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4.インパクトのある幼なじみ

「しかし大会を三週間後に控えてなお、ここまでハーレムものの基礎の基礎、幼なじみキャラが出てこないのには弱りました……イベントまでに初期攻略可能キャラの親密度を『気になるヤツ』にはあげておきたいのですが……どこでフラグを立てるんでしょうか」

「もうお前はそっちから帰ってくるな」


 俺の回りをノコノコの甲羅のごとくぐるぐる回りながら、岡田は一人でもかしましく話し続ける。3人いたら地獄だと思う。


「政樹さん、それなりにかわいい女の子の幼なじみにお心あたりはございませんか?」

「それなりにって」

「幼なじみキャラはとびきりかわいくなくてよいのです。いいえ、むしろちょっと物足りないぐらいが親近感が湧いてよいのですよ」

「そんなもんかね」


 岡田は何故か自慢げに胸を張って、「そうですよ」と鼻を鳴らした。


「だって、身長170センチ、スタイル抜群でスリーサイズは90、55、90、顔が大人気モデル似の幼なじみなんて、なんだかリアリティに欠けるじゃありませんか」

「俺は幼なじみという存在にリアリティを感じないけど」

「普通、モデル顔の女性は朝おたまとフライパンを持って起こしに来ません」

「普通幼なじみは朝おたまとフライパンを持って起こしに来ません」


 すたすた歩きながら、ため息をつく。


 こいつのリアリティの定義が俺には分からない。

 モデル似の幼なじみにはリアリティがなくて、おたまとフライパンにはリアリティがあるというのか? 正気か?


