はるみちゃんのてるてる坊主
はるみちゃんには不思議な力がありました。
それは、みんなの「心の天気」が見られることです。
家族に囲まれた幸せそうなおじさんの頭上には太陽が昇っており、いつも公園にいる家のないおじさんの頭上には、雨が降っていました。
はるみちゃんは今日もランドセルをきゅっと背負いなおし、学校にいくため満員電車に乗りこみました。
はるみちゃんは満員電車が嫌いでした。
車内にぎゅうぎゅうに押し込められたスーツ姿の人々は、みんな今にも大雨が降り出しそうなほどに暗い雲が立ち込めているからです。
「おはよう」
校門の前には、いつも先生が立っています。
はるみちゃんにも、先生はニコニコと笑顔を向けて挨拶します。
「せんせい。どうして、せんせいの心は曇っているのに、いつもニコニコしているの?」
はるみちゃんは、先生の頭の上を見ながら聞きました。
それを聞いた先生は、眉をひそめながら笑います。
「はるみちゃんは、いつもおかしな事を言うね。さ、早く教室に行きなさい」
「どうして大人はいつも嘘をつくの?どうして機嫌が悪いのにニコニコしているの?」
それでもしゃべり続けるはるみちゃんを、先生は苦笑いしながら教室に連れていきました。
「おはよう」
はるみちゃんは教室に入ると、元気に挨拶します。すると、何人かは挨拶を返してくれます。
子供は大人と違って、表情と天気が同じことが多いです。
笑っている子供は晴れていて、どんよりしている子供は雨が降っています。
だから、わざわざ頭上を見る必要がないので、はるみちゃんは好きでした。
でも、教室はあまり好きにはなれません。
それは、クラスのみんなは心が曇っているからです。
原因は、くもる君という男の子でした。
くもる君は、ガキ大将という言葉が似合う坊主頭の乱暴者で、いつも教室の子供たちを泣かせており、先生も手を焼いていました。
くもる君が学校を休んだ日は、みんな天気が良く、くもる君がやってくるとみんなの天気はたちまち悪くなっていきました。
いくら先生に怒られても、くもる君の性格は治らず、相変わらず自分より弱そうな男の子に暴力を振るっていました。
はるみちゃんは、考えました。
どうすれば、教室のみんなの天気が良くなるのだろうかと。
朝の満員電車を思い出します。
このままでは、どこに行っても曇りだらけの場所になってしまいます。
はるみちゃんは何とかして、教室の天気を取り戻したいと思いました。
「あーあ。明日天気にならないかなあ」
帰り道、友達のこうじ君はそんなことを言いました。
「明日は、地区の野球大会があるんだよ」
そう言って、こうじ君は手に持った金属バッドを軽く振るう。
「たくさん練習したからね。てるてる坊主にお祈りするんだ」
「てるてる坊主?」
「はるみちゃん、てるてる坊主知らないの?ほら、僕のランドセルについてるこれだよ」
こうじ君のランドセルには、ティッシュを丸めて紐でくくった物がぶら下がっていました。
「これが、天気を晴れにしてくれるの?」
「おまじないだよ。晴れますようにってお祈りするんだよ」
こうじ君はにっと笑いました。
しかし、それが無理をして笑っていることは、頭上を見れば分かります。
☀️
はるみちゃんは家に帰ると、さっそくティッシュを丸めて紐で締め、てるてる坊主を作りました。
「これで晴れるのかなあ?」
はるみちゃんは、自分の部屋のカーテンに、てるてる坊主を引っ掛けると、両手を合わせます。
「明日、天気になりますように」
☀️
「こうじ君、おめでとう!すごかったよ!」
次の日、雲ひとつない晴天の中、こうじ君は試合に勝ち、はるみちゃんは自分の事のように喜びました。
「ありがとう。おまじないの効果があったのかな」
こうじ君はランドセルのてるてる坊主を撫でながらはにかむ。
「それにしても、どうしてあんなに硬いボールが空高くに飛ぶんだろう」
「スイングにも力を入れるコツがあるんだよ。こうやって……」
こうじ君の頭上には、綺麗な太陽が照りつけていました。
☀️
それから1週間後。
はるみちゃんは今にも雨が降り出しそうな曇りきった教室で、授業を受けていました。
それもそのはずで、明日は運動会で、くもる君の独壇場になるからです。きっとまた、横暴な振る舞いで競技中に暴力を振るわれるに違いありません。
気の弱そうな男子からは、ぽたぽたと雨の雫が落ちています。
外の天気はてるてる坊主で晴らすことができますが、それなら心の天気はどうすればいいのでしょうか。
はるみちゃんは考えました。
そしてくもる君を見ました。
周りに反して、くもる君の心の天気だけは、快晴でした。明日は存分に暴れるつもりなのでしょう。
この暗雲のたちこめる教室をどうにかするには、やはりくもる君次第だと考えました。
☀️
「大きなてるてる坊主?」
「うん!」
学校から帰ると、はるみちゃんは、お母さんに大きなてるてる坊主を作るため、大きな布とロープがないかとたずねました。
「ロープはすごい丈夫なやつ。布は毛布くらいの」
「あら。すごく大きなてるてる坊主を作るのね。なら、雑貨屋で買ってくるといいわ」
「ありがとう!」
はるみちゃんが考えたのは、明日の体育祭に向けて、大きなてるてる坊主を作ることでした。
買う物は、大きな布と、ロープと、それから……
☀️
翌日の運動会、みんなはご機嫌でした。
それもそのはず。あのくもる君がいなかったからです。
「くもるのやつ、休みらしいぜ」
「おかしいな、朝には来ていたような気がしたんだけど……」
「まあ、体調崩して保健室で寝てんだろ。ほっとこうぜ」
乱暴者が一人いないだけで、こんなにも運動会とは楽しいものなのかと、クラスのみんなは楽しみました。
やがて、体育祭の閉会式が終わり、夕陽に照らされながら、みんなはぞろぞろと教室に戻っていきます。
「みんな、おかえり」
「は、はるみちゃん……?」
一番に教室に入ったこうじ君は、窓際に立つはるみちゃんと目が合いました。その横には、大きなてるてる坊主がカーテンに吊るされていました。
首元を頑丈なロープでくくり、ティッシュの代わりに大きな白い布が巻かれています。
「た、体育祭には出なかったのかい?」
「うん。てるてる坊主を作ったの」
こうじ君に続いて、教室に戻ってくるクラスメイトのみんなは、はるみちゃんを見ると、次々と顔が青ざめていきます。
それもそのはず、はるみちゃんの顔や服には、血飛沫がべっとりと張り付いていたのですから。
そして、はるみちゃんの横に吊るされた大きなてるてる坊主に目を向けると、それはくもる君でした。
「あのね、くもる君さえこの世にいなければ、みんな体育祭を楽しめると思ったの」
はるみちゃんの足元には、真っ赤に染まった金属バットが転がっていました。
「これでみんな、いい天気になれるよね!」
その日の教室は、土砂降りでした。