15.お供え
私のせいでその子は死んだの。彼女は最後にそう締めくくった。
「前言ったでしょ? 一緒にケーキのイベントに行った子の話」
「はい」
「それが、その子なの」
あの時、彼女は思い出すように天を仰いでいた。
「じゃあ、紅葉狩りも」
「そう、一緒に行った」
「そうなんですか……」
「うん。だから、私も大切な人が死んでるから。少し、ほんの少しかもしれないけど、芳樹くんの気持ちがわかるの――私も、その子が亡くなったって知ったあと、おばあちゃんが私に何も聞かずにいつも通り接してくれたの、随分助かったから」
「同じ……なんですね」
「そうだね」
それを訊くと、彼女の今までの行動が納得できる。
「おばあちゃんがずっと心の拠り所だったんだ」
彼女は、また空を見上げながら、笑う。
僕は思わず口を開く。
「だから――」
死のうと思ったのだろうか。その祖母が亡くなったから。
「だから?」
「……いや」
彼女とご飯の約束をした日。ちょうど声が聞こえたその日は、彼女の祖母の葬式が終わってすぐだった。もし、それがきっかけならば筋は通っている。
「何でもないです」
「気になるなあ……まあ、いいけど。芳樹くんの話は終わり?」
「聞いてくれますか?」
理解していた通り、人間は相手のことをよく知っていればいるほどに自分のことを曝け出すことに抵抗がなくなる。
本来ならばこんなに急速に話が進むなんてこと、よっぽどじゃないとありえないはずだけど、彼女が死にたいと思う原因を知りたい僕の思いと、彼女の人のことを考える能力の高さが合わさるとよっぽどじゃなかったらしい。
その日、僕は高校になって初めて、今まで起こった全てのこと――もちろん声の話は言わないけど、僕の記憶に一生残り続けるはずの記憶を話したんだから、全てのことと言っても過言でないと思う――を彼女に聞いてもらうことになった。
姉が死んだあの日から、誰にもしなかったことを彼女に対して行った。
ただ話をする、とかそんな単純なことじゃない。話すだけなら、中学の担任に対して何度もしている。
熱さと同じで、人のことを信じる感情も、その感覚から離れてしまえば忘れるものなのだと思う。
多分その日、僕がずっと長い間忘れていた、誰かに心を開くということを思い出したんだと思う。
つまるところ、綾さんに対して完全に気を許してしまったのだ。
自分が心を開くことのできる相手が死ぬことを、何とも思わないわけがない。さすがに僕はそんな人でなしじゃない。
だから、話を真剣に聞いてくれる彼女の目を見て、僕はあることを考えた。
彼女は、死ぬべきじゃないと思った。
駅の構内、改札に向かう通路に甘い香りが広がっている。
ホワイトデーが近づいているからか、駅の構内には常に出店している店舗の他、いろんな限定出店があった。三月十四日のイベントを示すボードのはられたスイーツ系の店が多い。
「ちょっと並んでいいですか?」
僕は彼女にそう言ってケーキ屋の列に並ぶ。
「ホワイトデー?」
「違います」
「じゃ、お供え?」
「はい」
「優しいね」
「違いますよ」
僕の行動は、基本的に母親の機嫌をとるためだ。
首を振ると、聡い彼女は僕の感情を理解してくれたらしく、温かい表情のまま続ける。
「違うんだ」
「はい」
「私も、何かお供え買おうかなあ」
「何買うんですか?」
うーん、と周りを見渡していた彼女は、何かを見つけたらしい。
「あれ」
そう言って彼女が一つの店を指差す。その指は、常に出店しているらしい一つの店舗に向いていた。
「甘栗」
「専門店って珍しいですよね」
店舗を構えているのを初めて見た。どちらかと言うと、屋台のイメージが強い。けど、人気店なのか店の前には結構な列ができていた。
「そうなの。結構有名らしいよ。お供えにぴったりでしょ?」
彼女は自信げな表情をする。
「みんな好きだったの、甘栗。と言うか、私が好きになったのは完全におばあちゃんの影響」
「そうだったんですか」
「そう、いつでも家にあったから」
話しているうちに列は減り、僕はケーキを購入する。
そして僕たちは新たな列に並び直した。
彼女と別れた後、晩ご飯の時間まで時間があったので最寄り駅と違う駅で降りて、併設された大きなショッピングモールに寄った。
中に入ると、さっきの駅と同じでホワイトデーのイベントブースが設置されていて、様々な種類のスイーツ店が出店していた。
チョコレートを買うなんて、初めてだったから、なにを買えばいいのかわからなかった。
綾さんに返すチョコレートだ。いつももらってばかりではいけない。それに。
――来月何かお返ししてくれたらいいからさ
彼女にはホワイトデーなんか存在しないんじゃないのか。また浮かびかけた言葉は首を振ってかき消す。
ちゃんと、彼女に渡そうと、そういう気持ちになった。