「この少子高齢化社会、幼なじみなんてそうそういないだろ。小学生ならまだしも、高校まで一緒の幼な友達なんか」

「うう」

「しかも、同性ではなく異性とか。絶滅危惧種だろ」

「ううう」


 唸りだした岡田に内心ほくそ笑みながら、俺はしれっと校門をくぐろうとした。

 その時。


「サキくん!」

「うわっ!?」


 校門の柱から、いきなり人が飛び出してきた。

 岡田と違ってそこそこ友達のいる俺だが、俺を「サキくん」と呼ぶ知り合いは、一人しかいない。


「よかったぁ、サキくん……もう帰っちゃったかと思った」

「マモ。なんでそんなとこに隠れてたんだ」

「政樹さん、ストーカーですよ!!」

「それはお前だ」


 どの面下げてどの口が言うんだ。どの口が。

 困ったように笑ったマモが、俺の顔を気遣わしげに見上げる。


「人様の往来の邪魔にならないようにと思って……ダメだった?」

「お前の気遣いは昔から何か間違った方向に進むよなぁ」

「えへへ」

「あいや待たれい!!」


 マモといつも通りのやりとりをしてると、岡田が何故か歌舞伎めいた叫び声を上げた。


「そこのアナタ、先程政樹さんのことを『サキくん』などとお呼びになりましたか」

「え、あ、はい」

「それに対し、政樹さんは『マモ』とか『昔から』とかおっしゃいましたか」

「言ったな」


 顔を見合わせる俺とマモ。

 何やら岡田の顔が怖いのだが、一体全体何が問題なんだ。自分に友達がいないからって、俺に友達がいるのがそんなに不満か。


「政樹さん」

「何だよ、その真顔何だよ」

「今からこの『マモ』さんとやらを形容してごらんなさい」

「はぁ?」

「良いから、私のやったようにやってご覧なさい」

「自由だよな、お前、ほんと」


 ぶちぶち言いながらも岡田の剣幕に負けて、改めてマモを見る。


 元から色素が薄いからか、茶色い髪。わりと猫っ毛でふわふわした髪は、肩ぐらいの長さで、ボブというかおかっぱというか、そんな感じ。

 色も白くてちょっと不健康そうで、細いし何かあったらすぐ倒れそうだ。実際身体も弱い。


 いつもへらへら笑っている。笑ってないこいつは、俺の記憶の中にはいない。

 制服は、例によってブレザー。岡田と違って、紺の上着も着ている。五月には少し暑そうだ。

 スカートは結構長めで、白の靴下とローファー着用。


 学年は俺と同じ二年生で、名前は宮崎みやざきまもる。もう十五年来の付き合いになる、俺の友人である。


「こら!!」


 一通り頭の中で表現したところで、いきなり怒鳴られた。

 先輩に向かってこらとは何だ、こらとは。


「この、嘘つき!!」

「怒鳴って詰って、やりたい放題だなお前は」

「だって!!」


 岡田は、「びしぃい!!」とマモに人差し指を突き付けた。


「いるじゃないですか、幼なじみ!!」

「まぁ幼なじみっちゃあ幼なじみだけど」

「何故言わないのです! 隠し立てすると承知しませんよ!?」

「いや、だって。マモ、女の子じゃねーし」

「だってもへったくれも……え?」


 岡田は噛み付かんばかりの勢いでキイキイ言っていたが、突如ぴたりと大人しくなった。


 そして、油の切れたブリキのおもちゃのように、ギギギ、とマモを仰ぎ見た。

 マモはいつもの通り、えへへと愛想笑いである。


 ゆっくり上から下までためつすがめつし、岡田は「あっはっはっはっは」とやたら朗らかに笑いだした。

 笑いこける岡田に、俺は言う。


「だから。マモは、男」

「あっはっはははははは」

「トランスジェンダーとか性同一性障害ってやつで。生物学的には、男」

「わぁ。急に笑いにくくなっちゃいました」


 ぴたっと笑いを止め、岡田は再びマモをじっくり眺める。そして再び人差し指をつきつけた。


「どこが男なものですか! 身体付きといい声といい!!」

「ホルモンってすごいよな」

「制服も女子のだし!!」

「学校に申請したんだって」

「何故そんなにあっさり許容してるんですか!? 政樹さんが思っているよりよっぽど大変なことが起きてますよ!?」

「世の中いろんな人がいるもんだ」


 うんうん頷く俺に、岡田は声もなく口をぱくぱく開け閉めする。


 正直、この手の反応には慣れっこである。

 中学、高校と進むにつれ、俺がマモと一緒にいる時間は短くなっていった。

 それでもマモに言わせるとこの説明をするのは俺の役目らしいので、甘んじて受け入れている。


 そんな俺の様子に業を煮やしたのか、岡田は「ぎっ!!」とマモを睨んだ。


「マモさん! この人こんなこと言ってますよ!?」

「うん、サキくんの言う通りだよ」

「なんですと!?」


 にこりと微笑むマモに、岡田は髪の毛を逆立てた。

 そして、そそくさと五メートルほど離れ、俺に手招きをする。


「政樹さん、政樹さん!!」

「何だよ」

「素晴らしいです!!」

「は?」

「何とインパクトのある幼なじみをお持ちなのでしょう! 見直しましたよ政樹さん!!」

「嬉しくない……」


 こんなに嬉しくない見直され方が未だかつてあっただろうか。いや、ない。


「昨今流行りの男の娘! 加えてBL好きなお嬢様方にもアピール可能!!」

「誰に? 何て?」

「ともかく! 落としましょう!!」

「落とすって、相手は男だぞ」

「大丈夫です、世の中にはいろんな人がいるものです」

「肩を組むな、肩を!」


 うひひと不気味な笑みを浮かべながら、岡田は馴れ馴れしくまとわり付いてきた。

 俺はそれを振り払い、無視してマモに話しかける。


「そんなことより、マモ、俺を待ってたんだろ? どうかしたのか」

「ああ、うん、えとね」


 マモはごそごそかばんを漁ると、そのかばんにそんなに入るわけないだろ……という量の紙の束を俺に差し出した。


「体育大会について、委員会からの書類だよ」

「そういやマモ、保健委員長だっけか」

「うん、だから保健委員の書類と、体育委員の書類と、放送委員の書類と、美化委員の書類と、図書委員の書類と、バスケ部とサッカー部とバレー部と野球部と美術部と吹奏楽部からの活動申請書類と、佐藤先生と大村先生からのプリント」

「ほぼ雑用じゃないか」


 呆れた声を出した俺に、マモは頬を掻きながら苦笑いする。


「頼まれちゃって」

「何をどう頑張ったらそんなに頼まれるんだ」

「んー、なんでだろうね。わかんないや」

「わかんないって、お前なぁ」


 へらへらしているマモの手から書類を引き取った。

 腕が持って行かれそうなくらい、重い。

 どんな物理法則でこれを入れたかばんを涼しい顔で持ち運んでいたのだろうか。


「あ、ありがとう、マモ」

「ううん、大丈夫」


 にっこり笑うマモ。

 いつものように、マモの頭に手を伸ばした。


「フラグですね!?」


 その手で岡田の頭を叩いた。

 昨日からあたら暴力を振るわれているのだから、このくらいの報復は許されるだろう。


「そういうのは一人でやってくれ」

「うう、暴力です」

「お前が言うか」

「これでは私にフラグが立ってしまいました」

「本気で黙れ」


 やいやいやっていると、マモが困惑したような顔で俺と岡田を見比べていた。


「サキくん」


 マモは遠慮がちに俺の袖を引くと、消え入りそうな声で問いかけてきた。


「その人、だあれ?」


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