魔女と過ごすハロウィーン・ナイト
日が沈むと闇を増すばかりのこの街が、今夜だけはいつもと違う。
カボチャをくり抜き、悪魔の顔を模したランタンの灯火が一つ、また一つと街路を照らし始める。商店の軒先には、白くてまるっこいオバケの人形が吊るされていく。
人々のはなす声が聞こえてきた。
幻想的なランタンの明かりに誘われて、みな思い思いの仮装をした人々が商店街に集まって来た。
さあ、ハロウィーン・ナイトの始まりだ。
このハロウィーンの祭典をプロデュースしているのは、魔女だ。魔女はこの街を裏から牛耳る反社会的人物。魔女の息がかかった商店の店主たちが主導して、飾りつけや仮装などを住民に呼びかけた。そうして、このように明るく賑やかな夜が出来上がる。
住民たちはだいぶ乗り気だ。フランケンシュタイン、ドラキュラ、海賊、死神など、みんななかなか凝った衣装を着ている。
普段は恐れられ、忌み嫌われる存在に、今夜だけは誰もがなりたがる。そんな特別な夜なのだ。
中でも女性に一番人気の仮装は魔女。黒いとんがり帽子に黒いマントをはおるだけというお手軽さが受けた。というより、服屋の店主が今夜のために無料で配布したというのが大きいかもしれない。
ただ、彼女たちは当然、偽物の魔女である。
そして、本物はというと……
僕の横にいる。しかもゴスロリ系の白雪姫ファッションという派手な仮装で、堂々と街中を歩いている。綺麗な人がこんな衣装を着ていたらそりゃ目立つ。すれ違う男性がほうけた顔で振り返るのだが、魔女はそれを気にも留めない。
「みんなまだまだ地味ねえ、来年はもっと派手な衣装を作らせなきゃね。でも、あなたのそのクモ男の仮装はなかなか似合ってるわよ」
僕は、なぜかクモ男をイメージした赤と青の全身タイツを着せられている。めっちゃ注目されてるよ、恥ずかしい。
でも、魔女の命令だから仕方がない。僕はみじめな人生を変えたくて、魔女と悪魔の取引をしたのだ。だから一生彼女には逆らえない。
「来年は、僕の仮装は地味なのでお願いします。それにしても、たくさん人が集まりましたね。いいんですか、外に出てきちゃって、しかもそんな派手な格好で」
「いいの、いいの――あら?」
魔女は、後ろから衣装の裾を引っ張られるのに気づいた。
振り返って見てみると、そこには可愛らしい小さなドラキュラと魔女のペアがいた。
「「 トリック・オア・トリート! 」」
小さなドラキュラと魔女は楽しそうに笑って両手を差し出している。
「やい、白雪姫とクモ男め。お菓子をくんないと、吸血鬼にしちゃうぞ」
小さなドラキュラは口を大きく開けて、長い牙を見せつける。
そして、小さな魔女も負けてはいない。
「そこのあなたたち。お菓子をわらわに貢ぎなさい。さもないと、禁薬を飲ませて、生き地獄をさまよわせた挙句、奴隷にして死ぬまでこき使うわよ」
小さな魔女は黒いステッキを僕に突き付ける。
そう、これがこの国での魔女のイメージなのだ。そして、そんなに間違ってもいない。
ゴスロリ白雪姫(本物の魔女)が楽しそうに彼らに乗っかる。
「どうかお許しを、ドラキュラ閣下と美しい魔女様。私お手製のリンゴパイでいかがでしょうか」
白雪姫が腕に下げたカゴから、リンゴパイを一切れずつ彼らに手渡す。
小さなドラキュラと魔女は、「わあ」とよろこんで、その場で勢いよく、ほおばるのだった。
それを見た僕と白雪姫は、目を合わせて微笑み合った。
素敵なお祭りができてよかった。
白雪姫はリンゴパイを食べ終えた小さな魔女に言う。
「美しい魔女様にはこれを差し上げましょう」
白雪姫はかごから青白く光る珠の腕飾りを取り出し、小さな魔女の手首に付けてやった。小さな魔女は目を輝かせてその光る腕飾りを眺めた。
「ありがとう。白雪姫のお姉ちゃん」
「どういたしまして。可愛い仮装をした子だけのサービスよ。来年もぜひ魔女の仮装を見せてね」
小さな魔女は「うん」と大きくうなずいた。
彼らはお礼と別れを告げて、次の標的に向かって駆けて行った。
「子供たち、楽しそうですね」
「うむ、本当にそうだな。ただこれからもっと楽しいのがあるぞ」
