プロローグ
※ この物語はフィクションです。実在するすべての生徒会長とは一切関係がありません。
自分で言うのも何だが、俺は中の中の上の男である。
中の中の上、つまり、平均よりほんのちょっと上。
この立ち位置、中途半端に見えて居心地の良さは半端ではない。
平均よりほんの少し上であるということが、ことこの日本においては重要なのである。
突出しないという安定感、しかし人より僅かでも上であるという優越感、自分より下の人間の方が多いという安心感。
そんな諸々が寄り集まって、一度着いてしまうと離れられないような、非常に居心地の良い立ち位置になっているのだ。
成績も運動も中の中の上、地域の中で中の中の上の高校に通い、そして中の中の上の大学に進学予定。
人生も早十七年となり、もはや俺は悟りを開いていた。
ああ、俺はこのまま中の中の上の人生を、レールの上を走るように生きていくのだ。
それに何の不満もなかった。むしろ約束された幸福な人生に万歳三唱ですらある。
そう、俺は自分の身の丈というものを理解していた。
そしてその身の丈にあった幸せというものに、十分満足していた。足ることを知っているのだ。
高校2年生になり、俺は人生のレールの向くまま、生徒会長に就任していた。
労せずして志望大学に進学するため、推薦に有利だからやっておきなさいという担任の奨めを受けてのことである。
意外に思うかもしれないが、しかし、考えてみてほしい。
君たちの通っていた学校の生徒会長は、ずば抜けて頭がよかったり、ずば抜けて運動が出来たり、ずば抜けて性格がよかったりしただろうか?
そう、答えは否である。
大抵は、冴えない割と真面目な人間が影も薄ぅくその任を全うしていただろう。
近年の学校教育において生徒の自治出来る範囲など両手の届く範囲のみであり、生徒会というのは形骸化した民主主義の遺物である。
教師の意向に沿った模範的な――ここでいう模範的というのはもちろん、学校運営を妨げない摩擦係数の少ない歯車という意味である。まさに社会が欲している人材そのものなので、我が校は集団生活の基本を学ぶ学校という施設としてはこれ以上ない人材を育成し、その意義を全うしているといえるだろう――生徒として振舞うことがその職務のほとんどであり、能力のある人間にはまさに役不足。
しかし、少しでも上のランクの大学への進学実績が欲しい学校側としては、俺のような中の中の上の人間の内申を誰に憚ることなく適当に引き上げるチャンスなのである。
俺にもその申し出を断る理由は無く、教師内で談合済みのために対抗馬が立候補することもなく、形だけの信任投票を経て俺は生徒会長の席に着いた。
俺のすることといえば、学期に一度か二度くらい生徒会室で会議という名の流れ作業をし、一年に二度くらいちょっと長い祝辞を読む程度。
これで明るい未来が約束されるのだから、中の中の上の人生はやめられない。
そう、思っていた。
今日、この瞬間。
「認めません……」
入学して一月かそこらの後輩女子に呼び出されて。
「あなたが生徒会長だなんて私認めませんからぁあ!」
とかなんとか、涙ながらに人差し指を突き付けられる、この時までは。
いや。
中の中の上の俺は、今まで女の子を泣かしたことなどないわけで。
というよりもう高校生だし、小学生とかじゃないんだし……泣くか、普通。
人前で、それなりに人通りのある廊下で、うえーんと、泣くか、普通。
なんというかもう、呆然である。
その後輩女子は、嗚咽混じりでえうえう言いながら続ける。
「だってあなた、何にもすごくありません!」
ほぼ初対面の後輩女子に詰られた。
「私、あなたのこと調べました! でも勉強も運動も性格も、全部全部、ありとあらゆるところにおいて悲しいほどにもう何の救いようもないくらい、すこぶる普通です!」
「何が悪いんでしょうかそれは」
思わず敬語で言い返してしまった。
なんて失礼なことを言うんだ、この後輩。
「そんな生徒会長、私見たことも聞いたこともありません! わかりますか、私は憤っています!」
「何故憤られてんでしょうか俺は!」
俺の言葉を完璧にスルーして、彼女は拳を握り締める。
拳はぷるぷると震え、青筋が浮き出ている。
「生徒会長というのは特別な、いわゆる主人公クラスのジョブ! そのジョブに就く以上、物凄い人間でなければならないのです! 例えば頭脳明晰スポーツ万能の天才であったり! 恐るべき独裁者であったり! 神様であったり! 勇者であったり! そうでなくてはならないのです!!」
「これが噂に聞く二次元と現実の区別がつかなくなってしまった人間というやつか」
初めて見た……
本当にいるんだな、一時期ニュースとかでよく聞いた、最近の危ない若者。
「人を殺してみたかった」「リセットすればいいと思った」「呪文を唱えれば生き返ると思った」。
そういうタイプの人間。
怖っ……キレると何するかわかったもんじゃない。
「それなのに貴方という人間は! 恥ずかしくないのですか! 自分が生徒会長だなんて、役不足だと思わないのですか!」
「こんなに話題になってる今ですら役不足の意味を間違えてる自分を恥じてほしい」
それを言うなら力不足だ。
「とにかくっ!」
彼女は肩をいからせ、左手を思い切り振りかぶった。
「私はあなたを、認めません!!」
「え」
息を飲んだ瞬間には、もう遅かった。
彼女の左ストレートは、俺の顔面を見事に捉えていた。
意味もわからないうちに、俺の身体は宙を舞うように傾いでいった。
どっ!!
身体に振動が伝わってきたのは、自分が後輩女子に馬乗りになられたことを視認した後だった。
「高橋政樹さん! 貴方を倒して……生徒会長に、私はなる!!」
そんなどこかの漫画で聞いたような台詞とともに名前を呼ばれたのを最後に、後輩女子にマウントポジションでタコ殴りにされながら、俺の意識は闇に落ちていった。
昔書いたお話をリメイクしてアップしてみることにしました。
リメイクと言いながら、ほとんど書き直しになっていますが……はて?
転生もタイムリープもしませんが、それほど長くないお話の予定ですので、良ければお付き合いください。
書けた分から不定期更新予定です。5月は毎日更新出来たらいいなと思っています。気持ちだけ。