シンボク様は悪役令嬢を守る木です。
「アメリア・コルネリウッセン。君との婚約を破棄する!」
「何を……おっしゃって…」
公爵令嬢のアメリアは困惑していた。
父や王ともそんな話を聞いていないからだ。ともすれば目の前の彼が勝手に婚約を解消させたとなる。
彼は、第二王子モーヴィ・デアル・セシリウス。
その言葉一つで、国の信用を落とすことになりかねない発言はアメリアを焦燥に駆られる。
「お待ち下さい。そのお話は、然るべき場所でお伺い致します。何故、このような所で……」
「あら、それは貴女が分かっているのではなくて?」
「エレーナ」
アメリアの声を遮ぎり現れたのは、新年度から転入してきたエレーナ・プレス侯爵令嬢。
「それは、何のことかしら?」
「しらばくれちゃって、私に対し行った数々の所業ですわ」
腕を組みながら、壇場を進むと獲物に狙いつけた猛鳥類さながらの瞳がアメリアを映す。
一方、修羅場が繰り広げられている会場の窓から覗き見てたモノがいた。
『アメリアちゃんガ〜!アメリアちゃんがイジメられてル〜!!』
「ダメですよ!シンボク様、見守るって決めたじゃないですか」
身長20センチくらいの妖精が必死に巨木を押し留めている。
『メルルちゃん止めないデ〜!!』
「アメリアに迷惑かけたいんですか?!」
今にも窓をぶち破りかねない勢いだったシンボク様は、ピタッと動きを止めると立派な葉っぱがシナっと落ち込む。
『それはヤダ〜』
目のように見える空洞からは水があふれ出し、おいおいと泣き始める。だがこの木、こう見えてもう云百年と生きている。
この世界の中心には神界樹と呼ばれる、どの大陸からも目視出来るほど、巨大すぎる樹がそびえ立っている。
その樹は、人々の生活には欠かせない魔法の源を生み出しており、その領域は誰も侵してはならないと各国家が条約を結んでいるほど。
そんな神界樹の気まぐれか、ごく稀に人型に模した木が生まれることがある。
その姿は、人型に近く、人々は“神木様”と呼んでいる。
「それに人間の前に出たらまた伐採されますよ?」
『伐採はもっとイヤ〜!!』
「まぁ、そんな人間がいたら、このメルルちゃんが木っ端微塵にしちゃいますけど!」
神木という存在は、希少すぎるせいか木に化けるモンスターと間違われる事が多い。
たまに冒険者などから、刈られそうになる事がしばしばあるのだ。
『でも、アメリアちゃんが心配だヨ〜』
「子供の成長は黙って見守るものと人間の世界にはありますよ?」
『うう……分かったヨ』
渋々了承すると、再び彼らのやり取りを見守り始める。
「私に泥水をかけ、挙げ句の果てに階段から突き落とした。証拠ならありますのよ?」
エレーナは、事件現場に落ちていたというハンカチを掲げると彼女の取り巻き達が、それ見たことかと囃し立てる。
「存じ上げません」
アメリアは、きっぱりと否定するがあれは確かに彼女の物。だが、ここで肯定してしまえば、やっていない行為を認めてしまう。
「あら、シラを切るつもり?」
「事実無根なので」
「往生際が悪いわね」
「そう言われましても、私は貴方を突き落としてなどいませんもの」
アメリアは、無実であると主張する。
「では、これも知らないかしら?」
「そ、それは!!」
エレーナが次に取り出したのが、夕闇を溶かしたような色合いのペンダント。
見覚えがあるどころか、ここ最近探しており、彼女がとても大切にしている物だった。
「まあ!これが何か知っているようですね?やはり、私が言った通り貴女がやったのでしょう?」
「ちっ違います!私ではありません!!」
だが、ここで折れてしまっては相手の思う壺。アメリアは、毅然とした態度で立ち向かう。
「あら、そう。でしたらこれは不要ですわね?」
エレーナは、その言葉と共に宝石を握りつぶそうとしたその時―――――パシッと誰かが彼女の腕を掴む。
「…………あら、殿下どうかなさいました?」
掴んだのは、モーヴィであった。
