を閉めて、待合室の椅子にぼんやりと座っていた。

 俺は勝手にお湯を沸かして、砂糖とミルクを入れた甘い紅茶を作って小春さんに渡した。


 ふうふうと息を吹きかけながら、ゆっくりと口をつけた小春さんは、俺を見ると小さく頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしました」

「……無事でよかったです」


 ようやく俺も肩の力が抜けて、もうひとつ用意していたカップを手にした。


 小春さんが紅茶を飲みながら、ぽつぽつと話した。


「今日は裏口の鍵は開けておいたんです。なんとなくですけど、何かある気がして。

 管理人さんに遅くても残っていてもらうように頼んで、何かあれば交番に電話するようにしていたんです」

「それも、勘、ですか?」

「はい。やっぱり外れませんでしたね」


 ふへへ、と笑う小春さんに、俺はすっかり脱力してしまった。


「なんですか、それ」

「でも、牧瀬さんが来るのは、わかりませんでした」

「役には立ちましたか?俺は」


 椅子からずり落ちそうになりながら、投げやりな気分で質問してみた。

 すると、小春さんはゆっくりと頬を染めていくと、小さな声で「はい、とても」と答えた。


「でも、牧瀬さんがケガをしないか、とても怖かった」

「……小春さん」


 小春さんは俺から目を逸らして俯くと、もっと小さな声で、


「あの、今度、お礼をしたいので、ご飯奢らせてください。だから、その、連絡先、教えてくれませんか……?」


 と言った。


 俺は間を空けることなく、「はい!喜んで!」と、椅子の上で姿勢を正して返事をした。


 それからお互いにスマートフォンを取り出して連絡先を交換すると、ちょっとだけ目を合わせて、すぐに視線を逸らすことを2、3回繰り返した後に、ようやく「それじゃ」「はい」と言って笑い合った。


 そのまま店の方から出ようとしたが、管理人さんに挨拶をしていこうと思いつき、裏口から帰ることにした。

 以前小春さんが言っていた通りで、裏口のドアを開けると、ガラス戸越しに管理人さんの姿が見えた。

 軽く頭を下げると、俺に気がついた管理人さんが戸を開けて、声をかけてくれた。


「先ほどはお世話になりました。ケガはしませんでしたか?」

「はい、特に何も。

 あの、さっきの人、なんで熱海(あたうみ)さんを襲おうとしたのか、お巡りさんには何か言ってませんでしたか?」

「ん〜。どうやら彼女が小春ちゃんの占いに行った後から、帰って来なくなったみたいでねぇ。

 関係はないと思うんだけどねぇ」


 年配の管理人さんは穏やかに言って、首をかしげた。俺も小春さんに原因はないように思えたので、一緒になって首をかしげた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