6.母
母親と僕の現状を知っている親戚は、年忌の時にいつも心が強いだとか偉いだとか言ってくる。
確かに、父と姉が亡くなって、数日後には普通に学校に行っていたし、今ではちゃんと学校にも通ってバイトもしている。
けど、それはそうしなければならないからで。後から何か思いつめたところでどうしようもないんだから、そうやって切り替えて過ごす方が上手く生きられるだろうし、そうするべきなんだと思う。程度は違えど身内を亡くした経験のある彼らもみんなそうやってどうにか生活してる。
だから多分、親戚のその言葉は僕を褒めているというよりは、遠回しに母に忠告しているのだろう。それが嫌だった。家に帰った後に心苦しそうに謝ってくる母の姿なんか、見たくない。親の弱々しい姿は、心の奥深い部分に突き刺さる。
だから綾さんと別れた後、母に心配をかけないように急ぎ足で家に帰った。玄関の扉を開けて廊下を進むと、リビングの電気が消えていた。母はもう寝てしまったのだろうか、なんて思ったのだけど、奥の部屋から明かりが漏れていることに気づく。
「ただいま」
リビングの明かりをつけ、奥の部屋の中にいるであろう母が気づくくらいの声量を出すと、しばらくして母が顔を出した。
「ただいま」
「――おかえりなさい」
うつむきがちに出てきた母の目元が赤い気がして、訊く。
「大丈夫?」
「ええ」
「ご飯食べて来た。はい、これケーキ」
顔を合わせてすぐ、ちゃんと持って帰ってきたケーキを母に渡すと、母の表情にほんのりと微笑みが浮かぶ。その表情を見て、反射的に訊く。
「お母さん、晩ご飯は?」
少しの沈黙の後、母が口を開く。
「……なんだか食欲なくて」
「ちょっとでいいから食べた方がいいよ」
薬を飲まないといけないし。そう口に出すことはできなかった。
母は姉と父が亡くなってから鬱病だと診断されていた。最近は随分と和らいできたけれど、一時期はひどく、僕が母に病院に行くように頼み、診察して薬をもらっているのだ。胃が荒れるのを防ぐため、服用前に何か口に入れた方がいい。
「ううん、大丈夫よ。ありがとう」
僕は母に気づかれないくらいのため息とともに訊く。
「お姉ちゃんの分作った時の残りは?」
「あるけど……」
「レンジでチンしようか?」
母の気を使うような表情。断られる気がした。
どうしようか。……よし、まだ少しなら食べられる。
「ちょっとだけお腹すいてるから温めて食べるね。お母さんもちょっと食べようよ」
そう言うと、母はゆっくりと頷く。
冷蔵庫に残っているおかずを取り出し、机の上に置いたケーキの箱を冷やそうと手に持つ。
「あ、先にそれ渡してくるわね」
母の指は、冷蔵庫に入れかけたケーキの箱を差している。姉と父に供えてくるということだ。
「ああ。そっか。はい」
「ありがとう」
「……あ、保冷剤まだ大丈夫?」
「ちょっと溶けてるわね」
念の為、冷凍庫から完全に冷え固まった保冷剤を取り出し、母に渡す。母は受け取った保冷剤と一緒にケーキを皿に並べ、奥の部屋へと持っていった。
僕はラップをしたおかずの皿をレンジに入れ、タイマーをセットする。
レンジの音が響くまで、母は奥の部屋から出てこなかった。