「いや、それは……その……」
彼は、言い淀む。そしてチラッとアメリアの方を見た。彼は、そのペンダントに覚えがあった。昔、アメリアが亡くした母の形見だと聞かされていたからだ。
「そうですか……」
エレーナは、モーヴィアの様子を見て察すると、パッと手を離す。
無慈悲に落ちていくペンダント。
―――ガシッーーンとガラスの割れる音が響く。
時は少し戻る。
「どうしよう!メルルちゃん。アメリアちゃんの大切なモノだよネ!?」
様子を窓から静観していた人――――いや木は、地ならししながら、出て行きたい気持ちを抑えている。だが、その姿に痺れを切らしたのはメルルだった。
「焦ったいですよシンボク様!だったら突撃あるのみ!!大丈夫です。シンボク様はワタシが守りますから!どりゃあああああ!!!!」
シンボク様を引っ張るとメルルは、窓ガラスを勢いよく突き破った。
彼女の見た目は可憐だが、中身は豪胆であり、力でねじ伏せるタイプの妖精である。
「なんだコイツらは!」
窓を破壊した事で会場は騒然とし、アメリアから直ぐにシンボク様達に目がいったようで、その場にいた人々は動揺を隠しきれない。
「えっ、モンスター?」
「いや、違う。あれは神木様だ!」
「あれが……」
腐っても貴族。さすがに国に関わる木をモンスターと見間違えず、すぐに正体を見抜いた。
「そうよ。シンボク様はオーラが違うのよ!オーラが!!」
メルルは、背中の羽をパタつかせて胸を張るとご機嫌そうにシンボクを自慢する。
「シンボク様?」
突然の出来事に呆然とするアメリアに、シンボクは近寄ると心配そうに話しかけてきた。
『アメリアちゃん大丈夫?』
「はい、私は平気です。それより、ペンダントが……」
「その心配はいらないわ!ほら!!」
メルルはペンダントが床に落ちる前に受け止めていたらしく、先ほどのガラスの音も彼女が突き破った窓の音であったのだ。
ペンダントを彼女に返すとアメリアはそれを首に掛ける。
「ですが、シンボク様がなぜこちらに?」
『なぜって、ボクたち友達でしょ?』
「助けに来たのよ」
「ありがとうございます」
アメリアは、微笑みながら礼を言うと、シンボクは照れたように頬をかく。
「さて、アメリア物を盗んだのはあなた達よね?」
ビシッとメルルが指した先は、エレーナの取り巻き連中であった。
彼らは一様に顔を青ざめさせ、鋭い目つきをした妖精を見ると震え上がる。
「な、なんの話だ?」
「しらばくれてもシンボク様の前ではムダですよ?ね、シンボク様」
『そうだヨ!くらえっSINBOKU・EYE』
シンボクの目だと思われる空洞から淡い紫の光が放たれるとそれは立体映像として浮かび上がる。
数人の人物がアメリアの部屋を侵入し、部屋を物色したあと、何かを持ってエレーナに手渡した所で映像は終わる。
「こんなの紛い物だ!」
「だいたいこんなバケモノの言う事誰が信じると言うのだ!」
それを見た取り巻きたちは息まいて反論する。
「あ゛?シンボク様が、バケモノ?今、シンボク様の事をバケモノって言いました?」
メルルは、コンッと壁を裏拳で軽く殴るとピキッと亀裂が入ると大岩くらいの凹みが出来上がる。
「ひぃ!?」
「お許しください!!」
その威圧に押され、すぐさま土下座をする彼らは、まさに蛇に睨まれた蛙のようであった。
『メルルちゃんそこまでだヨ』
「は〜い!」
シンボクに諭され、渋々引き下がると、今度はアメリアがエレーナに向かい合う。
「エレーナさん、貴方は私の大切なものを壊そうとしただけでなく、貶めた。これは、到底許されることではありません。それに……」
アメリアの言葉は続かなかった。何故なら、隣にいるシンボク様の右枝がドサッと音を立てて落ち、それを見た彼女の瞳孔は大きく開く。
「少し黙っててくれるかしら?」
静かだが確かな怒りのこもった声がエレーナから発せられる。
彼女の右手のひらには楕円型の緑の風が渦巻いており、シンボク様の枝を切ったのも彼女の仕業だと分かる。
