2.何で俺、後輩女子に激怒されてんの?
仕方なく、ため息混じりに俺は言った。
「あのね。認めない、って言われても、俺だって内申のためにやってるだけで」
「なぁあああ!?」
「うわっ!?」
急に大きな声を出すからびっくりした。
愕然とした表情で叫んで、彼女は俺に向かってぐいぐい詰め寄ってくる。
「なんて夢のない悪徳生徒会長でしょう! 悪なら悪でもっと思い切りのいい悪っぷりを見せなさい!」
「さっきから何で俺、後輩女子に激怒されてんの?」
胸倉を掴まれてがっくんがっくん揺すられながら、俺は至極当然の疑問を口にした。
もはや一周回って原点に戻ってきた。
つまるところ「え、こいつ何? 何しに来たの?」である。
「えーと、そんなに、揺すられ、ても。俺の、一存で代、われる、もんでも、ない、し。俺には、どうしようも、」
「ええいまだ言うかこの小物めっ!!」
「お前はどれだけ俺を罵倒したら気が済むの?」
ぎゅうぎゅう締め上げられ、咳き込みながら叫んだ。
この後輩女子意外と力強いんだけど。怖いんだけど。
一旦ボコボコにされたのも相まって、恐怖しか覚えないんだけど。
「あ、あのさ、お前が何でそんなに怒ってるのか分からないけど。生徒会長なんかやらなくたって、思っていた通りじゃなくたって、学校生活って普通に楽しいよ? そりゃ、特別何があるってわけじゃないけど、それなりに有意義だし」
「『普通』!? 『それなり』!?」
「ぐえっ」
「それが生徒会長のセリフですか! いいですか、生徒会長である以上、あなたが如何につまらない人間であろうとも、私の学校生活を『とっても』楽しくて『すっごく』有意義なものにする義務があるのですよ! それを『普通』? 『それなり』? 舐めてるんですかあなたは!」
「ちょ、痛い痛い」
「現に、先の入学式で、あなたの『普通』に楽しくて『それなりに』有意義な学校生活を語ったスピーチを聞いて私は安らかに眠りましたよ! そんな学校生活退屈に決まってるじゃないですか!」
「寝んな!」
ほぼ悲鳴のように訴えると、ふっと胸元を締め上げる力が緩んだ。
「……しかし、大丈夫です」
「はい?」
揺すられた挙句締め上げられて続けて気が遠くなってきていた俺は、思わず間の抜けた声で返事をしてしまった。
彼女は俺の胸倉をやっと解放し、俺の瞳をやたらと真剣な瞳で見つめて、言う。
「『ボクは妖精!! キミのコト、アイしに来たんだ!!』」
「…………????」
「……ってことだったら面白いと思いませんか」
「ううん、全然」
俺がゆるゆると首を振ると、「ノリ悪っ!!」という顔をされた。
顔が口ほどに物を言う娘だ。
「……あなたがどんなに生徒会長に、主人公に向かない無個性系男子でも、主人公となれるジャンルがあります!!」
「はぁ」
「それが、ハーレムものです!!」
「へぇ」
「無個性である凡人が何故か女の子にモテてモテて困っちゃう、それがハーレムもの!!」
「ほぉ」
「つまりあなたにもチャンスがあるのです、政樹さん! さあさあ、レッツ青春! エンジョイ生徒会長!!」
「…………」
「ちゃんと聞いてください!!」
「嫌だよ……」
その話をちゃんと聞く人間は、多分世界中探してもお前以外いない。
優しいことに話半分ながらも多少は聞いていた俺は、呆れ返って反論する。
「そもそも、俺モテないし」
「でしょうね」
「何でそこだけ冷静に現実を見るんだ」
余計に嫌だった。
「しかし、大丈夫です! 私があなたを生徒会長に相応しい人間にしてみせます!!」
「いや、」
「私に任せてください!!」
どん、と自分の胸を叩く彼女。
不思議と大丈夫感が全く得られない。ファ○通の攻略本くらい大丈夫じゃない。
「見てください、眼鏡です!」
「はぁ」
「二つくくりです!!」
「へぇ」
「後輩です!!」
「ほぉ」
首を傾げる俺に、彼女はふふんと自慢げにない胸を張った。
「つまり、つまりです! 真面目眼鏡っ娘キャラにも、ツンデレツインテールキャラにも、元気な後輩キャラにも臨機応変に対応が可能です!! 一粒で三度おいしい女です!!」
「…………」
「いざという時は、多重人格キャラとして三人分のキャラ枠を埋めることも可能です!!」
「いくらなんでもそれは無理矢理すぎるというのは俺でも分かる」
「しかもです!!」
俺の言葉は見事にスルーされた。
どうしてこっちの話を全然聞いてくれない相手に「ちゃんと聞いてください!!」とかキレられなきゃならないんだ。
そこはせめて聞いてくれよ。俺の話も、平等に。
彼女はすっと手を伸ばすと、自分の眼鏡を外した。
「……どうですか?」
「…………?」
「このように、眼鏡を外すと実は超絶美少女という設定も」
「美少女っていうか、中の中の……中?」
「せいや」
鳩尾を殴られた。攻撃がえげつない。
「ひどいです、女の子の顔つかまえて、本人を前にして、中の中の……上だなんて」
「いや、中の中のちゅ」
「そいや」
また殴られた。
なんだこの暴力的な後輩女子は。法律をなんだと思っているんだ。
「とにかく! 私が生徒会長になれない以上、私の高校生活を明るいものにするためには、現生徒会長である政樹さんに頑張っていただくしかないのです!!」
「無茶言うな」
「私がその椅子につくまでに、しっかり暖めておいてください」
「お前が悪徳だ!」
「無論、そのためなら協力は惜しみません」
「小さな親切大きなおせ」
「ていや」
物凄く重い一撃を鳩尾にぶち込まれた。
思わずうずくまる俺。そんな俺を満足そうに見下ろす彼女。満足すんな。
そのしたり顔を見上げ、再び原点回帰、俺は呻いた。
「何なんだ、お前……」
「私ですか?」
その後輩女子は、にっこり芝居がかった様子で微笑むと、高らかに名乗りをあげた。
「私の名前は、岡田にこ。あなたを生徒会長に相応しい人間にする女です」