11.部活
終礼後、僕はクラスメイトと一緒に急いで家庭科室に向かっていた。部活の準備をする担当になっていたのだ。
ちょうど先週バレンタインだったということで、今日はチョコレートを使ったお菓子を作ることになっていた。
他の部員が来る前に家庭科室に行き、準備室にあるホワイトボードに書かれている通りに材料を揃える。
冷蔵庫からバターと生クリーム、卵を取り出す。あと――
「新川くん、この上にあるココアパウダー取ってくれない?」
身長の低い柏井は、棚の上まで手が届かない。
「ああ、ごめん気づかなかった」
僕は手を伸ばしてココアパウダーの袋を取る。彼女は少し顔を赤らめて「ありがとう」と笑う。
「全然」
そのための二人担当制だ。
「いいよ、棚から取るのは僕がやるから。柏井はチョコレートの枚数確認して出してくれる?」
そう言うと、彼女は頷いて、冷蔵庫から板チョコを取り出して枚数を数え始める。僕は棚の奥にあるチョコチップとホットケーキミックス、オレンジコンフィの袋を取り出した。
全ての材料が揃ったので、準備室から出てテーブルに分けて置いていく。食器類はみんなで準備するため、僕たちのこれで終わりだ。
準備を終え、正面から見て右側の席に座る。
彼女は僕の正面に座ってきた。
他の部員が来るまでにはまだ時間がある。僕はこの時間が得意じゃなかった。クラスメイトと二人だけで同じ教室にいて、何を話せばいいのかわからない。
だから、柏井が話題を振ってくれるのはありがたかった。柏井も、大概コミュニケーション能力が高い。
「うちの部活バレンタインとかイベントの時豪華になるよね」
彼女の言葉通り、イベントごとに何かしら手の凝ったスイーツを作る。今日はグループで一つのチョコレートケーキと、各自クッキーかオランジェットのどちらか好きな方を作ることになっている。
「そうだよね」
「あ、でも新川くんバイトでもっとすごいケーキ作ってるかー、綾先輩と同じところなんだよね」
綾さんが謝っていたことを思い出す。
「いや、バイト先のケーキは店長が作ってるから」
「そうなんだ」
「そう」
「そっかぁ……。ね、今度バイト先行っていい?」
彼女が目を爛々と輝かせながら訊いてくる。
「……まあ、いいよ」
その訊き方をされて断ることはできない。
「ほんと!」
「今度ね」
「うん、ありがとう! よかったぁ」
しばらく話していると、他の部員がちらほらと現れる。挨拶を交わしていると、綾さんが入ってくるのが見えた。
彼女は笑顔を作り、みんなに話しかけながら近づいてきた。今日は僕たちのグループに入るらしい。今日はこの三人だ。
ふと柏井に目をやると、彼女が少しだけ困ったような表情をしていた。
「二人ともお疲れー、ありがとう」
綾さんは僕たちが準備の担当になっていたことを知っていたのか、彼女が笑いながらそう言ってくれる。
ちらりと前を見ると、柏井の表情はもう元に戻っている。
先輩相手だと気を使わなければならないからだろうか、と思ったけど、少人数で活動している家庭科部では先輩と一緒のグループになることの方が多い。気のせいだろうか。
僕は隣に座ってきた綾さんに聞きそびれていたことを訊く。
「バイト減らしたんですか?」
今まで幽霊部員だった理由は、バイト優先だから、と言っていたはずだ。
「うん、部活は出たいなと思って樺さんにシフト減らしてもらえるように頼んだの」
「お菓子作りしたいって言ってましたもんね」
「そうそう、料理は家でしてるからいいんだけど、お菓子はね。家で作れないこともないけど器具とか持ってないし、せっかく所属してるんだから参加したいなって」
急にそんなことになった理由の方が問題だけど、訊いても仕方ないとわかっていたから訊かなかった。
開始時間になると、みんな少し急ぎ気味でお菓子作りを始める。作るものがいつもより多いので早めにしないといけないのだ。
「芳樹くん、なにそれ上手!」
メレンゲを作っている時、綾さんが大きな声を上げる。自宅でホットケーキを作る時は、フワフワにするために卵白を泡立てる。隔週でやっているので慣れていた。
「私にもやらせて」
僕が彼女にボウルを渡し説明すると、彼女が動かしにくそうに手を回す。
結局、一人では疲れるのでみんなで順番に回してメレンゲを作ることになった。順番に泡立てている間、僕は他の作業を同時進行で進めていた。単純に時間がないのもあるけど、個人的に、部活が長引くことは避けたかった。
「おお、なんか手慣れてるね」
そんな僕の行動を見て、綾さんが感心した声を上げる。
「そんなことないですよ」
一瞬ヒヤリとする。自分のために急いでいると気づかれるのは良くくない。
「なんかいつもやってる感あるよ」
「さすがカフェ店員だね」
柏井が隣からそんなことを呟く。
「いや、関係ないよ、私できないし。芳樹くんがすごいだけ」
綾さんが柏井のその言葉に、手をひらひらさせながら笑う。僕はそんな二人の話を聞きながら、ひたすらチョコレートを溶かしていた。
無事にケーキの準備を終える。型に流してオーブンに入れれば、あとは各自で好きなものを作る時間だ。
「私オレンジの代わりに栗入れようかな」
準備していたら、彼女が僕だけに聞こえる声でそんなことを言う。
「合うんですか栗とチョコって」
「合うでしょ、甘栗なんだから」
「どういう理論ですか」
「何の話ですか?」
僕が笑っていたら、柏井が人の良さそうな顔で話に入ってくる。
「何で甘いものに酸味を混ぜるのかなって」
彼女は準備されたオレンジを指差す。
「けどクッキーじゃなくてそっち選んでるじゃないですか」
「美味しいから不思議なの」
その彼女の言葉に柏井も笑顔を作る。
「吉水先輩面白いね。ね、新川くん」
ただ面白いの一言で片付けていいのかわからなかったから、僕は微笑むだけにとどめておいた。
調理と試食を終えると、片付けの時間になる。
ここ何回かの部活でわかったことだけど、綾さんは率先して片付けをする。
多分、そういうところも、周りの部員の中にスッと溶け込める理由の一つなんだろう。僕たちも、彼女につられて掃除や使った器具の洗い物を始めた。
帰り、駐輪場に行くと、柏井も自転車を取るところだったらしい、自転車のまえでしゃがみこみ、鍵をいじっていた。
駐輪場に設置されたライトが壊れていて、辺りが暗い。だから僕はいつもするようにスマホのライトをつける。とりあえず、彼女がてこずってそうなので、彼女の手元に。
「ありがとう」
彼女のお礼に相槌で返し、今度は自分の自転車にライトを向け、鍵を外す。
荷物を自転車のカゴに詰め、ケーキが傾かないように調整していたら、彼女はまだ自転車に乗らずその場に立っていた。
「新川くん!」
突然、彼女が力を込めた声で僕の名前を呼ぶ。
「うん?」
彼女は持っていたクッキーを目の前に差し出してきた。
「……これ、あげる。バレンタイン、ちょっと遅めだけど」
僕はオランジェットを作っていたので、クッキーをもらえるのはありがたかった。そんなことを思っている僕はまだ、何もわかっていなかった。
「え、いいの?」
「うん」
「ありがとう」
「じゃ、また」
彼女はそう言うと、すぐに自転車にまたがって校門のほうに走り去って行った。