「エレーナ!お前、なにをやって!!」
「何を?私に泥を塗ったモンスターを成敗しているだけですわ。それとも何かしら、邪魔をなさるの?」
さすがの王子も事の重大さに気づき、焦るが彼女は反省の色を見せないどころか、むしろ自分の非を認めず開き直る始末。
「なっ、なにを言っているんだ!君は神木様の事を知らないのか?!」
「知らないですわ。そんな得体の知れない木なんて、私は興味ありませんもの」
その言葉に、モーヴィアは絶句する。神木は国の存亡に関わる木。その話を知らない人物が存在するなど誰が思おうか。
それを蔑ろにする発言をすればどうなるかなど、考えなくてもわかること。
「エレーナ、貴様……!!」
「殿下、どうかなさいまして?まさか、私が間違っていると仰いますの?」
彼女は無邪気な笑みを浮かべる。この場にそぐわないその笑顔は、背筋が凍る感覚に襲われる。
「アメリアすまない。どうやら俺が間違っていた。責任は取る」
「……」
アメリアは、彼の覚悟を決めた顔を見て何も言わなかった。モーヴィは剣を抜くと、エレーナにその切っ先を向けて宣言する。
「これ以上、国を混乱させるわけにはいかない。これ以上発言すれば、その首を跳ねるぞ!!」
「あらあら、危ないですわ。そんな物騒な武器をレディに向けるなんて、紳士失格ですわよ」
彼女は刃先を人差し指でなぞりながら、這わせていた指先に魔力を込めるとモーヴィを吹き飛ばす。
壁に叩きつけられた彼は、口から血を吐き、床に倒れ伏した。
「殿下!?」
アメリアは慌てて駆け寄り、容態を確認すると気絶しただけのようで、ホッとする。
「エレーナ、あなた一体…」
「ふふっ、第二王子を使って、王室に入り込もうと画策してましたのに余計な邪魔が入りましたわ」
「……どういうこと?」
「簡単なことですわ。私が欲しいものは、王妃の座。その為には王族に取り入る必要があるでしょう?」
「だからってこんな事を!」
「こんな事とは、随分と酷い言い方をしますのね。まぁ、良いですわ。計画が頓挫したのなら力尽くで頂きますわ」
するとエレーナの身体が泥粘土のように歪むと、人型だった彼女の形が変わっていく。
「なっ!まさか貴女は、魔族!?」
「そうよ、そしてこれが私の正体。悪いけど、あなた方には死んでもらいますわ」
そこに現れたのは醜悪な姿をした巨体なスライムであった。
「何をしているの?護衛騎士!今すぐここに居る人達を避難させなさい!!」
あまりの出来事に動けなかった護衛騎士達は、アメリアの叱咤で、我に帰ったのか急いで指示を出す。
『もう遅いですわ』
エレーナであったスライムはその体から触手を伸ばすと鞭のようにしならせ、会場にいる者達を次々と拘束していく。
状況を理解した生徒達は阿鼻叫喚し、あっという間に会場は混乱に包まれた。
『あははは!このまま私の養分とさせて頂きますわ!』
拘束された生徒はスライムの体にトプンと取り込まれる。スライムの体は溶解液で形成されており、悲鳴を上げながら溶けていく。
「なんて事・・・・・・」
「アメリア様お下がりください!!」
「ここは我々が応戦します!」
アメリアを守るように護衛騎士は彼女を囲むと、各々の武器を構え臨戦態勢を取る。魔法を使える者は詠唱し、攻撃を仕掛けるが、効果はなく全て弾かれてしまう。
「何て硬さだ!」
「怯むな!!放ち続けろ!!」
少しでもダメージを与えようと、攻撃を続けるが、怯む様子は一向になく、むしろ効いていないように見える。
『無駄な足掻きですわ。さようなら』
護衛騎士を絡め取ろうと、触手を伸ばしたその時、突如として腕は切り落とされた。
それは、アメリアが放った風の刃によるもの。
「アメリア様!」
「私も戦いますわ。コルネリウッセン家としてここで逃げては名が恥じます」
「しかし!」
「くどい!早く負傷者を運び出しなさい!」
「はい!」
アメリアが一喝すると、護衛騎士の一人が返事をして動き出す。
