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6.だってあなた、どう見ても間違いなく

「大変です政樹さん! 看病イベントが来ました! フラグが立ちました!!」


 すっぱこーんと、岡田にこは政樹のクラスの扉を開けた。


「やっとイベントらしいイベントが! これでもう政樹さんのストーキングをするだけの退屈な毎日におさらばです!! 選択肢間違えちゃだめですよ!? ここでどうにかして好感度を上げておかなければ、体育祭を私と過ごすことになるんですからね!? いや、政樹さんがいいならそれはそれで構わないんですが、そんなことよりともかくとして、看病イベントなんです!! イエーイヒャッフ―!!」


 まだ教室に残っていた大多数の生徒が彼女に不審者を見る視線を送ったが、その中に政樹の姿はない。

 意気消沈してがっくりうなだれたが、すぐにバッと顔を上げる。


「ははぁん。さては政樹さん、もう看病イベントに突入していますね! 主人公の自覚が出て来たではないですか。それでこそ、私が見込んだ男です!」


 クラス中に響き渡る意味不明な言葉と高笑いを残し、岡田の姿はまたも掻き消えた。



 ◇ ◇ ◇



「宮崎さん! 政樹さん!」


 階段を駆け上がってきた勢いのままに、保健室のドアもすっぱこーんと開けた。


「こら、静かに!」


 保健の先生にすっぱこーんと頭を叩かれた。

 平謝りの岡田にお小言をくれてから、保健の先生は隣の事務スペースへと引っ込んでいく。


「岡田さん? どうしたの?」

「宮崎さん!」


 また大声で答えてしまい、慌てて口を押さえる。

 声のした方を振り向けば、いちばん窓際のベッドに半身を起こした姿勢で宮崎護が座っていた。


 護のもとに駆け寄ると、岡田はその顔を覗きこむ。


「倒れたとお聞きしましたが、どのような具合ですか?」

「うん、少し眠ったらよくなったよ。ありがとう」

「そうではなく」

「え?」

「政樹さんはいらっしゃいましたか!? 看病イベントは!?」

「え。……ええと」


 護は「先生には内緒だよ」と、眉を八の字にして苦笑した。


「サキくんなら、ここ」

「へ?」


 そう言って、めくった布団の中。

 岡田の尋ね人のもう一人、高橋政樹が、護の隣でのんきに寝息を立てていた。


「……この大チャンスに、何故寝てやがるのでしょうか、この人は」

「わかんない……さっきふらっと保健室に入って来るなり『疲れた、寝る、そっち詰めて』って」

「献身的な看病の疲れで寝たわけでもない、と……」


 げんなりと肩を落とし、頭を抱えてうんうん唸る岡田。

 それを見て、護はまた困ったように笑う。


「サキくんって、結構変な人なんだよねぇ」

「そうですかぁ?」


 岡田は不満げな声を出した。

 岡田にとって「変な人」というのは「面白みのある人間」という意味の褒め言葉であったからだ。岡田は政樹に、面白みを感じていない。


 護は頬に人さし指を添え、首を傾げる。


「だって、ぼくのこと話すとき、すっごく普通だったでしょ」

「え? あ、はい、まぁ」

「普通に話せる? 男なのに女だとか。あんなにあっけらかんと普通に、言えると思う?」

「それは、……確かに」

「ね、そうでしょ?」


 ふふっと小さく笑う護。

 政樹の言っていた通り、本当に笑顔しか見せない人だと、岡田は感じた。


「ぼくが最初に、サキくんにこのことを打ち明けたとき。多分幼稚園の時だったと思うけど、サキくん何て言ったと思う? 『ふうん、そっか。それよりマモ、そのスコップとって』だって」

「それは幼稚園児だったら当然のような気も……」

「そうかもね」


 言って、護は遠くを見る。

 岡田はその視線の先を追いかけるが、そこにあるのは開けっ放しの窓だけだった。


「小学校に上がって、ぼくの赤いランドセルを見て、サキくんは言った。『マモ、ランドセル赤なの?』って。ぼくは、嫌われるのが怖くて、変だと思われるのが嫌で、頷くことしかできなかった。そうしたらサキくんは『ふうん、そっか。それよりマモ、何組だった?』」

「まぁ、まだ男とか女とか、よくわからない年頃だったんでしょう」

「中学に上がって、初めて会う人たちにぼくが戸惑ってると、サキくんぼくの頭をぽんぽん撫でながら、みんなにぼくを紹介した。『こいつ、宮崎護。俺の友達。いろいろあるけど、身体は男。でも本当は女だから』って。そのあと、ぼくに向かって言ったんだ。『それよりマモ、今日何時に終わるか知ってる?』」

「中学生になってもそのテンションなんですか!?」

「高校に入ってからの話は、さっき岡田さんも見ていた通りだよ」


 岡田は、先ほどのやり取りを思い出す。

 政樹は驚くほどあっけらかんと、護のことを話して聞かせた。


 そして、話し終わった時、政樹は確かにこう言っていた。


「今回も、『それより』って言ってましたね」

「でしょ。サキくんにとっては、ぼくが女とか男とか、そんなことどうでもいいんだよ。『それより』も、スコップとか、クラス分けとか、その日の日程とか。そんなことの方が大切だったんだ」

「それは、なんとも……普通じゃないと言えば普通じゃないような、ただ慣れただけのような」


 あごに手を当て、「いやでも……」やら「しかし……」やら、やけに明瞭な独り言を繰り返す岡田を見て、護はまた噴き出した。


「岡田さんて、変わった人だね」

「そ、そうでしょうか!?」


 岡田の目がきらんと光った。

 岡田にとって「変人」という評価は歓迎すべきものだった。「いやぁ普通ですけどね!」とか言いながら、内心は大喜びである。


「うん、昔からそうなんだよね。サキくんの周りって、面白い人ばかり」


 くすくすと笑い続ける横顔を見、岡田はふっと表情を険しくする。

 そしてしばらくもごもごと言いよどんでから、意を決したように口を開いた。


「……それを言うなら、あなただって」

「ぼく? 何かおかしいかな?」


 きょとんとした顔で、首を傾げる護。

 岡田はそれを見もせず、俯いたままだ。


「だって、あなた」


 岡田はゆっくりと顔を上げる。

 目の前に座る護の姿を、上から下までじっくり眺め、そして、その瞳を捉えた。


「だってあなた、どう見ても間違いなく、女の子じゃありませんか」


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