僕と魔女はリンゴパイを配りながら街路を歩いていくと、広場にたどり着いた。そこには、ステージが造られており、仮装コンテストが催されていた。
「男性部門の優勝は、フランケンシュタインのニコライさん!そして、女性部門の優勝は、魔女のナターシャさん!」
司会者がそう叫ぶと、ステージの上に、リアルすぎるフランケンシュタインと、露出多めの黒いフリフリワンピースを着た魔女が上がって来た。観衆が拍手をして彼らを称え、優勝者二人は観衆に手を振ってこたえている。
ちなみに、優勝者の二人は魔女の配下である。当然、司会者も魔女の配下である。
「優勝者にはそれぞれ、最高級のほうきが贈られます。おめでとう!」
司会者は金メッキを施した2本のほうきを示してみせた。
「続いて、優勝者による演劇の準備をいたしましょう。お客さんの中から演劇に参加いただける方を募ります。できれば、お姫様の仮装をされている方が都合良いのですが、どなたかいらっしゃいませんか?」
なんで演劇なんかするんだよと考える間も無く、となりにいる白雪姫が元気よく「はーい」と僕の手を握って、二人の手を上げた。
司会者がすかさず「では、そこのお二人に参加いただきましょう」と言って、僕も含めて演劇のメンバー4人が決まってしまった。僕がやだやだと不平を言っても、彼女が「やりなさい」と言えばそれまでだ。
少しの打ち合わせをしただけで、それぞれ役に応じて持ち場に移動した。
さっそく演劇が始まる。
ゴスロリ系ファッションの白雪姫が二階建ての商店の屋根にのって叫ぶ。
「きゃー!誰か助けて―!」
屋根の奥から醜いフランケンシュタインがゆっくり白雪姫に迫る。
「美しい女は許さないー。ころしてやるー」
観衆がフランケンシュタインの恐ろしさに悲鳴を上げる。
フリフリワンピースを着た魔女が地上にさっそうと登場する。
「あの怪物は使えそうだ。おい、私の配下のクモ男。禁薬をやるから、あの怪物を味方にしてこい」
クモ男の僕が側転をしながらダイナミックに現れる。そして魔女の前でひざまずく。
「かしこまりました。魔女様は美しい、魔女様は慈悲深い、魔女様は魔法の天才」
この恥ずかしい台本はきっと魔女様がつくったものだ。
僕は側転をしながら白雪姫のいる商店にせまる。そして悪魔の取引の成果をいかんなく発揮する。
なんと、クモ男は店の壁を手足だけで駆け上がっていった。まるでその手が壁に吸い付いているようではないか。
観衆は「おお!」と驚き、大歓声を上げた。
僕は壁を登り、屋根の上に立った時、……セリフを忘れた。
屋根の上の3人に沈黙が流れる。
気付いた白雪姫がフォローする。
「魔女なら、この悪者のフランケンシュタインを救ってやれるんじゃないの?」
「そ、そうだ。やい、フランケンシュタイン。魔女は悪者だから悪者のお前を差別しない。だから魔女の配下になれ」
「わかったー。そうしよー」
フランケンシュタインはあっさり、屋根の奥へと引き下がっていき、そして長いロープを投げて、ロープを屋根から地面まで垂らした。
僕は、白雪姫をふわりと抱きかかえた。そして、滑るようにロープを伝って、地面に着地する。
白雪姫を抱きかかえたまま、僕は彼女と見つめ合う。
観衆が固唾を飲んで二人を注視する。
白雪姫と僕は最後のセリフを言う。
「助けてくれて、ありがとう」
「あなたのためなら、どんな壁も乗り越えて見せましょう」
バーンと音がして花火が夜空に咲いた。
広場にわっと歓声が広がって、観衆は惜しみない拍手喝采を僕らに送った。
歓声に包まれるなかで、
白雪姫は僕にささやいた。
「たまには、お姫様もわるくないわね」
ほほを赤く染めた彼女が、僕には本当のお姫様に見えた。
「ええ。たまには正義のヒーローもわるくないです」
僕は思わず、お姫様を抱き寄せようとした。
「やめろ」「はい」
僕は魔女には逆らえない。
また明日から、この美しい悪者の手先の生活に戻るのだ。
僕は彼女を丁重に地面に下ろして、二人で観衆の声に手を振って応えた。
僕らの背後に花火が上がった。
ハッピー・ハロウィーン!
<了> 蜜柑プラム