彼らは、他の仲間達の救出と生徒たちの避難誘導で忙しく動く中、アメリアは目の前の敵を見据える。
『私の触手を切り落とすなんてやるじゃない。でも、そんなものじゃ私の体は傷一つ付かないわよ?』
「あら、どうかしら?試してみる?」
アメリアは両手を広げると、風が吹き荒れる。
そして、彼女が手を握りしめると、無数の鋭利な刃物のようなつむじ風が辺りを飛び交う。
『面白いわね。いいわ、始めましょうか!私の楽しいダンスパーティーを!!』
スライムは咆哮を上げると無数の触手を生やし、手当たり次第に攻撃を始めた。建物内は破壊され、瓦礫が崩れ落ちる。
だが、その攻撃を掻い潜り、確実に相手の急所を狙う。
「そこ!!」
彼女は的確に狙いを定め、切り裂く。しかし、彼女の魔法では、表面を少し削るだけで、決定打に欠ける。
「これならどう?」
今度は複数の火球を生み出し、それを飛ばす。
命中すると爆発を起こし、周りに煙が立ち込める。
「どうだ!?」
護衛騎士の一人が声を上げた瞬間、爆炎の中から触手が伸びてきて、彼を捕らえた。
『あら、残念。私は魔族ですから、大体の魔法なんて効かないですわ』
「ぐっ、離せ!!」
『ふふっ、それじゃあ御機嫌よう。恨むなら自分の運命を呪いなさい』
そう言うと、捕らえられた男は、スライムの中に呑まれる。
「ぐああぁぁぁぁぁ!!!」
悲痛な叫びと共に男は抵抗するが、それも虚しく溶けていった。
「よくも!!」
怒りに任せ、アメリアは風を巻き起こし、スライムにぶつける。
『きゃー!痛ぁーい。なーんてねっ!!』
「しまった!!」
いつの間にか足元まで迫っていた触手がアメリアの身体全体に巻き付く。彼女は、何とか振り解こうとするが、解けない。
「くっ・・・」
「アメリア様!!」
アメリアが捕まったことを察した護衛騎士は、剣を持って彼女を助けるため駆け寄ろうとする。だが、だが、別の触手が行く手を阻んだ。
護衛騎士は、剣を振るい、触手を斬り落とそうとするが、逆に跳ね返されてしまい、吹き飛ばされてしまう。
「来ちゃダメ!あなた達まで捕まるわよ!?」
「ですが!」
「良いから早く行きなさい!これは命令よ!」
「・・・分かりました」
護衛騎士達は悔しそうに唇を噛み締めながらその場を離れた。
『あら、いいのかしら?もう、助けなんて来ないかもしれませんわよ?』
触手の力を強め、アメリアの身体を絞めて上げていく。
「あわわわわ。どうしましょ?シンボク様ぁ」
『光魔法を使える人はここ近年現れていないからネ~』
一方、シンボク様達はこの事態をどう対処しようか悩んでいた。考えてみたがどうにも思いつかない。
魔族には、光魔法しか効かないのだ。しかし、その光魔法を扱える者は現在確認されていない。
「でも、このままだとアメリアが死んじゃいますよぉ」
切り落とされた枝をメルルに手伝ってもらいながら断面にくっつける。切り目からは淡い緑の光が溢れ出し、元通りになった。
『メルルちゃん。ありがとうネェ。一応、どうにか出来るには出来るケド……』
打開策はあるらしいが、なぜか渋っているシンボク様は、言い淀みながらあるものを取り出す。差し出された“モノ”を見た瞬間、メルルは察した。
「あー流石にこれを使うとなるとちょっと気が引けますね……」
『だよネー』
二人は困った表情を浮かべるも、このままだとアメリアの命が危ない。
彼女は、未だに抵抗しているが、力の差がありすぎて抜け出せないでいる。
「ぐ、ううう……」
『あはは!良い声で叫びますわねぇ。でも、残念。これでおしまいですわ』
「私に…もっと…力があれば」
締め付ける力が強くなり、骨が軋む音が聞こえてくる。意識が遠退き、視界が霞んでくる。
『うふふ。それでは、御機嫌よう。アメリア様』
もう駄目だと思ったその時。突如として、スライムの動きが止まる。
『させないヨォ』
流石にやばいと思ったシンボク様が木の根でスライムを拘束していた。スライムは必死に逃れようと暴れるが、ビクともしない。
『何ですのこれは!!放しなさい!』
『メルルちゃん!』
「がってん承知の助!」
アメリアを捕まえてる触手を引きちぎるとそのままスライム本体に拳を叩き込む。すると、衝撃で吹っ飛び、壁に激突する。その隙に彼女を抱き抱えてシンボク様の樹冠に避難させた。
『グフゥ!な、なぜ!?』
「メルルちゃんナイスぅ!それじゃあ、僕もいっくヨォ」
シンボク様は、魔法を発動させると、地面から無数の槍が突き上げる。それはまるで、串刺し刑のように容赦なく襲う。
『ぐわああああ!!』
二人の連携により、多少なりともダメージを与えられたようだ。スライムは、怒り狂うように触手を振り回し、辺りを破壊していく。
「意外にいけそうですよ!!」
『ウン!一気に決めるヨ!』
更なる追い討ちをかけようとした時だった。突然スライムは体を震わせたかと思えば、膨張し始める。
そして、体のあちこちから大量の酸を撒き散らす。
「げっ、ヤッバ!!」
『撤退してくれたらなぁと思っていたけド、やっぱ光属性じゃないとダメだネ!』
間一髪避けた二人だったが、その隙にスライムは触手を伸ばし彼らを捕らえた。
『あ、ヤバ!メルルちゃん何とかしてェ〜』
「無理です!シンボク様を粉々にしてしまいます!!」
メルルの力は物理に完全特化しているため、シンボク様ごと消し飛ばしてしまう可能性がある。
『それはヤメテ!』
どうすることも出来ずにいると、スライムは、勝ち誇ったかのように笑い出す。
『アハハハハ!!無駄な抵抗でしたわね。御機嫌よう、死ね!』
捕らわれたシンボク様達は体内に引き込まれてしまう。だが、神木なだけあってか、すぐには溶けなかった。
「シンボク様ぁ!」
それでも、溶けるのは、時間の問題。メルルはシンボクに縋り付きながら焦っている。
『ンー仕方なイ!アメリアちゃんゴメンネ!!』
救出した時には気絶していたアメリアを茂みから出すと、次に長卵型の白い宝石を出現させる。それは先刻メルルに見せたものだった。
その宝石をアメリアに添えると彼女の中に沈み込む。
すると、彼女の身体から光が溢れ始める。その光は目を開けられない程、どんどん強くなり遂にはスライムの内側を突き破るほどの威力に変わる。
『なんですの?!これは!!ウギャァアアアアアアアア!!!』
身の内側に起こる変化に気づいたスライムだが既に手遅れで、断末魔を上げながら、体が弾け飛ぶ。
「シンボク様!やりましたね!!」
「ウン。良かったケド、良くもないけどネ」
脱出に成功し、喜ぶメルルとは違い、シンボク様の反応は絶妙だ。
あの宝石は、神界樹の力の一部である。シンボク様自身では扱えず、人に植え付けて初めて発揮する代物なのだ。
とりあえずシンボク様は、アメリアを揺すると彼女は、身をよじり目を覚ます。
「う、ううん・・・あれ、私は一体?」
その時、近くのガレキから物音がした。“ずっずっ”と引きずる音。振り返るとそこには、スライムでありながら人型を保とうとするイリーナの姿がそこにあった。
『おのれ……おのれおのれおのれおノレオノレオノレオノレ!!!』
怨声を上げながら地を這い、下肢は形成する力もないのか、その先は無い。執念だけで動く彼女は、アメリアに掴み掛かろうと手を伸ばす。だが、足首を掴む前に指先が吹き飛んだ。
『あガぁあああ!!!ア……コノ、力……マサカ聖女ダト言ウノデスノ……』
「聖女?」
聞き慣れない単語にアメリアは疑問を感じる。その横ではシンボク様とメルルが目を逸らして口笛を吹いている。
彼女は、事情を知ってそうな彼らの尋問は後にして今はイリーナに質問する。
「貴方は王室を乗っ取ると言いましたね。何のために?」
「フフフフフフフフフフフ」
だが、イリーナは答える気がないらしく不気味に笑うだけ。その姿には薄ら寒さを感じて、思わず身震いする。
「フフフ、コレは始マリニ過ギ……マセンワ」
「どういう意味ですか?」
「イズレ分カリマスワ。サテ、私モココマデネ」
そう言い残すと、イリーナの身体がだんだんと塵となって消えていく。その様子を目の当たりにしたアメリアは、彼女がもう助からないと悟った。
「アア、貴女ガタガ居ナカッタラ計画ガ全テ上手ク行キマシタノニ。残念デシタワ。アハハハハハッ!!」
最後まで高笑いしながらイリーナの全身は完全に消滅した。その後に残ったのは、破壊された建物と負傷者と死人だけだった。
数十分後には、国の騎士団が到着し、この惨状を見て呆然と立ち尽くしていた。パーティに参加した者達に事情聴取を行った後、亡くなった者の家族や友人に訃報を伝えられた。
数日後、アメリアは王の執務室に呼び出されていた。
「アメリア殿、此度の件。誠に申し訳なかった。全てはこの王であるワシの失態だ」
王は深く頭を下げ謝罪をする。その表情は苦悩に満ちており、心から悔いているように見えた。
「いえ、陛下のせいではありません。それに、皆を救えなかったのは事実です。私がもっと強ければ……」
拳を強く握り締める。そんな彼女に対して、王は優しく語りかける。
「自分を責めるでない。君はよくやってくれた。魔族を倒したそうだが、我が国民を守ってくれて感謝している」
彼女の記憶には無いが、数人の生徒たちの証言から、アメリアがモンスターを倒したとなっている。
謙遜したところで、何が変わるわけではないので素直に感謝を受け取ることにしたのだ。
「あの、陛下。殿下は……」
「あやつは、現在謹慎処分になっている。今回の事件に関して、我が国の騎士が殺されている。厳罰は免れないだろうな」
「そう……ですか」
一方的な婚約破棄とは言え、少なからず情があったのだろう。悲しげに俯く。
そんなアメリアを察してか、王は話題を切り替える。だが、その内容はあまり喜ばしいものではなかった。
「して、イリーナよ。聖女の力を授かったそうだな」
「あまり実感はないのですが、そのようです」
「……そうか」
彼女は胸元に手を当てると自分の力ではない別のものを感じる。
それは、温かくも力強く、それでいて優しいものだが、違和感が拭えない。まるで、身の内を喰らい尽くすような恐怖すら覚えてしまう。
「実はだな、君を呼び出したのは他でもない。その力の事だ」
「存じ上げております」
話は、事前にシンボク様から聞いていた。
遥か昔、魔族が人間界に侵攻してきた際に一人の女性が神界樹に祈ったところ、神界樹はその祈りに応え、彼女に力を授け、魔族を倒したという。だが、悪しき者を退けるその強大な力は、代償もある。
彼女は、神界樹の苗床として生きる運命を背負う事となる。いずれ身体機能を奪われ最終的に神脈樹と繋がる樹となってその地に根ざす。
つまり、聖女とは、人間を辞めるという事だった。
「シンボク様が土下座しながら説明してましたから……でも、ああしなければ被害は拡大していたでしょうし、後悔はありません」
「そうか……辛いのう」
「あの、陛下。私、神界樹のもとへ行こう思っております」
シンボク様の提案で、アメリアは旅に出ようと思い立った。その目的地は、神界樹に聖女の力を取り除いて貰えるかもしれないと言われたからだ。
「だが、あの地は、不可侵条約を結んでおる。踏み込むためには、正式な手続きを踏まなければならぬ」
「そうなのですね。分かりました。ありがとうございます」
「だが、気をつけるんじゃぞ。今や魔族はどこに潜んでいるのか分からん。それに、イリーナのような輩がいるかも知れんしの」
「はい。シンボク様もご一緒なので、大丈夫だとは思います」
彼女は笑顔で答える。その目には、確かな覚悟が宿っていた。それを見た王は、大きくため息を吐きながら苦笑する。
「分かった。だが、無理だけはしないで欲しい。いつでもこの国に帰って来なさい」
「はい!」
こうして、アメリア達の旅が始まった。それは、苦難に満ちた道のりになるだろう。それでも、アメリアは進む。
いつかまた故郷に帰れるようにと願いを込めて……。